第36話

文字数 1,085文字

ワンワン! ワォーン! いまにも吠えかかりそうに立派な犬人間じゃあござんせんか。ほれほれよおくご覧なされよ、なんとも美しい毛並みですこと! こちらのお犬様はさぞかし美味いもん食ってたんでしょうなあ。え、お前の夕飯よりよっぽど立派だろうって? そりゃ旦那、そりゃ違いねえ。なんせあたしの飯と来た日にゃあ……あいまったく情けないかぎりでしてねえ。おかげ様であたしの毛並みときたらこーんなに

(ハゲ頭をぺちんとたたいて)

寂しくなっちまったあね。ぐすんぐすん。

(手を叩いて大笑いする観客たち)

まあね、そんなこんなも今日を限りに、ね、狭くて暗くてみすぼらしい部屋でみじめったらしく冷えた芋にかじりつくなんて生活とは……ハイ! もうおさらば! ね。

さあてさてさて、それじゃ皆さまお待ちかね最後に控えておりまするは名うてのハンサム・プレイボーイ、アルベルト・フォンダイン・ロンバネス、またの名をアルベルト・ローハンだ。それじゃ舞台に上がっていただくとしますかね、ちょっと連れてきてよそこの。椅子ごとでいいから。

 アルベルトは椅子に縛り付けられたままワッショイワッショイ周りの男たちに神輿のように担がれ舞台の上に乗せられた。強い照明に照らされ目が眩み思わず下を向く。

ハッハー! 来た来た! 皆さんの中にはご存知の方もいると思うんですがね、これ、この男が何をしたか。こいつはね、時に口ひげを付けたりメガネをかけたりの変装までしてさらに偽名を使い、あろうことかこの辺りの若い娘たちを何人も毒牙にかけ慰みものにした野郎なんだ。中には妊娠させた娘もいてかわいそうにその娘、まだ十八歳のうら若い乙女だよ、無理な堕胎がたたって死んじまったって言うじゃないか! こんなひどい話しがあるか! 貴族でございと俺たちを踏みつけにしてのうのうと暮らすだけでは飽き足らず、恐ろしい犯罪者でもあるんだからねえ! こいつには飛びっきりの地獄、生地獄を見せてやらなけあこっちの気がすまねえよ。そうだろう? 

(足で床を踏み鳴らす音、割れんばかりの拍手、甲高く響きわたる口笛、思いつく限りの罵詈雑言が舞台に浴びせられる)

そう、そう、そう、そう。ね。そう、そう、そう。はい、わかりました。皆さんのお気持ちはまるまると、ぞんぶんに、このわたくしめに染みわたりましたとも。だからここは、その死んじまった娘さんの兄貴、それに姉妹同然だったっていう親友の娘さんにね、心ゆくまでとっくりと痛ぶりなぶり殺してもらいましょう。ね、異存ないでしょ。

(大歓声と拍手)

うん。うん。うん。よし。じゃあ兄貴、娘さん、こちらへどうぞ、どうぞこちらへ。
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