石ノ杜~Ⅷ
文字数 7,415文字
それでいて
受け止める事は、そう
影響されるなんて、よくある事。
頭では分かっていた。
割り切らねばならない。
それなのに。
気持ちの整理をしようとした
窓辺に触れ、
意図せず蒼火が
気付くと同時、手元に
カーツェルは
不安、
似ているようで
平静を保とうとするほど
冥府ノ
それでもなお
一体、どこから?
焼き付いた記憶に触れるたび、
声を聴きたい。触れて、その鼓動を確かめたい。
その衝動は、竜騎士の未練に感化され生じたものであるはず。
だが ... ...
小刻みになる呼吸の
口を
「フェレンス ... ... 」
意識の奥底。深く、より深く。
封じられた
眠り
フェレンスは大きく息を吸い、
まさか。その場にカーツェルの姿は無い。
胸元で握り込まれる小さな手の感触で我に返り、上体を起こすと。
小声で
「 スンスン ... ムゥ ... 」
上掛けから転がり出てしまい肌寒さを感じたのだろう。
シーツに鼻先を
風邪を引かせてはいけない。
掛け直してやろうか。
フェレンスは静かに
けれども、何が気に食わないのか蹴っ飛ばされたので。
バサッ! とチェシャの足元で跳ね返るそれを見て、フェレンスは目を丸める。
気を取り直して、もう一度。
放っておくわけにはいかないのだから。
次には自らのローブを
なのにどうして。
広げてやっている
手元から
ゆっくり 々 、目で追ってみたところ。
転がり返って、器用に
目覚めてから
長いこと
新鮮な心地がした。
部屋を見渡していると、いつの間にか装具一式、
枕元には
カーツェルが置いたものだろう。
シャツ、そしてボトムスの
無造作に脱ぎ捨てるフェレンスは、手早くガウンを着込み。
やがて、窓辺に差した
スルリ ... 素足を
星を散りばめるかのような
広々とした
谷の
フェレンスの
清浄を思わしめ、
その姿を遠巻きに見るカーツェルは、息を呑んだ。
河の
雪のように白く照らし出される髪を、肌を、
美しく
「よく眠れたか?」
一つ、二つ、格子の影を
その都度、
ゆっくりと顔を上げ視線を流してよこす姿を
対して、前置きも無く語りだす。
聞かれてもいないのに。
フェレンスは
「彼が ... 私を愛してくれている事は知っていた。
だが私には、その何たるかを知る
《中枢の記憶》の事を言っているのだろうか。
「我々番人の理性は
対してグウィンは私を
また
「
カーツェルは、
「お前の話は
やんわり言うと、フェレンスは
「分かった。 つまり ... 当時の私は、
彼の自由意志に学び、いずれは自立するつもりだった」
聞くと、カーツェルの
どう
これはもう、
外格子に
自分には無いものを与えてくれる人だったって事かなと。
それにしても、自立とは
瞳の奥を
「彼が、何を
知ることが出来たなら、私も彼を守れるようになるのではと ... 」
しかし、
「誰かを守るのに理由が必要なのかよ」
「少なくとも、私には」
確かに、見ず知らずの他人と身近な人物と、選択せねばならぬ状況を仮定すれば。
何らかの理由は
意識せずして救えるほど
命を
カーツェルは思った。
気持ち的に
覚悟してかかるのでは力の入れようも違ってくるのだから。
それらを踏まえて考えれば
「けどさ。何か、そういうのって、何かな ... 」
受け入れ
ただ、ただ ...
「カーツェル。お前は
もう何度も彼の記憶に触れているのだから」
耳を
フェレンスは
「私は《人》ではない。
生死に関わる本能や欲、何から何まで。
人から生まれ、母性等により無条件に
あらゆる情から
「つーか! もう、いいからさ! そういうの!!」
次第に力を失う声が、切実さを物語っていた。
「わざわざ
そうでなきゃいけない理由なんて、俺にはどうでもいいんだよ。
だってさ。今のお前は全然、そんな感じしねーし。
そりゃあ、考え方とか ... ぶっ飛んでんなって思うコトはあるけど。
つか、実際ぶっ飛び過ぎなんだよな。
クロイツみたいなヤツが、メチャクチャ警戒するくらいには。
けど ... さ、そういうヤツが、一人くらい居たっていいだろ ... 」
フェレンスには
求め合い、
過程と、その
喜怒哀楽といった情と
生前のグウィンが
一度、聞いてみたい。
カーツェルは思った。
――― なぁ、お前さ ... 幸せって感じたコトある?
