石ノ杜~Ⅳ
文字数 7,566文字
鳥の
枝葉の合間から見上げた空は、赤味を増し始めている。
フェレンスが言う水源付近で摘んだ果実を数種、
今一度、陽の向きを確認したカーツェルは、軽やかに岩棚を降りていった。
一帯は、ほぼ
よく見て歩けば危険な物を踏みつけたりせずに済むので、行き来も容易。
ならば、ここを発つ前にも
差し当たりとは言え、すんなりと食糧問題が解決し
けれども ...
壁際から ヒョイ と顔を出して覗いてみると。
立て置いた
雪崩を起こした荷の上には、
「 イ キ テ ル ? 」
先にも聴いた憶えがあるなと。
振り向く真顔が、ちょっと怖い。
「お陰様で ... 」
目が合うなり鼻先まで壁に隠れて シュン とするカーツェルに対し、フェレンスは言った。
「だが二、三、聞きたいので。ここへ来て座りなさい」
「はーい ... 」
そう来ると思った。
理不尽に叱られる事はないと分かっているので、出方を見る。
表情には昔からの《やんちゃ》が
この
「よく、あの状態を維持しながら詰め込めたものだな?」
「はは。俺もそう思う。でもアレな、ちょっとコツがあんだよ」
フェレンスは一旦、言葉を飲んだ。
まずは話を聴き、想像してみようかと。
執事の様相で指輪の
空間の扉が開くなり、サッ と荷を押し付けて力任せに肩で押し込む。
「それが辛くなってきた頃には、ロージーにも手伝ってもらったけどな」
解説を耳にしたところ。
《 ドッセ -------- イ !!》
呆れ顔で腕組み待機していたムキムキ、
オカマ・メイド
もはやコツでも何でもないが ... ...
フェレンスは静々と荷の山に目を向ける。
これまで預けてきた
状態が思いやられるわけで。
息を吐きながら肩を落とす姿を見ていたカーツェルは、
また少しだけ シュン として視線を泳がせた。
するとフェレンスは、二つ目として問う。
「こんな扱いをしたら機材がどうなるか、よく考えて答えなさい」
「 ... ... 壊れるかもしれない」
更に三つ目。
「壊れてしまった時に起こり
「 ... ... 怒られる。使いたい時に困る。持ち主に嫌われる」
まるで子供の
肩身が狭くて仕方がない。
耐えかねたカーツェルは、次の質問を
「では ... 」
「ゴメン!!」
どんなに忙しかろうと、もうしない。彼は言った。
「壊れてる物がないか、今すぐ確認するし、もしあったら立て替えるから!
この中には、俺のヘソクリもあるし ... ... 」
ところが、更に遮られてしまう。
「それが、この世に二つとして無い物だとしたら?」
身も蓋もない。
話が
そんなモノ、俺に預ける ... !?
正直、そう思った。
だとしたら悪いのは、こちら側ばかりではないはずだと。
申し開きが頭を
けれども、それだけ信頼していたという事であれば、返す言葉が見つからないのだ。
過信したなどと聞かされたところで、お互い険悪にしかならない。
カーツェルは押し黙ってしまった。
片付けを
自業自得ながら情けなし。
さて、どうしよう。
考えていると、フェレンスの唇が思いがけない言葉を
「例えば、お前の存在であるとか ... 」
一瞬、首を傾げたが。先の続きと分かって ハッ とする。
「
だが、これから先は幼い子を連れての旅になるのだから。
黙って聴くカーツェルは、フェレンスの身体を
目に付いた打ち身を
「お前は不当に仕事の手を抜くような男ではない。私も、よく知っている。
なので、これは
主人としての申し付けではない。
時と場合により、深妙な理解を示す。
フェレンスの言葉が身に沁みた。
同時に何を思ったか。
カーツェルは一度、立ち上がり。次にはチェシャの横で腰を下ろす。
気持ちを落ち着かせてから、彼は答えた。
「うん。分かった」
その背を見やり微笑むフェレンスは再び、機材の組み込み作業に取り掛かる。
カーツェルは、その後 ...
《 カチャカチャ ... キュッ ... キュキュ ... コト ... 》
指先ほどの六角
極、小さな物音。
星明りに照らされた木々を揺らし岩棚の
フェレンスが用いる機材は、どれも
複数を並列させるとなれば、それなりに場所を取る。
遠征に応じる錬金術師を始め、魔導師の扱うそれらは、
目的により端末や機器の組み換えが行われるためだ。
例えば食器棚や本棚、等。
それぞれを中身ごと持ち歩くには大きすぎるし、人手を要するので。
組み立て式の棚一つと必要な物を、その都度、取り揃えたほうが早い。
一部はチェシャと出会って間もなく、血の判定に用いられた機材も含まれていた。
ところで ... ...
いつもなら、組み上げる様子を飽きもせず眺めて待つカーツェルだが。
この時ばかりは背を向けたまま、じっとしている。
チェシャの寝顔を見つめながら何を思うか。
恐らくは、帝都の惨状。
故郷に残した知人、友人の安否であろう。
チラリ ... ...
