霧ノ病~Ⅶ
文字数 8,925文字
魔物の押し出す獄炎の波に対し、魔人に
ただ、それらはあくまでもカーツェルの心体を
実際に変じるのは彼の両腕である。
吹き飛んだ工舎の
左腕を顔の前に構えた魔人は、盾と化したそれにより波動を生み。
攻撃を受けるに
更に、サーベル化した右腕を一振りすれば、竜巻が生じ獄炎を吸い込む。
魔物の
獄炎を巻き上げる突風の壁をも乗り越えて、死角から尾を叩き込む。
ところが魔人は軽々と
そこはもう、目的地である渓谷の
翼を持たぬ魔神は谷底へと落ちていくだけと思われるが。
「来たか ... 」
渓谷の
ふわり、ふわり。
雪のようでありながら青みを
対当する
〈 魔導師・フェレンス ... おお ...
そんな彼の背後に差す影が、
ところが。こちらを見つめるカーツェルの瞳が不穏に見開かれ、察知する。
尾の一振りで
フェレンス目掛け、接近していたのだ。
サッ ... と血の気が引く。
我に返った瞬間、カーツェルは叫んだ。
「 フ ェ レ ン ス !! 」
動揺の
大気が異常に冷え込み、比熱差で次々と
落下速では追いつかず。腕を振り払い、爪の先から氷の矢を放つも。
命中したのは数匹。到底、防ぎきれぬのだ。
寒波を
瞳を閉じ、集中した。
複合錬金は至難の
覚醒の維持と支援、
義球を管制する術者個人は、極端に無防備な状態に
万が一にも、法が破られるような事があれば。
失われるのは、術者の命一つに
〈従者である前に、友人であって欲しい〉そう願うフェレンスが、
当の彼に対し
〈勝手に傍を離れるな〉と ... ...
しかし動じることは無い。
「例え斬り刻まれようとも、お前の強化だけは維持して見せよう。
だがこれは、お前のために払う対価ではない ... 」
彼が
猛追する魔物が、
その声は、カーツェルの耳の奥で チリチリ と音を立てながら
胸を焼く冷たさに
多くの民は暴走した〈得体の知れない力〉によって命を奪われたのだ。
一方で、事態の
死してなお
ある者は、魂を喰らい生き
自身の血から精製した魔石で、銀の指輪を
戦地を渡り歩いては、大地に染みた古血から膨大な魔力を
そんな彼の姿が ... ...
事情を知り
力に
親しみ合う間柄であろうと、想像し
生まれながらにして
人々が抱く恐怖により、
幼い頃から見て察するしかなかったカーツェルにとって、それは悲痛でしかない光景だった。
輝きを放つ指輪を胸の前に
背中合わせの影が ヌラリ ... と、まるで生き物のように振り向き、彼の首筋に喰らいつく。
それも次々と、複数に
ある影は彼の腕に爪を立て、ある影は懐に縋り付くように。
血脈から魔力を吸い上げるのだ。
ファントム召喚の本質は、自身に取り
フェレンスの場合。契約者と魔力を共有したうえに召喚術まで
あまつさえ、複数の魔術を同時に
魔力の質、量。共に
生成、
だが彼はこのために、長い歴史の背景で流された幾多の血の
その使用における効率の良い
かと言って、容易に
それが、彼の心体にどれほどの負荷を
カーツェルには分かる。
霊障と寒さに
さも余裕であるかのように涼し気な顔をして見せようとも、無意味なのだ。
異型の前に立ち
それを見るカーツェルは、両腕に蒼火を
「こそこそと ... 人の影に
力の
「いつもいつも、胸糞悪い登場の仕方しやがって!!」
八つ当たりもいいところ。
怒りの
しかし、
カーツェルが
竜騎士の槍を
カーツェルは身の回りに無数の矢を形成して身構えた。
ところが、同時に耳を疑う。
義球の中で魔力を高めるフェレンスが、再びカーツェルを
「 ... 寄るな。 敵に背を向けるような
「 何 だ と ... !?」
衝撃を受けた拍子、思わず攻撃を
「この ... クソが!! てめー! こんな時にゴネてんじゃねーぞ!! ガキか!!」
「
それと ... お前の方こそ。いい加減に、その短気を
「 テ メ ェ ... ... もう
逆上するあまりに
するとそこに、思いがけぬフェレンスの言葉。
「忘れたのか ... ?」
静やかな声に、意識を
見つめ合う瞳が、互いの身から吹き出る鮮血を映した数秒間。
時の経過が
義球の防御を食い破ってフェレンスの肩口を裂き、燃え尽きる異型。
フェレンスの
残存する異型を無視する理由は、主人が強くそれを望んだからだ。
行き違うファントムを横目に、カーツェルは
逆上しているのは自分ではなく、むしろ、あいつの方かと ... ...
義球の壁を破ってはフェレンスの身に喰らいつく異型が、
彼の
胸が
フェレンスは杖を
いつもなら温厚さを
高圧的に首を
様子を
二本の
そして、自身の
魔物の腕を裂き、打ち払う。ファントムの速攻により。
すると、どこか切なげな瞳を持ち上げ、カーツェルは
「らしくねぇなぁ ... ... 」
言葉とは真逆の行動で示すかのよう。
そんな主人の姿を映す瞳に、
衝撃で膨らんだ
「腹が立っても俺みたいな
どうかしてる。
心の底から、そう思った。
見せかけの優しさならともかく。
お前って、いつも逆なんだよな。
その ... さ、見せかけの
聞いたこと
約束が結ばれた日と同じ心境だった。
『いいか ... カーツェル。よく聞くんだ。
今後は何よりも
私の
その ... ... 言いつけを忘れてたのは、まぁ、俺が悪いんだけど ... ...
