霧ノ病~Ⅴ

文字数 5,655文字

 
 
 
フェレンスは、答えようとしない。

彼はただ、 ジッ ... と見()えた。

その眼差(まなざ)しに苛立(いらだ)つクロイツが舌打ちしたのを聞いて、
兵士達は互いに見合いながら動揺した様子。
だがそこに、率先して前へ出る一人の兵士がいた。

気配を追って馬上から流し見る。

容姿端麗(よいしたんれい)なフェレンスの雰囲気に息を飲みつつ。
間近まで歩み寄った兵士は、姿勢を整え敬礼すると。
フェレンスに、こう(ささ)きかけた。

「クロイツ監視官、あの方にも年の離れた妹君がおられたそうです。
 その少女のことも、丁重に(あつか)って下さるでしょう ...
 私達も同様。決して乱暴にはしないと、お約束します」

兵士の口の動きを見て怪訝(けげん)な顔をし、クロイツが言い放つ。
「おい、貴様。余計な話をしているのではなかろうな!」
「いえ! 速やかにお引き渡し下さるよう、申し上げていただけです!」
兵士はサラリと言い逃れた。

そんな彼に対し、フェレンスは微笑みを浮かべ、物静かに応じる。

「 ... 頼んだ ... 」

そう言って、少女を馬から下ろして引き渡す(あいだ)
近くで見張る部隊長は、フェレンスが兵士に対して(ささや)き返す場面を注視した。

誰もが聞き耳を立てる。

だが、そんな中でも平然として表情を変えないフェレンスには、後ろめたさなどない。
目が合った瞬間。逆に気まずい気分を味わったのは、疑いの眼差しを向ける彼らの方だった。

そうして再び馬を走らせたフェレンスの背を見送り、兵に待機命令を下した男は、
駐屯(ちゅうとん)目的で借り上げた空き家の外階段を上り、クロイツの元へ。

「何か聞かれたか?」
「いえ。ですが、あの方はどうやら、
 我々(われわれ)の監視が、ただの名目であることにお気付きのようですな」

『君達には私の監視以外にも重要な任が課せられているようなので、不本意ではある』

男はフェレンスが付け加えた言葉を、その通り伝えた。

『しかし、私といる方が危険である事は確か。
 どうか ... この娘から目を離さぬよう。(そば)に居てやって欲しい』

聞きながら、クロイツは苦笑する。
「あいつが、そう言ったのか?」
男は、眉尻(まゆどり)を上げ(まぶた)を閉じると、(うなづ)いて答えた。
「ククク ... あざとい奴め」
けれども一瞬、耳を疑い物申す。
「ぅぅむ。あの方も、あなたにだけは言われたくないでしょう ... 」
なんて、ぼそぼそと。

「何か言ったか?」
「いえ。空耳かと」

あざとさで言ったら、クロイツの方が上ではなかろうかと感じたので、思わず声に出た。
が、しれっとした顔で知らぬふり。

クロイツの傍にいると、嫌でも身につく図太さ。
(にら)まれようが目もくれず。お構いなし。

「それよりも、疑惑の医師が偽と(あらかじ)め見抜いておられたのに、
 放置したのは何故(なぜ)です?」

その日の兵の割当てを日報に(しる)す片手間、男は(たず)ね返した。
初めて聞く質問ではない。クロイツは男に背を向け返答を(こば)む。

思索半(しさくなか)ば、明言を控えたい気持ちはお察しする。
 しかし、あなたは政治家ではない。
 これ以上、有耶無耶(うやむや)にされては指揮に影響が出ます(ゆえ)
「 ... つまり ? どうしろと ? 」
「いい加減、白状して頂かねばなりません」

それでも、教える気は毛頭なさそう。
見向きもしないクロイツの様子に、男は口に含んでいた言葉を(さら)け出した。

白状して頂けないなら、(いた)(かた)ない。

(ちまた) で流行りの半回転・飛び蹴りでも、
 あなたの身を借り、ご披露することに致しましょうか ... 」
「部下相手の訓練を巷の流行などとは無理が過ぎるのではないか?
 そもそも半回転と飛び蹴りをどう合わせるつものなのだ」

互いに真顔。 心なしかシュールなやり取り。
「よしきた」
お見せしましょうと言いたかったが。
「無要だ」
(さえぎ)られた。

最後まで言わせて ... ? (´-ω-`)ショモン

そう思ったが、それよりも。日報を閉じ、腕まくりしながらジワジワ(せま)ってみる。

仕事に支障が出てはいけない。男は本気のようだった。
何が何でも吐かせるという気迫。
それにはクロイツも若干の後退(あとずさ)り。
(にら)んだって、突っぱねたって、何故(なぜ)か.. この男には、さっぱり通用しないのだからお手上げだ。

若干狼狽(うろた)え顔を()らしたクロイツは、少しだけ幼く見える。

「元々あの医師は、あのように偽善者ぶるような人間ではなかったのだ」

面倒そうに口を割る様子を、男は黙って眺めた。

「霧ノ病の研究に熱心ではあったが、手段を選ばず傲慢(ごうまん)で、反発する研究員も多くてな。
 何より、帝都在住の頃から私とは面識があったにも関わらず、
 奴は初対面のように接してきた。見抜くのは簡単。
 しかし正体を(あば)くにはリスクが大きすぎたのだ」

「ふむ。それはつまり我々だけでは力不足であるとの、ご指摘ですかな?」
「不満か? ククク ... 自惚(うぬぼ)れるな下郎(げろう)。もし、あの化物が
 見抜かれていることも承知でそうしていたなら、どうする。
 変装に長けた人間 か、擬態(ぎたい)能力を得た魔物(キメラ) か。
 奴の正体が、そのいずれかであると考える場面で。お前なら手が出せるか?」

「擬態能力 ... ... ?」
「それがもし、知性を持ち戦略的に我々を待ち(かま)えていたとしたら?」

「 ... ... あの偽者(ニセモノ)が、これまでの魔物(キメラ)とはわけが違うと(おっしゃ)るので?」
「 ... さぁな ... 」

クロイツはフェレンスが馬を走らせた方を見やりながら言う。

またそれか。男は考えた。
もし、そうであると言うな尚更(なおさら)。部隊を待機させているなど理不尽すぎる。
討伐へ向かう魔導師への支援は軍部でも原則とされているのに。
この人は、軍から借りている兵士に軍法違反を強要するつもりなのか?

