石ノ杜~Ⅶ
文字数 7,848文字
残すところの気掛かりと言えば。
噂の三人が今後、何を主たる目的とし行動するかである。
クロイツは
上手くすれば
異端ノ魔導師 ... ...
次に会う日は、敵か味方か。
アイゼリア公安部と見られる連中の拠点は、
壁面を伝う水は斜めに掘られた溝を通じ
しかし、彼らが口に運ぶのは処理済みの蒸留水だ。
立ち去る前に木組みの
「飲め」
聞くと更に、一息置いて指名を受けた。
「ノーシュ ... 」
はいはい、毒味をしろって言うんでしょ?
ノシュウェルは思う。
先を
黙って受け取る彼は、少しずつ口に入れ、あえて飲み干さずにクロイツへ渡す。
様子を
ある時、鳥の羽ばたきを耳にしたノシュウェルが光射す壁面を見やると。
悠遠の
近辺も同様。
雨風が土を
まるで巨木が地を
すると、チェシャを背負って歩くカーツェルが、
面白がって身を乗り出そうとするものだから。
身震いし両手で
まさか、本気でするわけがない。素振りだけだが。
いい加減にしろと。口を突っ尖らせ、
ペチペチ ... やんわり
流れを聞き取り、夜には空と星図を見合わせる。
そんなフェレンスの背を、見守ること数日。
就寝時には木の根元によく見かける穴蔵へ
足元に寄り添い眠るチェシャを
時折、目を覚ました。
英霊に見張りをさせている手前、熟睡する事は出来ないそう。
代わってやることも出来ず、
そのため、ようやく辿り着いた街道を目にし。
一番に力抜けしたのは、やはり、カーツェル。
彼の背からズルズル と落ちていったチェシャは、
フェレンスに駆け寄り
やっと、やっとフェレンスを寝かせてやれる ... ...
と、言うことで。
「 シャ、マ!! エライ、ノ、マチ、ミ、エル ! ソコ、スグ! シャ マ ーーー、コッチ ! コッチ ! ... フワァ ーーーー キ、レイ ! 」
少し行った先でフェレンスを呼ぶチェシャの声に ハッ! とし、
彼の素早さたるや、
もふもふ頭が、ぶわっと追い風を吸って
速っっ!!
見上げるチェシャの、まん丸お目々がこちらを向くと。
クスリ ... フェレンスの口元から笑みが
見込み日数の二日押し。
人の手により掘削された
五日目にして到着した町の名は《
「いつか、お前の血の判定をした町と似てるな」
そうは言っても、
原色に近い鮮やかな織物が、いたる所に見受けられる。
複雑に
一通り見渡してから、チェシャは
「 ン ! 」
しかし、ふと ... 疑問に思うのだ。
カーツェルの言葉数は、意外にも少なめ。
頻繁に
片やフェレンスはどうだろう。
振り向くと、歩いてくる彼の足取りが少し、ふらついているような。
それもそのはず。何せ、この数日間ろくに寝てもいないのだから。
するとチェシャが、
「 ァ !! 」
そこまで来ていたフェレンスの姿勢が、急に前のめりになって沈み、驚いた。
心配して
カーツェルの表情は
ーーー フェレンスを抱き支える彼の手は、
チェシャは居ても立ってもいられず。
先に下りて行って呼ぶ。
「 ツェ、ル ! ハ ... ヤ、ク ! 」
小さな手が指差した人里までは、まだ少し距離があるので。
気ばかり
歩けはする。意識もある。
それでいて
大丈夫 ... ...
