魔ノ香~Ⅵ

文字数 7,017文字

 
 
 
鉱山、(ふもと)の町。シャンテノンを白ノ渓谷(けいこく)沿()って南下。
荒野を(わた)り、旅人の中継地となる各村町を()て。
海、そして山河、いずれからも遠く離れた土地、商業自治区リーズヴェルグにて駐留(ちゅうりゅう)する。

「よし、引け!」
「はーい!」

「なぁ。今日で、何日目になるよ」
「ええと ... ... 」

林の木々にロープを(くく)りつけて張ったテントの(たる)みを(なお)す兵士()の横。
同テントの(くい)が持っていかれぬよう踏み支える二人のうち、一人が問うと。
もう一方が指折り数えて答えた。

「んんん。八日目 ... じゃないかな。たぶん」

複合錬金の認可取り消しを受け、フェレンスの身柄を拘束したクロイツ一行は、即日、帝都へ向け出発。
本来であるなら今頃は、(にん)を終え休養しているはずだったが。

「あの魔導師、本当にヤバイ状態だったんだな」
「うん。お前も尋問(じんもん)を聞いてたろ?」

「まぁな ... けどよ。 魔導兵ってヤツが実は
 〈神ノ意識(スフィラ)から()ろした神格(しんかく)との融合(ゆうごう)を可能にする(うつわ)〉だとか、
 魔人と複数の魂を再錬成(さいれんせい)してるだの何だの言われても、イマイチ ... ピンと来なくねーか、ふつう」
「うん、それは確かに。何それ、聞いたこと無いって思った」

「だよなぁ ... ... 」

魔物(キメラ)対峙(たいじ)し、重体に(おちい)った士官の回復を最優先事項とする。
上層部からの指示により、中継地滞在(たいざい)が長引いていたのだ。

目上の不在を良い事に、ダラダラと(なま)け放題の日々を過ごすより。
早いこと軍服を脱いで、遊びに出掛けたいものだが。
恒例(こうれい)となっている当番・押し付けカード勝負で気を(まぎ)らわすしかない。

負け組の四人は、出発までの掃除、点検、炊事(すいじ)()()うことになった次第。
その他の勝ち組は何処(どこ)で何をしているものやら。
テントの周辺は静かだった。

二人の会話は続く。

「つーかさ。魔人って魔物(キメラ)と変わらねーんだろ?
 それに加え、魂魄錬金(ネクロマンシー)なんて(クロ)魔術まで駆使(くし)してさ。
 召喚される霊と練り合わせた〈(うつわ)〉に降臨(こうりん)する神様って ... どんだけグロいんだよって思わねぇ?」

「そうかな。俺、戦神(オーディン) って言ったら、
 めちゃくちゃカッコイイ黒騎士みたいなのしか想像つかないんだけど」
「そりゃお前 ... カードゲームの脚色(きゃくしょく)デザイン、()に受け過ぎじゃねーのか w 」
「うん w ... 自分でもそう思うわ w 」

他の兵士が留守(るす)なので、掃除はサボる。
設備の点検だけ済ませた二人は、(がけ)道沿(みちぞ)いに立った。

「しかし、遊んでるくらいならって、農場の手伝いに行かされた連中もざまぁねーな」
「ノシュウェルさん、いつもなら自分も()じってダラダラするのにね」
「まぁ、あんな上司 ... ()てがわれたんじゃあ、少しくらい似てくんのも仕方ねんじゃねーの?」
「ああ、うん。それもそうか」

見下ろせば、崖下の温室でせっせと果実を()む ... 本来、勝ち組であったはずの兵士()の姿。
療養所まで続く道を(はさ)んだ果実園にて、収穫の手伝いをしているらしいのだ。

命じたのは部隊長。

ちなみに、そうするよう(うなが)した人物は他にいる。
それと言うのも、クロイツとノシュウェルを後楯(うしろだて)する担当秘書官なのだが。
彼に(いた)っては、罰ゲームでもないのに食料の買い出しをさせられているらしい。

