精霊王ノ瞳~Ⅵ

文字数 5,923文字

 
 
 
遠巻(とおま)きに聞こえるのは、警報(けいほう)(さけ)び声、そして悲鳴(ひめい)
聞き分けているのは、砲声(ほうせい)射撃音(しゃげきおん)だ。

〈 ボン! ドドド!! ドーン!! ドーン!! バババババ!!

奇襲兵(きしゅうへい)得意(とくい)とする戦法(せんぽう)は、
牽制(けんせい)(さそ)中距離(ちゅうきょり)での集中砲火(しゅうちゅうほうか)

前腕当銃(ガンヴァンブレイス)酷使(こくし)する。
飛躍連射(ショットアップ&ショットアップ)

防御(ぼうぎょ)の必要すらない瞬速(しゅんそく)回避移動(かいひいどう)(まさ)に、手練技(てだれわざ)
連射熱(れんしゃねつ)銃身内部(じゅうしんないぶ)変形(へんけい)し、使い物にならなくなる(ほど)だと聞く。

腿甲(クリーブ)中核(ちゅうかく)に組み込まれている法石(マギアナイト)には、飛翔(ひしょう)ノ法が()められているらしい。
体動(たいどう)感知(かんち)する装置(そうち)(かなめ)とノシュウェルは(かた)る。
魔導師でもない(かぎ)り、法の効果調整(こうかちょうせい)など不可能(ふかのう)だからだ。

()の効果は一回(かぎ)り。
石であれば、一定(いってい)時間は持続(じぞく)するよう。

(さら)高位(ハイクラス)となると、魔青鋼(オリハルコン)()げられる。
媒体(ばいたい)として流用性(りゅうようせい)が高く、形状(けいじょう)変転(へんてん)が可能であり。
武器(など)複数(ふくすう)持つ必要が無いため。

機動補助(きどうほじょ)(おこな)系統設備(システムファシリティー)、もしくは、
同程度(どうていど)遠隔支援(バックアップオペレーション)を実行する特殊技能兵(とくしゅぎのうへい)の存在が不可欠(ふかけつ)とは言え。

圧倒的火力差(あっとうてきかりょくさ)不利(ふり)戦況(せんきょう)を手数で押し返し、
応変(おうへん)打開(だかい)する奇襲兵(きゅうへい)には必須的装備(ひっすてきそうび)

()展望(てんぼう)(ふく)め。
建築物(けんちくぶつ)(から)んだ巨大(きょだい)(つた)植物と、
(みやこ)構造(こうぞう)も、こちらには有利(ゆうり)

ところが相手は極寒(ごっかん)(しょう)じる火によって、気圧(きあつ)(あやつ)り、竜巻(たつまき)に乗る。
その(さま)は、(りゅう)(したが)えるようでもあった。

()()とすつもりで()めても、当たらないのだ。
(ぎゃく)()り出される雹撃(はくげき)が、瞬速ノ精鋭(しゅんそくのせいえい)()い立て。
(ほほ)に、(うで)に、(きわ)どい(きず)(のこ)す。

「クソ! ガチで人間じゃないね、アイツ!!」
「お前もなかなか、いい(せん)いってると思うぞ? 世話(せわ)してやるのが大変だ」

連射(れんしゃ)()ぐ連射。
転送(てんそう)による充填補助(じゅうてんほじょ)(いそ)しい技能兵(ぎのうへい)が、
気を()かせ召喚(しょうかん)したのは防壁(ランパート)

嫌がらせかと思ったのは(とう)奇襲兵(きしゅうへい)である。

「うわっ。ウソ!? バカじゃないの!?
 こんなデカいの邪魔(じゃま)だから! 迎撃保護(イージス)()えて!」

了解(りょうかい)我儘(ワガママ)だな」

それなら、もう顔に(きず)を付けないように()けきれよ。
だったら、もっと早く充填(じゅうてん)しろ。

はてさて、この二人。
いつから毒突(どくづ)き合うほど仲良(なかよ)くなったのだろうか。

戦況(せんきょう)(きわ)めて不利(ふり)なのに。
何だか楽しそうに見える。
いやいや、冗談(じょうだん)だけど。

ん ... ... ?