何度、そう
カーツェルの肩を借りて歩くフェレンスの言葉は、
幸い、宿屋までは
寝床の確保に苦労する事も無い。
とは言え、周囲を警戒せずにはいられぬ状況に付き、カーツェルは最上階を希望。
長い 々
いっそ
けれども。
男性一人を軽々持ち上げた彼は
そんなつもりではなかったにせよ。
まぁ、見るよね。
部屋の鍵が渡されるのを待ちながら、チェシャは思う。
ともすれば ... もしかして、もしかして ... やっぱりなと。
カウンターの向こうを
そこには、鍵を置いたまま ポカーン とした様子でカーツェルを見やる店主の姿が。
おかげで走って行く
ぷっくり
ピョン と飛び降りるようにして、カーツェルのもとへと急ぐ。
道すがら。
行き違う一人が気を利かせ、医者を呼ぼうかと声を掛けてくれたのに。
カーツェルの返事は素っ気ない。
「いいや。何でも無いんだ。
今はチェシャが
治癒のローブさえあれば、何とかなる。
そう考えたのだろう。
しかし大丈夫なのか。
事情を知らない客達は、目を丸くし見合っていた。
横を行き過ぎる
フェレンスの事となると、彼は余裕を失いがちなので。
考え方によっては、前向きな気分にもなれるが。
例えば、こんな
なれば、我こそが
あくまでも意訳だ。
そんな顔をしているというだけである。
実際には、どうだろう。
先に行って鍵を
真っ直ぐ寝室へ向かいフェレンスを寝かせてやる彼の横で、
もしかしたら、はやくフェレンスの
だが、それで良い。カーツェルは満足そうな表情で
次に彼が取り出したのは、ベルトの
持って広げた前に指輪の
織り込まれた
素早く手に取って広げられたのは、治癒のローブ。
フェレンスのブーツと手袋、装衣の前留めを外してやっていると。
カーツェルは赤毛を
やがて、フェレンスの口元までをローブで
その時、
視線は確かに、こちらを向いていたけれど。
「大丈夫。心配するな ... 」
声が、弱々しくて。
「いいから、もう眠れ」
「 シャ、マ ... ... 」
「 シーーー 」
「 ン ... 」
起こしてしまいそうになるチェシャを
今は、眠らせる。
それから、どうしても気になったので。
恐る 々 、フェレンスの
落ち着いて
であれば、チェシャの血ノ魔力を得たローブの効果で全快するはずだが。
どうも居た
部屋の
手洗場や棚、荷掛けが片面に
収納の中を順に確認していく彼の背後は、一面の仕切り
《 カチッ、パチッ ... ... 》
それは、風に飛ばさせた枝葉が硝子面に打ち付ける音だった。
風の
不審な箇所は無いか。調べるのも役目の内。
手早く済ませるつもりであった。
信仰心など持ち合わせてはいないので。せめて ...
樹々の間から差し込む夕日を浴び。
紅葉する大樹に飾り置かれた木組み細工のよう。
眼下には、急流を
行き交う人々の声も、ここまでは届かない。
静かに眠るフェレンスを、夢の
遠く、
永久凍土に程近い地の果てを浮遊する小島には、
氷雪地帯に吹く風は新雪を払い、サワサワ と音を立てる。
吐く息が真っ白になるほど冷え込んでいるというのに。
薄着で施設の外れに出かけて行っては、
「怖いのですか?」
聞くと彼は片手で両目を塞ぎ、更に、
「待って。待って ... 待って下さい」
「私なら大丈夫」
「いいえ、いけません。そもそもです。そういう問題ではないでしょう」
「そうですか? では、行きますね!」
いや待て。違うだろうと言っているのに。
グウィンは繰り返した。
行かないで。どうか、そのまま ... ...
流刑地に送られた彼の主人は、
仕上がった
おかげで、二人きりであろうが
「昨日は平行を保てず右傾きで目を回してしまいましたが。修正は済みましたから!」
近頃は、法を織り込んだ
その日も早朝に、上着も持たず出て行って今に
が! しかし!
グウィンは心の内で一呼吸置いてから、
「そう、
いいから黙って降りて来て! とにかく上着を着て下さい!!
私が告発してしまったがために中枢を追われ、
もう不死ノ魔物でも何でもない! 風邪を引いてしまう!!
少し前に何度の熱を出したと思っているのですか!!
四十度!! 四十度ですよ!?」
それなのに彼は二度目の試験飛行を
引き
試作品の出来に期待し、胸膨らませるフェレンスが、聞く、わけ、無い。
せめて鎧を身に着ける時間を
しかし、彼の主人は悠長に
石柱の折れ口から飛び立った昨日は、嵐の
そうでもなければ、何十
真っ逆さまに落ちてしまっていたはず。
それなのに、どうして待ってくれない!!
