石ノ杜~Ⅵ
文字数 9,637文字
空を仰げば、
風の道筋、水の流れに
カーツェルはチェシャの後ろを歩き、見守った。
一方、安全の確認に余念が無いフェレンスは、常に二人の遙か先を行く。
姿が見えなくなりそうでハラハラするが。
間際には立ち止まり、取り出した懐中機器で位置確認を済ませているようだった。
嵐が来ようものなら
長い々 ... 自然
足早に進む主に対し文句も言わず。
揚々として追うチェシャの背を見ていると、その辛抱強さも筋金入りと思う。
特異血種であるが
余程の事態に
清々しい心持ちで。カーツェルは再度、降る木漏れ日を胸に浴びた。
ところが、そう上手く事は運ばないらしい。
---
呼び声に応えるが
毒を湛えし
彼ら三人の他、関係する幾人もの
転じ、深く沈む視感。
意識的暗闇を
白藍に放光する水場の底から。
水中花を透かし
剥がれては舞い上がり、気配を放っている。
夜光石を敷き描かれるは、
「やれやれ。地下洗礼堂とは酔狂じゃないか、バノマン ... ... 」
円柱の堂内に響き渡る声は、洗礼盤の中心にある気配から発せられた。
壁面に組まれた回り階段を降りていく、初老の男が目をやると。
その赤い瞳が微光を
指先で水影を払う気配は、やがて。
「しかも、
この世にシャンテの中枢なき今、何の役にも立ちはしないのに」
「神秘学者の研究材料として、保管を兼ねているのでね」
「ああ、そう」
降りて来る男を冷ややかに見つめる
白百合の
「さて。それはそうと、僕はいつまで待たされるのかな?」
長居するつもりは互いに無い。
「アイゼリアの
あちらへ逃れることは分かり切っていた」
回りくどい話も極力、
「つまりは、こうかな。
君達、
「そう。察しは付いているが。あの男は
「《フォルカーツェ・L・ディート・ランゼルク》 ... 言行不一致の厄介者だね。
僕は、あの
契約の解除だけして欲しかったんだけどな。どうしても無視出来ないのかい?」
「石ノ
「まぁね。君たちにとって不都合なのはあの杜の毒 ... と言うよりは ... 」
語尾を濁し小声で笑う彼の視線は、様子に反して鋭い。
「 フフ ... それにしても、困ったな。
せっかく送り出した使者も、あちらでは役に立ってくれそうにないんだから」
バノマンは口を閉ざし、
それすら知られているとすれば、
禁断ノ
亡国のように、魔導兵を軍に
幼稚な策謀を抱くのは、軍権に依存する愚か者のみであろう。
シャンテの中枢は
要塞の
勝る力を得る方法さえ、この世には存在しないのだから。
闇雲に策を講じるはずも無いが ... ...
「
我々は
使者を呼び戻すか否かは貴殿にお任せしよう」
「無駄な労力を注ぐつもりはないな。
僕が欲しいのはフェレンスだけだから。君達こそ、好きにすると良いよ」
「であれば
対し
ユリアヌスの言説は吐息を交え、
「待ち遠しいな ... 早く救い出してあげたい。
彼は僕の
《賢者ノ石》を造り上げるために成すべきは、僕と一つになる事。
彼だって、本当は分かっているはずなんだ」
それなのに ... あの男が邪魔をする ... ...
彼の目色が豹変したのは、
求めてやまない人物に付き
「
その場を去る間際に見る妖雲。
洗礼盤を振り向けば、黒煙が立ち込めるかのよう。
枢機卿。バノマンは、それを
余分に関わるのは面倒。
だが、資源輸出国と争えば、自国の産業にも打撃となるのだ。
軍事力が勝るか、
泥沼化する前に、距離を置きたいのが両国の本音と推測する。
結社の有力者は少なからず
異端ノ魔導師を送り込む策は受け入れられなくもないだろう。
とは言え、
例えば枢機卿、率いる過激派にとって好都合である事を第一とし。
その他にも ... ...
ともあれ。両国が共に、
... その謎に迫るなら。
何らかの陰謀が
--- 彼女が選ばれたのは、そういう理由からだ。
場面は地下洗礼堂から、地上に建つ聖堂の最奥へと移り行き。
枢機卿を迎えた男は、
「彼女を向かわせる準備は?」
「とっくに済んでいますよ? 出入国管理庁に穴を開けておきました。
我々に不手際を握られ結社に抹殺されるより、寝返る。
連中にとっては生きるための賭けなのでしょうが ...
