精霊王ノ瞳~Ⅲ
文字数 8,441文字
何となく、聞き辛いだけと思ってたが、どうやらトラウマになっていた模様。
「昔は散々、無視されたからな。
けど、もう、後戻りは御免だからさ」
彼の呟きを聞いて、フェレンスは頷く。
分かっていているはずだった。
どの道、取り返しはつかないのだと。
何度も言い聞かせてきたのだから。
自身にも、相手にも。
なのに足りない。
互いの念押し無くして話は進まないのだ。
察したフェレンスが、こう繰り返す。
「安心していい。もう、そんな事にはならない」
そんな事には ... ... 。
しかしそれは、明らかな〈嘘〉。
――― その魔導兵は恋心の封止忘却を繰り返す。
主人と寄り添い、生きるためだけに ... ...
秘めた念いを自覚する毎に
潜在意識が粛清を図るのだ。
封止忘却の術は働きかけているに過ぎず。
それでいて彼は、決して〈記憶〉を手放さないため。
顕在意識が繰り返しを避け始めたとも推察できる。
何日頃からか、心に生じはじめた亀裂。
その気配を一番身近に感じ取っていたのは ... ... 彼、
カーツェル自身だったのかもしれない。
つい最近までは同程度と思っていたカーツェルの体格、
身長は今や、フェレンスの一回り上をいく。
そんな彼の襟元に手を添え、抱き寄せる。
フェレンスは次に、こう言った。
「さあ。何を話そう」
まるで民話でも語りだしそうな口ぶりだが。
改め考えた時に限って パッ と出て来ないのは何故だろうかなどと。
返事も待たずに話すので、まるで独り言のようでもある。
耳元で聞く緩やかな息遣い、
声色からは、安寧を思わす微笑みまで想像できた。
すると、カーツェルが声を振り絞る。
「取り留めなくても良い?」
対するは余裕の回答。
「構わない。その方が面白そうだ」
なので一つ 々 、思い付いた順に尋ねてみようと思う。
まずは、気になっていた事からだ。
「ついこの間、お前がチェシャの宝物ぶん投げた時さ。
俺が手伝うって言ったら、何か気が付いた素振りで嬉しそうにしてただろ?
実は、あれ凄く気になってた。 ... ... どうして?」
それから、それから。
密かに夢見ていた事とか。
「あと、もし ... さ、その。
もし、コレでお前と遊んでみたい ... なんて、言ったらさ。遊んでくれる?」
時系列も滅茶苦茶。
「つーか、本当 ... 取り留めなくて悪い。けど」
ここまで来ると止まらない。
挙げ句には、餓鬼臭いコト言ってんなとか。
本当は凄く恥ずかしいだとか。
自分に対するツッコミすら交じる始末だが。
「なあ、フェレンス!」
ある時、一歩身を引いた彼は思いつめた表情で質問を重ねた。
「あの頃のお前は、俺のコト ... ...
どう思ってた? 今のお前は、どう思ってる?」
ところが次の瞬間、ギクリ として息衝く。
半ば自分自身に返ってくる質問ばかりだと。
今更のように気が付いたのだ。
気不味い。
途轍もなく気不味い。
カーツェルの目が、あちらこちらへ泳ぐ。
当然、彼の主人は察し、思い巡らせるだろう。
しかし言い留まった。
やや首を傾げるフェレンスの仕草に視線を釣られ、見てみると。
もう少し待ったほうが良いか? とでも言いたそう。
カーツェルは何故か、赤面していた。
溜め込み過ぎて言いたいことの整理がつかないのだと、理解を示すフェレンスに対し。
上手く言えないどころか、逆に聞き返されたらどうしようなどと考えている。
自身の未熟さを痛感しているのだろうか。
いや、そうではない。
本来であれば恥ずべき事。
あるまじき衝動を自覚してしまい、泥沼に陥っているのが今の彼。
カーツェルの現状である。
敢て言うなら。
その余裕に寄り縋り、甘え倒したい ... ... だとか。
何て不謹慎な。
理性に諌められ左右に首を振る彼は、無言で両の手のひらを見せるようにし。
二度、三度、前に押し出したあと。
待て 々 ... ...