フェレンスは同じ場所に立ち。
余裕の表情で後方へと
「大丈夫 ... 」
明け方の
―――
彼らは、魔物も同然と
その思考は、合理、非合理を踏まえ物事を処理するだけ。
感性に
『
脳裏を
耳にしては向き直り、殺意を抱いたものだが。
今であれば不本意ながら
大した自信とは思うけれども、何の保証にもなりはしないのに。
何を考えているのやら、
物悲しい。
それでもフェレンスは、彼にとって
思い直すのも一瞬だった。
崩れた岩壁を一つ
黒ノ竜騎士は、低姿勢を維持したまま。
深く ... 一歩、踏み込んだ。
すると、音もなく波状の土煙を生じる空圧。
手を伸ばす
彼の記憶は次々と
―――
以上の三者においては、記憶の支柱として中枢を管理する役目を
だが、
元老院の召喚を受け、
すれ違う度、目に
親衛騎士であれば、素顔を見た事くらいはありそうなものだが。
グウィンは不思議に思った。
『彼らは、それぞれの定理に
定義や公理などといった規格に
『人の情に触れぬよう避けているという事ですか?』
『推察にすぎませんが。気になるのであれば、直接、尋ねてみては?』
『いえ ... それよりも続きをお聞かせ下さい』
『 ... ... あの方が、そうするようにと ... ... 』
聞くなり言葉を失い、立ち尽くした。
恐らくは、日頃からフェレンスに目を掛けていたらしい男の話をしているのだろう。
『僕はね、フェレンス ... ...
シャンテは、もっと地上との接点を築くべきだと思うんだ。
研究を進めていくのであれば、より多くの人々に見合う方が良いだろうから。
中枢の記憶からは決して
君なら変われる。けど、そのためには心を持たなければいけない。だからね ...
さあ、顔を見せて ... フェレンス。
そしてもっと、人の情に触れる事を意識してごらん。
そうすれば、いつかきっと《
すると、フェレンスもまた
『真我とは、生命、身体、意思など、
存在する全ての根源にあって、それらを統一支配する哲学的主体の
哲学的? 主体という言葉に一体、
理解するには到底、
だが、それら
祖国の中枢を担う者として不適切であることも理解し。
人と自らを例に挙げ、知識と情報を比較し更に。
差分を埋める事への興味を持ち続けた ...
素直と頑固を並べて丁度、その間に収まるような
善悪に
あらゆる面において他の番人とは異なり。
特にも、
確かめずにはいられない気性。
何もかもが愛おしく。
抜け出る現場に居合わせる度、戻るよう説得を
何だかんだ逆に説得され、変装と同行を条件に町へ繰り出した事もあった。
無謀かつ、決して許されぬと知りながら。
このまま
どれだけ苦悩したことか。
長らく
限界を感じた瞬間だった。
全てを投げ打つ覚悟が出来たのは、この時。
番人の機能不全が議題に上がる日は遠くない。
ならばいっそ、罪を着せてしまおう。
奪われる前に、奪い去らねばならぬ。
『そう ...
英雄は
『ですが、我が
国家反逆をも
流刑が確定した後にも、告発者の存在は
彼は、
フェレンスは、予見していたのだろうか。
彼の執着心に
身を委ねるが
特攻姿勢で迫るグウィンは、間近で眼を見張った。
次の瞬間。彼を
フワリ ...
視界を斜めに
目を皿のように見開いていると、耳元に吹きそそがれる
「来るだろうと思っていました」
大丈夫だと言っているのに、
甘やかな声色。
聴けば、ジリジリと胸が熱くなるのを感じた。
フェレンスを
この
ただ、せめて
フェレンスは彼の核心に
『祖国と取引し私を生かしておきながら。これでは、まるで割に合わない。
それなのに ...
彼の臆病と執着心の内にあるものは何か。
当時のフェレンスには理解できなかったのだろうと思う。
しかし、それによって守らているという事実だけは把握していた模様。
騎士たる男の広い肩を柔らかに包むは、
グウィンは固く口を閉ざしたまま。
答えようとはしなかった。
――― 彼は、誰も信じない。
彼は、失いすぎた。
彼は、この世の不条理を知っている。
安定を
絶対的機構を
不測の事態を
その忠誠心が何を対価に約束されるものなのかは、それぞれ。
フェレンスが、もし ... 納得のいく答えを聞いていたら ... ...
もはや白昼夢とも言い
自覚したのは、つい最近だが。
今では
まるで ... そう、自らが経験してきた出来事のように。
深入りしてはいけないと分かってはいても。
ふとした時に、つい。
やがて顔を上げたカーツェルは、静かに席を立ち窓辺へと足を運ぶ。
そろそろ、フェレンスが目を覚ますのではないだろうかと。
そんな気がしたのだ。