石ノ杜~Ⅺ
文字数 7,997文字
アムアム。モグモグ。
食べ始めたら止まらない。
チェシャの
口が
主人の連れ子を
血ノ
警戒し、それとなく店内の
つい、見てしまう。
それまでの疲れや緊張
チェシャは、食べかけのパンを左手に持ったまま。
反対の手で皿を持ち、チュル チュルルル ... と、スープを飲む。
コース料理でもなし。順に口に運ぶ必要こそ無い ... とは言え。
次から次へと欲張るものだから、いつの間にやら両手にパン。
あれ ... ... ?
やむを
やや後ろに立って見ていた、カーツェルの口元が若干、
「 プッ ... ... 」
と言うか。今後こそ吹き出しかけた。
何が面白かったのかな?
不思議に思って振り向いたのはチェシャ。
目が合うなり視線を
食事の席では、よく味わい。
拒絶感を
興味を持つ前から、
これまで
そんな気分だったのだ。
追加注文した料理が並ぶ頃には、満腹のチェシャ。
運んで来たのは、あのウェイトレスだが。
彼女は、目も合わせず立ち去る。
しかし、まあ、お構い無しといったところ。
「 ツェ ル 、 タベ、ル ―― ノ! イッ ... ショ!」
そして、テーブルの
さあ、
相変わらず、
カーツェルは答える。
「ええ、頂きます」
「 ン !!」
店の客は、それぞれ会話を楽しんでいるよう。
夜が
食事を終えたカーツェルが、ナプキンを皿の左隣に置いたのを見計らって、チェシャは席を立つ。
見たところ、教えてもないのに同じ位置に置かれているソース
フェレンスの居た席のそれと、形が
つい先頃とは打って変わって、カトラリーも皿の手前
宿の階段手前まで
チェシャは、思った以上にフェレンスの
今後は、社交の場でも通じる礼儀作法を教えていかねばならないが。
それほど苦労はしなさそうだと、カーツェルは思った。
むしろ逆に。教えてもらいたいなーなんて。
そんな考えが脳裏を
フェレンスの待つ客室へ戻ってからの事である。
扉も無い収納と、簡易的な洗い場と。
並ぶ
部屋の
照明に手を伸ばしたカーツェルは、
それから、一呼吸置き。
向き
聞こえてくる主人と
そのほとんどが料理の話なのは、ご
例えば、追加で頼んだムースケーキが思っていたより小さくて切なかっただとか。
チェシャは、身振り手振り楽しそうに話して聴かせている。
け れ ど ... ...
実際には、どうなのだろう。
う ――― ん ... ...
部屋を横切りつつ二人の様子を
と言うのも。正直、自分ではとてもチェシャの話す言葉を理解出来ない。
「ツェ、ル、タベ、ォ ... ルノ、サカ ... キ、レイ! ノ、ナ! チェ、シャ、モ!」
んんんんんんんん ... ... !?
クローゼットを開き、
動揺が隠せず汗ばむ彼の後ろで、フェレンスが答えた。
「そうか。しかし、カーツェルの場合は昔から魚を好んで食していたからだろう。
お前も、嫌いなわけではないと言うなら、
まさかの魚が、どうしたら タベ、ォ ... ルノ ―――――― ... ... !?
あまりの衝撃に、自分まで訳の分からないツッコミを入れてしまう。
口に出しては言えないけれど。
そう、どんな話をしているのか、内容は
チェシャの話に
「なぁ、ちょっといいか? ぁぁ ... ... フェレンス!」
「どうした」
指の先で
「あのさ、チェシャが言う
フェレンスの受け答えまで聞けば、何となく分かったような気にはなるのだが。
「どうも、聴いてて疲れるんだよな」
「それは ... 口に出せずにいる疑問に
「ぁぁ ... 分かってくれるか」
「言いたければ言いなさい」
「ぇぇ ... だって、
「そうだな」
「 ... ... 」
「 ... ... 」
「そう。で、お前もさ。そんなのずっと聴いてたら耳に
「ふむ。ならば聴かないふりを ... ... 」
「うん。そうすれば大丈夫かな。お前は。でもね? 待てよ?
コレな、初めから俺が疲れるから何とかしようって話なんだわ。 話、戻さなきゃダメ?」
ちゃんと聴いて欲しいんだけど? 聴かないふり以前に、馬鹿なふりするのやめてくれる?
