血ノ奴隷~Ⅳ
文字数 7,931文字
雑踏に
「バノマンが引き下がるなんて信じられない。
軍警、副総監の息が掛かった
一人は若い女性。
「はてさて。お
一人は体格のいい中年男性。
「けど、まぁ、やれやれってところじゃない?
フェレンス様ったら、思ったよりぴんぴんしてらっしゃるし♪」
一人は、分厚い化粧と
「リリィだけお屋敷に残して来ちゃったから、アタシ、どっちかっていうとアッチの方が心配よぉ」
壁にでもぶち当たったかと振り返る人々が、
「それにしても、ここ、もの凄く居心地悪いんだけど ...
よくもまぁ、これだけの野次馬を
「帝都の報道機関の腐敗は今に始まったことじゃない。
不都合に触れられないよう対立勢力の非を突くのに忙しいんでしょ。想定内だわ」
「人が多いほど、思い切った事はし
「まったく。食い合って無くなっちゃえばイイのに!」
「いずれはそうなる。けど、まずは落ち着いて、ロージー。
あなたの周りから人気が無くなってる。目立ち過ぎよ ... 」
「あらイヤだ! ホント♪」
誰と話しているのか、不審に思う人々は彼等を
中でも、キャッ ! と声を上げて身を
ある子は、そんな彼の正面で立ち
「うえぇぇぇ ... キ ん モ ぉ ――― ... 」
お約束のような流れだが。
「んだと こん ガキゃあぁぁあぁぁ!!」
よくあるオカマの図。
「なあ、マリィちゃん ... 本当にあれで良いのか ... 」
「良いのよ。自然でしょ」
「いやドコが? つーか、あの子が
「フェレンス様が危ないようなら、まず
さすがに無いようね。さっさと、お
「え ... ちょ 、 聞いて? マリィちゃん 、そうは言っても簡単に見つかりゃしねーだろ?」
「いたわ! 過激派の
「 ... て、マ ジ かよ ... !?」
発着場に程近いオープンカフェにあるレンガ造りの敷居から身を乗り出すと。
周辺の警戒に当たっいた警備員が、変質者と思わしき大男に注目する一方。
その背後を素早く駆け抜ける夕影を見つけ、彼は直ぐ様に後を追った。
対してマリィと呼ばれた女性が言う。
「こっちは三人! 食い止めるわ!」
「一人は追ってる!」
「
「
「あまり人を巻き込まないでね」
「一般人なんざ、とっくに逃げてら。監視官一行を追ってた兵が多少残ってはいるが。
この程度でくたばるようなら、そもそも兵士にゃなれねーだろう ... ?」
人々の合間を
すると、彼等の敵意を感じとった夕影のマントが翻る。
次の瞬間。人々の頭上に影を落とす巨大な
〈 ゴ ゴゴオォオォォォン !!!! 〉
振り下ろされたそれは地を割り、烈風を散らす。
危険を察知し回避した者の他。
直撃は
奇襲を
吹き流れる土煙の向こうには爪痕が残るだけ。
夕影は
「異端ノ魔導師を逃がそうとする
三班、探せ! 四班は追撃を警戒し待機せよ!」
アレセルが行くまでもなく、隊長格の指示が飛ぶ状況下。
「そう。注目を集めるだけでいい ... 」
彼女は言う。
三つの夕影が
その都度、衣服の
スルリ、スルリ と抜き出しては、夕影の急所に差し込みながら。
「
美しく姿勢を
彼女はやがて何事も無かったかのように、雑踏の向こうへと姿を消した。
「そうね。旦那様に使い込まれた〈物ノ精霊〉として、
仕事が済んだら
それなのに。例のオカマばかりはそうはいかないのだ。
「 イヤイヤイヤ、イヤ ァ ~ ン ♪
どうしてアタシだけ? こんなに注目されてるのぉ?
みんな見すぎよ! どうして!? ダメよ、みんな ... どうしてなの!?」
言っている事とは裏腹に、派手な身振りで駆け回り。
行く先々で人を突き飛ばすのだから、無理もない。
はたまた一方で。クロイツに言われた通り、黙って隠れ
イヤイヤ言いながら目の前を行き過ぎる不審人物を目で追って、ほっぺたを木箱の隙間に押し込む。
何か、
そうしていると、ついに声が
「 ン... ムゥ ... 」
聞き付けたのは、周辺を見張っていた兵士の一人。
「こんな所に子供? いや ... まさかな ... 」
少年は、 ハッ ! と口を手で
呼吸すら
なのに突然。お呼びが掛かる。
〈 ハ ァ ~ イ 、オチ~ビ チャン♪ ヨウヤク 見ツケタ ワァ ~ 〉
おかげで飛び上がり失神しかけた。
声を上げないかわり、白目を
少年は尻もちをついて転がる。
気が遠のく中。
引出しが閉じたり開いたりを繰り返している。
〈 アラアラ、ゴメンナサイネ ... ソウヨネー 驚 ク ワヨネ~ ... ケ ド♪ オチビチャン、オ 願 イガ アルノヨ 。
目 ガ 覚 メタラ ソコ カラ 出 テ、アタシ ノ 引 キ 出 シニ 隠 レテ クレル? 〉
何やら、大きな箱が
それでいて、少年はすっかりと目を覚まして見る。
ヒラリ ... ヒラリ ...
