石ノ杜~Ⅻ

文字数 9,660文字

 
 
 
長く、重厚な低卓(ローテーブル)の天板には黒の強化硝子(ガラス)
黒鏡(くろかがみ)(ごと)き卓上に映し出された(ひげ)の人物は、白頭長眉(ちょうび)小柄(こがら)老君(ろうくん)

落ち着かないのか、肩を(すく)めて(うつむ)く。
老人は彼の質問に対し、こう答えた。

「そんなコト ... (わし)が知るワケないじゃん?」

ションボリ ... として力無く、実に弱々しい声だった。

「そもそもじゃ。(たず)ねる相手を間違(まちご)うておるわい」

何を恐れているのだろう。
戸惑(とまど)っているようにも見えるが。

アレセルは立ち上がり、相手の(そば)まで歩いて行く。

〈 コツ ... コツ ... コツ ... 〉

靴の(かかと)が大理石の床を()らす音を数えてみると。
低卓(ローテーブル)(はし)から端まで、大人の足で八歩。

「なるほど。風の(うわさ)に聞いてはいましたが。
 ご嗜好(しこう)(いささ)か悪趣味ですね。とんだ猿芝居(さるばい)だ」

相手の真横まで来て、卓上に片手を乗せたアレセルは依然(いぜん)として無表情だが。
ゆっくりと握られていく手に力が込められる様子を目の当たりにする。
老人は、密かに汗した。

対して、また(いく)つか問う。

「では少しばかり質問を変えますので、お答え頂けますか?」

置かれた(こぶし)は、やがて引き下ろされた。
けれども不穏(ふおん)な気配を放つ彼は、老人の背後を行ったり、来たり。

「直接的ではないにしろ、〈(クアトロ)〉に(やと)われた事実上の工作員。
 貴方(あなた)が、その一人である事は分かっているのです。
 風の(うわさ)などと、あの男に情報を流し続け。
 そればかりか、禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)を手に入れた(あかつき)には
 関連する研究活動に参加させてやってもいいと ... ...
 そう吹き込まれ貴方(あなた)が取引した相手は、あの男だけではない事も」

不安定な息(づか)い。
強張(こわば)り震える腹の底から(しぼ)り出されたような、声音(こわね)の重圧。

「果たして貴方(あなた)は、誰にとっての二重スパイなのでしょう。
 あの御方(おかた)ですか? ... それとも(クアトロ)? もしくは ... ... 」

吐く息は細く、長く。
吸う息は一度に、早く。

並の人間であれば、危険人物と認識し震え上がるだろう。
だが老人は、あっけらかんとして返した。

「あの魔物小僧(キメラこぞう)だけは無いて」
「 ... ... そんな事は分かっています」

じゃあ、何で今、言いかけたの ... ...

老人は心の中で思う。
そうして無理やり飲み込んだ。
まずは話を最後まで聞いてみようかと。

アレセルは続ける。

「あの男は、フェレンス様との(めぐ)り合わせが自身の兄によって仕組まれたものだと知っていました。
 自分に都合の良いよう誰にでも情報を()らすような、向こう見ずで口の軽い人物は、
 そこそこ名の知れた〈秘術師〉であるとも聞いています。(もっと)も ... ...
 記憶の改竄(かいざん)を恐れ、故意(こい)に口を(すべ)らせようとも(とが)める者はいないそうですが」

拍子抜(ひょうしぬ)けしたのか、少しばかり冷めた口ぶりだった。
なのに態度だけは相変(あいかわ)わらず。

「限定的記憶の抹消(まっしょう)
 あの男が(みずか)ら望んで申し出るよう仕向けるまでが(クアトロ)筋書き(シナリオ)だったのです。
 実行したのは他でもない、貴方(あなた)だ。そうでしょう?
 星詠ノ郷(ほしよみのさと)に伝わる秘術を受け継ぐ者。水郷(ウォルテア)ノ民。
 オルフォード・ルフ・カルロ ... ... さあ、お答え下さい」

此奴(こやつ)。またしても言い切りおったわ ... ...