待て々(まてまて)(ちが)う。
冗談じゃない。本当は真面目(まじめ)にやって()しい。

そう思ったのはノシュウェルだった。

元部下の事で蹴飛(けと)ばされるのは、もう真っ平(まっぴら)御免(ごめん)
クロイツの前衛(ぜんえい)(まか)されている元隊長という立場上。
色んな意味で冷々(ひやひや)とした気分(きぶん)

何故(なぜ)なら、もう長くは()たないせい。

充填(じゅうてん)! 遅い!!」
「はいはい」

「もっと! 早く!!」
「これなら行ける?」

「まだだ! 足りない!!」
「そう欲張(よくば)るなって」

()に合え ... ...

(なかば)(いの)る思いだった。

()に合え ... ... !!

彼等(かれら)(にな)った役目(やくめ)とは。
魔導兵の銃撃誘導(じゅうげきゆうどう)である。

しかし、()えの銃身(バレル)が無いのだ。

連続射撃(れんぞくしゃげき)熱変形(ねつへんけい)を引き起こす。
銃身(じゅうしん)通過(つうか)する弾頭(だんとう)摩擦(まさつ)と、火薬の燃焼(ねんしょう)による蓄熱(ちくねつ)が、その要因(よういん)

前腕当銃(ガンヴァンブレイス)が熱を()ち、(うで)()けるよう。
実際(じっさい)には、(はげ)しく顔を(ゆが)ませ痙攣(けいれん)までしているのに。
精鋭(せいえい)たる性根(しょうね)が、(うめ)き声を()らす事を(ゆる)さない。

(あまつさ)え、虚勢(きょせい)()らずにはいられないのだ。

「いいね ... 気持ち良いよ... 」

声が、(ふる)えている。
とても無事(ぶじ)とは思えなかった。

分かっている。

だからこそ歯を食いしばり、ついて行く。
背中(せなか)()す。

「よし ... そのまま、行け ... !」

責務(せきむ)(たい)する誠実(せいじつ)さ。
(ほこ)り。決意(けつい)の無い人間の(あと)に、続く者などいない。

道を切り開き、(しめ)さねば。

しかし何だ ... ...

水を()すようだが。
会話を聞いていると。
ちょっとね。

無自覚(むじかく)ドSと調教癖(ちょうきょうへき)ドSの構図(こうず)が、頭に浮かんで見えてくる不思議。

ああ、そうか ... ...

その時、ノシュウェルは気が付いた。

どうして亡命(ぼうめい)しなかったのか、(なぞ)だった(ほう)の元部下。
アルウィは、やはり。
中堅(ちゅうけん)腕前(うでまえ)()れ込んで、(のこ)ったわけだなと。

力で(ふる)えを(おさ)()み、照準(しょうじゅん)(さだ)める。
彼の(きき)(うで)から上がる(けむり)硝煙(しょうえん)か、
それとも ... 焼ける肉から(うば)われた水からなる蒸気(じょうき)か。

不屈(ふくつ)奇襲兵(きしゅうへい)は、ある時。
唐突(とうとつ)(つぶや)いた。

「僕は、誰にも(えら)ばれなかった ... ... 」

痛みに()え、戦う者の動的能力(どうてきのうりょく)(ささ)えるのは集中力などではなく。

切望(せつぼう)

いかなる理由(りゆう)から兵士となり、決断(けつだん)してきたか。
知られざる経緯(けいい)があるに違いないが。

それは(みな)、同じ。
だからこそ、誰もが聞くのみ。

居場所(いばしょ)なんて無くて。ただ適当(てきとう)に生きてただけ」

〈 だったらせめて、生かすべき命を(えら)び、(たく)せ 〉

 そう言ったのは、こんな僕に居場所をくれた親友 ... ワート。
 ルースの兄貴(あにき)
 行ったきり帰って来なかった(くさ)野郎(やろう)だ。

 ルースは、あいつの生死を(たし)かめるために帝国に(もど)る。
 そんなの、言われなくたって分かるから ... ... 帰るんだ。僕も」

素早(すばや)(いき)()ぎ。
誘導(ゆうどう)継続(けいぞく)しながら言い(つら)ねる、か(ぼそ)い声。

攻撃(こうげき)回避(かいひ)()(かえ)し、(いき)絶え々(たえだえ)だというのに。
(うしな)いかけている意識(いしき)(ぎゃく)()い込むとは。

最早(もはや)譫言(うわごと)
酸欠(さんけつ)墜落(ついらく)しかねない。

もう(しゃべ)るな ... ...