「彼女に薬を与えた
「それは ... ... 」
バノマンの問いに対し、アシェルは少しばかり
そして立ち止まり、質問で返す。
「お言葉通り、単なる生存の確認ですか?
それとも、利用できる状態にあるかどうかをお
対して彼の主人は、振り向くでもなく即答した。
「その両方だ」
アシェルは、
指の側面を唇に
フェレンスに仕えていた頃の修道服とも不釣り合いであるが。
不気味。
白い柱の間から差す光を受けて輪郭を
反転していく情景は
そこはまるで、
二日目にして気掛かりが増えたとあって。
カーツェルの視線は、前を歩くチェシャの足元に釘付け。
思いのほか旅慣れていた
そろそろ言うべきか、
遥か先を行くフェレンスを見やっては、焦点を戻し悩んでいる最中。
ゆくりなくチェシャの足取りがふらついたので、彼は駆け寄った。
そして、何も言わずに手を引き込み
するとだ。
「降ろしなさい」
と、フェレンスの一声。
睨み上げたところ、語気を強め彼は言う。
「聴こえなかったか? ならば繰り返す ... 降ろしなさい。カーツェル」
「時々、遠くから様子を見るだけの分からず屋が何か言ってるけど、
気にしなくていいからなー。チェシャ」
そうは言われても ... ...
困る!
聞こうとしないカーツェルと、物言いたげなフェレンスと。
交互に見て、落ち着き無く目の前の黒髪を
冷や汗まで出てきた。
しかし、上手く言葉に出来ないので。
「 ゥゥー ... ムー !! 」
降ろして! 降ろしてー! という気持ちを込めて
大した事ではないのに、険悪な
「分からず屋とは、言っても聞かない者のことを指す言葉では?」
「他にもな、察しが悪いとか、融通の利かないヤツにも当てはまるんだよ。
今のお前にぴったりだろーが」
正直、勘弁して欲しかった。
「なるほど。であれば、もっと具体的に指摘してくれないか」
「 ... あのな、お前。この前、俺に何て言ったか覚えてる?」
「 ... ... 」
「 ... ... 」
カーツェルは気付いて欲しいらしいが。
チェシャは思う。
いや無理でしょ。
具体的にって言ってるのに。
黙り込んでしまったフェレンスは、
だが、彼の切り返しは360度の角度から、こうだ。
「もう一度、言うぞ?」
「もういい!! 気配りを忘れるなって話だよ!」
どうやら パッ と思い出せなかったみたい。
でしょうね!!
けれども悔しい。と、言うか。拍子抜け。
カーツェルもチェシャも ガクン と肩を落とすが、即、持ち直し
自分で言っといて何だ。とまでは言わないが。
「
どーせ、やり抜こうとする子を余分に甘やかすのはどうか ... なんて思ったんだろ」
フェレンスは真剣に耳を傾けている。
「でもな ... 」
カーツェルは一旦、話を区切って何やら ゴソゴソ と音を立てはじめた。
そうして、お
パッ と小さな素足を晒して見せながら言い放つのだ。
「もう、足のマメが潰れそうなんだよ!」
見て納得。
はたと数回、
「
「ロージーも、コイツが着の身着のまま旅に放り出されるとは思わなかったろうからな」
「ふむ ... 」
「俺たちの服は合うように
一度、屋敷を出てからチェシャの
町の子らと
あちらこちら、毛羽立ちが目につく。
枝葉に
それはそうと。
カーツェルが何か言いかけたと思ったが。
すっかり黙ってしまったので。
疑問に思い顔を上げて見ると、バツが悪そうに目を
無頓着だが冷静、
少しばかりムキになってしまった事を反省しだしたよう。
すると、フェレンスの口元から吐息のような笑みが
彼は
「当初から気に掛けていたのか」
「うん。だってさ ... 」
片や、なお
そっぽを向く
正面を向くよう仕向けたフェレンスは ... 一言、
「良い子だ ... 」
カーツェルは ドキリ として息
時に
からかっているのか、どうなのか。
さっさとチェシャを抱き降ろしたうえ、木の根元に座らせて足の具合を診ている。
そこで、何がそんなに
こんな事で一々赤面している自分だ ーーー !!