カーツェルは続ける。
「つーか、俺の短気は親父とテメーに似ちまったせいだ。この、クソ・大馬鹿野郎が ... 」
人のことを
それなのに今は、不快と言うよりは
フェレンスに集中する攻撃は
魔物の狙いは
追撃は止まない。
一度は逃せど、二重に開いた魔物の口はカーツェルを目前にして割れ、無数の
だが、それらは一瞬のうちに消失する。
正確に言うならば。カーツェルを
彼を
ファントムが猛攻を継続する中。精神統一するフェレンス。
彼の魔力が高まるに連れ、義球の輝きも強まっていった。
そうして
範囲内の
フェレンスはただ、
次に裏返る擬似空間は、内部に居た彼らをも巻き込み。
ある一点へと集中して消える。
跡地は何事もなかったかのように静まり返った。
それは、まるで ... 黒光りするオーロラ。
境界の生じる強烈な冷気は、雲を呼び寄せ吹雪を巻き起こすと言う。
その様子を遠目に確認したノシュウェルは、真っ直ぐに伸ばした
結界を展開せよとの合図だ。
見て
装置は起動済みなので。残す作業と言えば、鍵となる
移りゆく場面。
「お前は知っているか?」
宿所の一室に
対話を続けるクロイツが言った。
「魔導師の言う〈境界〉とはつまり、
〈アノ世とコノ世の狭間〉のことを言うのだそうだ。
あわよくば
もちろん。相手より優位に立つ必要はあるだろうがな。
しかし万が一にも、逆の立場に追い込まれた時は、
代わりとして、術者
話半ばで、相手から
「 ククク ... そう腹を立てることでは無かろう ?
奴の〈魔導兵〉が破られることなど、まず
するとだ。耳元に
〈 それは、そうですが ... 〉
対話の相手は男。
「 ククク... 分かっているなら
〈 ... ... ... 〉
彼は何か言いたげだった。しかし、気掛かりが先立つ。
〈 それにしても。近頃あなたは、 あの方や国の情勢について
今回の件といい。 一体、
威圧感を
男の声色に、クロイツは苦笑しながら返した。
「答えると思うのか? だが、まぁ、実のところ。お前がフェレンスと顔見知りで、
秘密裏に
... この私と血を分けた弟が、まさか職務に反してまで
異端ノ魔導師を支援していたとはな。裏切られた気分だったぞ?」
すると、雨に
〈
「 ククク ... 貴様こそ、察しが付いていながら ... 笑わせるな。
その程度の
〈 いえ。まさか ... 〉
〈 政界
あの方との関係を打ち明けるなんて ... ハハ ...
「ほう ... 貴様が? たかが監禁を恐れる玉とはな」
〈 それだけであなたの気が済むわけがない。そうでしょう?
僕はまだ、肩書きも人脈も、失うわけにはいきませんので ... 〉
「 ククク ... クク ... よく分かっているじゃないか」
クロイツは
すると急に折り返された。
〈 ところで ... ... これまでは、どちらかと言うと
あの方の後ろ盾となるほうが都合の良かった勢力まで、
奴等が〈アレ〉の手掛かりを
くれぐれも、周囲の人間の裏切りに
一方は、分かりきった内容であるかのような素振りで聞き流している雰囲気だった。
かと思えば、語尾を
「私を誰だと思っているのだ アレセル。
裏切り者には二重の利用価値があるのだぞ?
ただ排除するなど、低能のすることではないのか?」
〈 ... ... まさか、
窓ガラスに
「私には私のやり方があるのでな。
お前の側と利害を分かつ事になろうと、
奴等の〈奴隷取引〉は、どれ一つをとっても
聞いているとクロイツは、噛みしめるかのように、こう言い残す。
「
それっきり通話は途絶えた。
「貴様ら ... か ... 」
あえて
だが、どうも胸に
「僕はただ、フェレンス様をお
一緒にしないでもらいたかった。
各層、
その胸には、審問執行委員の資格章が輝く。
アレセル ... クロイツがそう呼んだ彼は、
つい先頃、公会議の副議長を
リーフ調の
部屋を
美しい木彫りの
場面を割って背中合わせに立つ印象の二人は、現在、共通の敵を追っていた。
手掛かりとなるのはフェレンス本人と、あの人物 ... ...
雨の打ち付ける格子窓を見やる。クロイツの表情は物思わしげだ。
降り出したのは先頃。
泥や炭を塗った顔を深々と伏せ。目立たぬよう。
出入りを見張る兵士たちの目を
あとは
連れた少女を乗せるが先。
手はず通りだ。
やがて男は、林の小道を馬で行く。
雨が雪に変わり、吹き
男は歯を
そして、冷え切った手を胸元まで差し込む。
少女は ビクリ として硬直してしまった。
その上、
馬から落ちそうになる小さな
「おいおい !! 気絶するほどかよ!? 畜生が!
血を
馬上でぐったりとする少女の
そんな男に
だが、渓谷を下り荒野に出る頃には、春の陽気へと変わる。
地平線に
それが ... この地方、本来の気候。
ともすれば、異端ノ魔導師に付き
出来る限り関わってはいけないのだと。
男は決して振り向かなかった。