思うところは様々あるし、うんざりもする。
しかし老人は肩で大きく息を吸って、吐くだけ。
決して答えようとはせず、そればかりか話を(そら)した。

(おご)りが過ぎるのぅ、若造(わかぞう)
漏洩(ろうえい)すると分かっていて、主犯(しゅはん)正犯(せいはん)に真意を明かすわけがないと()っしゃりたいのですか?」

「違うの」

それ以前の問題よ? と、続けて。
老人は意見する。

アレセルは歯を食い(しば)って聞いた。

「手順が()っておらんのじゃ。諜報(ちょうほう)活動の(すぐ)れ者であるなら、
 上手くすれば()()られる事を相手に分からせたうえ、引き込むものじゃろうてのぅ」

問い掛けを完全に無視された()()駄目(だめ)出しを食らってしまうとは(おどろ)きである。
(まろ)(ゆた)かな口調が、アレセルの神経を逆撫(さかな)でているよう。
老人は(なお)も軽口を叩いた。

忘れたの? そんなはずはないよね?

そう、彼の(たが)(はず)れてしまったのは、指摘に()ぐ指摘のせい。

「お主、何を(あせ)っておるのじゃ?」

「 こ っ ち が 聞 き た い !!」

突然のガチ切れ。
だが、老人は動じなかった。

それどころか(すず)しい面持(おもも)ちで茶を(すす)りはじめる。
今のアレセルに、それら老人の振る舞いを(かえり)みる余裕は無かった。

目の焦点(しょうてん)を合わせる事すら難しい中で、彼は言う。
焦燥(しょうそう)感の(にじ)言行(げんこう)だった。

「鼓動で ... ... あの御方(おかた)の心身の(みだ)れが伝わってくるのです ... ... !!
 何があったのか、知る(よし)もないのに!! どうにか、どうにかして知りたい ... ... !!

 どうしたら良い!? 少しでもあの御方(おかた)の置かれた状況を予測し手を打たねばならないのです!!

 公判前、あの御方(おかた)から水郷(ウォルテア)伝承(でんしょう)について触れる文献(ぶんけん)は無いかと(たず)ねられました。
 けど、あの時の僕は気付かなかった。水郷(ウォルテア)に伝わる秘術については知っていたのに!!

 催眠(さいみん)法の一種。
 深層意識に働きかけ記憶を操作する事により精神疾患(しっかん)の元を取り(のぞ)く秘術師が存在すると。
 思い出した時、あの御方(おかた)(たず)ねた理由が分かった。(すべ)て繋がった。

 あの男の記憶が関係しているに違いないのです!!

 でも手掛かりが足りない。
 その昔、行方(ゆくえ)知れずとなった秘術師とその弟子について調べました。
 弟子に限っては今も存命している可能性があった。
 更に調べると、あの御方(おかた)と薬品や霊草(ハーブ)を取引し配達を行っていた人物に行き着いたのです。

 貴方(あなた)だ!

 各勢力と通じる貴方(あなた)なら、(クアトロ)(たくら)みについて如何(いか)ばかしかは推測(すいそく)可能なはず。
 (クアトロ)の狙いが分かれば、あの御方(おかた)懸念(けねん)する〈あの男の欠点〉が見えてくるかもしれない!
 そうでしょう!?」

要するにだ。

(うぬ)が知りたいと言う実のところは、異端ノ魔導師と契約した小僧(こぞう)の〈弱み〉と言う事か?」

狂っている。

老人の声色(こわいろ)豹変(ひょうへん)し、地を()()()したにも関わらず。
アレセルを(ひる)ませるには(いた)らない。

「 ... ... そう」

ユラリ ... 立ち返る彼は細々(ほそぼそ)と答えた。

「あの御方(おかた)仇成(あだな)要因(よういん)があるなら。
 即刻、取り(のぞ)かねばならないのです ... ... 」

(けむ)る街景色に目を向ける彼は、落ち着きを取り戻したかのように見えた。
ところが、よく見れば血の気のない顔色をしている。
激昂(げっこう)を通り越し卒倒(そっとう)していても不思議ではない。
執着、執念、(いず)れにもとれる強い想いが、その姿を支えているのだろう。

