精霊王ノ瞳~Ⅲ 

文字数 8,441文字

 
 
 
何となく、聞き(づら)いだけと思ってたが、どうやらトラウマになっていた模様(もよう)

「昔は散々(さんざん)、無視されたからな。
 けど、もう、後戻(あともど)りは御免(ごめん)だからさ」

彼の(つぶや)きを聞いて、フェレンスは(うなづ)く。

分かっていているはずだった。
どの道、取り返しはつかないのだと。

何度も言い聞かせてきたのだから。
自身にも、相手にも。

なのに()りない。

(たが)いの念押(ねんお)し無くして話は進まないのだ。
(さっ)したフェレンスが、こう()り返す。

「安心していい。もう、そんな事にはならない」

そんな事には ... ... 。



しかしそれは、(あき)らかな〈(うそ)〉。



 ――― その魔導兵は恋心の封止忘却(ふうしぼうきゃく)を繰り返す。
     主人と()()い、生きるためだけに ... ...



()めた(おも)いを自覚(じかく)する(ごと)
潜在意識(せんざいいしき)粛清(しゅくせい)(はか)るのだ。

封止忘却(ふうしぼうきゃく)(じゅつ)(はたらく)きかけているに()ぎず。
それでいて彼は、決して〈記憶〉を手放(てばな)さないため。
顕在(けんざい)意識が繰り返しを()け始めたとも推察(すいさつ)できる。

何日頃(いつ)からか、心に(しょう)じはじめた亀裂(きれつ)

その気配(けはい)を一番身近(みじか)に感じ取っていたのは ... ... 彼、
カーツェル自身だったのかもしれない。



つい最近までは同程度(どうていど)と思っていたカーツェルの体格(たいかく)
身長は今や、フェレンスの一回り(ワンサイズ)上をいく。

そんな彼の襟元(えりもと)に手を()え、()()せる。
フェレンスは次に、こう言った。

「さあ。何を話そう」

まるで民話(みんわ)でも語りだしそうな口ぶりだが。

(あらた)め考えた時に(かぎ)って パッ と出て来ないのは何故(なぜ)だろうかなどと。
返事も()たずに話すので、まるで(ひと)り言のようでもある。

耳元で聞く(ゆる)やかな息遣(いきづか)い、
声色(こわいろ)からは、安寧(あんねい)を思わす微笑(ほほえみ)みまで想像できた。

すると、カーツェルが声を()(しぼ)る。

「取り()めなくても良い?」

(たい)するは余裕(よゆう)の回答。

(かま)わない。その方が面白そうだ」

なので一つ 々 (ひとつひとつ)、思い付いた(じゅん)(たず)ねてみようと思う。
まずは、気になっていた事からだ。

「ついこの(あいだ)、お前がチェシャの宝物ぶん()げた時さ。
 俺が手伝うって言ったら、何か気が付いた素振(そぶ)りで(うれ)しそうにしてただろ?
 実は、あれ(すご)く気になってた。 ... ... どうして?」

それから、それから。
(ひそ)かに夢見ていた事とか。

「あと、もし ... さ、その。
 もし、コレでお前と遊んでみたい ... なんて、言ったらさ。遊んでくれる?」

時系列も滅茶苦茶(めちゃくちゃ)

「つーか、本当(ホント) ... 取り()めなくて悪い。けど」

ここまで来ると止まらない。

挙げ句(あげく)には、餓鬼臭(ガキくさ)いコト言ってんなとか。
本当は(すご)()ずかしいだとか。
自分に対するツッコミすら()じる始末(しまつ)だが。

「なあ、フェレンス!」

ある時、一歩()を引いた彼は思いつめた表情で質問を(かさ)ねた。

「あの頃のお前は、俺のコト ... ...
 どう思ってた? 今のお前は、どう思ってる?」

ところが次の瞬間、ギクリ として息()く。

(なか)ば自分自身に返ってくる質問ばかりだと。
今更(いまさら)のように気が付いたのだ。


気不味(きまず)い。

途轍(とてつ)もなく気不味(きまず)い。

カーツェルの目が、あちらこちらへ(およ)ぐ。
当然、彼の主人は(さっ)し、思い(めぐ)らせるだろう。
しかし言い(とど)まった。

やや首を(かし)げるフェレンスの仕草(しぐさ)に視線を()られ、見てみると。
もう少し待ったほうが良いか? とでも言いたそう。

カーツェルは何故(なぜ)か、赤面(せきめん)していた。

()め込み()ぎて言いたいことの整理(せいり)がつかないのだと、理解を(しめ)すフェレンスに(たい)し。
上手(うま)く言えないどころか、逆に聞き返されたらどうしようなどと考えている。
自身の未熟(みじゅく)さを痛感(つうかん)しているのだろうか。

