第13話 アルベルト・ローハン

文字数 921文字

「ここは暑いですね、お飲み物でも?」

 現実に引き戻されハッとして見ると、スラリと背が高くこざっぱりとしたスーツの青年が優しそうな微笑を浮かべて目の前に立っている。そう、さっきまでベスと噂していた伊達男である。

「あ、あの、でも私、お酒は」

 おずおずと答えるフラニー。

「ハハハ、大丈夫です。アルコールではありませんよ、ただのレモネードです」

「まあ、すみません、ありがとう」

 耳まで真っ赤に染めてグラスを受け取り、口をつけるフラニー。炭酸に溶けたレモンの爽やかな香りが口中に広がっていく。

「こちらこそすみません、不躾なことをしてしまって。申し遅れました。私の名前はアルベルト、アルベルト・ローハンと言います」

「私はフラニー・マクドウェルです」

「こちらへはよく? フラニーさん」

「いえ、あの母の看病がありますので、あまり出歩かないんですけども」

「そう、お母様が。それは大変ですね」

「あの、いえ、大丈夫なんですけど、そんなでもなくて」

 このような事に慣れていないフラニーは、どぎまぎしてしどろもどろになってしまった。アルベルトと名乗る男は目を細め微笑を浮かべながらそんなフラニーのようすをうかがっている。

「ねえフラニーさん、せっかくダンスホールに来たんですから踊りませんか?」

「あ、でも私、うまく踊れないし」

「いや、あまり見事なステップを披露されてもこちらの方がタジタジですよ! ダンスなんて楽しめばいいんですからね、さあ」

 伊達男アルベルトの笑顔の中にある撃ち抜くような眼差しにぶつかると、フラニーは抵抗する気も失せ差し出された手に大人しく引かれダンスフロアへと出ていった。周りはまさに宴もたけなわといった具合で若い男女がペアになりところ狭しとステップを踏んでいる。フラニーは躊躇しながらも促されるままアルベルトと向きあい一緒に踊った。

 ドラムのリズムは心臓を揺さぶりサックスの音色が体の中で跳ね回り眩しいほどのライトに顔が熱くほてる。最初はおずおずと控えめに体を揺らすだけのフラニーだったが、息苦しいほどの人いきれと音と光の洪水の中でアルベルトの瞳を見つめているうちに、まるで魅入られたようにいつの間にか夢中でステップを踏みダンスに没頭していった。
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