第56話

文字数 1,130文字

 トーマスがロンバネス伯爵家に従者見習いとしてやってきたのは十五歳のとき。それから二年たち仕事にもすっかり慣れると、伯爵家のご子息であるウィリアムとアルベルトの従者として正式に任命された。特にアルベルトとは同い年ということもあり、主人と召使いという主従関係ではあったにせよ気心が知れるような安心感をトーマスは感じていた。アルベルトもまた気さくな様子でトーマスに接し二人は良い関係であった。ある時までは。

「ねえトーマス、釣りに行きたいから支度をしてくれ」

「かしこまりました、アルベルト様」

 十九歳になったアルベルトの一番の趣味は釣りで、子どもの頃は兄に連れて行ってもらったが近頃はトーマスだけをお供させるようになっていた。
 いつものように申し付けられたトーマスはさっそく釣りの準備をしご主人様に付き添ってお気に入りの釣り場、レイク・ヴィンセンスへと馬を走らせた。

「ううーん、今日はいまいちだなあ。トーマス、」竿を置いて立ち上がり大きく伸びをする。

「アルベルト様、」

「ちょっと……来てくれよ」

 かしこまって近づくと、アルベルトは突然、トーマスの右腕を強く引いて顔が触れ合うほど近づけた。とっさの事に驚くトーマスだったが、ふざけているのだろうと思い軽く笑いながら

「アルベルト様、退屈されましたか?」離れようとしたがそのまま、荒々しく唇を奪われてしまった。

「あ、あの」たじろぐトーマス。見ればアルベルトの目は血走り荒い息をしている。その場に組み敷かれそうになり抵抗しながら

「お、おやめ下さい、いけませんこんな、」

「うるさい! クビにされたくなければ僕の言うとおりにするんだトーマス、お前は母親に送金しなければならないんだろう?」

 実家の母が寝込みがちだという事は同い年で気さくなご主人様にも話していたし優しい言葉もかけてもらっていた。でも、それをこんな……、

「うう、うっ……」

 しかし立場の弱いトーマスは従うしかなく、されるがままにアルベルトの生々しい欲望のはけ口になるしかなかった。

 それ以来アルベルトは、釣りだといってはトーマスに伴をさせ若い欲求を満たすようになった。同時期には、家柄も財産も申し分ない貴族の娘リリアン・ド・ヴァロワと恋人同士になったが、またアルベルトもリリアンのことを心から愛おしいと思っていたのだが、高貴な娘に対して結婚前に自分の欲求をぶつけるわけにもいかず、うずく炎をトーマスで紛らわしていたのだった。

 こうしてアルベルトと二人きりでの「釣り」はその後あたり前のように何度も繰り返されるようになり、敬虔なキリスト教徒であるトーマスは忌むべきソドミー(注:主に男性間の性交渉を指す)の罪を犯してしまったと、苦悩の日々を送ることを余儀なくされた。
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