いや、そうではない。

本来であれば()ずべき事。
あるまじき衝動(しょうどう)を自覚してしまい、泥沼(どろぬま)(おちい)っているのが今の彼。
カーツェルの現状(げんじょう)である。

(あえ)て言うなら。

その余裕(よゆう)()(すが)り、甘え(たお)したい ... ... だとか。

何て不謹慎(ふきんしん)な。

理性に(いさ)められ左右に首を()る彼は、無言で両の手のひらを見せるようにし。
二度、三度、前に押し出したあと。

待て 々(まてまて) ... ...

心の中で(つぶや)いた。
そして(さら)後退(あとずさ)りしていく。

どうしたいのだろう。
よく分からないが。

何と彼は、そのまま スッ ... と、退室(たいしつ)してしまったのだ。
()りにも寄って、無言のまま。

〈 は? 〉

自分自身に(あき)れ、(とびら)に背中を(あず)けるように脱力(だつりょく)したのは(とう)の本人。

これには流石(さすが)のフェレンスも、(かた)で小さく溜息(ためいき)する。
ところがだ。()り向き(もと)(せき)まで戻る()()みを浮かべる、目元、口元(めもと、くちもと)

挙動不審(きょどうふしん)な彼を一先(ひとま)ず見送ったのには理由(わけ)があった。
(たい)して時間を(よう)さないはずなので、扉を見つめ(しば)()とうか。

するとまた、耳を(くすぐ)る。
極々控(ごくごくひかえ)えめな(ノック)音。

フェレンスは(ふたた)び答えた。

「入りなさい」



――― ()り返すのは、ここまでだ。



それは、カーツェルの心の声。
なのに自分ではない何者かの声が、(かさ)なって聞こえたような。

最早(もはや)日常的(にちじょうてき)

カーツェルは気にも()めず。
フェレンスが返す言葉に(いざな)われ、三度(みたび) ... 扉を開いた。

かつて魔導兵としてフェレンスに(つか)えていたという男。
竜騎士グウィンが残した記憶から()幻聴(げんちょう)だろう。

そう思っていたからだ。

彼の主人は(おだ)やかな笑みを(たた)えた面持(おもも)ちのまま。

(たい)し、取り(みだ)してしまったことを(もう)(わけ)なく思う。
カーツェルは(とびら)(かげ)(かく)れるようにしながら小声で、こう言った。

「 あ ー そ ー ぼ ? 」

すると(つい)に、言葉を(うしな)うフェレンス。
だが(けっ)して動じず。向き合った。

彼の内面的本質は(おさな)(ころ)(なん)ら変わっていない。

ずっと、ずっと長い(あいだ)
無くすまいと胸にしまい込んできたのだろう。
そうと知ったからには、その情想(じょうそう)(きず)つけぬよう(おう)じてやりたい。

フェレンスの覚悟(かくご)相当(そうとう)なものである。

が、しかし。

「 ナンダ コノ カワイイ イキモノ ハ 」

... ... ん?

カーツェルは勿論(もちろん)()が耳を(うたが)った。
けれども真顔(まがお)のフェレンスが淡々(たんたん)と言い(つら)ねるので、聞くしかない。

仕方(しかた)がないな。良いだろう、来なさい ... ...

とは、彼の主人の思うところだが。

体格(たいかく)の良い大人(おとな)が、物影(ものかげ)(かく)れて何か言っている。
 一般(いっぱん)において〈ツンデレ〉と言われるらしい分野(ぶんや)(ぞく)するであろう男が。
 まるで忠犬(ワンコ)属性を(かく)し持っていますと言わんばかりの上目遣(うわめづか)いなどして。
 うむ。可愛(かわい)いな。よしよし。()めてやろう」

待て 々(まてまて)待て 々(まてまて)待て 々(まてまて) ... ...