するとだ。
同時に引き
何だ。今のは ... ...
前にも同じ質問をした気がするが。
気の
反射的に胸元を
フェレンスも気が付いただろう。
だが、
ピタリ と止めた呼吸を可能な
フェレンスの表情が
「それに、俺はさ! てっきり ... お前ら二人共、
好き合ってるもんだと思ってたんだけど。何だ、違うのかよ」
まあ、気になるっちゃ気になるわけで。
ところがフェレンスの気が
「顔が引き
「ぇ ... だって俺、そっちの
なのに胸が チクチク と痛むので。
一言だけ心中にど
そうした時だった。
カーツェルは
「もしかすれば、そうだったのかも ... 」
話を戻して、フェレンスは言葉を
「しかし、確かめる事は出来ない。
彼の
お前の意識に
黒ノ竜騎士は
シャンテ
それでいて、強く共感してしまうのだから。
心底わけが分からないと言うか。
それに、本来であれば確かめるような事ではないはずと思うのだ。
「あーあ ... 毎度のコトながら、マジで
不調を気に掛けたフェレンスが
「なので例えば、お前が愛しい人を
私の彼に対する気持ち、二つを
「ちょっと待った。そういうのはな、
「そう。そうだろう?」
言葉を
「何が言いたいんだ?」
「確かめられない、比較する事も出来ない。
私は何を
「 ア ホ カ ... 俺が知るかよ」
「だろうな」
「真顔で言うな!!」
ク ッ ソ ... 何かムカついた。
「
コイツって、ホント ... ...
天才的頭脳の持ち主なのか、究極の馬鹿なのか。
「もぉ ... 分かった。じゃさ、こっち来てみろよ」
「早く」
窓辺の椅子に
胸元から手帳とペンを取り出すと
思いついた順で良いので、比較的よく接する人物の名を
フェレンスは二度、
彼の手元へ視線を落とす。
静寂に包まれた寝室の
やがて応じる声は、降り積もる雪が反響を
カーツェル ... チェシャ ... ローナー ... ロージー
多くは使用人として具現した精霊の名が
中には、聞かなかった事にしようかと思う人物も含まれていたが。
アレセル ...
彼は異端ノ魔導師を影で支えた人物。
その
二重線を引き抹消してしまいたい気持ちを グッ ... と
チラリ ...
集中し、ペン先の向く紙面だけを ジッ と
すると目が合う。
ページの片側が一杯になっていたので。
もう十分ではないかと。
次には順を変えていかねばならない。
カーツェルは告げた。
「
「 ... ...
当然、理由を問われる訳だが。
「まぁいいから ... 」
彼は受け流した。
フェレンスは納得していない。
しかし黙って聞いていたところ、なるほどと思う。
話したり、一緒に過ごす上で苦にならない。
寝食を共にしてもいい。
相手に不備があったら、自分がフォローする。
以上の三点を踏まえ、当てはまると思える順に名を入れ替えよ ... との事。
何をしたいのか。
簡単に予測できた。
けれども、あえて言わない。
フェレンスは差し出された帳面のペンを取り、
案の定、言い出しておきながら煮詰まった様子を見せたのはカーツェルの方だった。
トン、トン、トン ... ... ペンの先で紙面を叩く音。
実に単純。診断なんて大層なものでも無し。
最上位に名を置く人物こそが今、一番、大切な人。
要するに、フェレンスの《愛する人》って事になるのではないか。
ともすれば。当然、グウィンの名が真っ先に記されるはず。
なんて ... 想定したのだ ... が。
そもそも、彼の名は挙げられていない。
一番に記されたのは ... ...