嗚呼(ああ) ... ... 気が狂いそうだ。あの男は一体、フェレンス様に何を ... ... 」

「狂いそう? これはまた、今更(いまさら)な事を言う」

すると、茶の(うつわ)を置いて言葉を返す。
老人の物言いは威風(いふう)()たえ、厳格(げんかく)(きわ)めた。

(うぬ)が気狂いを起こしたのは、()うの昔。
 今や限られた自身の寿命を()け、それを(しず)めたのがシャンテの傀儡(くぐつ)
 これだけ思い詰めているにも(かか)わらず、
 (きり)(やまい)を発症せずにおるのが不思議と、自分でも思わぬか?
 それもそうじゃろう。(うぬ)が正気のつもりでいられるのは
 〈傀儡(くぐつ)ノ心臓〉として機能しておるからじゃて ... ... !」

「僕の大切な人を〈傀儡(くぐつ)〉呼ばわりするのは や め ろ !!」

末尾(まつび)まで持たず、声()れするほどの拒絶(きょぜつ)反応。
その時、部屋の片隅(かたすみ)で見守っていたメイドの肩、がビクリと()ねた。

何のため立ち会う羽目(はめ)になったのだろう。
老人の気掛かりは、彼女にも向けられる。

するとアレセルは言った。(あら)らぐ呼吸を(しず)めながら。

「僕は知っています。貴方(あなた)ですら僕には手が出せない。
 そう ... ... 僕は、あの御方(おかた)の心臓なのですから」
「どこまでも生かされておきながら、(あわ)れじゃのう。
 そんな事ではな。知っていたところで、とても聞かせてやれんわ」
 
「 ... ... 」

更に。突如(とつじょ)として椅背(きはい)(にぎ)り込んだ彼は、不気味に笑う。
そうして、老人の座る椅子(いす)が部屋の(かべ)に ガツン! と押し当たるまで力一杯、引くのだ。

正面に立って(かが)み込み、視界を(さえぎ)凶眼(きょうがん)
長尾(ちょうび)の影に隠れた(するど)い視線を凝視(ぎょうし)する。
彼の挙動(きょどう)に危機感を(おぼ)えずには()られなかった。

「やはり ... ご存知(ぞんじ)なのですね ... 」
「おやめ下さい! アレセル様!!」

嫌な予感に押し切られ口走ったのは、立ち会っていた一人のメイドである。

「少し黙っていてくれませんか! リリィ!
 僕は、この老漢(ろうかん)味方(みかた)とは思っていないのです!!」
「いいえ、黙りません! だって、だって ... !
その御方(おかた)は旦那様から大事なお役目を!!」

「おバカじゃのぅ ... 精霊の娘御(むすめご)やぁ ... 」

言いかけたところで老人に(さえぎ)られた。
リリィは ハッ ... として口元を(おさ)える。

アレセルの苛立(いらだ)ちは最高(ちょう)(たっ)し。
ギリリ ... 食い(しば)ると。
引き()(くちびる)隙間(すきま)から、()れ出す歯軋(はぎし)りの()

「では、それも(ふく)め洗い(ざら)いお聞かせ願います。さもないと ... ... 」

軍警に属する法制管理官の制服に佩用(はいよう)された、略綬(ロゼット)を横切る目向き。
老人が実際に見ていたのは、その向こうだった。

黒光りする銃身(バレル)

彼が取り出した拳銃(けんじゅう)は、老人の(あご)の下へ()き付けられる。
こりゃ(たま)らん。シワシワと(しぼ)み込む口から(こぼ)れたのは、本音だろうか。

「シャンテの厄介者(やっかいもの)め、何のために(うぬ)を生かしたのか理解不能じゃ。(つくづく)、迷惑な!」
「聞こえていたでしょう? 二度はありませんよ?」

受け流しは通用しない。銃口が(あご)の下を(えぐ)り上げてきた。
今となっては、もう自棄糞(やけくそ)

(わし)は記憶の抹消(まっしょう)なぞしておらん!」

老人は矢継(やつ)(ばや)に言い立てる。

(わし)が受け継いだのは〈封止忘却(ふうしぼうきゃく)ノ術〉と言うてな!
 記憶を深層へ沈め、意識への干渉(かんしょう)を防ぐ封じ(わざ)じゃ!!
 あくまでも忘れているだけにすぎん! 何を()()けに思い出すやもしれぬ!
 (クアトロ)思惑(おもわく)なぞ知った事か! 一時(いっとき)の不都合を排除(はいじょ)するだけと思うたわ!!」