言いたいのは山々(やまやま)
だが、朦朧(もうろう)としている相手に(とど)くわけがないのだ。

(たく)すモノなんか、何も持ってないんだけどね。
 居場所をくれたヤツのために生きて、死ぬことくらいは ... 出来るから」

ところが、そうと耳にするなり声を()り上げる技能兵(ぎのうへい)がいた。

「いい加減(かげん)(だま)れ!!
 (くさ)野郎(やろう)の仲間入りをしたいのか!!
 お前の居場所は一つじゃない!! 帰って来い! アルウィ!!」

各方面(かくほうめん)尽力(じんりょく)する者達の胸を(よぎ)ったのは ... 共感(きょうかん)
 
分かるよ。その気持ち ... ...

私利私欲(しりしよく)大義名分(たいぎめいぶん)
理由がどうあれ、(うば)っていく者がいる限り。

奪われぬため(いのち)()ける。
()きて()しい人がいるから。

そう言うコトだよな ... ...

ノシュウェルの心の声は、どこか思わし()
()にしたクロイツの姿(すがた)が、錚々(そうそう)として()えた。

しかし、また一方(いっぽう)は。
再度(さいど)特攻(とっこう)するため()見計(みはか)らうのみ。

竜巻(たつまき)(しず)め、高台(たかだい)()り立ったカーツェルの余裕(よゆう)()ぐべくして。
誘導弾発射装置(ミサイルランチャー)(かま)えるヴォルトは、ノシュウェルの援護(えんご)担当(たんとう)している。

緩衝壁展開(アブソーバーてんかい)まで、あと少しだ。
()れどクロイツは聞き(のが)さない。

「そうだ。帰るぞ ... ... 俺達も」

ヴォルトが(ささや)いた言葉を、どう(とら)えたらいい。
また一つ、疑惑(ぎわく)()まれた瞬間(しゅんかん)

(はか)らずも。

(ふたた)特攻(とっこう)仕掛(しか)けたカーツェルと行き(ちが)(ざま)に、力尽(ちからつ)きた奇襲兵(きしゅうへい)
彼を受け止めたのは、機動支援(きどうしえん)()()いの技能兵(ぎのうへい)により遠隔召喚(えんかくしょうかん)された緩衝体(バッファー)

運良(うんよ)く高台に落ちてくれたので、()に合わせ物資(ぶっし)でもどうにかなったが ... (きわ)どかった。
安堵(あんど)両手(りょうて)で顔を(おお)ったルースは、(たま)らず(せき)を立つ。

天井(てんじょう)に近い所まで組み上げられた装置(そうち)を飛び()りると。
巡視船(じゅんしせん)主配電盤(しゅはいでんばん)が立ち(なら)壁沿(かべぞい)いを行く。

排気扇(はいきせん)通気筒等(つうきとう など)設備(せつび)(ひし)めく中。
それらを()に、細い鉄扉(スチールドア)(ひら)いて(かけ)け出てた先には。
(せま)廊下(ろうか)(のぼ)階段(かいだん)

彼は思った。

遊撃部隊(ゆうげきぶたい)基本兵装(きほんへいそう)である防具(プロテクター) ... いや、せめて頭甲(マスク)だけでもあれば、こんな事には ... ...

吸気(きゅうき)補助(ほじょ)する装備(そうび)も無しに。
よく、あそこまで持ち(こた)えたと思うものの。
ルースの念頭(ねんとう)には後悔(こうかい)しかない。

あの日。

国外逃亡を(はか)直前(ちょくぜん)

(ぬす)みは駄目(ダメ)だと(さと)し、アルウィの手から装備物資(そうびぶっし)の入ったケースを一つ(うば)い、
律儀(りちぎ)にも返却(へんきゃく)したのは彼、ルースだったのだ。

綺麗事(きれいごと)を言っている場合ではなかったのに。
戦線で生き残ろうとする者に対する思慮(しりょ)が足りなかった事を(つくづく)()じる。

賃貸型住居(コンドミニアム)横の路地(ろじ)(めん)す地下から出た彼は、
竜巻(たつまき)被害(ひがい)を受けたらしい(とおり)りへ向かい、また、高台(たかだい)を探して走った。

目標点から一直線(いっちょくせん)にフェレンスを追跡(ついせき)する場合。
()展望(てんぼう)中空(ちゅうくう)通過(つうか)せざるを()ないが。
相手が面々(めんめん)(ねら)いを思い当て、誘導(ゆうどう)(おう)じたとも(かぎ)らない。

ともすれば、この展望施設(てんぼうしせつ)を落とす気で来る ... ...

