第10話 フラニー

文字数 1,219文字

「お兄ちゃん、おかえりなさい!」

「ただいまフラニー。母さんの様子はどう?」

「今日はなんだか元気そうなのよ、お豆のお粥(ポリッジ)もたくさん食べれたの」

「ああ、それはよかった。ポリッジの残りはまだあるのかい?」

「ええ、私たくさん作ったもの。お鍋にいっぱいよ」

「じゃあ兄さんにもよそってくれないか。腹がへってどうしようもないんだ」

「もちろん! ちょっと待っててね」

 フラニーは兄の寝床である簡易ベッドの脇を通り部屋の隅にあるコンロまで行き、木の椀にポリッジをよそう。コンロの横にある窓の下には二人がけの小さなテーブルと椅子があり食事、書き物、作業台などすべての用事を済ませる場所となっている。
 つづきの部屋には浅く腰をかけただけでギイギイときしむ粗末なベッド、それはゴミ捨て場に出されていてもおかしくない代物であった、が二つ並べてあり、うち一つにはむなしくやせ衰えた中年の婦人が横たわっている。
 よくよく見ればその顔には、さぞ美しく輝いていた頃もあったろうと思わせるところもあるのだが、貧困と病苦により今ではほとんど見る影もない。この家の男主人、すなわち婦人の夫であるが、は残念ながら、働いていた工場での事故により三年前に亡くなった。けれどもたとえ生きていたとしても暮らし向きはたいして変わらなかったろう。この界隈に住む男たちの大半がそうであるように、こちらの亭主も酒とギャンブルがたいそう好きな男だったのだから。
 とにかくそんな訳で、現在二十一歳になる兄のケニーが父親に代わり、家長として製鉄工場で働きながらこの貧しい家庭を支えているのだった。

「はいどうぞ!」

「ああ、フラニー、ありがとうね」

 屈託のない笑みを浮かべて夕日のあたるテーブルの上に豆入りのポリッジをおくと、向かいの椅子に腰掛け兄であるケニーの顔を正面から見据えながら

「ねえお兄ちゃん、あたしちょっと出かけたいんだけどいい?」

「え、今からかい? もう遅いじゃないか。いったいどこへ?」

「う……ん、ベスに誘われたのよ、なんでも恋人のエリック、ほら兄さんも知ってるでしょう? あのエリックがね、今夜ハンバートン・クラブで演奏するらしいのよだから」

「しかし…、」

「お願いお兄ちゃん! あたし一日中母さんのお世話して内職して食事作って……外の空気が吸いたいのよ。それに明日は日曜日だし兄さんもお休みでしょう。ね、遅くならないようにするから、ねっ!」

 フラニーは十八歳、もちろん友達やボーイフレンドと遊びに行きたい年頃だ。ところがほとんど寝たきりの母親の世話と家計を助けるための内職に追われ気ままな外出もままならず、鬱憤がたまっているのだろう。ケニーは軽くため息をつくと

「オッケー、わかったよ。でも十一時までには戻るんだ、約束だよ」

「わあ、お兄ちゃんありがとう!」

 フラニーは兄の頬に軽くキスをすると、うきうきとした足取りでクローゼットへと向かった。ケニーは軽く肩をすぼめたが、またポリッジに戻った。
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