血ノ奴隷~Ⅲ
文字数 10,745文字
静かに閉まる扉。
一人きりになった
音声は低め。動揺する民衆の声に悲鳴が混じって聴こえる。
雑踏に押されでもしたか、映像の中に報道人の姿は無い。
「ちょっと! すみません! 押さないでもらえますか!?」
「皆様、ご覧ください。彼の魔導師ことクラウス特務士官」
「第一等帝国魔導師です! 軍、
「フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ ... ええ ... 現在は被告ということに ... 」
「下の家名は保護されていた修道院にて、神聖徒が共有する
つまり同氏の出自は、あのウェルトリッヒ修道院であると」
「公判のため議会、
「現場の観衆が、やや混乱気味です」
「ちょ ...! だから、押... お、押すなって!!」
男は、振れる映面の
本来ならば不測の事態を収拾するため開示したであろう緋色の瞳を。
「精霊王の七つ目の一つ。
魔女が受け継いできた、その力。 私の
クロイツ、お前には失望したぞ ... ... 」
塔に
その時クロイツの脳裏を
小柄なために、子ひとり
気弱で、使用人に声を掛けることすら戸惑う様子を見せる事が多かった母。
彼女は少女のように軽やかな声で、けれども静かに話した。
『クロイツ ... ... あなたの左眼はお婆様ゆずりね。なんて美しい
『お婆様も左眼を
『ええ。でも、本当はね? 違うの。 この瞳には秘密があって、あなたはそれを受け継いだの。
その瞳を
『 ... お母様は ... ?』
『私は ... 里を抜け出した御父様や、あなたの御父上が守って下さったから。
それに、本当なら ... あなたが、その瞳を継ぐはずはなかったのだけど ... ...
いいですか ? クロイツ。その左眼が、あなたの意志で光を取り込めるようになった時。
あなたは精霊や人の〈
あなたの思いのままに働くしかないの。ですが
あなただって、左右の手の感覚を逆にされでもしたら困るでしょう?』
精霊と神々が交わす言葉。
真言により
この眼で読み取り、手を伸ばせば
例えば、そう、そこにいる
にも関わらず ... ...
クロイツは言った。
「
錬金術のように状態を変化させる事こそ不可能だが。
心や
体調を変化させ、その気になれば
しかし、そんなクロイツの考えは
アレセルは答えるかのように
「呪いの力を
正直 ... 思ってもみませんでした。けれど、あなたがもし人々や僕の
〈
お分かりですか ... ... ?
「あなたは帰任する途中、判断を
なのに、あなたこそ
教会と関連組織の中には異端ノ魔導師の首を付け狙う過激派も
陰謀を
宗教の
資財、労働の
つまりは、平等であるための強権者弾圧や、社会的弱者に対する強制就労など。
あらゆる理不尽が正義として
『私がこれまで身を置いてきた立場は、それら、
あまりにも危険な一派を見張るためのもの。
フェレンス様から与えられた、私の使命だったのです。
あなたはそれを利用しようとしましたが ... 用心が
そちらの部隊長が
意気を宿す
薄紫の
自身の弟の
『 ...
そして見る。
激情、
耳の高さに切り
審問官と似た様相だが、
クロイツは息を
まさか、あの方が ... ... ?
「バノマン
審議の公正を期す役目を
指揮刀をクロイツに差し向けるアレセルは、
「我々の任命した監視官が〈血ノ奴隷〉売買に関与していたと聞いてな。
聞くところによると、軍警に告発したのは君だとそうじゃないか」
中音だが太く、それでいてはきとした声。
「
アレセルの発する低音が
「また
軍警の指揮を任され身内の検挙に乗り出すなど ... まさかと驚いてね」
「ご確認のため? わざわざお越しになったと?
折角ですが、ご
「そうかね ... ... しかし残念じゃないか」
老輩の名は、バノマン・ル・ディアス・リカルド。
神官の中で
アレセルが以前より個人的に目付けしてきた人物でもある。
クロイツを見
フェレンスの展開する結界の
アレセルの
男は整えられた
「軍警の〈彼〉が君に、あの魔導師を
「枢機卿、
〈帝ノ血〉のためだけに大人しく付き
もはや地に足が付かぬ。
フェレンス様 ... ... 僕は ... ...