これ以上は無理(ムリ)
()らず下を向く彼は、やっとの思いで(さえぎ)った。

待て 々 (まてまて)。待てって。お前、それ、言ってるコトと思ってるコト逆じゃねーの?
 て、言うか。おい!! 誰が忠犬(ワンコ)だ! 出任(でまか)せ言ってんじゃねーぞ!」

()せられた顔は(おそ)らく真っ赤(まっか)
何故(なぜ)なら、もう耳まで赤い。

まさかの異端ノ魔導師が。
思っている事だだ()れだなんて。
前代未聞(ぜんだいみもん)である。

ところが相手に不都合(ふつごう)は無さそう。
何せ反論(はんろん)すらされない。

え。何。どういうコト ... ... ?

カーツェルが恐る 々 (おそるおそる)顔を上げ、目で(うった)えると。
フェレンスは素直(すなお)に答えた。

「私にどう思われているのか、知りたかったのだろう?」

そ う じ ゃ ね ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ... ...

とは言え間違(まちが)ってもないが。
微妙(びみょう)にズレているので。

最早(もはや)どっちもどっちと言うか。
カーツェルの思うところも小声になって()れはじめているし。

()()ない。

執事役(しつじやく)の大きな両手が。
すっかりと(ふさ)いだ自身の顔から熱を感じ取って狼狽(うろた)えているのだ。

しかしもう、いい加減(かげん)にしておきたくて。
素早(すばや)深呼吸(しんこきゅう)し ススッ ... と(せき)()いた彼は、取り(つくろ)うように調子(ちょうし)を合わせる。

「まったく、ふざけやがって。
 つーか、もう少しまとめてくれていいんだけどな」

「 ... ... 」

なのにどうして。
(だまり)り込んでしまった。
フェレンスが。

ああ。もう。どうしたら ... ...

つい先程(さきほど)、手元に(もど)ってきた父の形見(かたみ)を取り出すカーツェルは、
()わせづらい顔を(そむ)けたまま。カードを切る。

ただ会話をしているだけなのに。
何故(なぜ)こうも息苦(いきぐる)しいのか。

相手の言葉に、何か期待しているのかもしれない。
けれど自分では検討(けんとう)もつかないのだから、お手上げだ。

(たい)し、彼の手捌(てさば)きを見つめながら考える。
フェレンスは次に一言(ひとこと)だけ、こう(かえ)した。


「 愛してる ... ... 」


息の()を止める衝撃(しょうげき)
世界から音が消えた瞬間。

カーツェルの目が(くら)む。

何もかも錯覚(さっかく)だ。
思考力(しこうりょく)(うば)()った言葉のせい。
まるで不意打(ふいうち)ちではないか。

短く、か(ぼそ)呼吸(こきゅう)は、喉元(のどもと)(とど)かず()き出される。
その時、脳裏(のうり)(かけ)(めぐ)った記憶は、誰のモノ?