「つまり、そうではなかったのですね?」

(わし)は確かにシャンテの厄介者に関する記憶と、矛盾(むじゅん)が生じるを前後の(いくつ)つかを封じた。
 小僧の兄も事故と言って取り(つくろ)ったはずなのじゃ。
 なのに彼奴(あやつ)め、あの厄介者の存在だけは忘れなんだ!
 いや。小僧の中には自身のそれとは(こと)なる記憶が
 暗号のように()き付いておる! (おそ)らくは、そのせいじゃ!
 引き出せるのは、記憶の持ち主の(たましい)に触れ、散り々(ちりぢり)になったそれが元の形を()そうとした時!!」

「いやですね ... ... ハハハ ... ... 冗談じゃない。それでは、まるで ... ... あの男が、
 かつて魔導兵として(つか)えた竜騎士の記憶を受け継ぐ、生まれ変わりと。
 そう言っているように聞こえます ... ... 」

(うぬ)が言うたのじゃ。推測(すいそく)せぇとな」

アレセルは言葉を失った。

「あの厄介者。シャンテの中枢(ちゅうすう)(つかさど)った者の一人である〈記憶ノ番人〉が、
 何時(いつ)、何を仕出(しで)かしおったかは(わし)にも分からん!
 しかし、あの小僧め。思い出すまで()かぬうち、次から次へとアレを好きおる!
 その都度(つど)幾度(いくど)となく封止忘却が発動してきたのじゃ!
 (うぬ)に分かるか。小僧の心の奥底で(ひし)めき合うのは、恋慕(れんぼ)の情ばかりではない!!」

「 ... ... そう、ですね。あの御方(おかた)()む者への嫌悪感など、数え上げたら切りが無い」

「そっとしておくのじゃ。
 〈神々ノ(うつわ)〉と言うが、魔導兵たる者の本質なぞ魔物(キメラ)と変わらん!
 それがどうにかなってみろ、何が起こるか分からんぞ!!」
 
どうにかなるだって ... ... ?

「 ハハ ... ハハ。ハハハ! ハハハハハハ!! どうにかなる? あの男が!?
 それはそれで好都合ですよ? あの御方(おかた)が帝都を去り、
 ()(みこと)と距離を置く決心をしてくれさえすればよかったのですから!!」

「何、じゃと?」

「あの男は僕にとって、もう、用済みなのです ... ... 」

堕落(だらく)した魔導兵は真正(しんせい)魔物(まもの)
契約主(けいやくぬし)との(きずな)を強化し、原形再生の後ろ(だて)となる(くさび)ノ法が、
契約者によって打ち(やぶ)られる事を意味するのだ。

「お陰様で。(クアトロ)(ねら)いが見えてきました」

落ち着き(はら)って(ささや)く。
アレセルの様子が打って変わり、ただならぬ空気が(ただよ)った。
老人とリリィ。二人は同時に息を殺す。

胸騒ぎ。(いわ)く言い(がた)し。

「よもや、(うぬ)()()わるつもりではあるまいな!? 何たる傲慢(ごうまん)!!
 傀儡(くぐつ)ノ心臓に、そんな事が出来るはず ... ... ! ぐ! ああ!!」

老人の胸元を(つか)み上げるアレセルの手は、(こう)を返し。
(うで)をあてがうや壁に押し付け、首を()め込む。

最早(もはや)、声にもならない。
リリィは、すっかりと青()打震(うちふる)えるばかりだった。

「二度は無いと言ったはずです」

彼は続ける。

今は方法が無い。
けど、いつかは見つけ出してみせると。

そして、多少なり話を整理した。

「竜騎士ノ記憶が元々あの男の内にあったものかどうか。今となっては貴方(あなた)にしか見通せない。
 あの御方(おかた)は、そう判断なさったのかもしれませんね。ただ、それでは単なる生まれ変わりとは(わけ)が違う」
 
そう。宗教的意味合いを込めて言い(あらわ)すならば。
それは最早(もはや)〈転生〉ではなく ... ... 〈復活〉。

それから、もう一つだけ問い掛ける。

貴方(あなた)が口を割らずとも連中に始末される事はありません ... ... が、
 ご(らん)の通り。あの御方(おかた)が取り付けた話の内容を知る者は、貴方(あなた)だけではないのです」

(わか)り頂けますね ... ... ?