時を同じくして、ノシュウェルが(わき)(おさ)めたのは、
もしもの時に(そな)(かま)えていた小銃(しょうじゅう)

特攻(とっこう)予備動作(よびどうさ)見計(みはか)らい、
外套(がいとう)(そで)をたくし上げた彼の左腕(ひだりうで)には、半手動式誘導装置(はん しゅどうしき ゆうどうそうち)

(きた)魔導兵(まどうへい)冥府(めいふ)(ほのお)(ひるがえ)し、冷気を拡散(かくさん)
多重渦竜巻(たじゅううずたつまき)(したが)えた。

(うち)、一つに()宿(やど)すや(いな)や。

(のぼ)(りゅう)が頭を()ろして横を向くかのように、こちら目掛(めが)けて(きば)()く。
旋風(せんぷう)転動(てんどう)()らぎの撃発(げきはつ)を合わせた特攻(とっこう)とは、(おそ)()る。

「アレに(かな)うとは、とても思えんが ... 」

目的は、あくまでも向かってくる相手の軌道制御(きどうせいぎょ)
急拵(きゅうごしら)えの多連装砲撃機構(たれんそう ほうげききこう)が、どこまで通用(つうよう)するだろう。

(くも)から()()ろし(みだ)れる風を受け。
各人員(かくじんいん)、それぞれの頭巾(フード)()き上がり、(はげ)しく(なび)いた瞬間(しゅんかん)

その魔導兵は、竜が()き出す(あお)(ほむら)(ごと)く、()(せま)った。

ノシュウェルが装置(そうち)に手を()え、爪先(つめさき)で一線を切るように片開(かたびら)きの(カバー)(はじ)き上げると。
並列(へいれつ)した法石(マギアナイト)が指輪の鍵印(けんいん)に反応し放光(ほうこう)作動(さどう)する。

展望(てんぼう)各所(かくしょ)から(はな)たれた誘導弾(ゆうどうだん)の多くは、
魔導兵の(あやつ)旋風(せんぷう)()き上げられ、誘爆(ゆうばく)

(のこ)ったのは、ほんの数発だ。

とは言え、冥府(めいふ)ノ火を()とするしかない相手の事。
(いく)らかの幅寄(はばよ)せは()くはず。

だが ... そう上手(うま)くは行かなかったよう。


想定内(そうていない)である。


それぞれの置かれた場面(ばめん)()え、(うつ)ろうのは。
塵風(じんぷう)(あお)られ(おど)(かみ)

高台(たかだい)(いそ)ぐルースの青藍(せいらん)
一命(いちめい)を取り()めたものの、意識の無いアルウィの胡桃色(くるみいろ)
(いき)(しず)め、集中するノシュウェルの深緑(しんりょく)

そして、精霊王(せいれいおう)(ひとみ)を手で(かく)し、時機(じき)を見るクロイツの黄金色(こがねいろ)

対象(たいしょう)目標点到達(もくひょうてん とうたつ)確認直後(かくにんちょくご)
緩衝壁(アブソーバー)展開(てんかい)()たしたのはノシュウェルだった。


打破(だは)すべく、()の魔導兵は咆哮(ほうこう)する。


一族(いちぞく)(しがらみ)
結社(けっしゃ)(ぞく)する兄の思惑(おもわく)
()された使命(しめい)主人(しゅじん)への誠心(せいしん)にそぐわぬ執着(しゅうちゃく)

(あらが)いきれぬは手枷(てかせ)
制欲(せいよく)しきれぬは足枷(あしかせ)


クロイツは(つぶや)いた。


選択(せんたく)対価(たいか)として貴様(きさま)()げ出したのは、
 自身(じしん)の命、心、自由 ... それだけではなかろう?」

(とら)われたまま泥沼(どろぬま)に引きずり込まれるも、覚悟(かくご)のうえか。
さぞや(くる)しかろうに。

だが、それらの情念(じょうねん)同情(どうじょう)(あたい)する事は無い。

「そう ... 貴様(きさま)正気(しょうき)(よそおう)う、正真正銘(しょうしんしょうめい)化け物(バケモノ)である事は分かっているのだ」


常軌(じょうき)(いっ)した男の気持ちなど、分かってたまるか ... ...


