第26話

文字数 844文字

 海水着のように体にピッタリした最小限のコスチュームを身にまとった女がステージに出ると、観客はワッと驚きの声を上げた。なぜといって、足の先から手の先まで、どころか顔に至るまで、すべての皮膚がまるで蛇のごとく細かいウロコでびっしりと覆われているのだから。しかし目を凝らしてよく見ると、それは入れ墨で彫られた模様であることがわかる。半開きの口から垂れ下がる舌はスプリット・タン、先が二ツに割れており、ヒクヒクと小刻みにけいれんしている。
 その蛇おんなを見たアルベルトの口もまた半開きとなりそのまま声を発することができなくなった。あまりの驚きに全身が硬直しかといって視線を外すこともままならず。ステージにいる蛇おんながアルベルトの婚約者、リリアン・ド・ヴァロワだという事実に気づいてしまったから。

 なんということ、なんということだ、あの美しかったリリアンが。
 陶器のようになめらかで清らかな白い肌、レイク・ヴィンセンスの湖面のように深みのある緑色の美しい瞳、つやつやと赤く色づくサクランボのように愛らしいくちびる。桃のようにうっすらとした産毛におおわれすんなりと伸びた腕、触れるといつも少しひんやりと冷たいきゃしゃな指先。まるで繊細なお人形のようであった、そのリリアンが今では、今では、取り返しのつかないふた目と見られぬ姿になって……。

 アルベルトはひんやりとした蛇の細長い体が足に絡みついてくるのを感じ、それが際限なくズルズルと長く伸びていきやがてアルベルトの体じゅうをヌメヌメと巻き上げていく気持ちがした。足元から順番に巻かれ胴体を伝い首を締めてくる。苦しい息の中ふと見れば、顔の正面にあるリリアンの、横に大きく割けた口から出し入れされるスプリット・タンが、アルベルトの見開かれた目の玉をチロチロと舐め回している。呼吸がどんどん苦しくなり意識は薄れて、それでも全身締められる感覚はリリアンの抱擁にも少し似ている……そんなことを思いながらアルベルトは、ここではないどこかへと遠く離れていった。
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