―――
自身の名。
「 ... ... 気まずそうだな」
「あぁ、うん。まぁな ... 」
だって、まさか、グウィンの名前が出て来ないなんて思わないじゃん。
すると気が付く。
そうか、わざとなのだ。
軽く
察し、背もたれまで身を引いて
「これは私にとって当然の並び。しかし、これではまるで ...
今、私が
お前であるかのように見受けられる。が、どうなんだ」
けれども、
カーツェルはノラリクラリと投げやりにペンを置き、
「それな ... ... 俺 に 聞 く ?」
分かっていてアイツの名前を外したくせに。
どういうつもりか
「言わなかったか?」
フェレンスは真っ直ぐに見詰めてくる。
そして続けた。
「
お前を愛おしいと思うのは私にとって当然の事。
条件付きであろうが、無かろうが」
聞けば、
全身に通じる
ゾクリ ... と震え上がる。血が沸く。
「なら聞くけどな!!」
カーツェルは一呼吸おいて問い重ねる。
「どうしてだ ... ?」
すると、黙り込むフェレンス。
彼の視点が
テーブルに身を乗り出し、手を伸ばすカーツェルの指先が
平常を
親愛なる友人に向けてだ。
「お前が言うからには、はっきりとした理由があるはずだろ?」
いつもより低い声。
フェレンスは ... 答えない。
彼も分かっているはず。あえて言う必要はないと考えた。
すると、数秒後に自分の言っている事の理不尽を自覚したカーツェルが、がっくりと
「 ... ... つか、あるはずだけど分からないから、こんなコトになってんのか」
「 ... ... そうだな」
どん
気持ちもスッキリしない。そのせいだろうか。
カーツェルの口走る不満も、やや迷走する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!
何だよ! それじゃ、グウィンの時と同じじゃねーか ... !」
前髪を
そうと声に出してから ハッ! とした。
「って ... ... 待て待て待て待て、違うだろ」
そうじゃねぇ!!
自分で言っておいてビックリ。
落ち着き無く
「グウィンとオレとじゃ状況も意味合いも
同じと言やぁ〈魔導兵〉って立場だけだ ... ハハ! なぁ、フェレンス! そうだろ?」
分かりきったことを繰り返しても無意味。
なのに同意を求めずにはいられない。
「さあ ... ... どうだろうか」
カーツェルはテーブルに対し横を向いたまま立ち止まり、耳を
「確かに私は、彼を
確信が
だが、愛おしむということについて深く考えた事は無い。
人や物を〈愛する〉事。それに対する他者との認識の違いも
支え合い、互いの安定を前提とし精神的に
子孫を残すため生理的に抱く性愛と。
区別する事は可能だが、割り振って認識すべき必要性を感じないからだ」
聞けば、胸がざわついた。
肌に当てられた刃を スッ ... と横に引かれたかのように張り詰め、握り込まれる
「それって、つまり ... ... どうでもいいってコト?」
ただ一言、
「そうではない」
カーツェルは
的外れな質問だと分かってはいるので黙り込む。
彼は続けて言った。その言葉にはカーツェルへの疑問も
「これ以上は何とも言い
対して
急に
「ば ... ! ババ バ 、バ、バ... 」
バ ... ?
フェレンスが首を傾げながら待っているのを見て、
「
好きってコトなんじゃないかと思って、聞いただけで! ... べ、 ベベ ベ ベベ ... 」
ベ ... ?
「別に!! そんなんじゃ、ねーし!!」
反論するのに精一杯。
自分でも、子供かと思うような ...
本当は、フェレンスの
自分のものとも、竜騎士の未練とも区別つけ
そう思っていた
けれども、収拾がつかず思い悩んでいるなんて知られたくはない。
少しだけ意地になっていた。
パッ と背を向けるカーツェルは、
熱を持った自らの
臆病者と
グウィンの気持ちが、今なら分かる気がした。
フェレンスの慈愛に対し欲求不満を
自覚もあって言えなかったのだろう。
とは言え、
この共感は一体 ...