第42話

文字数 956文字

「ねえフラニーさん、せっかくダンスホールに来たんですから踊りませんか?」

 その方が自然な感じで体つきをじっくりと眺めることができるのだし。

「あ、でも私、うまく踊れないし」

「いや、あまり見事なステップを披露されてもこちらの方がタジタジですよ! ダンスなんて楽しめばいいんですからね、さあ」
 
 瞳の奥まで見透かすようにじっと見つめるウィリアム。ふむ瞳孔が開いてきたな、そろそろ例のシロップ―特別調合の高濃度阿片入りシロップ―が効いてきたようだ。ウィリアムが手を差し出すとフラニーは大人しくその手をとってダンスフロアまで付いてきた。そこではまさに宴もたけなわといった具合で若い男女がペアになりところ狭しとステップを踏んでいる。

 ウィリアムはフラニーを目の前に立たせ一緒に踊るよう促した。導かれるまま魅入られるようにしていつの間にか夢中でステップを踏むフラニー。その瞳は見開かれ妖しく光りライトに照らされた頬は赤く上気し額にはうっすらと汗が浮かんでいる。音と光とシロップの相乗効果で、フラニーは狙い通り軽くトリップしているようだ。

 ウィリアムはそんなフラニーを音楽に合わせて軽く体を動かしながらじっくり観察した。太いベルトできゅっと締められた華奢なウエスト、短い袖からむき出しになった二の腕にはほどよく肉がつき腕を上げるたびチラチラのぞく薄茶色に茂った脇毛が愛らしい。そっとつかんで吸い付きたくなるような熟れきっていない乳房、ステップを踏むたび伸縮を繰り返すふくらはぎ。手首も足首も少女のようにか細くて、簡単に組み敷いてしまえるだろう。今晩の喜びのことを考えると、ウィリアムもまた子どものようにワクワクとしてしまうのだった。

「ふうー、暑い暑い!」

 先ほどフラニーの隣にいた厚化粧の女がハンカチで汗を押さえている。その横には黒人の男(!)もいる。どうやら二人は恋人同士らしい。黒んぼと下品な厚化粧、まったくお似合いとしかいいようがないな。フラニーに付いて一緒のテーブルに戻ったウィリアムは心の中では冷笑しつつも

「やあ、皆さんこんにちは。僕はアルベルト・ローハンです」

 明るく挨拶をした。上流社会では考えられないほど無作法な慣れなれしさであるが、ウィリアムはその辺りよく心得ており、いかにも彼らの仲間だという風に振る舞った。

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