少しでも早い出世を望み、勉学に
心より
何がどうあったも、
かつてフェレンスと交わした
つい先日、持ち掛けられた取引内容がアレセルの脳裏を行き来した。
『士官学校に受かった ? アレセル ... 君は確か、まだ ... ... 』
『十四です ! 』
『 ... ... まさか ... ... 』
『嘘ではありません! 早く、早くフェレンス様の
『私の
『そう! ... こんな地下通路で コソコソ お会いするのではなく。陽の光の
そう、早く、〈フェレンス様の
『知らしめる ? いったい何のために?』
『何でもいいんです! とにかく、とにかく、早くしないと!』
『ま、待て ... 待ちなさい。落ち着くんだ ... ... アレセル ... ... ?』
思い
『早くしないと ... 貴方様を他の誰かに取られてしまう ... そう思うと、僕 ... 』
怖くて ... ... 怖くて ... ...
『居ても立ってもいられないんです』
それでも僕は、貴方様と出会ってから、この日まで。
陽の
貴方様が、それを望んだから。
共に生きるためと言って。
だから僕は、貴方様の望み通りに生きていこうと心に決めた。
貴方様のため、どんな事でもするつもりだった。
教えだって守り抜いてきたし。
寄り添う事が叶わなくたって。
出来る限りを
けれどそれも、今日
フェレンス様 ... ...
あの男は僕に、こう言ったのです。
『どうだ ... あの魔導師を自由にしてやりたいとは思わないか。
我々としては、〈
そうなるくらいなら、いっその事、あの魔導師共々帝都から去ってもらった方が
都合が良いくらいでな。例えば、お前が連れ去るでもかまわない。
あの魔導師を ... 愛しているのだろう? だとすれば、決して悪くない話と思うが』
結界を取り巻く薄影が、退魔師の
恐れと不信感を
本来ならば審問会立ち会いのもと、送検されるはずであった人物の手により
その時、クロイツは
「フェレンスの奴め。余計な
「つまり、クロイツ監視官 ... 今、狙われてるのはあんたなんだ ! 」
アレセルは言った。
「フェレンス様なら分かって下さる ... ... そう、信じていました」
異端ノ魔導師と血ノ奴隷を
双方、真の狙いは
第三勢力であったはずの軍部が、立場を明確にした動きを見せるのも実のところ不自然なのだが。
そんな中、
胸の内に元々存在していた負ノ思念が、
真球を
中で蒼き炎を
すると、カーツェルの手元から滑り落ちたローブを拾い上げ、
彼が顔を上げた時だった。
それは、
フェレンスは燃え盛る蒼火に囲まれてもなお、落ち着き払い。
フードの内側から取り出した杖を瞬時に
同時、左目元に刻まれた呪印が青白い光を
カーツェルの両腕を縛る
しかし、蒼火を間近に表皮が黒ずみ
フェレンスが
――― 荒ぶる
意のままに、解き放つがいい。
怒り、憎しみを
「
ローブの保護が払う炎。
その
意識を取り戻したカーツェルは
「やはり、分かっていて ... 聴衆の憎悪に
「枢機卿が軍部と手を組んだ。恐らくはお前を
過激派の配下を納得させるためだろう。
私とお前を引き離し、生かさず殺さず、飼い慣らすつもりらしい。
バノマン
あらゆる呪い、そして契約の効力を制限する法 ...〈銀ノ
その詠唱権限は、司教に許可された枢機卿にのみ与えられる」
アレセルは、力を制限されたフェレンスが
そんな彼が次にどう出るか、予測は付いていた ... フェレンスは、そう語る。
なるほど。いっそ公衆の目を盾にしようというのか。
クロイツもまた
であるなら、片方がより多くを
クロイツに掛けられた疑いをも、一身に
「愛しい人 ... ... 貴方様は、そう ... ... 」
どこまでも心優しい
本人がそれを否定しても、アレセルは
前線に配した装甲歩兵が、身の
フェレンスの周りで護りを固める千ノ影を次々と
激しく抵抗する騎士霊を
彼こそは、フェレンスを取り巻く守衛の
某国を襲った
「 ... ... グウィン ... ... 」
「僕には、今の
貴方と同調し、融合するなら僕しかいないはずと思っていたのに。
あんな嫌味な男と貴方との
魂を練り合わせ神化を
覚醒後、魔人の姿へと変じたカーツェルが
彼は時折、夢を見る。
フェレンスがカーツェルに寄り添い、人々の目を引きつけているところ。
気配を忍ばせ足早に
半ば
どさくさに
かと思いきや、屈み込んで肩を入れる
もう片方の腕は
嫌な予感がした次の瞬間には抱き上げられていた。
「 なっ ...!?」
〈何をする〉と言いたかったが、ノシュウェルの声と
「とんだ
放っておいたら俺達までトバッチリを
いや。そんな
潔白を証明する前に ...