報告のため。毎日、機器の整った自治区中央まで(かよ)わねばならぬところ。
ついでにという訳だ。

言わば特務監視官・付・秘書官、なんて大層な肩書きを持つ使いっ走り状態である。

「そういや、そろそろアイツ ... 戻る時間じゃね?」

思い出した頃合い。
食料が()め込まれた紙袋を抱え(あらわ)るは(うわさ)の男性秘書官。

「もぉーーー っ!! 炊事担当!! 何をしているのですか!!
 他にすることが無いなら、少しくらい気を()かせなさい!!」

来た、来た、来た。

「な ? ほら ... 」
「はーい! すみません、今いきまーす!」

たまには荷物運びくらい手伝えと言いたいのだろう。
身成りの良い男は パリッ としたスーツ姿でいて、それはもう、不機嫌まる出し。

一人は大きく返事をして、ご機嫌斜めな秘書官のもとへと()けだした。
追って、もう一人も。

そんな彼ら乃至(ないし)、農場の手伝いに(いそ)しむ兵士らの様子を道の下方から(なが)めつつ。

笑みを浮かべるノシュウェルは、来た道を引き返していく。
どうやら、指示通りやっているようだし。大丈夫だろうと思った。

それより今は、気掛かりが先立つ。
急ぎ引き返さねば。

左肩に(なな)め掛けした軍羽織り(ペリース)(ひるがえ)し、彼は行く。
足早になる理由は、少し前の出来事に(から)んでいた。


「ノシュウェル。良いか、あと一日だけ様子を見る。
 奴の容体(ようだい)に変化がなければ、回復済みと見做(みな)し出発だ」
「は ...!」

「兵にも伝えておけ。それから、あの少年は(すみ)やかに自治体へ引き渡しておくこと」
「了解しました。ですが ... ... 」


目覚めたフェレンスの足元に、いつの間にやら(もぐ)り込んでいたらしい少年について。
その後の処遇(しょぐう)を話し合っていた折り。一つ二つ、面倒な事が起きたのだ。

こちらの考えを察したのか、少年は シュシュッ と素早く、
ローブを羽織り(くつろ)いでいた彼の向こうへと姿を消し。
目を離していたクロイツ一人だけが、それに気付かず声を(あら)らげる。

先頃(さきごろ)の話。

「て、言っている(そば)から! フェレンス、貴様(きさま)! 少年をどこへ隠した!?」

けれども、それは誤解であるからして。

「いや。私は隠してなどいない」
「と言うか ... あれですな ... 」
「隠れてる ... ... 」

そう()べる三人の方は、逐一(ちくいち)それを見ていたし。

フェレンスは、真顔で返答。
ノシュウェルは、どうしたものかと受け流し。
カーツェルは、目の前の(ふく)らみを指差して言った。

フェレンスの肩に掛けてやったローブの後ろが モコモコ と動いている。

二人羽織(ににんばおり)かよ ... ...

小声でつっこむ執事が ツンツン と指先で(つつ)くたび、
(ふく)らみの中から 〈 ゥゥ ! ... ムムゥ ! ... 〉と、可笑(おか)しな声が聞こえてくるので面白い。

「カーツェル ... 」

笑っていないで何とかしてくれ ... ...

主人の目がそう言っていたので、彼は背筋を伸ばし軽く礼をして(こた)えた。

「承知(いた)しました」

それから丁寧(ていねい)に、ゆっくりと会話を(こころ)みる。

「申し訳ありませんが、そこの少年。
 旦那様は病み上がりの御身体(おからだ)なので、羽織りの中から出てきて頂けませんか?」

人目に付いたと気付いて目を覚ました当初。
逃げ隠れするばかりの少年とは、全く会話にならなかったが。
今になってようやっと返事が返って来るようになったので。
怖がらせぬよう、気を使った。

「 ヤ ... ! ヒト、ニ、ミラレル 、 ダ メ ! トト、イッテ、タ ... ! 」

しかし、片言(かたこと)で分かり(づら)い上に(ふる)え声。
そして何より、言っていることに矛盾(むじゅん)があるので。

「コイツはいいのかよ ... 」

と、つっこまずには()られないカーツェル。

せっかく(ほが)らかな調子で話していたのに、思わず()が出ちゃった様子。
彼は ハッ ! とし、咄嗟(とっさ)にフェレンスを見た(あと)、壁の方へと顔を(そむ)ける。