彼の背を見るフェレンスは、あえて視線を戻した。
何事にも対価を要すると思い知れば、誰もが一度は苦悩する。
カーツェルもまた、例外ではないのだ。
思っていたよりも、ずっと重く伸し掛かる。
罪の意識。
単独にて駆け引きするつもりでいたフェレンスを、引き
とは言え、自身の命ばかりか多くの人命を巻き込んだのだ。
地獄へ落ちようとも。
フェレンスの傍に居て彼に付き従ってさえいれば、運命を切り開いていける。
彼の成すべき事が果たされたなら、最悪の事態をも回避できる。
そう信じて。
しかしながら、それらは
--- 異端ノ魔導師が成すべきを成す対価として負ってきた命の重圧を、
人々は《罪悪》と呼ぶ。
それを、よく平然として受け入れられるものだと思うのだ。
度量、
「なぁ、フェレンス」
カーツェルは思い切って
「どうして ... 怒んねーの?」
つい先頃にしてみてもそうだが。
この度した事に一切、触れようとしないフェレンスの思うところが気になった。
けれども逆に尋ね返される。
「不思議か?」
「うん ... 」
作業を続けるフェレンスは折りを見て立ち上がり、続けた。
「ともすれば。私の使命や、それに
自覚したうえ自身の身勝手に触れようとしない私に対し、疑問を抱いたと推測するが」
「うん ...
「勘違いしてもらっては困る」
「え?」
思いも寄らない言葉を耳にし、振り向くと。
荷の山から
風格を
装置の傍で
取り出されたのは
手早く選び抜かれた複数を、端末の横から
各機器付属の
彼は答えた。
「お前は、
よって、お前のした事に罪が生じた場合、その一切は主人である私が負うべき」
力強く、はきとした言調。
機関に
「お前が自身を信じ、私を信じ、成した事であるならば当然 ... 」
その上、更に言い切るのだ。
「お前に責任は無い」
「 ... ... 」
対し、目を見開いて驚く。
なに言ってんの、こいつ ... ...
つい、
けれども、次第に込み上げる切情。
カーツェルは
そんなワケねーだろうが ... ...
どんな自分ルールだよ。
偉そうに ... ...
そう思うと、複雑な気分。
過保護にし、権力者と錯覚させ従属を強いる。
貴族
「つーか ... 」
一体、何人分の罪を負うつもり?
それら全てを放免にしても、彼を引き込みたい
どうして、そんなに優しいの?
大切に思う人の苦痛に歪む顔を見るよりも、
自らの身を裂いた方が
言いたい事は山程あるが。
これだけは、面と向かって言いたかったのだ。
「いくら言われたって、お前一人に負わせる気なんざ
「だろうな ... 」
そうして差し出される箱。
機器の組織構成を
一組の指輪が差し込まれていた。
一つを取り、
左手か ... ...
あえて選ばれたのは薬指。
愛情、絆を深めるとの言い伝えに
願いを込めて輪を通すと、魔石から、彼の手首から漂う
カーツェルの唇が手の甲に触れると、フェレンスの目元が
顔を上げて
「
気分が吹っ切れて、余裕が出てきたよう。
まったく ... ...
真面目な話をしていたのに。
はぐらかすのが上手い男だ。
フェレンスは彼の手を
「
自らも指輪を取り箱を置いて、さっさと
けれども、何だか気になる視線。
見ると案の定、
小首を
手にしたそれは、どの指にも自然と合う仕組みになっているが。
フェレンスは思う。
ここは一つ、期待に
《 グイッ !! 》
すると、
「 ぐあ! ちょ ... 待った! 痛てててて!!」
ゆっくり入れていけばいいものを、一気に差し込むものだから。
薬指の
程なくして
節に息を吹きかけずにはいられない。
してやったり。
フェレンスは真顔で振り向き、再びトランクケースの上に腰を下ろした。
主人に対し敬意を表するくらい、
その後の手際を眺めながら察すれば、可愛らしさを
「まーた。照れちゃって」
小声で言うカーツェルだったが、フェレンスは聞かぬふりをした。
作業は
各
制御盤の印を弾き、交信を確認後、構成処理目にあたる法陣を展開すると。
天球に散らばる
「手を額に当て、
「 ... てコトは、左手で良いんだな?」
手の甲を見て指輪の状態を
腕を伸ばせば、
指輪と相手。交互に眺め回答を待つに対し、
視線だけよこして コクリ と一つ
カーツェルは目元を
続いて
機器の動作音が手際の良さを反映しているよう。
聞いていると、立ち所に
表皮を
読み取られた
仕上げはフェレンスにお任せ。
再び立ち。歩み寄る彼は、そっと触れる。
厚手のベストには黒地を選択。
縁取りの間近には、銀糸の刺繍を
左肩、胸、腰、一揃いの当て具には硬化処理された厚手の皮を。
柄には
「二刀を扱うお前の俊敏な立ち回りを害さぬよう。
「そりゃ、ありがたいね」
蒼き光の鏡に映し出される我が身。
次いで、自らの装衣を整え始めたフェレンスを待っていたのだが。
動かないほうが良いよな?