そうして、(なが)らく(かく)し続けた真紅(しんく)(ひとみ)を見開き、()らえる。
自己覚醒(じこかくせい)()開放(かいほう)された ... カーツェルの第三ノ瞳が宿(やど)す、闇影(あんえい)を。

ところがだ。
視線(しせん)(かよ)眼光(がんこう)から真ノ名(まことのな)を読み()(あいだ)に。
人違(ひとちが)いではないのかと困惑(こんわく)した。


対象人物(たいしょうじんぶつ)身体域(しんたいいき)()(かく)として。
知覚領域下(ちかくりょういきか)造詣(ぞうけい)途方(とほう)も無い。

狂気(きょうき)(しず)め、一時的(いちじてき)(ねむ)らせるつもりだったが。

根源(こんげん)と思わしき(かげ)は、
あらゆる印象物(いんしょうぶつ)から無数(むすう)()びて来て(むす)び付いている。

これでは、とても辿(たど)りきれない。
(もと)(もど)せなくては(こま)るのだ。

ならば、このカタチのまま(なわ)()けておくのが良いだろう。

(まよ)わず判断(はんだん)(くだ)したクロイツの(ひとみ)は、
()により隔絶(かくぜつ)された(いき)(ひら)いた。

(まさ)に、その時。

脳裏(のうり)姿(すがた)を見せた閃影(せんえい)は、
見たこともない男の顔をしていたような。

逆に、こちらの影を()まれそうになって退(しりぞ)くも。
ただで()ませてやるつもりは無い。

対峙(たいじ)する影体(えいたい)手刀(しゅとう)は、(くう)()った。

直後(ちょくご)

視線を切り(はな)したクロイツが、目眩(めまい)()こして後退(あとずさ)ったところ。
()け付け、(ささ)えるノシュウェル。

すると、何が()きたか。

緩衝壁(アブソーバー)突破(とっぱ)しそうだった魔導兵(まどうへい)が、予兆(よちょう)もなく急降下(きゅうこうか)
氷塊(ひょうかい)建物(たてもの)()って落ち。
(たお)れた姿(すがた)のまま(しば)らくジタバタした()()に、気を(うしな)ってしまったようなのだ。

(おそ)ろしく気味(きみ)が悪い。

しかも墜落(ついらく)したのは、高台(たかだい)を見つけて(いそ)ぐルースが通過(つうか)したばかりの場所。

運良く(かど)()がったばかりなので、
衝撃波(しょうげきは)と、飛散(ひさん)する瓦礫(かれき)被害(ひがい)は受けずに()んだが。

「 ハァ ... ハァ ... ウザったいな。(たた)()とされた(ハエ)じゃないんだから ... ... 」

一度、()()いて見流(みなが)すルースの(つぶや)きは辛辣(しんらつ)
聞いていたクロイツは指先(ゆびさき)(こめ)かみを(おさ)え、(しず)かに笑った。

「 ククク ... ... 大人(おとな)しくしていれば良いものを。
 (あせ)って不覚(ふかく)()るなど、矢鱈(やたら)と人間地味(じみ)化け物(バケモノ)だ。
 その(うえ)醜態(しゅうたい)(さら)すに事欠(ことか)退(しりぞ)くとは。
 とんだ臆病者(おくびょうもの)ではないか」

(あせ)る? 不覚(ふかく)

クロイツは何を見たのだろう。
ノシュウェルが(たず)ねた。

「いやはや、ごもっとも。ですが ... 一体(いったい)、何をどうすれば、ああなるんですか」

答える声は(かす)気味(ぎみ)