《あぁあぁあぁぁぁぁぁ゛ーーーーーーーーー!!》
思わず背を向け別の木を
《 ゴスッ !!》
鈍い音がしたので見やるチェシャは、
ああ、またか ... と、思った。
しかし気になるのは、もう一方の反応である。
向き直ると、フェレンスの口元に浮かぶ笑み。
素知らぬふりをしているのだと分かった。
取り出した
「ところで、
当然の疑問だが。
不意に痛いところを突かれたものだから、つい
唇を
「つーか、お前が感じ取った通り。
足手まといになりたくなくて頑張ってたんだろーが。責めるトコかよ」
「そうではない」
対して即、返す。
フェレンスは思慮を重ね、加えた。
「だが
「確認?」
「自身の血が特殊である事。
流血してからでは対処し
その点については、チェシャ ... お前が一番よく分かっているはずだな」
チェシャは黙って
「ならば、私が伝えておきたい事は三つ」
フェレンスの声は
目を見て耳を
眺め、ゆったり息を吐くカーツェルは、やれやれ ... といった気分。
一つ。指を立て、彼は言う。
「自立心が強く、何事も懸命なのは良い。
だが、意地になってもらっては困る」
二つ。足される指。
「カーツェルは
それとなく
だが、そこは ... その都度、反省していく」
けれども。
え、待って ... ...
二人は同時に思った。
その都度? ... ...
ああ、
ツッコミを入れたいのは山々だが。
そう、集中して聞かねばならぬのだ。
なのに。なのに ... ...
カーツェルめ、背を向け密かに笑ってやがる。
気が散って仕方がない。
けれどもチェシャは
三つ。フェレンスは続ける。
「
なので、次からは何かしら知らせてくれると
終わりにチェシャの頭を
落ち着いた頃に振り向くカーツェルは、あらため実感する。
これが、彼の《
そう無闇に
底知れぬ優しさを秘めた男であるのだと。
とは言え、何だ。視線が痛い。
想いに
ガンッ! とこちらを睨むチェシャと目が合い、面食らって驚いた。
「え!? 何だよ!?」
「 ンン ... ム !! ツェル 、メ !! ノ 、 ンムム --- !! 」
指差し、名指し。
文句を言われているのは分かるのだ。が、内容までは、どうにもこうにも。
すると、チェシャを抱き上げ歩き出したフェレンスから一言、投げられる。
「真面目な話を聞いている時に笑ってんじゃねーよ。だ、そうだ」
「え!? だって、それは! お前が《その都度》とか、微妙なコト言うから!」
実は、カーツェルの様子も
《 ンムム 》を、どう
「それに! チェシャは、そんな口の利き方しねーだろ! なぁー? チェシャ~?」
苦し紛れ。
フェレンスの肩越しに顔を出すチェシャに問いかけてみるけれども。
《 ヤダ、この子。 お前がソレを言う? みたいな顔してる!!》
トボトボ ... だいぶ遅れてから二人を追う。
カーツェルは、心で泣いていた。
石ノ
帝国中部より南下する
西へ越えたフェレンス達とは
国境から南へ向かった
急ぎ、石ノ杜へと逃れたクロイツ一行の現在に至っては。
アイゼリアの国境警備隊によって拘束された彼らは、事無く尋問を済ませ。
長い年月と雨風により岩崩れし、形成された
《 ジャリリ、ジャリリ ... 》
響く足音。
目の前を左右に行き来する男を目で追うノシュウェルは、浅く溜息して
足元は、骨とも
石ノ
大地を
その深度を探れば、
だが、知る手立ては今のところ無い。
連行されている間は目隠しされていたので。
現在地すら把握できていないのだ。
知ったところで、今更だが ... ...
そして思う。
それよりも気になるのは部下達の安否。
水や食事は与えられているだろうかと。
与えられているのであれば安心。と言うか。
出来れば自分も、そちらへ混ざりたい。
なんちゃって。
そう。部下達はどうか分からないが。
彼ら二名には、水しか与えられていなかった。
帝都を脱してから五日
それでも
目の前の男を睨むクロイツの根性には心底、関心させられる。
まぁ、何だ。
自分も軍人である
そういうものだという事は理解出来るのだ。
相手から
見定めるためには極限に追い込む必要があると。
しかし、交渉に持ち込むつもりであったのだから。
そろそろ、食事くらい出してもらえないかなぁと。
言ってみたくもなる。
なのにだ。隣に居座るクロイツ。
この人ときたら ... ...
一昨日、切り出してみた時ね。
聞くなり、人の足を踏みにじったのね。
どんなに痛かったか。
聞いてくれる? 聞いてくれる?
