精霊王ノ瞳~Ⅵ
文字数 5,923文字
遠巻きに聞こえるのは、警報と叫び声、そして悲鳴。
聞き分けているのは、砲声と射撃音だ。
〈 ボン! ドドド!! ドーン!! ドーン!! バババババ!! 〉
奇襲兵の得意とする戦法は、
牽制を誘う中距離での集中砲火。
前腕当銃を酷使する。
飛躍連射。
防御の必要すらない瞬速の回避移動は正に、手練技。
連射熱で銃身内部が変形し、使い物にならなくなる程だと聞く。
腿甲の中核に組み込まれている法石には、飛翔ノ法が込められているらしい。
体動を感知する装置が要とノシュウェルは語る。
魔導師でもない限り、法の効果調整など不可能だからだ。
符の効果は一回限り。
石であれば、一定時間は持続するよう。
更に高位となると、魔青鋼が挙げられる。
媒体として流用性が高く、形状の変転が可能であり。
武器等、複数持つ必要が無いため。
機動補助を行う系統設備、もしくは、
同程度の遠隔支援を実行する特殊技能兵の存在が不可欠とは言え。
圧倒的火力差、不利な戦況を手数で押し返し、
応変に打開する奇襲兵には必須的装備。
吊り展望を含め。
建築物に絡んだ巨大な蔦植物と、
都の構造も、こちらには有利。
ところが相手は極寒を生じる火によって、気圧を操り、竜巻に乗る。
その様は、竜を従えるようでもあった。
撃ち落とすつもりで攻めても、当たらないのだ。
逆に繰り出される雹撃が、瞬速ノ精鋭を追い立て。
頬に、腕に、際どい傷を残す。
「クソ! ガチで人間じゃないね、アイツ!!」
「お前もなかなか、いい線いってると思うぞ? 世話してやるのが大変だ」
連射に継ぐ連射。
転送による充填補助に忙しい技能兵が、
気を利かせ召喚したのは防壁。
嫌がらせかと思ったのは当の奇襲兵である。
「うわっ。ウソ!? バカじゃないの!?
こんなデカいの邪魔だから! 迎撃保護に替えて!」
「了解。我儘だな」
それなら、もう顔に傷を付けないように避けきれよ。
だったら、もっと早く充填しろ。
はてさて、この二人。
いつから毒突き合うほど仲良くなったのだろうか。
戦況は極めて不利なのに。
何だか楽しそうに見える。
いやいや、冗談だけど。
ん ... ... ?
待て々、違う。
冗談じゃない。本当は真面目にやって欲しい。
そう思ったのはノシュウェルだった。
元部下の事で蹴飛ばされるのは、もう真っ平、御免。
クロイツの前衛を任されている元隊長という立場上。
色んな意味で冷々とした気分。
何故なら、もう長くは持たないせい。
「充填! 遅い!!」
「はいはい」
「もっと! 早く!!」
「これなら行ける?」
「まだだ! 足りない!!」
「そう欲張るなって」
間に合え ... ...
半ば祈る思いだった。
間に合え ... ... !!
彼等が担った役目とは。
魔導兵の銃撃誘導である。
しかし、替えの銃身が無いのだ。
連続射撃は熱変形を引き起こす。
銃身を通過する弾頭の摩擦と、火薬の燃焼による蓄熱が、その要因。
前腕当銃が熱を持ち、腕が焼けるよう。
実際には、激しく顔を歪ませ痙攣までしているのに。
精鋭たる性根が、呻き声を洩らす事を許さない。
剰え、虚勢を張らずにはいられないのだ。
「いいね ... 気持ち良いよ... 」
声が、震えている。
とても無事とは思えなかった。
分かっている。
だからこそ歯を食いしばり、ついて行く。
背中を押す。
「よし ... そのまま、行け ... !」
責務に対する誠実さ。
誇り。決意の無い人間の後に、続く者などいない。
道を切り開き、示さねば。
しかし何だ ... ...
水を差すようだが。
会話を聞いていると。
ちょっとね。
無自覚ドSと調教癖ドSの構図が、頭に浮かんで見えてくる不思議。
ああ、そうか ... ...