心の中で呟いた。
そして更に後退りしていく。
どうしたいのだろう。
よく分からないが。
何と彼は、そのまま スッ ... と、退室してしまったのだ。
寄りにも寄って、無言のまま。
〈 は? 〉
自分自身に呆れ、扉に背中を預けるように脱力したのは当の本人。
これには流石のフェレンスも、肩で小さく溜息する。
ところがだ。振り向き元の席まで戻る間に笑みを浮かべる、目元、口元。
挙動不審な彼を一先ず見送ったのには理由があった。
大して時間を要さないはずなので、扉を見つめ暫し待とうか。
するとまた、耳を擽る。
極々控えめな打音。
フェレンスは再び答えた。
「入りなさい」
――― 繰り返すのは、ここまでだ。
それは、カーツェルの心の声。
なのに自分ではない何者かの声が、重なって聞こえたような。
最早、日常的。
カーツェルは気にも留めず。
フェレンスが返す言葉に誘われ、三度 ... 扉を開いた。
かつて魔導兵としてフェレンスに仕えていたという男。
竜騎士グウィンが残した記憶から成る幻聴だろう。
そう思っていたからだ。
彼の主人は穏やかな笑みを湛えた面持ちのまま。
対し、取り乱してしまったことを申し訳なく思う。
カーツェルは扉の影に隠れるようにしながら小声で、こう言った。
「 あ ー そ ー ぼ ? 」
すると遂に、言葉を失うフェレンス。
だが決して動じず。向き合った。
彼の内面的本質は幼い頃と何ら変わっていない。
ずっと、ずっと長い間。
無くすまいと胸にしまい込んできたのだろう。
そうと知ったからには、その情想を傷つけぬよう応じてやりたい。
フェレンスの覚悟は相当なものである。
が、しかし。
「 ナンダ コノ カワイイ イキモノ ハ 」
... ... ん?
カーツェルは勿論、我が耳を疑った。
けれども真顔のフェレンスが淡々と言い連ねるので、聞くしかない。
仕方がないな。良いだろう、来なさい ... ...
とは、彼の主人の思うところだが。
「体格の良い大人が、物影に隠れて何か言っている。
一般において〈ツンデレ〉と言われるらしい分野に属するであろう男が。
まるで忠犬属性を隠し持っていますと言わんばかりの上目遣いなどして。
うむ。可愛いな。よしよし。褒めてやろう」
待て 々。待て 々待て 々 ... ...
これ以上は無理。
堪らず下を向く彼は、やっとの思いで遮った。
「待て 々 。待てって。お前、それ、言ってるコトと思ってるコト逆じゃねーの?
て、言うか。おい!! 誰が忠犬だ! 出任せ言ってんじゃねーぞ!」
伏せられた顔は恐らく真っ赤。
何故なら、もう耳まで赤い。
まさかの異端ノ魔導師が。
思っている事だだ漏れだなんて。
前代未聞である。
ところが相手に不都合は無さそう。
何せ反論すらされない。
え。何。どういうコト ... ... ?
カーツェルが恐る 々 顔を上げ、目で訴えると。
フェレンスは素直に答えた。
「私にどう思われているのか、知りたかったのだろう?」
そ う じ ゃ ね ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ... ...
とは言え間違ってもないが。
微妙にズレているので。
最早どっちもどっちと言うか。
カーツェルの思うところも小声になって漏れはじめているし。
有り得ない。
執事役の大きな両手が。
すっかりと塞いだ自身の顔から熱を感じ取って狼狽えているのだ。
しかしもう、いい加減にしておきたくて。
素早く深呼吸し ススッ ... と席に着いた彼は、取り繕うように調子を合わせる。
「まったく、ふざけやがって。
つーか、もう少しまとめてくれていいんだけどな」
「 ... ... 」
なのにどうして。
黙り込んでしまった。
フェレンスが。
ああ。もう。どうしたら ... ...
つい先程、手元に戻ってきた父の形見を取り出すカーツェルは、
合わせづらい顔を背けたまま。カードを切る。
ただ会話をしているだけなのに。
何故こうも息苦しいのか。
相手の言葉に、何か期待しているのかもしれない。
けれど自分では検討もつかないのだから、お手上げだ。
対し、彼の手捌きを見つめながら考える。
フェレンスは次に一言だけ、こう返した。
「 愛してる ... ... 」
息の根を止める衝撃。
世界から音が消えた瞬間。
カーツェルの目が眩む。
何もかも錯覚だ。
思考力を奪い去った言葉のせい。
まるで不意打ちではないか。
短く、か細い呼吸は、喉元に届かず吐き出される。
その時、脳裏を駆け巡った記憶は、誰のモノ?
