血ノ奴隷~Ⅸ
文字数 7,214文字
神聖な光に満ち。
床と壁の
別所で進む公会議の様子が立体的に映し出される。
机に
教会の信条と神秘的理学分野に精通する彼らは、
審問官や議院より下位にありながらも力関係上、同等という異色の存在だ。
時には行政の不備を補い、時には民意にそぐわぬ権力を制す。
内、一人が静やかに
「結社の闇深きこと。
血のように赤い厚手の生地に金の刺繍を
両目を
性別はおろか、個人の識別すら難しいが... 彼らに不都合は無い。
そもそも、見る必要が無いのだ。
「
亡国の
「全会一致ですね」
彼らは、とある人物の読み解く世界を共有している。
「
「現在は
ある神話に登場する
神々の星回りをも見通したと言う。
「
「
芽吹き始めた ... この期を利用しない手はありませんし」
「まずは
「末裔は、単独で
「ともすれば...
彼らが
赤い瞳を
「今は結社に取り
「
「
禁断ノ
被告人の審問は数日置き。複数回に渡る。
在宅起訴と
なおも軍警の監視下に置かれている事に変わりは無く。
国営局の速報が
カーツェルは、
白兎の見る、赤い... 赤い... 世界は、まるで ... ...
――― まるで、死したる者の見てきた
恐らくは、預言者の見る夢のようなものと推測する。
フェレンスの脳裏に、一人の娘の姿が
銀白のドレスに身を包み、上質なプレシャスオパールの散りばめられたティアラを
彼女と直接、対面したことはない。
フェレンスの想像するそれは、カーツェルの思い出話に由来した。
湯船から出てタオルを取り、耳元から首の後ろへと当てていく後ろ姿が、
湯気を
頃合いを見て
用意されていたバスタオルを先に取った彼は、主人の背を
いずれは伝えねばならぬ事。
だが知らぬが
そんな主人の様子を察してか、彼もまた
それなのに、肩に掛けたタオルの上からフェレンスの身体を
意識を
震える指先。
気付けば、目の前にあった肩を引き寄せ、首筋に顔を埋めている。
そんな自分の姿を鏡越しに見て、カーツェルは
抑えが
フェレンスの
息が ... 脳内にまで吹き込むかのように
「目を覚ましなさい ... 」
フェレンスの
「今 ... いいや、帝都へ向かう頃からお前が
英霊との
説明によるところの 〈この感情〉 は、自分のものではないと。
そう、彼、本来の想い人は ... ... 銀白のドレスに身を包み、
上質なプレシャスオパールの散りばめられたティアラを冠す。彼ノ姫君である。
なのに、どうして、こんな事に。
「 ...
カーツェルは問う。辛うじて
「予感はあった。だが、お前の誠実さを思えば、まさか揺らぐまいと ... 」
聴いた瞬間は グッ と
カーツェルは
かと思えば手早くタイを
「当 ... っ たり前だろーが!!」
やってらんねー!!
今更ながら、真面目に仕事する気が
「いくらお前が人よりちょっと長生きな変わり者だからってな!!
どうして、あの竜騎士と!? つか、あいつ、亡国ノ英雄なんだろ !?
それが ... ハァ!? ありえねーだうが普通!! そんな奴の未練なんか、何で俺が!?」
「カーツェル ... 」
「しかも ... 〈未練〉 って言うと、この場合
アレだろ ... ? アレって言うと、ソレしかねーよな ... 」
「少し落ち着かないか」
「うん。分かってる。分かってんだよ。落ち着いてな。
アレとかソレとか言ってる場合じゃねーんだって。
だよな。うん。落ち ... 着いて ... ハァ ... ハァ ... ハァ ... 」
聞けば
言っていることの
こういう時は
フェレンスは、それとなく無視することにした。
会話が可能になるまで、髪でも
こちらとしても不都合でしかないだけに。
手立てを考えねばならなかった。
カーツェルの
「つか、
だからって趣味を
そもそも ... ... と、彼は繰り返した。
「そもそもな。前もって聞いてりゃ ... さ、
自分の頭がイカれちまったんじゃねーかとか、余計な心配しなくて済んだんだ!!」
いの一番に予定していた責め文句が今頃、出てくる。
「この ... !! 秘密主義も
彼は、まるで
だがそれで気分が晴れるはずもない。
次には力任せに振るった手で、フェレンスの肩を
そこでまた、今更のように思い出すのだ。
相手が全裸であったことを。
「あぁああぁぁぁぁぁぁ!! そんな目で俺を見るなぁああぁぁぁぁぁ!!」
自分でした事を棚に上げ
目が合った時にしろ。フェレンスの困り顔を見て一瞬、胸が キュン としたなんて言えない。
言えるか!!
これは、この感覚は、感情は ... 違う。
俺のものじゃない。俺が感じてるものでは断じてない ... ...
繰り返し自分に言い聞かせるも、動悸はなかなか収まらないし。
どうしたらいい。
彼は前屈みに
自覚したのは、少年の血の
それも
確信したのは、帝都に着いた日。フェレンスが
『
グウィン... ... 私への未練を、彼に着せるのはやめて下さい ... ... 』
意識を取り戻してみると
説明を聞こうにも、自ら出頭したフェレンスは
友として、彼は言う。
「今後、お前が考えそうなことは分かってた。だからこうして戻って来たんだ ... ... 」
また、はじめは
しかし彼は、やがて立ち上がり、はっきりと言う。
「お前が思ってるような理由なんかじゃない。
憶えとけよ... 俺はな、あの竜騎士とは違う。
お前に〈そういう意味〉で
死んでも守るなんざ思ってもねーからな!!