その時、ノシュウェルは気が付いた。
どうして亡命しなかったのか、謎だった方の元部下。
アルウィは、やはり。
元中堅の腕前に惚れ込んで、残ったわけだなと。
力で震えを抑え込み、照準を定める。
彼の利き腕から上がる煙は硝煙か、
それとも ... 焼ける肉から奪われた水からなる蒸気か。
不屈ノ奇襲兵は、ある時。
唐突に呟いた。
「僕は、誰にも選ばれなかった ... ... 」
痛みに堪え、戦う者の動的能力を支えるのは集中力などではなく。
切望。
いかなる理由から兵士となり、決断してきたか。
知られざる経緯があるに違いないが。
それは皆、同じ。
だからこそ、誰もが聞くのみ。
「居場所なんて無くて。ただ適当に生きてただけ」
〈 だったらせめて、生かすべき命を選び、託せ 〉
そう言ったのは、こんな僕に居場所をくれた親友 ... ワート。
ルースの兄貴。
行ったきり帰って来なかった腐れ野郎だ。
ルースは、あいつの生死を確かめるために帝国に戻る。
そんなの、言われなくたって分かるから ... ... 帰るんだ。僕も」
素早く息を継ぎ。
誘導を継続しながら言い連ねる、か細い声。
攻撃と回避を繰り返し、息も絶え々だというのに。
失いかけている意識を逆に追い込むとは。
最早、譫言。
酸欠で墜落しかねない。
もう喋るな ... ...
言いたいのは山々。
だが、朦朧としている相手に届くわけがないのだ。
「託すモノなんか、何も持ってないんだけどね。
居場所をくれたヤツのために生きて、死ぬことくらいは ... 出来るから」
ところが、そうと耳にするなり声を張り上げる技能兵がいた。
「いい加減に黙れ!!
腐れ野郎の仲間入りをしたいのか!!
お前の居場所は一つじゃない!! 帰って来い! アルウィ!!」
各方面で尽力する者達の胸を過ったのは ... 共感。
分かるよ。その気持ち ... ...
私利私欲、大義名分。
理由がどうあれ、奪っていく者がいる限り。
奪われぬため命を懸ける。
生きて欲しい人がいるから。
そう言うコトだよな ... ...
ノシュウェルの心の声は、どこか思わし気。
背にしたクロイツの姿が、錚々として映えた。
しかし、また一方は。
再度、特攻するため機を見計らうのみ。
竜巻を鎮め、高台に降り立ったカーツェルの余裕を削ぐべくして。
誘導弾発射装置を構えるヴォルトは、ノシュウェルの援護を担当している。
緩衝壁展開まで、あと少しだ。
然れどクロイツは聞き逃さない。
「そうだ。帰るぞ ... ... 俺達も」
ヴォルトが囁いた言葉を、どう捉えたらいい。
また一つ、疑惑が生まれた瞬間。
図らずも。
再び特攻を仕掛けたカーツェルと行き違い様に、力尽きた奇襲兵。
彼を受け止めたのは、機動支援、請け負いの技能兵により遠隔召喚された緩衝体。
運良く高台に落ちてくれたので、間に合わせ物資でもどうにかなったが ... 際どかった。
安堵し両手で顔を覆ったルースは、堪らず席を立つ。
天井に近い所まで組み上げられた装置を飛び降りると。
元巡視船の主配電盤が立ち並ぶ壁沿いを行く。
排気扇や通気筒等、設備が犇めく中。
それらを背に、細い鉄扉を開いて駆け出てた先には。
狭い廊下と上り階段。
彼は思った。
遊撃部隊の基本兵装である防具 ... いや、せめて頭甲だけでもあれば、こんな事には ... ...