彼は、その幻を懐かしいと思った。
窓際に立つ若かりし日のフェレンスが白色の朝日を背にし、こちらを振り向く。
事の背景が曖昧な描写。
番人、流刑者、帝国魔導師。
いつ頃の姿かも分からないのに。
縷々切々と。
その眼差しに想いを込めるフェレンスの笑みが、只々尊く。
慕わしいのだ。
幻覚と現実を重ね見る。
彼が我に返るまで、どれほどの時を要したろう。
感極まる一方。
何処からともなく溢れた悲哀に息詰まる思いがした。
一つの言葉にまとめ、あらわした ... その情が。
どういった理由から生じたものかも分かっていないくせに。
彼の視線は、やがて深々と沈み込んでいく。
フェレンスは、そう。
無神経にも人間らしさを装って。
素の自分では得られないであろう知覚の変幻を精査し、楽しんでいるだけ。
カーツェルは、そう。
思い込もうとしている自分に気付かない。
彼は引き続きカードを切って、交互に配り会話を続けた。
「いや。それ ... さ、お前。意味とか別にしたって、友人に使うような言葉じゃねーぞ」
「そうなのか。すまない ... 何せ初めて使う言葉なので」
「へぇ。 ... てか、マジかよ」
顔を上げ見合わせると、フェレンスは頷いた。
嘘だろ?
異端ノ魔導師が言う〈初めて〉を頂戴してしまった。
彼ノ下僕が抱いたのは、まさかの高揚。
生きてきた年数も不明確な主人への疑念ではないところが、ある意味、彼らしい。
「お前って案外 ... いや、やっぱワケ分かんねーよな」
するともう一度、微笑んで頷くフェレンス。
だが、それとなく濁された言葉に気を止める。
片や、掴みどころのない体裁を鑑み。
仕方のない奴だなと言って受け流すカーツェルは、気のない素振り。
強く惹かれる心を、留めておく必要があった。
錬金術を嗜む覡として瞬く間に名を馳せた目の前の有名人は、静かに待つ。
その気配を肌に感じながら。
カードを配り終えた執事役が振り返るのは、このところの日常。
儀球を立ち上げれば、誰もが瞳を輝かせ、食い入るように見つめる。
問診中だって窓の外は人集り。
主に町の子だが。
時には子を迎えに来たはずの親まで加わっているので。
目が合うなり愛想笑いをして、やり過ごす日々。
騒がしい時には声を掛け、追い払うことも。
「こらこら。見世物ではありませんよ?」
大人しく退散していく子の中に、チェシャが紛れ込んでいる日もあった。
あの人は怒ると怖いから ... なんて告げ口でもしていたに違いない。
戦線に立てば、血腥い攻防の最中ですら夢見る。
これが ... 平穏無事な暮らし。
的を外した銃弾が砕く、石積みの削片。
風に流れる機関砲の硝煙を潜っては、血を浴び続ける。
それが、戦役時の日常であるからして。
小さな夢が叶えられていく今を、この幸せな時間を。
出来るものなら、終わらせたくない。
手元のJOKERを見詰め、彼は思った。
この切り札を自由に操れたら良いのにな ... ...
そうして沈黙を破る。
その口元から告げらたゲームの名は〈Spit〉。
頭脳、理詰めだけでは勝てないが、その逆も然り。
とは言え、反射神経、素早さといった運動能力が高いほど有利ではあるので。
カードを出し合う位置と、手持ちを並べる距離を互いに調整すると言う。
カーツェルの提案を受けたフェレンスは、彼を ジッ ... と見たまま。
そっ ... と、低卓を縦向きに置き直した。
その上、更に片手縛りを要求する。
無論、承諾したが。
「コレ、遊びなんだけど。割と本気なんだな」
「当然。それだけ、お前の能力を高く買っているので」
そう言われると気恥ずかしい。
「けど、何か ... ... 大分、吹っ掛けてねーか?」
このやり取りも戦略の内だろうか。
改め引き離された間合いを見て ハッ ... とした。
この距離だと中腰を強いられる。
しかもだ。
片手縛りされるまでもなく。
テーブルに片手を付き、利き手を伸ばしてやっと届く見立て。
なかなかの鬼仕様だ。
けれども、そこは彼の主人。
「これくらいしてもわなければ。お前の本気は引き出せないだろう?」
遊びに於いても巧言、抜かりなし。
「上等じゃねーか」
受けて立つ ... ...