彼は、その(まぼろし)(なつ)かしいと思った。
窓際に立つ(わか)かりし日のフェレンスが白色(はくしょく)の朝日を()にし、こちらを()り向く。

事の背景が曖昧(あいまい)描写(びょうしゃ)
番人(ばんにん)流刑者(るけいしゃ)、帝国魔導師。
いつ(ごろ)姿(すがた)かも分からないのに。

縷々切々(るるせつせつ)と。

その眼差(まなざ)しに想いを込めるフェレンスの()みが、只々(ただただ)(とうと)く。

(した)わしいのだ。

幻覚(げんかく)と現実を(かさ)ね見る。
彼が(われ)に返るまで、どれほどの時を(よう)したろう。

感極(かんきわ)まる一方(いっぽう)
何処(どこ)からともなく(あふ)れた悲哀(ひあい)息詰(いきづ)まる思いがした。

一つの言葉にまとめ、あらわした ... その(じょう)が。
どういった理由から(しょう)じたものかも分かっていないくせに。

彼の視線は、やがて深々(ふかぶか)(しず)み込んでいく。

フェレンスは、そう。

無神経(むしんけい)にも人間らしさを(よそお)って。
()の自分では()られないであろう知覚(ちかく)変幻(へんげん)精査(せいさ)し、(たの)しんでいるだけ。

カーツェルは、そう。

思い込もうとしている自分に気付かない。
彼は引き続きカードを切って、交互(こうご)(くば)り会話を続けた。

「いや。それ ... さ、お前。意味とか(べつ)にしたって、友人(ダチ)に使うような言葉じゃねーぞ」

「そうなのか。すまない ... 何せ初めて使う言葉なので」
「へぇ。 ... てか、マジかよ」

顔を上げ見合(みあ)わせると、フェレンスは(うなづ)いた。

(うそ)だろ?

異端ノ魔導師が言う〈初めて〉を頂戴(ちょうだい)してしまった。
彼ノ下僕(かのしもべ)(いだ)いたのは、まさかの高揚(こうよう)

生きてきた年数も不明確(ふめいかく)主人(しゅじん)への疑念(ぎねん)ではないところが、ある意味、彼らしい。

「お前って案外(あんがい) ... いや、やっぱワケ()かんねーよな」

するともう一度、微笑(ほほえ)んで(うなづ)くフェレンス。
だが、それとなく(にご)された言葉に気を止める。

(かた)や、(つか)みどころのない体裁(ていさい)(かんが)み。
仕方(しかた)のない(やつ)だなと言って受け流すカーツェルは、気のない素振(そぶ)り。

強く()かれる心を、(とど)めておく必要があった。

錬金術を(たしな)(かんなぎ)として(またた)()に名を馳せた目の前の有名人は、(しず)かに()つ。
その気配(けはい)(はだ)に感じながら。
カードを(くば)り終えた執事役(しつじやく)()り返るのは、このところの日常(にちじょう)

儀球(オブジェクト)を立ち上げれば、誰もが(ひとみ)(かがや)かせ、()い入るように見つめる。
問診中(もんしんちゅう)だって窓の外は人(だか)り。

(おも)に町の子だが。
時には子を(むか)えに来たはずの親まで(くわ)わっているので。
目が合うなり愛想笑(あいそうわら)いをして、やり()ごす日々。

(さわ)がしい時には声を()け、()(はら)うことも。

「こらこら。見世物(みせもの)ではありませんよ?」

大人しく退散(たいさん)していく子の中に、チェシャが(まぎ)れ込んでいる日もあった。
あの人は(おこ)ると(こわ)いから ... なんて()げ口でもしていたに(ちが)いない。

戦線(せんせん)に立てば、血腥(ちなまぐさ)攻防(こうぼう)最中(さいちゅう)ですら夢見る。
これが ... 平穏無事(へいりおんぶじ)()らし。

(まと)(はず)した銃弾(じゅうだん)(くだ)く、石積(いしづ)みの削片(さくへん)
風に流れる機関砲(きかんほう)硝煙(しょうえん)(くぐ)っては、血を()び続ける。
それが、戦役(せんえき)時の日常(にちじょう)であるからして。

小さな夢が(かな)えられていく今を、この幸せな時間を。
出来るものなら、終わらせたくない。
手元のJOKER(ジョーカー)見詰(みつ)め、彼は思った。

この切り札(トランプ)を自由に(あやつ)れたら良いのにな ... ...

そうして沈黙(ちんもく)(やぶ)る。
その口元(くちもと)から()げらたゲームの名は〈Spit(スピット)〉。

頭脳(ずのう)理詰(りづ)めだけでは勝てないが、その(ぎゃく)(しか)り。
とは言え、反射神経、素早さといった運動能力が高いほど有利(ゆうり)ではあるので。
カードを出し合う位置と、手持ちを(なら)べる距離を(たがい)いに調整(ちょうせい)すると言う。

カーツェルの提案(ていあん)を受けたフェレンスは、彼を ジッ ... と見たまま。
そっ ... と、低卓(ローテーブル)(たて)向きに置き(なお)した。
その上、(さら)片手縛(かたてしば)りを要求(ようきゅう)する。