彼女が口を(すべ)らせた時。
同席させられている理由については(さっ)し済みである。
老人の心は()らいだ。

物を傷つけようが、壊そうが、買い()えるか作り直すだけと思うのが人間。
中でも凶悪と(おぼ)しき冷血漢(れいけつかん)()かっては、
小間使い(ごと)き物ノ精霊など簡単に()し折られてしまうに違いない。

呼吸もままならなず意識が遠退(とおの)く中、老人は思う。

気狂いを起こしても女性へ向ける尊念(そんねん)に変わりはないらしい。
例えそれが、精霊の仮の姿であろうと。

思いもよらぬ()り取りを聞いて息を()らすリリィは、壁に(もた)れ。
今にもへたり込んでしまいそう。

だが、やがて気を失った老人の身体(からだ)が脱力しきると、
直様(すぐさま)に力を()いて血流を戻してやっているアレセルのもとまで()()る。

もしもの事があってはいけない。
老人を(たく)されたリリィは、(そば)の長椅子に寝かせたうえ(みゃく)(うかが)った。

無言で立ち去るアレセルには目もくれず、介抱(かいほう)するのみ。
そんな彼女の横顔を振り向く退室の間際(まぎわ)に。

何を思ったか。

アレセルの面差(おもざ)しは、逆光による()い影に(おお)されている。
その心情を(うかが)い知る者は、誰もいないのだ。


上級貴族及び上院議員(マグナート)の結社に属する権力者、(ナンバー)4。
(クアトロ)策略(さくりゃく)に落ちようが、(やつ)なら切り抜けるだろう。


愛情深い男であるが(ゆえ)に。
注ぐ相手が存在する(かぎ)り、(くっ)する事は無いはず。

二人の母を同(やまい)()くし、一時(いちじ)は正気を失っても。
今、アレセルが想いを()せているのは良くも悪くも、あの ... ... 異端ノ魔導師なのだから。

状況(じょうきょう)をまとめ上げ、思い(いた)る。

それと言うのもアレセル元審問官の裏切りについてだが。
クロイツが言うには、結社の(しん)の狙いを(さぐ)るためだろうとの事。

「この国、アイゼリアには信教徒過激派(パルチザン)の連中ですら不都合と思う、何かしらが存在するのだ。
 出来る事なら、フェレンスに始末させたいのだろう」

主従(しゅじゅう)の契約を断っていたなら、不要だった(さく)と思われるが。
(あく)(まで)も真相は謎のままである。

それよりも不可解なのは、結社の動きなのだそう。

「それを知っていたにしろ、一時(いっとき)とは言えフェレンスを手放すような真似(まね)をするとは」
流石(さすが)に、紅玉(ルベウス)を保護させるためだけ ... ... ではなさそうですな。
 不都合に関係する利害の一致(いっち)でもあったんでしょうか」

「 ... ... ハァ ... ... 貴様(きさま)という奴は、(つくづく) ... ... 」

ぁぁ。はいはい。馬鹿だなって言いたいんでしょ。
口に出して言いかけたが、(くちびる)()()(こら)える。

気を取り直したノシュウェルは少しだけ見方を変え、こう切り出した。

「ぇぇと。帝都で主従の契約を断とうとしたのは枢機卿(すうききょう)でしたな」
「手出し出来ぬようアレセルを引き込み、一芝居(ひとしばい)打たせた事に何の意味があると思う?」

「単に魔導兵を操る異端ノ魔導師の利用価値を失いたくないからでは?」
「アイゼリアに主従を追いやれば利用価値は(たも)たれるのか?」
「価値がどうのと言う前に、利用する事が難しくなりますね ... ... 」

頭がこんがらがるなぁ。
会話を聞いている誰もが思うところ。

「ううん ... ... ! 自分には分かりません!!」
「安心しろ。私もだ」

何それ。え。何それ。

一同、拍子抜(ひょうしぬ)け。
カクン ... と(ひざ)から力が抜ける。

仕方が無いのは分かっているのだ。
何しろ情報不足すぎて。

「でも、あなたがそれを言っちゃった時の〈してやられた気分〉は格別(かくべつ)だわー」

誰かの(つぶや)きが聞こえたので振り返って見るが。
彼の元部下達は(みな)、空気を読んで顔を()らす。

仮釈放(かりしゃくほう)されて()もないのだ。
うっかりしたとは言え、出来れば()り飛ばされたくない。

その気持も分かる ... ...