「こいつ?」
「 コ イ ツ ?」

すると、フェレンスの切り返しを真似(まね)(ふところ)から ヒョッコリ ... 顔を出す少年。

咳払(せきばら)い一つ、(はさ)み込んで。
気を取り直したうえ、押して(たず)ねる。
カーツェルは前屈(まえかが)みになり、顔を()せた。

「この御方(おかた)(わたくし)の主人です。分かりますか ? 」
「シュ 、 ジ ン ?」
「ええ。そう、(わたくし)の旦那様です」
「 ダ ン ニャ 、 シャ ... マ?」

なのに。そこでまた空気を読まない誰かさんの、余計な一言が割り込むのだ。

「と言うと ... 貴様がまるで、奴の嫁のようだな 」

フフン。ニヤニヤ。

つか、何言ってんの、この人。
これにはノシュウェルもビックリ。

「あんたって人は一々(いちいち) ... て ... ぁぁぁぁ ... 」

一々(いちいち)。そう。
一々(いちいち)つっこまないと気がすまないのかと言いたかった。が、これは、もう無理。

フェレンスの(かたわ)らで、ヌラリ ... 立ち返る執事の怖ろしさたるや。
背後に(しょう)じる混沌(カオス)が見て取れるようだった。

「いやぁ、何と言うか ...! 本当(ホント)すみません。申し訳ない ...!!
 この人、いや、うちの上司。あの、実は、意外とこういう下らない冗談が好きでして!!」

ぶっちゃけ手詰まり。
フォローが覚束(おぼつか)(した)()みそうになる始末(しまつ)

もう、自分でも何を言っていいか分かんねーわ www

冷や汗をかきながら彼は思う。
なのに(となり)の目上は(すず)しい顔で、更に(あお)り立てるのだから気が気ではない。

「ほう? 身の(ほど)知らずの(てい)たらくが ...
 誰のお陰で主人の命が助かったと思っているのだ? ん ... ?」

最 悪 だ ... も う 。

だが、ここは一つ、()御方(おかた)に場を(しず)めて頂きたいところ。
お助け希望とフェレンスを見やる。が、しかし。

「そうきたか ... 」

なんてほざく。余裕ぶっ()きまくりの魔導師め。
言うと思った ... なんて笑ってんじゃねぇぞ。

止 め ろ !!

と、言うか。期待した俺が馬鹿だったのかな? ん? ん?

(かた)や、気を()むノシュウェルを他所(よそ)に。
冷淡な笑みを浮かべる執事は、部屋の扉に手を掛け(せま)った。

そして ... ...

「あの ... (まこと)に恐縮では御座(ござ)いますが、
 少年に経緯(けいい)を理解して頂き次第、お連れ(いた)しますので ... お二方には退室して頂きたく ... 」

〈 バ ァ ア ァ ァ ン !!〉

申し終える前からクロイツを押し付けてよこし、扉を叩き閉めるという荒業(あらわざ)炸裂。

所要(しょよう)、およそニ秒。
感想、風圧 (すげ)ぇ。

それにしても、この程度で済んで本当に良かった。心からそう思う。
冷静に見せかけたカーツェルの憤怒(ふんど)っぷりもまた、やや異常ではあるが。

まず、この人だ ... ...

(あせ)強張(こわば)った背筋から力を抜くと、クロイツを横目に一息つく。
それでもなお、冷や々(ヒヤヒヤ)とした気分のまま。
ノシュウェルは言った。

「やれやれ ... ... 相手は、あの異端ノ魔導師と契約を交わした男だというのに ... 」
「ククク ... 奴が恐ろしいのか?」

「 ... 〈魔導兵の(うつわ)〉と知れた以上、幾分(いくぶん)か距離を置きたいのは確かです。
 なのにあなたと来たら、悪戯(いたずら)なことばかり(おっしゃ)るのだから ... 」