ではまず。ご想像、頂きたい。
食事と言いかけたところで、
クロイツの
どんだけ ... って話だよ。
あ れ は 痛かった。
いつかは部下にでも聞いてもらいたい。
ノシュウェルは長いこと考えていた。
大声を出したら、追い打ちの壁ドンパンチが来ると思い。
口いっぱいに
『交渉に持ち込むまでが肝心なのだ。
軽んじるられるような無様を
小声で釘を刺す、ドスの
若干、トラウマ。
交渉中であろうと、
《 ジャリリ、ジャリリ ... 》
行き来する足音は止まない。
国境警備隊の制服ではなく。
フード付き
民間に紛れて活動しなければならない官職と言えば、
関係者に身分を知らしめているのは、胸元に光るアイゼリアの
「居所は掴めたか?」
「いいえ。そればかりか、国境を通過した形跡も確認できていないようです」
「帝国からの要請は?」
「変わりありませんね。逃亡犯引き渡しに関してのみであると」
「あちらも魔導師の
「ええ、まあ。そこに居る二人の言っている事が真実であればですが」
聞き耳を立てていると。
《異変》が生じた気配も無く、膨大な魔力の放出も観測されてはいないらしい。
「しかし、帝国ばかりか我々の探査網まで
国を脱したという話を聞いて、目の色を変えぬ軍人など居ない。
それを聞いた連中の反応を、一瞬ばかり思い返すが。
不必要に口を開こうとはせず。
ノシュウェルは横を向いて、クロイツの様子を
何せ、この通り。確たる証拠が無いのだから。
嘘か
虚言と
さて ... どう切り返すものかと。興味津々である。
すると、薄っすら開く唇。
笑っているのか。
目元に
クロイツは断言した。
「悪名、名高き《異端ノ魔導師》には、それが可能なのだ」
振り向く連中は、揃いも揃って顔を
「信じようが信じまいが、貴様らの勝手だがな。
一方にとっては、たかが不法入国者。
また一方にとっては、不審をはたらいた程度の軍人。
にも関わらず、この様は何だ。考えてもみろ。
わざわざ密偵を差し向けるほどの事か?
重犯と断定するには日が浅すぎる割に、決めつけて掛からねばならぬ理由とは何だ?」
交渉を持ちかけておきながら
その場に居合わせた者、皆で考えさせられた。
対して連中の仕切り役が言葉を返す。
「双方共に、知られたくない事情から相手の目を逸らそうと画策している ... とでも?」
ニヤリ ... クロイツの笑みは不敵。
どうよ、この顔 ... ...
辺りを見やると、報告をしていた側の男が
共感を覚えずには居られない。ノシュウェルは思った。
引くよなぁ ... ...
分かるよ、その気持ち。
それはそれとしてだが。
クロイツの話は
公判を控えた異端ノ魔導師と、その
この人が敵じゃなくて
心から、そう思う。
続けて見方を示すクロイツは淡々としたもの。
仮に両国が魔導師の足取りを掴んでいたとして、言う
名のある魔導師の確保は国益、安保推進に結びつく
利害を見極める必要こそあれ。
理に
提示されるであろう条件。
つまりは、見返りである。
「 ククク ... あの男の利用価値は計り知れんのだ。
国家機密に触れる事もある
誰に会わせるべきかくらいは、見当が付いているはずだな?」
「 ... ... 」
「異端ノ魔導師を甘く見ると高く付くぞ?
「 ... ... 」
「ヴォルト ... 危険です」
例え真実を述べているとしても、魔導師と
分かっている。
だが、彼は異例の決断を下した。
「エルジオ。二人を連れて来い」
「え!?」
「その他は
「いや、でも! と言うか、まさか!
「機密事項を
即、我々を差し向けられるのは、あの方しかおらんだろう」
「それは、確かに ... オレもそう思いますけど!
でも、ヤバイと言うか。マズくないですか!?」
見ていると、片方の取り乱しようが半端ない。
まだ若いとは言え、
「まさか、国王じゃないですよね?」
声を
「そう。飾り物に
クロイツの顔色は
何日も水しか与えられていないというのに。
この人、本当に図太いな ... ...
「
「
「いえいえ。
とりあえずは、これで。食事にもありつけるだろうし。
「ありがとうございます」
「 ... フン 」
素っ気なく顔を
と、言うことはだ。満更でもない気分なんだなと。
そう考えれば、つい:頬(ほほ)が:緩(ゆる)む。
交渉の第二段階は、いつ頃になるやら。
先は長そう。
けど、まぁ、この人となら切り抜けられるに違いない ... ...
ノシュウェルの心持ちは安らかだった。