第9話

文字数 966文字

 頭痛がひどく記憶はつながらずすべては曖昧模糊となり家族がどうなっているのかもまったくわからぬまま、為すすべもなくされるがままの日々を送っていたアルベルト。

 そんなある日のこと。アルベルトはサーカス小屋のような粗末でだだっ広いテントの中にずらりと並べられた椅子、とはいえ観客は彼一人のようだった、にいつのまにか座らされ、目の前には舞台がありガニ股でハゲ頭の小男による口上を聞かされていた。時系列は歪み夢か現し世か、もはや定かではなく情景はループしすべてが混沌としていたが、とにかく舞台に出てきた「猿婦人」の正体にだけは気がついた。アルベルトはわなわなと震えながら、

「エルザ!」

 大声で叫び立ち上がり思わず舞台に駆け寄ろうとした、がさっきまで自分一人が椅子に座って見ていたはずなのにいつのまにか大笑いしながら舞台を食い入るように見物している群衆に囲まれておりなかなか前に進めない。

「エルザ! いま助けてやるからなエルザ!」

 群衆の数はさらに増え続け並べてあった椅子は蹴られ踏まれバキバキという音と共に壊されていく。前に進むどころか呼吸をするのもままならずあまりの息苦しさにアルベルトの意識は遠のいていった。

 次に目覚めたのは元いた部屋のベッドの上、夢だったのか? きっとそうだ。エルザがあんな姿になっているわけがない。そう思って寝返りをうち横を見たアルベルトはあまりの衝撃に思わずベッドから転げ落ちそうになった。となりにもう一つベッドが置かれそこにいたのは。あの猿婦人であった。しかし化粧を落としよく眠っているその寝顔は紛れもなく。妹のエルザであった。

「エルザ、エルザ!」

 ベッドから降りかけよって間近で顔を見た。エルザも目を覚ましてアルベルトを見た。なんと痛ましいことであったろう、エルザの口は耳の辺りまで刃物で切り裂かれた跡があり苦悩のせいか、キラキラとかわいらしかった両の瞳はすっかり落ち窪み縮みまるで猿の目だ。ふっくらとバラ色だった頬まで土気色にしぼんでいる。

「ウゥ〜ウゥゥゥ……」

 あまりのショックのせいか、言葉を失ってしまいただただ哀れな唸り声を上げるエルザ。

「エルザ、エルザ、いったいどうしてこんな……」

 痩せて骨ばった哀れなエルザの手をぎゅっと握りしめ自分の頬に愛おしく擦り寄せつつ大粒の涙をこぼすアルベルトであった。

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