第29話 スパイダーウーマン

文字数 1,066文字

さあて皆さま、お楽しみはまだまだ続きますんでね、なんたって今日は記念すべきお祝いの日なんですからね、こちらの余興もタップリご用意しておりますんですよ。えーと、お次はなんでしたかな、(舞台袖に向かって)おい、次はなんだ、ああーそうだったな。あい失礼いたしました。なにしろすンごいのが揃ってるもんですからね、ちょいとこんぐらがっちまいましてね。え、アップルサイダーの飲みすぎじゃねえかって? そういう旦那もいいお顔色でねえですかい、げへへ。てなわけでね、お次に控えておりますのはお手てが四本あんよが四本、それが床の上を這いつくばってオイッチニーオイッチニー進んでいくからまあおかしい。あっと驚くスパイダー、スパイダーウーマンのご登場ときたもんだ!

 ずるり……ずるり……舞台袖から這いずり出てきたモノがいる。胴体はピッタリとした真っ黒いコスチュームでおおわれ手足を床につきちょうど赤ん坊のハイハイのようなかっこうで進んでいるがなるほど腕も足も四本ずつ生えている、いやまてよ、余計に付いてるぶんはもともとの腕と足に縫い付けられているようだ。だから垂れ下がっているだけで自力で動かすことができずに床をずるずると引きずっているのだな。ずる……ずるり……ずるずる……ずるり……

 ピィィィィィィ!

 かん高い笛の音が聞こえたと思ったらスパイダーウーマンとやらがビクッと反応して動きを止めた。

 ピッピッピッ!

 みじかく跳ねるような笛の音に変わると、スパイダーウーマンはやおら立ち上がり顔と体の正面を見せた。アッという声が思わずアルベルトの喉から漏れる。それは間違いようのない、お母さまの顔であったのだ。

 ピピッ! ピピッ! ピピッ!

 右手、左手、笛の音に合わせてまるで体操でもするように両の手を上げ下げする、その度縫い付けられた腕もブランブランとついて動く。

 ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!

 右足、左足、こんどは足を交互に動かす、余分な足もいっしょに動く。その滑稽な様子に観客たちは腹を抱えて笑い転げている。その奇妙なさまを眺めるうちに、アルベルトはあることに気がついた。気がついてしまった。

 ブラブラとぶら下がっている余分の手、その指にはまっているおおきな指輪に見覚えがあったのだ。それはまぎれもなく……お父さまの指輪なのである。ハッとして足の方を見れば、どう見てもそれは男性の足であった。やはりこれもお父さまの……。ダルマ男になったのだから……。もう一度お母さまの顔を見ればまったくの無表情であった。まるで心を、魂をどこかに落としてきたように。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み