第7話 奇妙な体験

文字数 963文字

 壁から天井から床から無数の切っ先鋭い突起が出てきてアルベルトを刺し貫こうとしたり、かと思えば床が突然ぐにゃりと柔らかく沈み寝ているベッドもろとも吸い込まれ、真っ暗闇の奈落の底へと落ちていく。

 次に気がつくといつの間にか点滴をされベッドに寝かされていたのだが、部屋の天井に大きな亀裂が走り、裂け目から巨大な目玉がギョロリとこちらを覗きながら

「アルベルト、アルベルト、アルベルト、アルベルト、アルベルト、アルベルト」

 ささやくようにひたすら繰り返す。

「ううっ、うううううぅ、アルベルト、うううっ、アルベルト……」

 ささやきはいつしかすすり泣きに変わり、天井の目玉からは涙らしき透明な液体がぽとりぽたりと落ちてくる。

「アルベルト! アルベルト! ちくしょう、アルベルト!!」

 やがて声は怒りの感情を持って名前を連呼しはじめ、涙は真っ赤な鮮血へと変貌しアルベルトの上に生ぐさい臭いをさせながら降り注ぐ。血のしずくが両の目を直撃すると室内がきゅうに暗くなり、夜の闇が開け放たれた窓からどろりコールタール状になって流れ込みゆっくりと部屋を埋めていく。真っ黒く重い質感を持った闇で部屋の床がすっかり覆われてしまっても、窓から流れ込む闇の量はまったく変わらず、どころか増える一方のようであっと言う間にアルベルトが横になっているベッドのマットレスすれすれまで到達してしまった。

「ああ! ここにいてはだめだ、僕まで埋まってしまうぞ」

 焦ったアルベルトはベッドから飛び降りるとドロドロしたコールタール状の闇にズブズブとはまり足をとられながらも、どうにかドアまで行きついた。下半分埋まっているドアをなんとか押し開け廊下に出る。

「お兄ちゃまああああ! お兄ちゃまああああ!」

 誰もいないガランとした廊下に突然、響き渡るはかわいい妹の声。

「エルザ! エルザ、どこにいるんだエルザ!」

 妹の悲痛な叫び声を聞きながら、薄暗い廊下の両側に無数に並ぶ白いドアを一つひとつ開けていく。

「う、うわあああ!」

 開いたドアの向こうには部屋いっぱいを埋め尽くすように巨大なクモが長い手脚を曲げ伸ばししている。

「ア、アルベルト……! アルベルト……!」

 あろうことか、世にも恐ろしい巨大クモは自分の名前を呼びながらこちらに向かってこようとするのである。

「ぎゃああああ!」

 
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