吸気を補助する装備も無しに。
よく、あそこまで持ち堪えたと思うものの。
ルースの念頭には後悔しかない。
あの日。
国外逃亡を図る直前。
盗みは駄目だと諭し、アルウィの手から装備物資の入ったケースを一つ奪い、
律儀にも返却したのは彼、ルースだったのだ。
綺麗事を言っている場合ではなかったのに。
戦線で生き残ろうとする者に対する思慮が足りなかった事を熟、恥じる。
賃貸型住居横の路地に面す地下から出た彼は、
竜巻の被害を受けたらしい通りへ向かい、また、高台を探して走った。
目標点から一直線にフェレンスを追跡する場合。
吊り展望の中空を通過せざるを得ないが。
相手が面々の狙いを思い当て、誘導に応じたとも限らない。
ともすれば、この展望施設を落とす気で来る ... ...
時を同じくして、ノシュウェルが脇に収めたのは、
もしもの時に備え構えていた小銃。
特攻の予備動作を見計らい、
外套の袖をたくし上げた彼の左腕には、半手動式誘導装置。
来る魔導兵は冥府ノ焔を翻し、冷気を拡散。
多重渦竜巻を従えた。
内、一つに身を宿すや否や。
昇り竜が頭を下ろして横を向くかのように、こちら目掛けて牙を剥く。
旋風の転動と揺らぎの撃発を合わせた特攻とは、恐れ入る。
「アレに敵うとは、とても思えんが ... 」
目的は、あくまでも向かってくる相手の軌道制御。
急拵えの多連装砲撃機構が、どこまで通用するだろう。
雲から吹き下ろし乱れる風を受け。
各人員、それぞれの頭巾が浮き上がり、激しく靡いた瞬間。
その魔導兵は、竜が吐き出す蒼き焔の如く、押し迫った。
ノシュウェルが装置に手を添え、爪先で一線を切るように片開きの蓋を弾き上げると。
並列した法石が指輪の鍵印に反応し放光、作動する。
展望の各所から放たれた誘導弾の多くは、
魔導兵の操る旋風に巻き上げられ、誘爆。
残ったのは、ほんの数発だ。
とは言え、冥府ノ火を盾とするしかない相手の事。
幾らかの幅寄せは利くはず。
だが ... そう上手くは行かなかったよう。
想定内である。
それぞれの置かれた場面に映え、遷ろうのは。
塵風に煽られ踊る髪。
高台へ急ぐルースの青藍。
一命を取り留めたものの、意識の無いアルウィの胡桃色。
息を静め、集中するノシュウェルの深緑。
そして、精霊王ノ瞳を手で隠し、時機を見るクロイツの黄金色。
対象の目標点到達を確認直後。
緩衝壁の展開を果たしたのはノシュウェルだった。
打破すべく、彼の魔導兵は咆哮する。
一族の柵。
結社に属する兄の思惑。
課された使命、主人への誠心にそぐわぬ執着。
抗いきれぬは手枷。
制欲しきれぬは足枷。
クロイツは呟いた。
「選択の対価として貴様が投げ出したのは、
自身の命、心、自由 ... それだけではなかろう?」
囚われたまま泥沼に引きずり込まれるも、覚悟のうえか。
さぞや苦しかろうに。
だが、それらの情念が同情に値する事は無い。
「そう ... 貴様が正気を装う、正真正銘の化け物である事は分かっているのだ」
常軌を逸した男の気持ちなど、分かってたまるか ... ...