フェレンスの
追跡を指示していた二人が
「一同! ――― 解散!! 命が
「隊長!?」
「何事ですか!?」
「説明している
無実の罪と聞いて、一同は直感する。
異端ノ魔導師と、無事を見張っていた少年とを交互に見て。
なりふり構わず。乗務員も、降ろしかけの
ある程度の覚悟は決めていたのだ。
その時が来た。逃げなきゃ
ノシュウェルを筆頭に、
客船の前には軍、所有の
騒ぎのために船内、周辺は手薄。
そこを狙った。
白装束を
ある時、立ち止まった少年は、
葉に触れると、銀色の髪を揺らし振り向く。
彼は、こう
「これは、何?」
シャンテの有する
中枢の柱とも呼ばれた番人の一人。
あらゆる知識、情報を記憶することを役目とし、生み出された少年が。
何のことはない ... 人の子であれば日常的に見かけるような花の名を知らぬとは。
切なくも、愛おしい。
してやれる事なら何でもしてやりたい。そう感じた。
そして ... ...
〈貴方だけは、何としても守り抜く ... 〉
気付けば、その一心。
〈何人たりとも、この
前線の装甲歩兵すら後ずさる ...
人々は震え、何人かは腰を抜かし尻餅をつく。
クロイツを抱え
軍警の数名も肩を
「よーし! いいタイミングだよ! お陰で
隊員総出で機関士を叩き出す中。
巡視船の操縦なら出来ると言う一人が指を ポキポキ と鳴らし
「放さんか! この! 無礼者め!!」
「無礼で結構! 今となっちゃ、俺とあんたは上官でもなけりゃ部下でもないんだ!!」
だが、先から
「ちょ ――― っとぉぉ!!!! 気が散るから少し黙っててよ!!!!」
堪らず
上官でもなけりゃ部下でもないね。ほんと、清々するわ。と、なおも ブツブツ 言いながら。
つい先まで大人しめだった一兵も、関係、無ければればキレ放題。
恐ろしい
「アレ、うちの隊で一番ヤバイ奴って、隊長 ... 知らなかったのかな」
「知るワケねーじゃん! いつもはあんなんじゃねーし。目上にゃ
「... ァァ ... ダヨネー ... 」
乗っ取りに抵抗し殴り掛かってくる機関士を蹴散らしながら会話する。
隊員は案外と冷静だった。
だが、その一方。
クロイツは ハッ ! として丘に目を向ける。
「待て ...!! まずい、あの少年をどうする!!」
「行くな!! 考えてもみろ! あのチビが一番安全に過ごせる居場所は
幸い、あのチビは自分でちゃんと分かってる!!
あんただって、本当は行かせてやりたかったはずだ! 違うか!?」
「違う!! 勘違いするな!! あの魔導師は ... !」
「あの男は、あんたを! 俺達を! 逃がすために! ああして罪を着てるんじゃないか!!
友人を
自分だけ逃げてりゃいいのにな!! なのにあんたって人は ... ... !!」
黙っていてくれと言ったのに、静まったのは一瞬だった。
だが、相手にしてもいられない。
舵取りは丘を見て、遅れ馳せ離陸の阻止を狙う煙幕を
地上すれすれを船底で払い、高度を上げる。
「
「あんただっつってんだろーが! ... って ... 」
「「 う ――― ... わぁあぁぁ!!!! 」」
急速浮上。かつ、丘が
目の前のクロイツが突然、降ってきたので
凍てつく炎に身を包む
ほんの数秒、目が合い。思考が停止した。
急ぎ、
肩越しからこちらに向けられる視線が、そう言っている。
ノシュウェルに抱えられながら同じように見ていたクロイツは、
塔を
国境に面する
一方、フェレンスの見下ろす発着場の片一方で。
バノマンと呼ばれた男が一言、
「さて ... 仮執行中とは言え、複合錬金の権限停止処分を無視したからには、
もう、
フェレンスを
男はやがて、
その
アレセルには ... 目もくれずに。
直後。
「公判を前に違反を確認した。