敢え無く乗せられたカーツェルを窮地に追い込むまで、そう苦労はしなさそう。
だが、いざ始めてみると正に良い勝負。
カーツェルが時を忘れ集中する程だった。
俊敏さで上手を取り、行けると思った瞬間。
ジョーカーを差し込んでくる。
その洞察力に度々、身悶えさせられるものの。
腹が立つほど面白い。
対しフェレンスが彼に見せる隙は、
勝負事に関するそれとは少し違った模様。
何せ年頃の成人男性が夢中になって遊んでいる姿を見せられている。
しかも時々、クネクネ と身を捩って悔しがるものだから、また面白くて。
心が和めば動作も緩むという理由。
手持ちが十五枚を切るまで暫く掛かった気がする。
最終的に勝利したのは、やはりフェレンスだったけれど。
一度、突っ伏してから顔を揉むように頬杖するカーツェルは、実に満足気。
流石は ... 帝国ノ公爵子息を無自覚に口説き落とし、
魔導兵として仕立て上げた男 ... と、誰が思ったか。
闇夜に紛れる気配にも気付かぬまま。
席を立った彼は主人の傍へと歩み寄り、戯れ続けた。
互いのソファーは一人掛け。
だが、お構いなし。
背凭れを跨ぐようにして座り込み、主人の背後を占領してやるとする。
普段は生真面目な執事役が、退行したかのよう。
前に押し出されたフェレンスの背に密着しながら、肩に顎を乗せ彼は言う。
「なぁ。手加減してたろ」
「気のせいでは?」
「ムカつく」
「私が隙を見せるのは不自然だとでも?」
「だってさ」
「私は ... ただ、何も考えずに触れてみたかっただけ」
分かっていた。
フェレンスの言い分を聞き出すには辛抱が必要。
だけど、今は、大人対応、お休み中、だから。
「噛みついていい?」
遠慮なく。
いつもより端的に急かす。
フェレンスは聞き流していた。
けれども、シャツの襟を立てたりして。
きっちり対策し続ける。
「先日、チェシャを泣かせてしまった時。
お前が昔、話していた事を思い出したので」
「俺が?」
「そう」
片や上の空。
襟元で魔ノ香を吸い込む彼は、思った。
シャツの上からでも余裕でいけるんだけどな ... ...
話を最後まで聞く前から噛み付く事ばかり考えているよう。
そんなカーツェルの頬を爪先で撫で、注意を逸らす。
フェレンスは当時を振り返り。
思い出の中の幼き友人が泣きながら訴えかけてくる姿に、声を重ねた。
「何事も、やってみなければ分からないと」
すると息を飲み、静止する当事者。
彼は、耳を澄ませて聞く。
「敢てそうする事に何の意味があるのか。
そう考えた時、当時の私は踏み出せなかった。
しかし、この通り。
現在は状況が異なる。
ならば今こそ、お前の言う通りに ... そう思った。
記憶は過程、そして結果。
より良い道筋を見通すための参考諸事。
とは言え過ぎた事に囚われると、危険予測が難しい道を避けがちだ。
それよりも有意義かつ実り豊かな道が開けていたとしても見落としたりなどする。
お前は、そういった道の先にある隠れ家へと誘ってくれるような友人。
賢者が齎した叡智とは全て、人々が切り開き残した記憶から掬い上げ、再構成されたもの。
お前が切り開こうとしている道に興味がある。
お前が望む道を、私も歩いてみたい。
教えられてみたい。
そう考えると。
理由や道理が分からないままだろうが、どうにでもなる気がして」
話の半ばには、かつて見た夢のような日々の断片が脳裏に浮かんだ。
在りし日の姿で茂みを掻き分け、振り向き。
差し伸べた手を見つめているのは、フェレンス。
やがて結びついた手と手の温もりは、本当に夢だったのだろうか。
時を経て決意を改めたと語る声は、涼やか。
それでいて力強い。
「危険に伴う対価、行った先にある障害、災厄、全て私が払う」
ああ、また。
人間離れしたことを言いはじめた。
定期。
聞かされる側としては、複雑な気分である。
相手は異端ノ魔導師。
元より世間から穢の塊のように噂されてきた男の言葉だ。
ある伝承によると。
火は神々から盗まれ、人々に齎されたのだという。
その報いとして贈られたのが、この世を呪う病、悪徳、災い。
安息ノ地に囲われた人に心を宿した蛇が、彼の尊であるならば。
俺は ... ...
