第61話

文字数 1,251文字

 王政を廃止に追い込み新政府が樹立され成功したかに見えたカイザル王国の革命であったが、結果秩序は乱れ世の中は混乱し結局、末端にいる人間たちの暮らし向きはたいして良くもならず。
 だがどさくさを利用してまんまと行方をくらませたピーターは見世物小屋(フリーク・ショー)の火災時に「死亡」という事になっており、その後首都ファンネルンに出て(なんといってもゴミゴミした都会ほど犯罪者の絶好の隠れみのになるところもないのだから)、ひっそりと新しい生活を始めていた。

 昼は掃除夫として日銭を稼ぎ夜は床もカウンターもニチャニチャとして不潔な安酒場で自分と似たような下劣なツラ構えの野郎どもと酒をくらう毎日。
 何の夢も希望もなくしかし自由であることにある程度満足しながら日々を送っていた、そんなある日。ノックの音が。

「ああ、なんだ?」

 面倒くさそうに立ち上がり床に散らばるゴミをよけたり踏んづけたりしながらドアを開けるとそこには

「デビッド!」

 くり返し夢に見ながらずっと恋焦がれてきた初恋の人・あの愛おしいデビッドが、当時のままの姿、黒に近い濃い栗色のややウェーブがかった髪と陰りのある眼差しの青年、で立っているではないか。

「デビッド、デビッド、会いたかった……」

 ピーターは思わずデビッドの胸に飛び込み涙を流す。デビッドはそんなピーターを無言のまま優しく抱きとめた。

 そのまま二人はもつれるようにしてベッドに倒れこみ、激しく狂おしくお互いを求めあう。自分自身もいつのまにか当時の姿、ヘッドボーイに相応しく知性と規律を漂わせるブロンドの美少年、に戻っているのであった。



 五日後、いつものパブに顔を出さないピーターのことがなんとなく引っかかり、二日酔いだなんだで二、三日来ないことはめずらしくなかったのだが五日というのはさすがにおかしいと感じた飲み仲間のダニーは、ピーターの汚いアパートを訪れた。

「ピーター、おい、ピーター!」

 だがそこで見たのは、ベッドの上で事切れている貧相な男のむくろであった。蒼黒く変色した顔は変に浮腫んではいたが、その口元にはなぜか微笑が浮かんでいる。

「ばか! だから言ったじゃねえか、酒は大概にしとけってよう……」

 西日が射しこみ酒瓶やら汚れた食器やらが転がる汚く貧しい部屋の中を照らす。するとダニーは、ベッドサイドに置かれた小瓶に気づき手に取った。

「なんだこりゃあ?」

 日に透かし見ると小瓶の中には、液体に浸かった何やら得体の知れないモノが入っている。なんとなく気味悪く感じたダニーは、ベッドサイドに小瓶を戻し少し後ずさった。と、背後にある流しにぶつかり(とにかく狭い部屋でもあり)、開きっぱなしの戸棚が目に入る。西日を受けキラキラと輝く大小さまざまなガラス瓶……中の液体は濁り判別不能な物も多かったが、中にははっきりと「人間の指」「人間の目玉」とわかる物も混じっている。

「う、うわあああああ!」

 腰を抜かさんばかりに驚いたダニーは床に散らばるゴミに蹴つまずきながら、這々の体で部屋から逃げ出したのだった。



(完)
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