そうして、長らく隠し続けた真紅ノ瞳を見開き、捕らえる。
自己覚醒を経て開放された ... カーツェルの第三ノ瞳が宿す、闇影を。
ところがだ。
視線を通う眼光から真ノ名を読み解く間に。
人違いではないのかと困惑した。
対象人物の身体域は兎も角として。
知覚領域下の造詣が途方も無い。
狂気を鎮め、一時的に眠らせるつもりだったが。
根源と思わしき影は、
あらゆる印象物から無数に伸びて来て結び付いている。
これでは、とても辿りきれない。
元に戻せなくては困るのだ。
ならば、このカタチのまま縄を掛けておくのが良いだろう。
迷わず判断を下したクロイツの瞳は、
名により隔絶された閾を開いた。
正に、その時。
脳裏に姿を見せた閃影は、
見たこともない男の顔をしていたような。
逆に、こちらの影を踏まれそうになって退くも。
ただで済ませてやるつもりは無い。
対峙する影体の手刀は、空を斬った。
直後。
視線を切り離したクロイツが、目眩を起こして後退ったところ。
駆け付け、支えるノシュウェル。
すると、何が起きたか。
緩衝壁を突破しそうだった魔導兵が、予兆もなく急降下。
氷塊で建物を割って落ち。
倒れた姿のまま暫らくジタバタした挙げ句に、気を失ってしまったようなのだ。
恐ろしく気味が悪い。
しかも墜落したのは、高台を見つけて急ぐルースが通過したばかりの場所。
運良く角を曲がったばかりなので、
衝撃波と、飛散する瓦礫の被害は受けずに済んだが。
「 ハァ ... ハァ ... ウザったいな。叩き落とされた蝿じゃないんだから ... ... 」
一度、振り向いて見流すルースの呟きは辛辣。
聞いていたクロイツは指先で顳かみを抑え、静かに笑った。
「 ククク ... ... 大人しくしていれば良いものを。
焦って不覚を取るなど、矢鱈と人間地味た化け物だ。
その上、醜態を晒すに事欠き退くとは。
とんだ臆病者ではないか」
焦る? 不覚?
クロイツは何を見たのだろう。
ノシュウェルが尋ねた。
「いやはや、ごもっとも。ですが ... 一体、何をどうすれば、ああなるんですか」
答える声は掠れ気味。
「いとも容易い。
視覚と前庭覚ともに、神経信号の配列を真逆にしてやったのだ」
分かりやすく言うと。
反転の機能障害に陥っているという理由である。
握ったはずの手が開き。
右を向いたつもりでも、見えるのは左側。
見受けた写像の上下左右まで逆になるとの事だった。
具合が悪くなりそう。
想像しかけたけれども、止めておこうかな。
ノシュウェルの口元が〈ヘ〉の字に窄んだのを見てクロイツは言う。
「意識が戻っても暫くは吐き続けるだろう。
対処は、当国の同志諸君に委ねる。 ... 以上」
役を下りて、懐から出ていく先導の足取りは、まだ少し心許ない。
展望施設の端に向かう背中を、ノシュウェルは ... ただ見送った。
目的を果たし佇む、多連装重火器の間を通り。
やがて立ち止まったクロイツが見渡しているのは、
眼下に乱れ散らばる、惨禍の爪痕。
主従の滞在先として、岬街の外れに位置する古家が選ばれたのも。
極力、被害を抑えるためだろう。
功を奏したとも言い難い有様だが。
次に気に掛かるのはフェレンスの状況。
振り返るクロイツの目線を辿るように。
ノシュウェルもまた、アイゼリアの首都、イシュタット中心部を見やった。
突然の零下に襲われた避難民の吐く息は白く。
身震いしながら堪え忍ぶ大人と、
年寄りの傍に来て、毛布を分け合う子供と、それぞれ。
すると何処かで。
寒冷を払うように振り上げられた手が、指先が、空を指す。
その姿を見上げるのは、寄り合う子供達の内、一人。
少年は、こう言った。
「あの人、知ってる!」
新進気鋭と噂される覡だ。
新手を用いた薬の処方、治癒、
問題等の解決に努め、名を馳せはじめた銀髪、碧眼の御子らしい。
中には、人々の知らせを聞きつけ、彼を探して走る者もいた。
その姿を見るや、両拳を固く握って。
若者は叫ぶ。
「ぅぉおぉぉぉぉ 俺の推し! キターーーーーーーッ!!」
おいおい。誰だよ ... ...
聞いて思わず吹き出したのは、ヴォルトである。
前件の始末をエルジオに託し、フェレンスの後を追って来たのだ。
異端ノ魔導師への期待と、実の働きが釣り合うものか見極めよ。
彼は、王太子ウルクアの勅令を受けている。
当国の体制を二分する政治勢力。
革新的、社会主義の王党派と対立するは。
保守的、共和主義を標とする議会派。
後者こそ、ウルクア率いる一部の諜報員が寄る党派だが。
双方の思想を別つ起因は、国家機密に相当するため。
フェレンスの人柄と能力を評定する必要があった。
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