第11話

文字数 947文字

 サタデーナイトのハンバートン・クラブは界隈に住む若者たちでおおいに賑わっていた。サックスが唸り声をあげウッドベースは小粋なリズムを刻み、ピアノはウキウキするようなメロディーを奏でベスの恋人、エリックが叩くドラムの躍動が心と体にズンズンと響き、人々を熱狂的な踊りの渦へといざなう。

 この辺りの若者たちはみな貧しい家庭に育ち十分な教育を受ける機会も少なく、なぜなら学を修めることより明日のパンのための働き手が必要だったし親もまた同じような育ちだったのだから、お屋敷に住んで豪奢な暮らしを送る貴族の話を見聞きはすれどそれはまるでおとぎ話のように現実味がなくどこか遠い世界での話であった。

 そんな若者たちの唯一の楽しみといえば精いっぱいのおしゃれをしてハンバートン・クラブのような場末のダンスホールでつかの間の享楽にふけること。男性は油染みた作業着を脱ぎダンディなスーツを身にまといポマードで髪を撫でつけ先のとがった靴を履き、女性は日々の疲れを白粉の下に塗り込め真っ赤なルージュをひき、流行りの形に髪を巻きお給金を必死にやりくりして買ったワンピースとハイヒールで、夜の町へと繰り出す。ハンバートン・クラブには今宵もまた若さと情熱を持て余した若者たちが寄り集まり、ほとばしるエネルギーをダンスフロアで発散させるのだ。

 このような場所にはほとんど来たことがない奥手のフラニーは、慣れないお化粧とヒール、光沢のあるネイビーブルーのオフショルダーのワンピースで、熟れかけの桃のように愛らしい胸をちらりとのぞかせ細いウエストを真っ赤な太いベルトで際立たせ精いっぱい大人っぽくお洒落したつもりだったが、垢抜けない純朴さがどうしてもにじみ出てしまう。
 対してベスは派手めのお化粧がよく似合いすでに大人の色香を漂わせている。二人で並んでいると同じ十八歳とはとても思えず、フラニーの初々しい少女らしさがより際立って見えた。

「ねえフラニー、あの男性(ひと)さっきからチラチラあんたのこと見てるわよ」

 ベスはフロアの向こう側にいる男に目を留め横にいるフラニーにそっと告げる。

「え、やだあベス、そんなことないわよ!」

「あんたったらほんとに子どもね! あの目つき、ぜったい狙ってるわよあんたのこと。ね、なかなかの 伊達男(ダンディー)じゃないの」

 
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