動いて
〈 旦那様 ニ 、 オ 会 イ シタイ デショウ ? アタシ 達 ト 、 オ 屋敷 ヘ イラッシャイ ナ♪ 〉
いつか見た
木箱の
あっさりと破壊して見せたお化けチェストの力技に目を丸くしながらも。
彼は、反射的に飛び出していた。
「 シャ ―― マ ―― !! 」
差し伸べた手をすり抜け、触れる事すら叶わずとも。
その向こうには、あの人がいると ... 少年は信じていた。
〈 ハーイ ♪ イラッシャ ―― イ ! ト !! イッチョ アガリ ィ ―― !! 〉
チェストは素早く引き出しを開け放ち、しまっていた毛布を パッ と開くと、
魔法のように クルクル 少年を
あちらこちらで起きる騒動のために、少年を狙う暗殺者の手も、
警戒を強める監視の目も、こちらまで行き届くことはない。
人々の多くは、魔導師の声に呼び覚まされし千ノ影に
覚醒する過程で騎士霊と同調した
振り下ろした手刀から、
石畳を砕き突き刺さったそこから、退魔師の陣列まで燃え広がる
それによった呪縛が断ち切られた時である。
結界の
盾も鎧も、
呪縛から逃れた影に噛み千切られ、役には立たない。
それでもアレセルは指揮刀を振り続ける。
都を戦場にするつもりのないフェレンスに付け入るかたち。
引く気はなかった。
意を
カーツェルの不調も
地上へと降りていくフェレンスの背を見て、
無意識のうち。
カーツェルは覚醒状態から回帰したことにも気付かぬままに、フェレンスを引き
しかし今一度、振り向いて
「
私への未練を、彼に着せるのはやめて下さい ... ... 」
カーツェルは思った。
何の事だ? どうして俺を見て言うんだ ... フェレンス。 俺は ... ...
だが同時に、自分では思ってもみない言葉が口から
〈あの時、私は ... 貴方を連れて逃げるべきだった ... フェレンス様 ...
そうしていれば、今も、貴方が身を案ずる彼に
自分が話している自覚はあるのに、自分で言っていることの意味が分からないのだ。
その上、気付けば ... フェレンスの肩を抱き、瞳を閉じていた。
それ以降の記憶は無い ... ...
気を失ったカーツェルの
本来なら別の任に当たるはずだったアレセルの間近に、あえて。
指揮刀を高く上げ横にした状態から、
切っ先を
アレセルは待機の号令を下したうえで、
それを声高に伝達するのは補佐官の役目。
すると彼は真っ先に、フェレンスの肩に
昇華を解いた杖を持ち返し差し出したフェレンスは、ただ一言だけ言い残した。
「
複合錬金の認可を下されるまでには、
うち一つが、審査に合格した軍士を随行員として常に同行させるといった内容。
審査を
「まさか、上院議員や枢機卿と肩を並べる家柄の人間が名乗りを上げるとは。
多くの議員が動揺していました。しかし、故国が集約した
蜜月の関係を
大勢に逆らい
「やはり、事故ではなかったと ... 」
「身内の裏切りとも
その父君の肩入れが正々堂々としていた分。立場の無い者も少なくなかったのでしょう」
「... 当主の
無断で私の元を
「 ... ... ... ... 」
異端ノ魔導師と、機捜隊所属となっていた管理官の会話。
〈特異血種取締法違反〉の
バノマンの勢である暗殺者により口封じされるより前に、
国外逃亡させるのが狙いであった事など、既に説明済みである。
だが今は、別の話がしたい。
「 ... ... 僕が こっそり
不機嫌そうな顔を
そんなアレセルの様子を見て スクスク と
「カーツェルだって、同じ目に
アレセル ... そろそろ機嫌を直してくれないか ... 」
あの男の名前なんか、聴きたくもないのに。
「お気遣い
アレセルは顔を背けたまま席を立った。
そして、長テーブルを
肩に手を置き、耳の裏側を親指の腹でなぞってみても、フェレンスは気にも留めずに。
手にしたグラスを静かに置くだけ。
「せめて。僕と二人きりの時くらいは、ご友人の話など ... お控え下さればいいのに」
アレセル。彼は、カーツェルが随行員として認められ、
フェレンスと正式に契約を結べる立場となっても。
フェレンス本人がそれを受け入れようとしなかった事を知っている。
それが、ある日を
フェレンスと、その友人の間に何があったのか。
当時からずっと気に掛かっていたのだ。
しかし、触れてはいけない気がして ... ...