そう、(つくづく)恐ろしい。
追い出された部屋に背を向け、クロイツの(あご)先を指で()でながら彼は続ける。

「この美しいお顔立ちでいて、いつ如何(いか)なるなる時も()るぎなく
 (しん)の通った姿勢を崩さない。どちらかと言えば、そんな ... あなたの方が」

だがクロイツは、その手を払い()ける手間すら()しんで顔を(そむ)けた。

「気安く()れるな。貴様も、上が適当にあてがってきた手駒(てごま)()ぎんのだ」
「これはまた、手厳(てきび)しいですな」

「忠誠を誓うだけなら簡単なこと。私の信頼を()ようというなら ...
 貴様も、あの執事のように身も心も(ささ)げる覚悟をしたうえ、証明してみせることだ」

それに対するノシュウェルの微笑みは、どこか言葉に反する(ふく)みを(あら)わにし、険悪(けんあく)

「機会が(おとず)れましたら、是非(ぜひ)にも ... 」

伏目がちにクロイツの肩口を見つめる彼は次に、
そっと ... 一枚のメモを手向(たむ)け、耳元で(ささや)いた。

「ですがあなたは、我々(われわれ)(しめ)を付ける前から微塵(みじん)の期待も()せてはくれない ... 」

会話もそこそこに、視界を(さえぎ)る筆記。
用紙に打ち込まれた点字暗号を(やく)するものだ。

〈 特務二班カラ、一班ヘ。問題発生。至急、連絡サレタシ 〉

ノシュウェルは前置きして()べる。

「シャンテノンで被害処理を行う二班からの伝達です。
 至急とありましたので、私から折り返し一旦(いったん)の対応を指示した上、お伝えしに(うかが)ったのですが」
「私はその時、あの体たらくの様子見に点滴室にいたな」

「ええ。行き違いでした。けれども、私からお伝えするまでもなく。
 あなたは、この事を予期(よき)していたはずだ」
「 ... さぁて。貴様はいったい何の話をしているのだ ...?」

不敵に笑うクロイツの(あお)りを受け、ノシュウェルの眼差(まなざ)しが鋭さを増した。

「あの方に救われ、我々(われわれ)の保護していた少女が、一兵と共に姿を消し。
 失踪(しっそう)に気付いた二班は、それと(ほぼ)同時に
 無許可で町を出ようとした旅人を()らえ、尋問(じんもん)中とのことです」

すると、それまで特に変わった様子を見せなかったクロイツが(わず)かに舌を打ち、確信する。

「私の推測(すいそく)が正しければ、内通者の潜伏(せんぷく)を事前に知りながら、
 それに対する追跡策を我々(われわれ)に知らせなかったあなたの() ... ということになりますが。
 ここはあえて、お(たず)ねしたい ... ... 」

悲しいかな。
()だるそうに振り向く上役を見て思う。
彼は言い切った。

「二班が()らえたのは、あなたが秘密裏(ひみつり)に事を進めるよう任命した追跡者のほう。 ... そうですね?」

()うた先から声を()らし笑いはじめる。
そう、クロイツにしてみれば、期待されない側の失望など、取るに足らぬ情感なのだろう。

「ククク ... 」
「あなたの過ぎた警戒が裏目に出た結果だというのに ... ... 何が可笑(おか)しいので?」

屈辱(くつじょく)的。

当てにされないばかりか、むしろ足を引っ張るかたちとなった件。
それを不必要に()められるようであるなら、こちらにも考えがある。
ところが当の上役(うわやく)ときたら、この()(およ)んで声を上げ笑うのだ。

「クク、ハハハ ... フフ、ハハハハ ... ハハハハハハ!!」
「 ... ... ... 」

(ひか)えめにしているつもりだろうか。

療養所という場に配慮し、(おさ)えてはいるようだが。
薄笑いしながら(にら)み上げてくる。

見ていると(あき)れを通り越し、気狂いでも起こしたのではないかと心配になるほど。
余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と左右に行き来するクロイツは、そんなノシュウェルの反応も分かっていて答えた。

「ククク ... 芝居地味(しばいじみ)真似(まね)はよせ。 ノーシュ ... ... 貴様の方こそ、
 〈期待などされていない〉 ... そうと分かっていて、あえて少女ではなく
 他の監視を強化するよう、(あらかじ)め指示していたのではないのか?
 至急と言ったが、いったい何日前の話をしているのだ? クククク ... 」
「 ... ... ... 」

そして、黙り込んだ部隊長の襟元(えりもと)を力強く(つか)み上げ、(まく)し立てる。

「さて、どうする! (おご)り高ぶる犬が。主人の張った(わな)を蹴ってまで
 (いさ)み出ておきながら、まさか ... 獲物を取り逃がしたなどとは言うまいな!?
 貴様が()わりに差し向けた部下は、何と言って報告してきたのだ!?」

