第57話

文字数 1,055文字

「アルベルト様、どうか……、どうかもうお許しくださいませ。私はカトリック信徒なのです。このような行為は決して許されるものではありません。私は毎晩、病気の母のために神に祈りを捧げています。それなのに、私がこのような罪を犯していては……、神のお怒りに触れてしまいます……」

 涙ながらに訴えるトーマス。アルベルトはしかし

「うるさいなあ、給金は十分にやっているだろう、最近じゃあ僕の小遣いからもお前に恵んでやってるじゃないか。お前の母親にはそれで薬でもなんでも買えばいいだろう」

 煩わしそうに言い放つのみである。トーマスはもはや母親の目をまっすぐ見ることさえできず絶望的な気持ちで、心を殺しご主人様にひたすら従うしかないのであった。 

 だがある時、そんなトーマスに転機が訪れる。友人に誘われて反政府グループ Warriors Of Labor Fire 通称 WOLF の集会にこっそり顔を出した際、支部長であるマイケル・グラハムに伯爵家への憤り(具体的な出来事は伏せたが)を話す機会を得、従者としての自分の立場も説明した。興味深く耳を傾けていたマイケルから反乱の計画を聞かされ、ロンバネス伯爵家を内偵してほしいとの依頼を受ける。もちろんトーマスは二つ返事でOKし、マイケルの指導の元言われた情報を集めてはそっと渡していた。幸いなことに従順なトーマスは伯爵家からの信頼も厚かったから、それはさほど難しいことでもなかった。
 そのかいあってXデーにおいてはすべてがスムーズに進行し憎っくきアルベルトともども伯爵家をまんまと失脚へと導いたのである。だがそれだけでは、抵抗できないことを十分わかった上でオモチャのように慰みものにされてきたアルベルトへの私憤が、まだまだ収まらないトーマスであった。

「結局のところ私の母は、先日長患いしていた心臓の病で亡くなりました。ずいぶん前に父親が亡くなり貧困にあえぐ我が家では、病気で苦しんできた母に十分な栄養を与えてやることもできず、私は確かにお給金を頂いてはおりましたが薬代はかさみお腹を空かせた小さい弟妹たちもおり、暮らしは苦しいものでした」

 感極まったトーマスは次第に涙声になりつつ、

「そんな私に対して、この男は……、自分の欲望のためだけに私を、私という人間をまるで心を持たない人形ででもあるかのように弄び……代わりに金を投げてよこすような真似をしてきたのです。ええ、受け取りましたとも。床に這いつくばって。家族のために。こうして神の教えに背く恐ろしい罪を私は、犯したのです……!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み