無論(むろん)承諾(しょうだく)したが。

「コレ、遊びなんだけど。(わり)本気(マジ)なんだな」
当然(とうぜん)。それだけ、お前の能力を高く買っているので」

そう言われると気恥(きは)ずかしい。

「けど、何か ... ... 大分(だい ――― ぶ)()()けてねーか?」

このやり取りも戦略(せんりゃく)(うち)だろうか。
(あらた)め引き(はな)された間合(まあ)いを見て ハッ ... とした。
この距離だと中腰(ちゅうごし)()いられる。

しかもだ。

片手縛(かたてしば)りされるまでもなく。
テーブルに片手を付き、()き手を()ばしてやっと(とど)く見立て。
なかなかの鬼仕様(おにしよう)だ。

けれども、そこは彼の主人(しゅじん)

「これくらいしてもわなければ。お前の本気は引き出せないだろう?」

遊びに()いても巧言(こうげん)()かりなし。

上等(じょうとう)じゃねーか」

受けて立つ ... ...

()え無く()せられたカーツェルを窮地(きゅうち)に追い込むまで、そう苦労はしなさそう。
だが、いざ始めてみると(まさ)に良い勝負。

カーツェルが時を忘れ集中する(ほど)だった。

俊敏(しゅんびん)さで上手(うわて)を取り、行けると思った瞬間。
ジョーカーを()し込んでくる。
その洞察力(どうさつりょく)度々(たびたび)身悶(みもだ)えさせられるものの。
(はら)が立つほど面白(おもしろ)い。

(たい)しフェレンスが彼に見せる(すき)は、
勝負事に(かん)するそれとは少し(ちが)った模様(もよう)

何せ年頃(としごろ)の成人男性が夢中(むちゅう)になって遊んでいる姿(すがた)を見せられている。
しかも時々、クネクネ と()(よじ)って(くや)しがるものだから、また面白くて。

心が(なご)めば動作(どうさ)(ゆる)むという理由(わけ)

手持ちが十五枚を切るまで(しばら)()かった気がする。
最終的に勝利したのは、やはりフェレンスだったけれど。
一度、()()してから顔を()むように頬杖(ほおづえ)するカーツェルは、(じつ)満足気(まんぞくげ)


流石(さすが)は ... 帝国ノ公爵子息(こうしゃくしそく)無自覚(むじかく)口説(くど)き落とし、
魔導兵(まどうへい)として仕立(したて)て上げた男 ... と、誰が思ったか。


闇夜(やみよ)(まぎ)れる気配(けはい)にも気付かぬまま。
(せき)を立った彼は主人の(そば)へと(あゆ)()り、(たわむ)れ続けた。

互いのソファーは一人()け。
だが、お(かま)いなし。

背凭(せもた)れを(また)ぐようにして(すわ)()み、主人の背後(はいご)占領(せんりょう)してやるとする。

普段(ふだん)生真面目(きまじめ)執事役(しつじやく)が、退行(たいこう)したかのよう。
前に押し出されたフェレンスの背に密着(みっちゃく)しながら、(かた)(あご)を乗せ彼は言う。

「なぁ。手加減(てかげん)してたろ」
「気のせいでは?」

「ムカつく」
「私が(すき)を見せるのは不自然だとでも?」

「だってさ」
「私は ... ただ、何も考えずに()れてみたかっただけ」

()かっていた。
フェレンスの言い分を聞き出すには辛抱(しんぼう)必要(ひつよう)

だけど、今は、大人対応、お休み中、だから。

()みついていい?」

遠慮(えんりょ)なく。
いつもより端的(たんてき)()かす。

フェレンスは聞き流していた。
けれども、シャツの(えり)を立てたりして。
きっちり対策(たいさく)し続ける。

先日(せんじつ)、チェシャを泣かせてしまった時。
 お前が昔、話していた事を思い出したので」

「俺が?」
「そう」

(かた)(うわ)(そら)
襟元(えりもと)魔ノ香(まのか)()い込む彼は、思った。

シャツの上からでも余裕(よゆう)でいけるんだけどな ... ...