「いとも容易(たやす)い。
 視覚(しかく)前庭覚(ぜんていかく)ともに、神経信号(しんけいしんごう)配列(はいれつ)真逆(まぎゃく)にしてやったのだ」
 
分かりやすく言うと。
反転(はんてん)機能障害(きのうしょうがい)(おちい)っているという理由(わけ)である。

(にぎ)ったはずの手が(ひら)き。
右を()いたつもりでも、見えるのは左側。

見受(みう)けた写像(しゃぞう)の上下左右まで(ぎゃく)になるとの事だった。

具合(ぐあい)が悪くなりそう。
想像しかけたけれども、()めておこうかな。

ノシュウェルの口元(くちもと)が〈ヘ〉の字に(すぼ)んだのを見てクロイツは言う。

「意識が(もど)っても(しばら)くは()き続けるだろう。
 対処(たいしょ)は、当国(とうこく)同志諸君(どうししょくん)(ゆだ)ねる。 ... 以上」

(やく)()りて、(ふところ)から出ていく先導(せんどう)足取(あしど)りは、まだ少し心許(こころもと)ない。
展望施設(てんぼうしせつ)(はし)に向かう背中を、ノシュウェルは ... ただ見送(みおく)った。

目的を()たし(たたず)む、多連装重火器(たれんそうじゅうかき)(あいだ)(とお)り。
やがて立ち止まったクロイツが見渡(みわた)しているのは、
眼下(がんか)(みだ)()らばる、惨禍(さんか)爪痕(つめあと)

主従(しゅじゅう)滞在先(たいざいさき)として、岬街(みさきまち)(はず)れに位置(いち)する古家(こや)(えら)ばれたのも。
極力(きょくりょく)被害(ひがい)(おさ)えるためだろう。

(こう)(そう)したとも言い(がた)有様(ありさま)だが。

次に気に()かるのはフェレンスの状況(じょうきょう)
()(かえ)るクロイツの目線(めせん)辿(たど)るように。
ノシュウェルもまた、アイゼリアの首都(しゅと)、イシュタット中心部(ちゅうしんぶ)を見やった。

突然(とつぜん)零下(れいか)(おそ)われた避難民(ひなんみん)()(いき)は白く。
身震(みぶる)いしながら()(しの)大人(おとな)と、
年寄(としよ)りの(そば)に来て、毛布(もうふ)()()う子供と、それぞれ。

すると何処(どこ)かで。

寒冷(かんれい)(はら)うように()()げられた手が、指先(ゆびさき)が、(そら)()す。
その姿(すがた)見上(みあ)げるのは、()()う子供達の(うち)、一人。

少年は、こう言った。

「あの人、知ってる!」

新進気鋭(しんしんきえい)(うわさ)される(かんなぎ)だ。
新手(あらて)(もち)いた(くすり)処方(しょほう)治癒(ちゆ)
問題等(もんだいとう)解決(かいけつ)(つと)め、()()せはじめた銀髪(ぎんぱつ)碧眼(へきがん)御子(みこ)らしい。

中には、人々の知らせを聞きつけ、(かれ)(さが)して走る者もいた。
その姿を見るや、両拳(りょうこぶし)(かた)(にぎ)って。

若者(わかもの)(さけ)ぶ。

「ぅぉおぉぉぉぉ (おれ)()し! キターーーーーーーッ!!」

おいおい。(だれ)だよ ... ...

聞いて思わず()き出したのは、ヴォルトである。
前件(ぜんけん)始末(しまつ)をエルジオに(たく)し、フェレンスの(あと)()って来たのだ。

異端ノ魔導師への期待(きたい)と、(じつ)(はたら)きが()()うものか見極(みきわ)めよ。

彼は、王太子(おうたいし)ウルクアの勅令(ちょくれい)()けている。

当国(とうこく)体制(たいせい)二分(にぶん)する政治勢力(せいじせいりょく)
革新的(かくしんてき)、社会主義の王党派(おうとうは)対立(たいりつ)するは。
保守的(ほしゅてき)共和主義(きょうわしゅぎ)(しるべ)とする議会派(ぎかいは)

後者(こうしゃ)こそ、ウルクア(ひき)いる一部の諜報員(ちょうほういん)()党派(とうは)だが。
双方(そうほう)思想(しそう)(わか)起因(きいん)は、国家機密(きみつ)相当(そうとう)するため。

フェレンスの人柄(ひとがら)能力(のうりょく)評定(ひょうてい)する必要(ひつよう)があった。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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