魔ノ香~Ⅰ

文字数 3,241文字

 
 
 
()ノ魔導師が(たずさ)える ... (あか)い 々 、魔石。
銀の指輪を台座に輝くそれは、彼の血に宿る魔力ノ結晶 ... ...


魔物が見せる虚構(きょこう)に揺さぶられても、フェレンスは意識を(たも)ち続けた。

鉄をも()閃光(せんこう)(はざま)を行く戦神の巨体は、
血の(ごと)く通うフェレンスの魔力を鼓動に()え、高揚(こうよう)し。
槍を()るっては霹靂(へきれき)を浴びせ。
魔物の吐き出す火箭(かせん)も打ち払って押し進む。

戦況は、より高火力な魔導砲を()り出しながらの進撃に突入した。

ところがだ。

疎通(そつう)する契約主の生命力(バイタル)低下を察知した折り。
身の危険も(かえり)みず振り向くと。

意識を失いつつあるフェレンスの手元から飛び散る鮮血(せんけつ)
粉砕(ふんさい)した魔石の放つ赤光。

それら意識を()(みだ)す光景が、脳裏を(つらぬ)き焼き付つく(あいだ)
息をするのも忘れた。

それは恐らく、カーツェルの意識が強く反映されているためだろう。

戦神(オーディン)の受けた衝撃は、奈落の底が抜けたかのようなそれに近かったという。


   予期せぬ事態とは、言い切れぬ。


義球(オブジェクト)(かい)し、強靭(きょうじん)な保護展開にも力を注ぐフェレンスのこと。
洗脳に心乱されるなど()()なかったが。
想い出の中に元々いた〈かつての友〉が突如(とつじょ)豹変(ひょうへん)し、彼の心を切り裂いたのだ。

ほんの一瞬とは言え、意識を(うば)われるは致命的。

集中を()いたことにより魔力の供給に乱れが生じ、魔石への負荷が増した(ゆえ)
魔導兵として召喚した戦神(オーディン)の神化維持、出力に()えきれず。

... (くだ)()る結果となった。

魔力においても人並み以上と(ひょう)される。
そんな彼の血から造られた魔石であっても、不足だったのだ。



優秀な魔導師であるほど、
他者による魔力支援、並びに高出力に()()抵抗体(バリスタ)(そな)えた宝具(ほうぐ)は不可欠。
(あつか)う術の消費魔力が膨大である以上、自身への負荷も(けた)が違ってくるのだから当然のこと。

錬金術による魔力採取を繰り返し、蓄積していく以外の方法と言えば。
相当数の犠牲を念頭に置かねばならない。

禁呪が禁呪たる由縁(ゆえん)であった。

だが、この世界には時として(あらわ)れる。
秀逸(しゅういつ)と認定された者達をも凌駕(りょうが)する、特異的〈血〉を持つ逸材(いつざい)が。

とは言え、そういった者の誕生は奇跡に等しく。
その出生率は、数十年に一人の割合でしかないと言うのだ。



一度に放出された魔力が、義球(オブジェクト)の管制を困難にする。
その隙を ... 彼ノ尊(かのみこと)が見逃すはずも無い。

消失していく魔力の大半は戦神(オーディン)へと(たく)されたものの。
残された力の全てをかけても、意識を(うば)われた(あるじ)の死守に(とど)まる。

〈 Αιωνι'α η μνη'μη ... ... 〉 

永久ノ記憶 ... ...

祈祷文(パニヒダ)に秘められし〈復活ノ詩〉を()()く番人よ。
お前に、主神(ティワズ)の加護があらんことを ... ... 

それは、消え行く戦神が残した言葉だった。

半ば回帰(かいき)する境界の向こう側で微笑む ... 白き幻影は、
虚構(きょこう)を操る魔物を人の(なり)へと戻して(いだ)く。

カーツェルは、崩壊する義球が自動的に再生した人体を()て、
やっと ... フェレンスに手を伸ばした。

そして、冷え切った身体(からだ)を抱きながら、
対峙(たいじ)する視線を只々(ただただ)(にら)む。

境界の彼方に ... その姿が消えるまで ... ...


 
縷々(るる)として、史実を追う(いと)わしき夢想。

『仮に、貴方(あなた)の言う思想が実現したと過程する』

その日、彼ノ少年は()べた。
全ての人々が幸福に暮らせる〈(まこと)ノ世界〉を(きず)く。そう宣言した初皇帝を前に。

『差し当たっては、まず ... 貴方(あなた)が善者であり続けることは不可能。
 人間であり続けることすら ... ...
 何故(なぜ)なら、ユリアン。貴方の望むその世界は、正常ではないからだ』

人々の記憶を中枢(ちゅうすう)(とど)め、研究を重ねてきたシャンテの民は、
叡智(えいち)ノ子〉と(しょう)する頭脳を支柱(しちゅう)とし、中枢機構の管理を(ゆだ)ねたとされる。

無論、そのためだけに造られた〈錬生体(れんせいたい)〉に感情の(たぐい)(さず)ける必要は無かったわけだが。
人々の記憶に触れる機会の多かった一人だけは例外的に。
必然として、人々の心情を学習していったという。

その少年の変化に逸早(いちはや)く気づいたのが、他ならぬアルシオン帝国・初代皇帝、ユリアヌス。
霊薬により心身の補完を()たすより、以前の彼だった。

支柱に欠陥(けっかん)が生じたと、多くの学者が指摘する。
実のところ、想定内ではあった様子で。

しかし彼は、破棄、もしくは初期化を(とな)える学者達に異論を(てい)し、生かしたのである。

そんな知的で温和な人柄を(した)いつつ、学び。
手厚い保護を受けた少年だからこそ尚更(なおさら)
耳を(うたが)わざるを()なかったのだろう。


嗚呼(ああ)... 残念だよ。
 でも君は以前、僕にこう言ったじゃないか。

 自らの異常性を否定するつもりはないと ... ...

 勿論(もちろん)分かってはいるさ。
 他者に押し付けるでもなく、自らを責めるでもなく、
 感慨(かんがい)に受け入れる君の姿勢は素晴らしい。

 けれど ... 僕はね、そんな君を見ていて思ったんだ」


かつての彼は、こう返す。


  愛する人々に幸福を(もたら)しめるのに、世界が正常である必要はない ... ...

  人が言う善悪なんて、どちらも、ただの思い込みだ。
  そうだろう ? フェレンス。だから ... 安心して ...

  僕は、そう、この世界を〈修正〉したいだけなんだ。
  君と一緒に。だから、ね ... ? フェレンス ...
  おいで ... ... 僕と一緒に。

  さあ ... おいで ... ...


差し出される、血塗(ちまみ)れの指先。
変わり果てた思想を(つむ)ぎだす(くちびる)
安らぎを(たた)えた面持ちででありながら、瞳の奥に見え隠れする狂気の火種。

『そんな ... ... ユリアン ... ... 』

少年は愕然(がくぜん)として立ち(つく)くした。

これは悪夢か ... ? だとすれば早く目覚めなければ ... ...

そう願わずにはいられないのだ。



長い時を()ても(なお)、続く。
フェレンスは(ささや)いた。

「 ... ユリアン ... かつての貴方(あなた)はもう、どこにもいないのか ... 」

しかし譫言(うわごと)

昏睡状態を(だっ)しても ... 彼は、まだ ... 夢の中を彷徨(さまよ)っている。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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