話を最後まで聞く前から()み付く事ばかり考えているよう。
そんなカーツェルの(ほほ)を爪先で()で、注意を()らす。
フェレンスは当時を()(かえ)り。
思い出の中の(おさな)き友人が泣きながら(うった)えかけてくる姿に、声を(かさ)ねた。

何事(なにごと)も、やってみなければ分からないと」

すると息を飲み、静止(せいし)する当事者(とうじしゃ)
彼は、耳を()ませて聞く。

(あえ)てそうする事に何の意味があるのか。
 そう考えた時、当時の私は()み出せなかった。
 しかし、この通り。
 現在(げんざい)状況(じょうきょう)(こと)なる。
 ならば今こそ、お前の言う通りに ... そう思った。
 
 記憶は過程(かてい)、そして結果(けっか)
 より()道筋(みちすじ)見通(みとお)すための参考諸事(さんこうしょじ)

 とは言え()ぎた事に(とら)われると、危険予測が(むずか)しい道を()けがちだ。
 それよりも有意義(ゆういぎ)かつ(みの)(ゆた)かな道が開けていたとしても見落(みお)としたりなどする。

 お前は、そういった道の先にある(かく)()へと(いざな)ってくれるような友人。

 賢者(ヘルメス)(もたら)した叡智(えいち)とは全て、人々が切り開き残した記憶から(すく)い上げ、再構成(さいこうせい)されたもの。

 お前が切り開こうとしている道に興味(きょうみ)がある。
 お前が(のぞ)む道を、私も歩いてみたい。

 教えられてみたい。

 そう考えると。
 理由(りゆう)道理(どうり)が分からないままだろうが、どうにでもなる気がして」

話の(なか)ばには、かつて見た夢のような日々の断片(だんぺん)脳裏(のうり)()かんだ。

()りし日の姿(すがた)(しげ)みを()き分け、()り向き。
()()べた手を見つめているのは、フェレンス。

やがて(むす)びついた手と手の(ぬく)もりは、本当に夢だったのだろうか。

時を()て決意を(あらた)めたと(かた)る声は、(すず)やか。
それでいて力強い。

危険(リスク)(ともな)対価(たいか)、行った先にある障害(しょうがい)災厄(さいやく)(すべ)て私が(はら)う」

ああ、また。
人間(ばな)れしたことを言いはじめた。

定期(ていき)

聞かされる(がわ)としては、複雑(ふくざつ)な気分である。

相手は異端ノ魔導師。
(もと)より世間(せけん)から(けがれ)(かたまり)のように(うわさ)されてきた男の言葉だ。

ある伝承(でんしょう)によると。
火は神々から(ぬす)まれ、人々に(もたら)されたのだという。
その(むく)いとして(おく)られたのが、この世を(のろ)(やまい)悪徳(あくとく)(わざわ)い。

安息ノ地(エデン)(かこ)われた人に心を宿(やど)した(へび)が、()(みこと)であるならば。

俺は ... ...

自身(じしん)幸福(こうふく)利得(りとく)のため力を使うよう(そそのか)す悪魔か。
どうあれ、覚悟(かくご)の上だったはず。

なのに ... ...

カーツェルは思う。
そう、今は、とても強く言える立場ではないのだ。

「だから ... ... 」

フェレンスが、そう言いかけた時。

「じゃあ、ずっと ... こうして()らしていきたいって言ったら?」

つい、話の(こし)()ってしまった。

逃避(とうひ)しかけた彼の言葉を、どう(とら)えたか。
フェレンスは一度、口を()ざす。

不本意(ふほんい)だ。

(たが)いの()すべき事、何もかも()げ出してしまおうだなんて。
出来(でき)るわけがないのに。

当然(とうぜん)(たしな)められるだろう。
彼は答えを()たずに言い(くわ)えた。

「分かってる ... ... 言ってみただけだ」

ところが逆に(さえぎ)られる。

「お前が私のことを、どう思っているかによるかもしれない」

ギクリ ... ...