契約者の精神だけでは神化の
意志の共有が可能、
理由は様々と、
もしや ... 他言を許されぬ
そこまで
フェレンスの背後から立ち去り、グラスにワインを
「アレセル ... .. 何度も言うが。 彼は友人だ」
何を考えているかも、見透かされているよう。
どうせなら、
切な気な表情で振り向いたアレセルは、こう返す。
「では ... 貴方様の
「 ... ... ... ... 」
何を考えているのだろう。
フェレンスは黙り込んでしまった。
アレセルもまた、同じようにして思う。
やはり、聞いてはいけなかったのだと。
天命を
亡国の末裔が負った影には幾千の霊が宿り眠る。
その筆頭たる騎士霊が、時に影を抜け出しフェレンスの後ろ姿を見つめ。
やがて自らの
いつぞや見た光景の意味する事柄が、彼の不安をより
刀礼に先立ち鎧を
あるいは心より
つまり ... ...
故国・シャンテの英雄と伝えられる、竜騎士・グウィン。
彼は
――― 特別な意味で
あの、
何となく、そんな気はしていたが。思い過ごしであって欲しいと願っていたのに。
気付いて、はじめて納得する話。
異端ノ魔導師の友人でいたかっただけという男が、どうしてこう、
自身を
ある男は
「まさか、身内の人間が取り
開放された随行員を保護する軍警の、とある施設にて。
〈 ガン! ガン! ガタガタ ... !! ガ ン!! 〉
力の限りに
扉の向こうで荒ぶる若者の
「フェレンス!! フェレンスは
フェレンスに会わせろ!! さもねぇと、その首
相変わらずの低俗な口振りが気に入らず、男は返した。
「 フム ... 見限られた分際で
それも、実の兄に対して。逆恨みも良いところだな」
「 ... 何だと!?」
赤々と、燃えるように揺れる。
アレセルが取り引きをした男と同一である。
「親父の不審な事故死に異議申し立てもしなかったテメーが言うのかよ」
「
反抗する相手に面倒見られる分際で、
無事、任を解かれ処分を
「笑わせんな ... そもそも、フェレンスに処分を喰らわせるなんざ、
テメーの側のお
「馬鹿が。議員の引責など取るに足らぬ。むしろ、それで済めば幸い。
それもこれも、お前がここで大人しくしている事が条件であると知れ」
聞くとカーツェルは
「俺が ... ?」
「枢機卿の姿を見なかったのか?」
「ああ、そんな奴もいたな ... けど、それがどうした」
カーツェルの汗ばんだ肌と目元の黒ずみを見れば、
意識を失う以前よりも状態が悪化していると分かる。
フォルカーツェ ... そう呼ばれた男は言った。
「複合錬金の認可取り消しを働きかけ、
魔導兵の
連中は
不安が
カーツェルは、事の深刻さに気付かされ
すると、彼の兄が言葉を加える。
「カーツェル ... お前が私の忠告など聞くわけはないな。
だが承知の上、あえて言わせてもらうが。
異端ノ魔導師とは、
連中に有益な情報をくれてやる代わりに魔導兵と術者の
そのように要求した何者かがいるのであれば。
恐らく、そいつは ...
もし、そうであるなら。
フェレンスは、枢機卿の背後に〈
白百合のような装束を
押し黙ったカーツェルは、フラフラ と壁際まで引き下がり、力無く
これ以上、話すことは無い。
静かにその場を去ったフォルカーツェが、再び
施設からの要請を受け、向かった。
打ち抜かれた壁の一部と共に外へと飛び散った明り取りを確認し、足元を見れば。
彼の座っていた場所に残る痛ましい爪痕と血染み。
爆音を聴いて駆けつけた時。一室は
予想通りではあった。明日には大々的に報道されることだろう。
「あいつも、少しは察するようになったか ... ... 」
今後、異端ノ魔導師が公式の辞令を受けることは無い。
カーツェルは無理にでも付き添うつもりだろう。
だがそのためには ... 公爵家子息、そして、軍士の肩書きを置いて行ってもらわねば。
そう彼は、逃亡の主犯になる覚悟を決め、去ったのである。