「つーか、さっきから何してんの?」
よくよく見たところ、フェレンスは
椅子に座り、丸テーブルの上に
精密
フェレンスは
カーツェルもまた、静かに待つ。
しかし、
彼は言う。
「言葉の
他人に合わせたところで、
「無理って事? つーか。何してる?って聞いたんだけどな。もぉー」
悪い
人らしいと言えば、人らしいので。
フェレンスに
すっかりと肩の力が抜けてしまった。
真面目に
対し、フェレンスは相も変わらず手元ばかりを見ているのだから、
「お前の言う事からして解釈に困るの、すっかり忘れてたわ ... ... 」
そう言って、首休めに見上げると。
頭上の
上手いこと組み上げるものだなんて、余計な事を考えていたところ。
またしても、遅れて答えるフェレンスの声。
「無理 ... とは少し違う。お前が努力するのは良い。
しかし、意識し
例え理解出来たとしても、お前の疲れの度合いは増すばかりなのでは?」
内容とは別の話になってしまうが。
カーツェルは、やや息
テーブルに乗り上がる
投げ出された足は脱力し、プラーン ... と
食事の席での調子といい。
なんて
カーツェルもまた同じように。目を細め、耳を
すると彼は、手にした物を順に置いて顔を上げる。
〈 コトン、コトン ... ... 〉
「来なさい。チェシャ」
不意に呼ばれ、ぶら下がった足がピンと張り上がったかと思えば。
すかさず
カーツェルは目で追った。
主人の
あのフェレンスが作業を休み向き
まぁ、そうだよな ... ...
共感するカーツェルの目に映ったチェシャの瞳は、
「お前は興奮すると言語の末尾が、
一言、言い切る前に、次の文頭に
けどね、ちょっと。何、言ってるか分かんない ... ...
ポ カ ――――― ン ... とするチェシャの顔を見れば、
当人と見合うフェレンスにも、その気持は伝わっていたので。
「 ... ...
少しだけ
思考停止状態で固まってしまっている子に対し、真顔で。
「先のお前の話し方では、以前よりも分かりづらいので。
今後は気を付けなさい。聞き手の様子にも気を
相手が困っている
特に意識しゆっくりと、いつものように一つ 々 、順に話すと良い」
懸命に理解しようとして聴く
人的災害の代名詞と言えば、異端ノ魔導師。
そんな、世間一般の認識を
多くの犠牲を
だがしかし、今はもう。
当然と割り切る彼の生き様を、この瞳に焼き付け先に進むのみ。
どうしたらこうも、きっぱりと物事を区別できるのか。
気持ちを切り
人と向き合えるのか。
不思議でならないのは、今も変わらない。
けれど、いつだってそうだった。
本当は、優しいくせに。
何なんだ ... ... そう思うと、また、胸を
これまで、その
ずっと、
なのに、
心の底から
この幸福感 ... ... ここに来て今更のように知ったはずだが。
実のところ、そうではなく。
以前から知っていたような。
また、
考えていると、
チクリ ... ... チクリ ... ...
おかげで、何度も呼ばれているのに気が付かなかったようだ。
... ... カーツェル。
「カーツェル。どうした」
「え!? ああ、悪い ... ... 何か、疲れてんのかな。ぼーっとしてた」
適当な事を言って、はぐらかしてはみたものの。
フェレンスは ... どう思ったろう。
いつものように見透かされているかもしれない。
だが意外にも、フェレンスは聞き流して話を続ける。
分かりきっているので、触れるまでもないだなんて。
思われてたら、ちょっとショックだけど。
彼は、こう言った。
「食事の席で声を掛けてきた女性についてだが。
この国、アイゼリアでは現在、入国者の行動が制限されている。
厳密に言えば、手形を身に着けていなければならない。そうでない者は刑罰の対象。
法令により、密告者は
本件も
「それなのに。答える必要は無いとか ... ...
あの時は一瞬、どういうつもりかなぁーって思ったけどさ。
帝国の連中がお前を
居るなら返せよって言ってくるまでは、簡単に想像がつくもんな」
「ともすれば、出来るだけ
「それを
でも正直、そういう所が好き ... ...