どうして一々気不味(いちいちきまず)い思いをしてしまうのだろう。

「また俺か」

(うなづ)く相手の(かた)()()し、脱力(だつりょく)
(いさぎよ)清聴(せいちょう)するとしようか。

そんなカーツェルを余所(よそ)に、反復(はんぷく)()べる。
フェレンスに躊躇(ためら)いの色はない。

「先も言ったが。つまり私は、お前の気持ちに(こた)えたい。
 厳密(げんみつ)には、目的(もくてき)()たすため力を()くす。

 そうさせているのは(まぎ)れもない ... カーツェル。お前だ。

 私は、お前を愛している。

 そして理屈(りくつ)に行き()まる。
 あらゆる意味で、どう形容(けいよう)理解(りかい)すべきか()からない。

 グウィンには(たず)ねることすら出来なかった。
 疑問(ぎもん)(いだ)くにも(いた)らなかったので。

 だから ... ... 」

手に手を重ねられたカーツェルは息急(いきせ)く。

「だから、次はお前に答えてもらいたい。
 教えて欲しい。カーツェル ... ... 」

「やめとけよ ... ... 」
何故(なぜ)?」

「俺が(くる)ったコト言いはじめないとも(かぎ)らねーだろうが」
「その時は私が()()せる」

「でも ... ... 」
「落ち着きなさい」

安心して。
答えるんだ。

フェレンスは言う。

「お前は、どうして私と(とも)に生きたいと思う?」

「俺が聞きたいんだよ!!」

(かた)(うずく)るカーツェルの手は、()(はん)して(ひら)(かえ)し。
指と指を(から)め、やがて強く(つめ)を立てた。

フェレンスが口を(むす)ぶのは、痛みを意識せぬよう歯を()()めているせい。

カーツェルは言う。

「自分の事なのに。
 ()()めて考えていくうち、頭が真っ白になって」

導線(どうせん)が焼き切れてしまったかのように。
思考(しこう)(はじ)けるのだ。

「お前と同じだフェレンス」

答えられないから。
聞けなかったのだ。

実例(ケース)(べつ)として。

孤高ノ民(ここうのたみ)故国ノ番人(ここくのばんにん)
かつて帝国魔導師を(つと)めながら、異端ノ魔導師と(ささや)かれ(おそ)れられた。

フェレンスが。

話を聞き(したが)うどころか、(のぞ)みを(かな)えてやると言っているのに。
(あまつさ)え、後述(こうじゅつ)(いた)っては随分(ずいぶん)と重い意味合いになる。
()くされるとはそういうこと。

上出来(じょうでき)なんてものではない。
()()している。行き()ぎだ。

つい先程(さきほど)も言いかけたように。

フェレンスは案外(あんがい)と、いや、(いた)って単純(たんじゅん)で ... 純粋(じゅんすい)

だけど ... ... そんな風に意識しはじめたら、―― ニ ナッテ シマ ― ソウ。


すると(はじ)ける。
まるで、意識を()つかのように。


このところは、いつもそう。
夢から()めた時と()ている。
 
次には少しだけ気持ちが落ち着いているのだ。

「それに、昔って言うけどさ。
 どうしてそんな話になったのか、お前、(おぼ)えてる?」

フェレンスは(だま)って首を左右に()る。
はっきりと言葉にしないのは、何故(なぜ)だろう。

「すまない。当時は、お前の話を聞き流すようにしていたせいだろうと思う」

()びるフェレンスは、また何か言いかけたような。
(たい)し彼の苛立(いらだ)ちは、自身に向けられた。

「お前が(あやま)るコトじゃない。けど、さ ... ... 」

次第(しだい)に地を()う声。
やがて()き出される(いきどお)り。

「お前の記憶に(のこ)るほど強く主張(しゅちょう)した内容を、俺が(おぼ)えてないのはおかしい」

彼の言葉は、核心(かくしん)()いていた。

そこまで言うからには、何かしらの葛藤(かっとう)があったはず。
それをまさか、忘れてしまうなんて。

この俺が? そんな、まさか ... ...

胸が()め付けられる。

フェレンスと()ごす時間。
当時は貴重(きちょう)だったのだ。

そんな大事なことを、この俺が忘れるわけがない。
(おぼ)えていないなんて、()()ない。

「ローレシアとの思い出だってそうだ」

フェレンスは ハッ とする。
彼は何を言おうとしているのだろう。

「カーツェル?」

名を呼んでも、彼は(こた)えない。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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