精霊王ノ瞳~Ⅹ (8/27更新)
文字数 1,729文字
昇華した杖を高く振り掲げた彼の指先は、
ほんの僅かに柄を撫で、 フワリ ...
虚空に枝葉でも添えるような動作で下方へと放ち、境界を切り開く。
すると。
水のように溢れ飛散する液状の何かを浴びた城が、街が、地盤が、
同質の流動態へと変じ、流れ落ちる様を目の当たりにした瞬間。
思いも寄らず、知ることとなった。
この場に存在する者は皆、
あたかも実在するかのように映し出された閃影と現実を取り違え、
錯覚しているに過ぎなかったのだと。
鐘楼の淵まで歩き、城下を見下ろすクロイツの視線の先では、
石ノ杜が有する多くの謎の正体が ... 白日の下に晒されようとしている。
後始末を済ませ駆け付けたノシュウェルは、
震える後姿を間近に見るなり、立ち止まって躊躇した。
あれは本当にクロイツなのだろうか。
目を疑うと同時に、自分なんかが肩を並べ見ていいものか悩む。
結局のところ、二人仲良く遠い目をして眺める事と相俟ったが。
流動する硝子のように変質した建造物群を見せられたところで、
理解が追い付かないのだ。
ああ、もう、何と言うか ... ...
「「帰りたい ... ... 」」
その一言に尽きる。
何もかも投げ出して寝台に転がり、不貞寝できたら夢のよう。
珍しく声を揃え、口々に呟く二人にとっては最早、欠かせない。
現実逃避のお時間である。
沈みゆくは ... アイゼリア首都、中心部。
蒼ノ細粒と化した魔物の残態は、
いつしか光媒を宿す蝶へと変貌し、彼ノ魔導師を取り巻いた。
クロイツとノシュウェルは、ただそれを見送るのみ。
そう、あれは ... ...
天変地異 ... いや、
奇跡をも掌智掌握し得る異次元ノ才覚を授けられた。
無我ノ傀儡 ... ...
なのに、まるで人のように笑う。
あの日、クロイツの胸中を読み取った彼は、
何の前触れも無く、こう説いた。
『人の心は可能性と言う量子的揺らぎに作用する意識ノ共晶。
安易に心を開けば精神世界に意識が溶出し兼ねないので。
叡智ノ結晶と直結した中枢を治めるには、危険を伴う。
高次元学問の信託者であるシャンテの民が、
自ずと叡智に触れようとしなかったのはそのため。
中枢ノ番人が有する高度な意識構造とは、
つまり ... 意識の至る所に鍵をかけるかたちで制限、
先鋭化を可能にする回路のようなものであり。
それらは、あらゆる次元の情報が思考を掻き乱すのを防ぐと同時に、
意識の耐溶媒性を高めるため、必要だった。
そうでもしなければ、どうなるか」
はじめ困惑するものの。
聞くうち胸が詰まるのを感じる。
辛くも、クロイツは答えた。
「心が融け出し、穴が空いてしまうという理由だな」
そう。
彼等は元より、集合意識へ接続する術を持たない。
情緒など理解する必要もない存在である。
人の心を開く鍵など、持ち合わせているはずがないのだ。
それでも、吐き気を催すほどの憎悪と嫌悪感が薄れる事は無い。
しかしクロイツは自身の感情を持て余さずして扱う方法を知っている。
責任や感情は ... 転嫁できるのだ。
これぞ理不尽。
ある意味クロイツらしい。
だが、そもそもフェレンスの周りに真っ当な人物がいられるはずは無いので、ご愛敬。
どうせなら、声に出して言ってやれば良かったとさえ思う。
けれど言葉にならなかった。
察しは付いたのに。
あらゆる想いの境地に至る、人の心に穴が空く。
霧ノ病と呼ばれる、その症状は人々を魔物へと化していった。
事の発端は、心の開放を成す〈鍵〉を操る者の反逆。
さて、誰のことを指しているやら。
何人か思い当たりるので頭が痛い。
クロイツは思った。
なるほど。つまり、この男は ... ...
鍵を操る者と接触し、
既に幾つかの鍵を外されている不具合品なのだ。
ふざけた話である。
分かりきっていたとは言え。
嘲笑ってやるでもしなければ気が済まない。
何しろ、相手は異端ノ魔導師。
だが、このポンコツめ ... 然も仕方のない事のように澄ました顔をしているが。
実際には天変地異をも制する力の持ち主である。
鍵を操る者が誰かなんて問題ではない。
受け入れさえしなければ良かったものを ... ... !!
こちとら元軍人でありながら、現実逃避したくなるような有様だと言うのに。
思い出したが最後、益々腹が立ってきた。
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