元上司として、ノシュウェルもまた沈黙を守った。

すると気が付く。元部下のうち一人が、いつまでも顔を上げようとしないので。
何やら(ふさ)ぎ込んでいるように見えるが、どうしたのだろう。

ノシュウェルが近くまで足を運んでみると、小さな()め息を耳にする。

同じように気に()けていたのは、彼の同期だが。
実を言うと、ちょっと聞き(づら)くて。

どうしようかなぁ ... ...

なんて思っていたのだ。

何せ、そいつときたら。
部隊の解散後に乗っ取った巡視船(じゅんしせん)操縦桿(そうじゅうかん)を握りながら、
自分とクロイツを相手にキレ散らかした意外性の人であるからして。

相手が気を()かせるのを(しば)し待つ。

会話に(いた)ったのは、その場から少し距離を置く相手の視線に呼ばれ、行ってみた(のち)の事。

「何かね、シャンテノンで失踪(しっそう)した女の子の件を気に病んでるみたいなんだ」
「そういやぁ、()御方(おかた)から直々(じきじき)に頼まれてたのはアイツだったか」

「うん。一緒にいなくなった裏切り者とも、それなりに仲良かったしね。
 あえて泳がせる作戦なんて知らされたところで、心配なものは心配なんでしょ」

しかも、音信不通の別働隊には彼の義兄(ぎけい)が所属していた ... ...

不意に押し黙るノシュウェルの、思うところを見通したか。
一つ二つ、言い残して話を切り上げたのも相手の方だった。

「今さ、考えてる事。言ってやる必要は無いみたいだよ。アイツも、とっくに(さっ)してるから」

フェレンスに聞かされた事とは言え。別働隊の全滅を立証するのは不可能。
人を(かい)する憶測(おくそく)は、あたかも事実であるかのように伝わりやすい事情。
ただでさえ思い悩む。

現状を受け入れるための考察なら、各自に(ゆだ)ねるのが一番、当たり(さわ)りが無くて済むだろうか。

床板(ゆかいた)の目を辿(たど)って歩くかのような姿勢でクロイツの(そば)まで戻ったノシュウェルは、
腕組みした片方の手で、(しき)りに自身の(あご)()む。

気まずそうにする男共を(にら)みがてら、それとなく目で追っていたが。

隊の中で(もっと)も責任感の強い人物と言えば、皆が指差すであろう某隊員の気負いとは裏腹。
クロイツの関心は、思わぬ角度から()せられていた。

「奴は、貴様(きさま)の隊の中堅(ちゅうけん)だな?」

隊員の序列(じょれつ)なんて気にする人ではないと思ったが。どういう風の吹き回しだろう。
はたとして考え事を一時中断し、ノシュウェルは答える。

「分かりますか? (ひか)えめな性格をしてますが、気立ての良い男ですよ」

真面目すぎるといった話の展開を予想し、高を(くく)っていたのだ。
けれども、クロイツは不敵な笑みを浮かべる。

(たぬき)に着せる化けの皮としては、もってこいと言うわけか」

... ... ん?

横目で チラリ ... 様子を(うかが)うなり、意表を突かれた気分だった。
まるで話が見えない。ノシュウェルは(たず)ねた。

「いえ、待って下さい。いったい何の話ですか?」

突然でてきた(たぬき)が迷子です。

言ってみたところで、クロイツは聞かない。
そうと知りながら、あえて。

対し、皆に聞こえるよう声を張る。
クロイツの声は、今後を案ずる個々の目的意識を()り立てるかのよう。

()が弟が奴等(やつら)の側に付いたのは、例の少女の()くへを探るためでもある。
 私は、いずれまた帝都へ戻らねばならん。だがその前に、やる事がある。
 アレセルと交渉し、情報を引き出すための取引材料が必要なのだ」