そんな気がして大人しくしていると ... 差し伸べられる
「手を貸しなさい」
カーツェルは求められるまま、彼に
しかし、
フェレンスは更に回り込んで、同じように右腕を広げる。
そして、親指と中指の先を合わせ
《 パチン !! 》
管状装置の中に浮く魔石が七色に輝く
「あれも、お前の血 ... ?」
「ああ、作り置いていたものだが」
二人分の衣服や防具を揃えるのに、二寸のうち半分が失われる。
あれだけの魔石を
軽く見積もっても五
「結構、抜いたな」
「定期的に、
「なるほどね ... 」
こつこつ、地道に抽出した魔力を結晶に収めていった訳か。
会話中に開始した装衣の形成を見守るフェレンスは、基質の変性を指先で導く。
カーツェルの背後にて。
身体の曲線に
シャツ、ベスト、ジャケット、ボトムス、防具、
次々と錬成させていくそれらの表には光の波が立ち、端から端へ。
各部、各色。染め上げられていく様子を目で追うカーツェルは、
着込みが済み次第、防具の締めを微調整し始めた。
そして一言。
「変身、完了!」
なんてね。
振り向けば、引き続き自身の装衣を整えるフェレンス。
足首に届く丈のロングジャケットは、紫染めの
肩口、前留め、腰のベルトを順に
フェレンスにしては珍しく、庶民的な
と思いきや。
背や胸元など、厚口箇所には
美しい模様が
控えめとは言え、何とも贅沢な仕様だ。
よく 々 見たところ、自分もそう。
イメージしていたものとは、ちょっと違う。
上着の襟元を捲り、内張りを覗き見ながらカーツェルは言った。
「にしてもさ、少し派手なんじゃね?」
これはもう明らかに、一般の旅人とは別格の
彼の意図を察すれば、両の腰に手を突いて肩を落とさずにはいられない。
「まったく。逃げ隠れする気《
呆れ顔のカーツェルを見て、フェレンスは笑う。
「信教徒の過激派と通じる
足掻くほど遠回りを強いられるのは目に見えている」
「けど、フォルカーツェの野郎が属する結社や
帝国の
「うむ ... 」
「アイゼリアに取り入る気 ... ?」
名のある魔導師を
「アイゼリア王国は石ノ
軍事大国を銘打つ帝国ですら、アイゼリアを敵にするわけにはいかない。
しかし、この国の立場は常に危うい。
「噂に聞いたことはある。確か ...
大昔は大陸のもっと南にあった小国だったとか。
他、幾つかの国を喰って領土を拡大してきたとか何とか ... 」
「そう」
この国に面する国々にとっては災害的、潜在敵国。
石ノ
「帝国政府が懸念を
「 ... てコトは、軍事大国を目の前にするアイゼリアも気が気じゃねーよな」
「恐らくは」
会話は続いた。
物理的に臨戦するのであれば、
毒を有する
フェレンスは、そう
しかし、何やら思わしげな雰囲気。
一方、腕組みして聴くカーツェルの表情は暗い。
「でも、アレだろ?
それどころか焼き払うほどの軍事火力。
例えば、帝国魔導師の存在であるとか。
お前のいた高等錬金術師団の連中なんか特にさ。
この国、最大の驚異だもんな ... 」
そこへ亡国ノ末裔が飛び入るともなれば。
そりゃあ、アイゼリア国王様も万々歳だろうさ。
彼は思った。どこまで行っても泥沼なんだなと。
けれども、こいつ。フェレンスと来たら。
実際には言ってないけど。
いわずもがな。分かる。
カーツェルは深々と俯き、とうとう黙り込んでしまった。
その発想、マジでヤベーよ ... ...
思っても言葉にならない。
なのにどうしてか、笑いが込み上げてくるのだ。
《 ... ... フフ ... クスクス ... ... 》
薄気味悪く漏れる息。
思わず手を止めるフェレンスだったが、相手にするまいと思った。
見もせず装置を片付けていると、観念した様子で顔を上げるカーツェル。
何の反動だろうか。今度は盛大に笑い始めたので。
つい、ぎこちなく振り向き見てしまう。
「 フフ ... ハハハハ!!」
「 フフフ、ハハハ ... ああ ... なんつーか、
お前らしすぎて反対する気になんねーんだよな。
まったく、困ったもんだぜ ... どこかの英雄が反逆するワケだ。
国とつるんで幽閉するくらいしなきゃ止められねーもんな。お前はさ ... 」
すると息詰まる。
黙り込んでいる間に彼が見たのは、かつての《記憶》。
ここまで日常的に触れているとは ... ...
複雑な思いがした。