第一、それじゃ命がけでテメーの
俺は ... お前と生き残って、俺の大事なものを守るって決めてんだ!!
変わり者ぶって
元々俺は、お前に付き
勘違いしやがったアイツにも、思い知らせてやる ... !!」
フェレンスは笑みを浮かべながら鏡を振り向いた。
そして髪から
「お前の言う〈普通〉とは
「この
つか、そうでもなきゃテメーの
身体を拭き
カーツェルもまた、タイを
「もう少し、話し合う必要がありそうだな」
「旦那様の良きに計らいましょうとも ... 今はまだ、
実のところ、自覚した頃から気持ちの整理を初め。
ある程度の予測も済ませてはいたのだ。
先程はつい取り乱したが ... ある意味、予定通り。
要は、フェレンスの口
動揺が隠しきれていない。自分でも分かる。
それでも落ち着き払った素振りを続けねばならなかった。
鏡
カーツェルは苦し
双方にとっての不都合は解消せねばならぬ。
しかし、意識の完全復元など、出来るわけがない。
そんな気がして。
なるべくは、黙らせておきたかったのだ。
本当は、フェレンスの帰宅までに巡った屋敷内のいたる所で、
自分と某騎士霊 ... それぞれの想い出が
だが知られる訳にはいかない。
気付かないでくれ ... ...
カーツェルは願った。
屋敷に戻り
『そう言えば、一つ教えておいてあげるわ。カーツェル様 ...
旦那様が
と言うのも不具合のコトなんだけど。 ... 本当は、それね。
クリーニングでシミ抜きしたって、何かしら
意識に
それと関係深い記憶ごと
分かってもらえるかしら?』
聞いた瞬間、背筋が凍る思いがした。
むしろ一方的な判断で、知らず 々 のうちに手を打たれては困るのだ。
例え、シャツを着込むフェレンスの肩口に寄り添い、抱きし
奥歯を噛み
騎士霊の未練か、自身の
いや、まさか、それは無い。
考え始めると先のように混乱するだけ。
ただ今は、
症状が進行していった場合、どうなるか。
先々を案ずるよりも、
そのためには、まず、あの少年を ... ...
鏡を向くフェレンスの前に出て、
鈍色の空の
幅広い黒のストールを風に広げ、
ローブの内側へ手を入れた彼ノ魔導師は、
成長する
追って姿を見せた英霊と意識を重ね、やがて、高く、高く飛ぶ。
冥府ノ
風を起こす巨大な
岩肌からボロボロと落ちる
進撃の
いつもそう。
こちらの意識がはっきりすれば、見ていた夢も消える。
それが、ここ最近では事情が変わってしまったとあって。
息苦しい。
『ここを回せば、後ろの肩が開くのですね ? それから、
『そう。ああ、自分で外します。重いですから。少し下がって』
『あ、すみません』
『いえ、そこに居て下さい。もう満足でしょう ? あとは
『待って下さい。お願いです。
『 ... ... どうぞ 』
『ここ、ですね ? ... ん。 回らない。 ... 押す ... 違う。上げる?』
『 ... ... 逆です』
『下げる! そうか ... あれ、でも、開かない。それから、これを ... どうすれば』
竜騎士の装備は
『笑わないで下さいと、何度、言えば ... 』
『申し訳ありませんが。無理です』
『もう ... 』
耳の後ろ付近の仕掛けを、いつまでも カチャカチャ と
『手伝いましょうか ? 』
『結構です』
『どうか、
『
『では、早く ... ... 』
『待って ... ... 』
いくら言っても聞き届けてもらえないので。
体勢を変え、まだ幼い
『待って。そこは、
『早く ... ... 』
『それに、こちらを向かれると手元が ... 見えない』
『早く ... ... 』
恐らくは二倍近くもある騎士の
と、両の仕掛けが折り返されスルッと奥に入り込み、
思わず強まる口調。
『分かった! これを引いて、次は上げる!』
『よし、これで! ... わっ、ああ ...!』
逆光を
まったく、何をしているのか。
『ようやく ...
彼は、
手にした兜を横に投げ出すと、仕方なく黙り込む。
低い
だが、やはり気になるので。
チラリ ... 若干、首を
黒髪 ... ...
すると、肩口で
『
『ええ。けど今は、
騎士は
そして、腕を立て顔を上げた。
影になって、よく見えないが。
首筋には、全身を巡る印列の一部。
『竜騎士と主君を結ぶ刻印が人目に触れぬよう。
死してなお、
本来であれば、この仕組みを他人に明かすことは
この
疑問に思っていたところ、騎士は
大きな手に
騎士の、短く切り
『お
『グウィン ... ... ?』
幼さの残るフェレンスの、腰から背中へ。
ハァ ... ... ハァ ... ... ハァ ... ...
息苦しさを覚え、カーツェルは
騎士の視点で、フェレンスの肌を間近に見ながら。
柔らかい布の感触、しなやかな
振り払うようにしてその場から逃れたまでは良い。
あらため後ろを向いたカーツェルは、
フェレンスの
「 う ... !!」
やめろ !! やめろ ! やめろ !!
叫びたいのに、息だけ
フェレンスがそこを
どうして
もう、これ以上は見たくない。
やめろ ... ... やめてくれ ... ...
強すぎる騎士の想いがカーツェルの胸を