第18話 呪われた部屋

文字数 1,047文字

「ねえベス、さいきん体の調子がなんだかおかしいの」

 それからふた月ほどたった頃、フラニーが言い出した。

「まあ、どうしたの、どこか痛いの?」

「うん、ここ何日も胸がムカムカして体がだるくって。なんかの病気かしら」

 ……もしや! ベスはおそるおそる次の質問をした。

「ねえフラニー、月のものは順調なの?」

「え? それがこのところ遅れてて」

 言いながらハッとして思わず口を両手でふさいだ。

「これって、まさか、ねえ、そんなことって」

「可能性は……あるわ……」

 あまりのことにすっかり気が動転したフラニーは、思わずその場にしゃがみこんでしまった。

「ね、どうしよう、どうしようベス、こんなこと兄さんが知ったら……ううん、そんなの絶対にだめ。無理だわ無理。どうしようベス私どうしたらいいの」

 パニックになりガタガタと震えているフラニーの体をしっかりと抱きしめながら

「あたしが……あたしがなんとかするから」

 自らの責任を重く感じていたベスは、フラニーの耳元でそっとささやいたのだった。

 実際のところ、この界隈では「望まぬ妊娠」はさほど珍しいことでもなかった。女性が自主的に防御できるピルのような経口薬もまだなく、避妊はまだまだ男性主導でありかつ不完全なものだった。さらにこのような貧民街では教育が行き届かず、性や避妊の知識もお粗末なもの。にもかかわらず、宗教的観点から中絶は違法行為とされており、困った女たちは仕方なく、リスクがあることも承知で闇の堕胎医に頼らざるを得なかった。

「この建物よ。四階の二号室だって聞いたわ」

 小声でささやき二人で顔を隠すようにしながら建物の薄暗いエントランスに入る。そこはベスの勤め先の女工からこっそり聞き出した場所だった。該当の部屋をノックすると、白髪まじりのぼさぼさ頭でやつれた中年女が、不機嫌そうな顔を細く開けたドアからのぞかせた。

「あのう、こちらでお花を買いたいんですが」

 言われた通りのセリフを言うと、女は無言のままジェスチャーで中へ入るよう促した。

 真っ昼間だというのに分厚いカーテンが引かれた部屋の中は薄暗く、ムッとするような悪臭が充満し胸がわるくなりそうだ。

「先に、金だよ!」

 ベスが女のガサガサと骨ばった手に紙幣を渡すと、指につばを付け数えあげ満足そうにクッキー缶の中に収めた。

「下着をとってそこに横になりな。あんたは隣の部屋で待つんだね」

 ベスはフラニーをぎゅっと抱きしめおでこにキスをして

「じゃあすぐそこにいるからね、フラニー」

 と心配そうな顔のまま出ていった。


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