流石(さすが)は異端ノ魔導師の監視を(つと)める御方(おかた)
険悪(けんあく)な雰囲気を(くつがえ)し、ノシュウェルは笑った。

「 ... ... ハハハ 。(まい)りましたな、バレバレってやつですか」

するとクロイツもまた、身体(からだ)の緊張を()きながら言う。

「アレセルめ。()が弟ながら交換条件などと言って、とんだ(たぬき)を送り込んできたものだ」
「ハハハ ... おかしな話ですな。我々(われわれ)は元々、軍部でも
 手に(あま)されてたくらいなんですがねぇ。とんだ(たぬき)の親玉には(かな)いやしません」

憎まれ口も、心さえ通うなら()め言葉に()けるらしい。

全身半乾(はんがわ)きのくせに(えら)そうな態度。なのに憎めない。
クロイツの長い金髪を(すく)い取ると、(ゆる)やかに(から)みを()いていくノシュウェル。

依然(いぜん)とし期待せぬと言うなら、クロイツは彼の手を叩き払っていたことだろう。
けれども、タオルを肩に受けながら物静かに話した。

「目上の評価を気にして(したが)うだけの犬では、応変(おうへん)()かぬ。
 これも奴等(やつら)を出し抜くためだ。 貴様(きさま)の野心と行動力、
 買ってやるぞ ... ククク ... 精々(せいぜい)覚悟しておくがいい」

しっとりと水気を(ふく)む前髪を揺らし、(うつむ)き加減に表情を隠す声の主は、
厳しいことを言っている割に、可愛い反応をして見せる。

「これはこれは、光栄でありますな」

感嘆(かんたん)の想いを言葉に込めるノシュウェルにとって、それは和みの一時(ひととき)であった。


ところが、状況は一変する。
追跡を命じていた部下からの連絡が途絶(とだ)えたのだ。


こちら側の動きを察知(さっち)されるなど。
当面の(あいだ)、接触を(ひか)えねばならぬ事態に(おちい)ったか。
あるいは、逆に尻尾(しっぽ)(つか)まれ口を封じられたか。

人身売買を牛耳(ぎゅうじ)る闇ギルドの根張(ねば)りは綿密(めんみつ)で、
支持母体の見分けがつかぬ組織構造になっている。
(ゆえ)に、それらと通じる者であるなら大抵、自治区の転売屋を複数(また)ぐなど、
悪行を転嫁(てんか)するための定石(じょうせき)()むはずだが。

その過程で始末(しまつ)するなど軽率すぎる。
裏取りしてくれと言っているようなものではないか。
奴等(やつら)は素人ではないのだぞ。

クロイツは(ひと)り言のように(つぶや)き、何やら考え込んでいた。

当事者であれば粛々(しゅくしゅく)と工作を進める場面で、無作為(むさくい)に情報を収集し割って入る者がいるとすれば。
第三の勢力が関与している可能性を考慮せねばならない。

()してや、ここは貿易自治区。
商人らの(あつか)う品は、形ある物ばかりではないのだから。

ある程度は警戒していたものの。
こればかりは如何(いかん)ともし(かた)い。

貴様(きさま)の部下は、得体(えたい)の知れぬ何者かの監視を受け、身動き出来ずにいる可能性が高いな」

そもそも諜報(ちょうほう)員でもない(いち)軍人では ... ...
大人しくしているだけ利口(りこう)だが、下手をすれば気付かぬうち逆手に取られてしまう。

「何しろ貴様(きさま)の部下だからな。思いがけぬ行動にでないとも(かぎ)らん。
 こちら側から注意を引き、その(あいだ)に離脱させるしかあるまい」

やがて、ばつが悪そうに顔を(そら)していたノシュウェルに駐留地(ちゅうりゅうち)での準備確認を指示し。
その場を(あと)にする。

クロイツが次に取った行動とは。

急ぎ戻ったノシュウェルは、
()の魔導師が療養する一室内を小窓から見つめるクロイツの姿を見て、
ただならぬ胸騒ぎを覚えたと言う ... ...
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み