自身の幸福と利得のため力を使うよう唆す悪魔か。
どうあれ、覚悟の上だったはず。
なのに ... ...
カーツェルは思う。
そう、今は、とても強く言える立場ではないのだ。
「だから ... ... 」
フェレンスが、そう言いかけた時。
「じゃあ、ずっと ... こうして暮らしていきたいって言ったら?」
つい、話の腰を折ってしまった。
逃避しかけた彼の言葉を、どう捉えたか。
フェレンスは一度、口を閉ざす。
不本意だ。
互いの成すべき事、何もかも投げ出してしまおうだなんて。
出来るわけがないのに。
当然、窘められるだろう。
彼は答えを待たずに言い加えた。
「分かってる ... ... 言ってみただけだ」
ところが逆に遮られる。
「お前が私のことを、どう思っているかによるかもしれない」
ギクリ ... ...
どうして一々気不味い思いをしてしまうのだろう。
「また俺か」
頷く相手の肩に突っ伏し、脱力。
潔く清聴するとしようか。
そんなカーツェルを余所に、反復し述べる。
フェレンスに躊躇いの色はない。
「先も言ったが。つまり私は、お前の気持ちに応えたい。
厳密には、目的を果たすため力を尽くす。
そうさせているのは紛れもない ... カーツェル。お前だ。
私は、お前を愛している。
そして理屈に行き詰まる。
あらゆる意味で、どう形容し理解すべきか分からない。
グウィンには尋ねることすら出来なかった。
疑問を抱くにも至らなかったので。
だから ... ... 」
手に手を重ねられたカーツェルは息急く。
「だから、次はお前に答えてもらいたい。
教えて欲しい。カーツェル ... ... 」
「やめとけよ ... ... 」
「何故?」
「俺が狂ったコト言いはじめないとも限らねーだろうが」
「その時は私が捻じ伏せる」
「でも ... ... 」
「落ち着きなさい」
安心して。
答えるんだ。
フェレンスは言う。
「お前は、どうして私と共に生きたいと思う?」
「俺が聞きたいんだよ!!」
肩で蹲るカーツェルの手は、意に反して平を返し。
指と指を絡め、やがて強く爪を立てた。
フェレンスが口を結ぶのは、痛みを意識せぬよう歯を噛み締めているせい。
カーツェルは言う。
「自分の事なのに。
突き詰めて考えていくうち、頭が真っ白になって」
導線が焼き切れてしまったかのように。
思考が弾けるのだ。
「お前と同じだフェレンス」
答えられないから。
聞けなかったのだ。
実例は別として。
孤高ノ民。故国ノ番人。
かつて帝国魔導師を務めながら、異端ノ魔導師と囁かれ恐れられた。
フェレンスが。
話を聞き従うどころか、望みを叶えてやると言っているのに。
剰え、後述に至っては随分と重い意味合いになる。
尽くされるとはそういうこと。
上出来なんてものではない。
度を越している。行き過ぎだ。
つい先程も言いかけたように。
フェレンスは案外と、いや、至って単純で ... 純粋。
だけど ... ... そんな風に意識しはじめたら、―― ニ ナッテ シマ ― ソウ。
すると弾ける。
まるで、意識を断つかのように。
このところは、いつもそう。
夢から覚めた時と似ている。
次には少しだけ気持ちが落ち着いているのだ。
「それに、昔って言うけどさ。
どうしてそんな話になったのか、お前、憶えてる?」
フェレンスは黙って首を左右に振る。
はっきりと言葉にしないのは、何故だろう。
「すまない。当時は、お前の話を聞き流すようにしていたせいだろうと思う」
詫びるフェレンスは、また何か言いかけたような。
対し彼の苛立ちは、自身に向けられた。
「お前が謝るコトじゃない。けど、さ ... ... 」
次第に地を這う声。
やがて吐き出される憤り。
「お前の記憶に残るほど強く主張した内容を、俺が憶えてないのはおかしい」
彼の言葉は、核心を突いていた。
そこまで言うからには、何かしらの葛藤があったはず。
それをまさか、忘れてしまうなんて。
この俺が? そんな、まさか ... ...
胸が締め付けられる。
フェレンスと過ごす時間。
当時は貴重だったのだ。
そんな大事なことを、この俺が忘れるわけがない。
憶えていないなんて、有り得ない。
「ローレシアとの思い出だってそうだ」
フェレンスは ハッ とする。
彼は何を言おうとしているのだろう。
「カーツェル?」
名を呼んでも、彼は応えない。
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