そのため、不本意ながら異端ノ魔導師に取り入るつもり。そこでだ。

貴様(きさま)らは ... ... どうする?」

このまま西ノ二カ国、ローランド、もしくはハイランドの(いず)れかに亡命するも良し。
そう言ってクロイツは続ける。

「好きにするが良い」

(ただ)し、この場で決めてもらうと。

何処(どこ)の施設かも知れぬ。
広々とした石造りの応接間(パーラー)にて、(おとず)れた選択の時。

中心に向かって数段、掘り下げられた各所に(こし)を下ろす者は皆。
帝都を(だっ)した時から、たまたま行動を共にしていたに過ぎない。

今となっては、ただの顔見知りといったところ。

おずおずとして、(たが)いに見合う。
彼らは、やがて心を決めた。

そうして、各々(おのおの)が順に告げていくのだ。
結果、亡命希望者は十名。

クロイツと行動を共にする。
そう答えたのは、先の話題に関わった二名のみである。

意外と言えば意外。

中堅(ちゅうけん)だった一人は分かる。 ... が、まさかと思った。

「あの、おっかないのが付いて来るとは(おどろ)きましたね」
「中堅の同期と言うではないか。義理でもあるのだろう」

会合を終え、場所を変えるクロイツに同行したのはノシュウェルだが。

「いやぁ、それが。たまたま二人の会話を近くで聞いてたんですがね?
 そうでもなさそうでしたよ」

先の様子が一瞬だけ思い返される。

『え、(うそ) ... ... お前も来るの?』
『何、その言い方 ... ... 行っちゃ悪い?』

衝撃(しょうげき)を受け後退(あとずさ)る話題の男と、(うで)組みして(にら)みを()かせる、もう片方。

『いいえ、とんでも御座(ござ)いません!』

なんて。聞いていただけなのに声を(そろ)えて言いそうになったもんな ... ...

出来事を振り返るノシュウェルは軽く身震(みぶる)いし、やがて気を取り直す。

「それはそうと。一つ、お(たず)ねしたい」

対してクロイツは()め息を(こぼ)した。

「元部下たちに亡命を(すす)めたのは、やはり ...
 先々に各方面から情報を()るための布石(ふせき)ですか?」

チラリ ... (となり)を見ても、クロイツは無反応。
バルコニーの(ふち)片腕(かたうで)を置き、森ノ海を展望する。

「誰が勧めた?」

いや、誰って ... ...

「あなたですよ?」

ざわめく樹々。滑昇霧(かっしょうぎり)(しょう)じ、湿(しめ)りを吐き出すかのような森淵(しんえん)

帰郷(ききょう)(あきら)めさせたのは分かります。
 例えあなたが、異端ノ魔導師に取り入る事で釈明(しゃくめい)の機会を(あた)えられ、恩赦復権(おんしゃふっけん)したとしてもだ。
 力の無い者は、それまでに関わった人物や弱みを()かせるための格好の餌食(えじき)ですもんねぇ。
 身の安全のため(そば)に置いておけるのは(ごく)少数。選定は必要だった。
 それに、(いた)って真面目な元中堅(ちゅうけん)なんか、奴等(やつら)や連中が飛びつきそうじゃないですか」

〈化けの皮〉とはよく言ったものだなと思う。

「このままでは布石にもならん。西ノ二カ国はアイゼリアを盾に帝国の顔色を(うかが)うような食わせ者。
 亡命客を保護させるには政治的利点、国益(こくえき)を匂わせ、
 いつの日か我々(われわれ)が必要とするやもしれぬ人物であると、思わせなければならぬのだ」

その上、あっさり答えが返ってきたぞと。
ノシュウェルの目が丸々と開いた。

あら素直。認めた。びっくり ... ...

帝国と西ノ二カ国。

双方が同じ事を期待し動くよう仕込み、結果として人材を生かすと同時。
自身も双方の情報を()ていくのが狙い。

二重スパイの二股(ふたまた)とは、何て大胆(だいたん) ... ...

普通であれば消されてしまう。
だが、これからクロイツが取り入ろうとしている相手は、あの、異端ノ魔導師。

先が思いやられる。いくら何でも無謀(むぼう)が過ぎるのではと。
確かに、これまでもそうだった。

しかし、比較(ひかく)にならんよなぁ ... ...

随分(ずいぶん)と目の前が暗くなった気がする。
流石(さすが)のクロイツも、心做(こころな)しか素直になるわけだ。


するとそこへ、()け付ける足音。


開け放たれた硝子(ガラス)扉の内側からバルコニーへ向け吹き出す風。
振り向いたのはノシュウェルだけだった。

(あお)られ棚引(たなび)窓掛け(カーテン)を手で()け、(あらわ)れたのは保護観察官を(よそお)う若者。

「ヴォルトが呼んでます。あの男が明日(あす)にも動きそうだって」

エルジオだった。
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み