会話していて、ふと思った。
カーツェルの顔に、裏腹な笑みが浮かぶ。
初皇帝ユリアヌスが帝国の
〈禁断ノ
より
それに
異端ノ魔導師 ... ... フェレンス。
「お前が、〈石ノ
この国 ... アイゼリアに逃げ込んだ理由も、ちょっと
追って
「 ... ... 少しだけな」
現在必要な情報を
可能な
直接的な
つまりは、ある程度想定し。
こちらの要求に見合う相手を望むと、行動で伝えているのだろう。
「そのため
「
「そう。アイゼリアの
先立つ物も必要だ。資金調達をしながら、あちらの出方を待つ」
「よっし! そう来るだろうと思って、準備だけはしといたぜ」
「準備?」
「
ジャ ―― ン! と声に出すカーツェルが
「お前が〈アレ〉を売っぱらった日、
料金
アレ ... ... ?
アレって、あの時のアレの事だろうか。
主人と
いつの間にか荷物が増えていると思ったら、それか ... ...
お金が無くて仕方なく売ったと思うんだけど、何してくれてんの、この人 ... ...
と言うか。そう。
〈アレ〉で思い出したが。
奥歯を
フェレンスの奴め。
余計な事だが、聞いてみたくなったのだ。
「つーかさ。お前、この国に来るの何回目?」
「初めてだが?」
「へ―――― ... ... マジかよ。
で? どっから来んの。そういう予備知識みたいなの」
「地上の国々の
「それを、よくもまぁ憶えてるもんだよなぁ ... ... 」
会話しながら回り込む彼は、フェレンスの後ろまで来て
その口ぶりは、どこか
この
耳元まで
「俺との約束は忘れるくせに」
けれどもチェシャは真横に居る。
聞こえてしまって当然なのだ。
なのに、さっぱり話が見えない。
逆に聞きたかったが、あえて黙り通す。
この手の話に水を
ここ数日で思い知ったので。
まさか、言えなかった。
組んだ足の上に置かれていた右手が、肩に落ちる黒髪に触れ、
その
カーツェルの長い髪を
返す言葉も一つきり。
「何を
答えたくない気持ちを無言で
テーブルの上を見れば、先日、
作りかけの
あれは ... ... いつの事だったろう。
思いを
「それ、次に新調するなりして使わなくなったら ... 今度こそ俺にくれるんだろうな?」
「今度こそ?」
「そう、今度こそ ... っ て、しつこいようだけど。
俺も欲しいって話してた時、新調することがあったらって言ったのは、お前なんだからな!?
それなのに、あっさり売り飛ばしやがって」
フェレンスは
言われてみれば、そんな事もあったような気がする。
いや、確かにあった ... ... と、思うや
サッ ... と血の気が引き、背筋が凍る。
「よく ... 憶えているな」
しかしながら
会話を続けるしかなかった。
「ああ。俺はまだチビだったし、何でそんな話になったかとか、色々
「そうか ... ... 」
「まったく。約束したのに。忘れてたなんて
あれは確か、長期
それまでは長くても三ヶ月弱で
それなのに ... ...
「お前は、任を終えるまでの数ヶ月が待てず。
「それはもう忘れていい!!」
修道院施設、預かりの身だったフェレンスの部屋への不法侵入。無断使用。
公爵家第二子の犯行を黙認した修道士
彼らは
掃除管理をしていた修道士が居眠り中、
ドラグニティ公爵として
知らさせたのは、出入りを許可されたカーツェルが
事ある
部屋の
フェレンスは作業を再開する
報道関係者の目を
帰還の日程は内密にされていたというのに。
カーツェルはいつも先回りし、待ち構えていたのだ。
そして、視線や言葉を
当時の監視役が彼の制止を
クロイツの前任とされる監視官がカーツェルの
官職を
信頼を
彼の兄にとっては
実の弟が異端ノ魔導師と
それとなく情報を
現状において、
カーツェル ... ...
彼が
今 ... ... 口にしたという
余計な事まで思い出させてしまったと言いながら、荷物の整理に乗り出す友の背を見て。
フェレンスは、胸を押さえた。
それは本来、忘れ去られていなければならない想い出だったのだ。
実の弟を、異端ノ魔導師のもとへ。
差し向けたのは、彼の兄。
カーツェルが恋心を抱いた頃に取り上げたのも、そう。
「あの
押し切られるかたちで
アレセルは、自身の
帝都に降り続く雨は、各上層区、各
夕暮れ時。
部屋の片一面に広がる街景色は、
それらを横目に、軽く見開かれた