第31話

文字数 990文字

 母であるミネルヴァ夫人もまた甘えっ子の次男を大変かわいがった。活発で好奇心あふれるアルベルトは「子どもらしい子ども」であり、長男であるウィリアムが幼い頃から「伯爵家の跡継ぎとしての」教育を受けるためにほとんど家庭教師の元で過ごすことを余儀なくされてきたのと違い、自分を慕いいつもそばに寄ってくるアルベルトが心底愛らしかった。もちろんウィリアムとて自分が産んだ子でありかわいいには違いないのだが、長男との間にはどうしても距離を感じ、ついつい次男の方に肩入れしてしまう。
 
 アルベルトは成長するに従い表立ってベタベタすることはなくなったが、それに妹のエルザも産まれたことだし、しかし母親のことはいつも一番に好きで大切に思っていた。だから婚約者となるリリアン・ド・ヴァロワとのことも逐一報告し、もし母親が気に入らない素振りを見せるようなら違う相手にしようとも思っていた。だが幸運なことにリリアンは気に入られ、それはもちろんヴァロワ家の地位と財産込みでの評価であるのだが、アルベルトは安心してリリアンとの結婚を決めた。

「わかっているとは思いますけれど、アルベルト」

「お母さま、」

「結婚式が無事済むまで、リリアンとは清いお付き合いでなければいけませんよ。最近では上流家庭の令嬢まで、なんですか、不適切でふしだらなことをする娘たちがいるそうじゃありませんか」

 その頃ちょうど、ティンバートン家の二人の令嬢に関するスキャンダルが社交界をにぎわせてもいたのだった。

「ハハハ、お母さま、僕がそんなことするはずないでしょう! 僕はお母さまの息子なんですから、そんな風に品性の卑しい人たちと一緒にしないでほしいな」

「ええ、ええ、本当にそうね。あなたに限っては絶対にないことね」

 柔らかな微笑でアルベルトを包むミネルヴァ夫人であった。

 お母さまはいつだって、誰にだってとってもお優しくて。本当に虫すら殺さない人だったのに。ああそれだのになぜこんなむごい仕打ちを受けなければならないのか。
 スパイダーウーマンの哀れな様子を見ながら、唇を噛み締め湧き上がってくる嗚咽をこらえるアルベルトであった。

「お兄ちゃまああああああ!」

 さらに頭の中にこだまするはエルザの悲痛な叫び声。
 ふと気がつけばアルベルトは身動きできぬよう椅子に縛り付けられ、群衆たちの好奇の目にさらされ嘲るような笑い声に囲まれているのだった。

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