顔を(しか)めていると、クロイツはやれやれといった素振りをして話を続ける。
男の思うところを察したのだ。

「しつこく聞かれるのも面倒だ。答えてやるから、よく聞け。
 あの男 ... フェレンスの複合錬金を駆使(くし)した召喚術は
 周辺、3マイルは優に超える範囲でマイナス数十度の極寒を生じるのだ。
 支給されている保護符程度では、とても間に合わん」
「知っています。しかし ... 」

納得できなかった男は反論しかけた。が、はたと思い(とど)まる。
若干、話題が()れたような気がした。
そうして、ようやく気付く。

ああ。そうか。複合錬金を駆使した召喚術と言えば ... ...

男は反論を取りやめ、口を閉じた。
それを見て、クロイツは笑う。

「冥府の()に触れた者は(たちま)ち凍傷を負い。(くだ)かれる。
 (ゆえ)に、その姿を見た者は軍の中でも数名のみ。それはそうだ。
 身を守る術を持つ者以外は、奴の()く〈境界〉に踏み入ることすら(かな)わんのだからな」
「なるほど ? つまりは、あの方が 〈魔導兵〉を召喚する。 それが大前提であると ... 」


   現在、帝都では錬金術に関わる者の姿勢を問う、公会議が()り行われている。

   司祭をはじめとする上位聖職者、(およ)び、各地の審問官(しんもんかん)を召集し。
   これまでに帝都の審問会が論じてきた議題と
   対処に不適切はないか、再審議される場だ。

   神と心を通わせ叡智(えいち)(さず)かったとされる 賢者(ヘルメス)の思想と、
   (もたら)された膨大な知識の記憶媒体として残る翠玉碑(エメラルド・タブレット)に記されし制約に(もとづ)いて。
   ()()か。最終審判が下されるのである。


クロイツの狙いは初めから、〈異端ノ魔導師〉ただ一人だったのだ。

「貴方は、慎重(しんちょう)な方だと思っておりましたが、
 随分(ずいぶん)と思い切ったこともなさる。全くもって、驚きましたな」
「 ククク ... ノシュウェル ... 貴様、何か勘違いしているようだが。
 それとも、ふざけているのか ? もしも違うと言うなら ...
 フフ ... ハハハハ ハハ !! 笑わせるな!!」

少しは頭の回る奴かと思えば、とんだ思い違いだったようだ。
そう言って、クロイツはなかなか笑い止まぬ。
心底、人を(あわ)れむ目。

はっきり言って、馬鹿にしている。

ギシ ッ ... と身体(からだ)硬直(こうちょく)させ、ノシュウェルと呼ばれた男は()え無く沈黙。

「フェレンスを捕らえるための大博打に出たとでも思ったか? ... クク ... 馬鹿め」

一方、呆れ返りながらもクロイツは続けた。

「あいつの(あつか)う魔導兵召喚術の認可が取り消され、正式に異端と見倣(みな)される。
 そんなことは、(あらかじ)め決まっていた話なのだ。(もっと)も、同日である必要はなかったが。
 あの化物には役に立ってもらわなければな。 ... ククク ... ハハハハ !!

挙句(あげく)、サラリと恐ろしい事を聴かされ背筋が凍りつく。
異端審問における最高裁、帝国公会議の審判が仕組まれていると言うのか ... ...

疑心暗鬼に飲まれそうだ。
大義のために戦ってきた。そうとまでは言わないが。
政治組織の恐ろしさたるや、目を背けずにはいられない。

そう言えば、この人の弟君(おとうとぎみ)は確か、
公会議の副議長を務めていると噂に聞く、エリート審問官。

ノシュウェルの思考が停止する。()えてそうしたのだ。

「自分は、何も聞かなかったことにしておきます ... 」
「 ククク ... そうしておけ」

雲行きの怪しい丘の向こうの空。
遠目に見つめるクロイツは、吹き込む風を(ほほ)に受けながら気温の低下を肌に感じた。

「さあ。今、聞いたことを早く忘れたければ働け。町周辺に結界を張るのだ。
 境界に関して、フェレンスの奴が手違いを起こすはずはないが。
 疑似(ぎじ)世界に引きずり込まれでもしたら、間違いなく凍死するからな。
 それから、住人には暖をとる準備をさせておくこと」
「了解 ... では、少女宅へ調査に向かわせていた班にも、住人への指示を優先させます」
「うむ。何かあったら呼べ。
 私は、お前が聞きたくないという話をしに部屋に()もるからな」
「 ... ... はい」


窓際に見る。上官二人のやり取り。
勿論(もちろん)、何を話しているかまでは聴こえない。

だが、そんなことよりも空模様が気掛かり。

小隊貸し切りとなっていた空き家の一室にて。
とある兵士は(しき)りに雲行きを(うかが)い。
また一人は、預かり受けた少女の(かたわ)らに座った。
毛布に包まり震える彼女は、瞳を見開き、向う壁のただ一点を見つめたまま動かない。

「君の名前はルーリィというらしいね。とても良い名だ。
 安心していいよ。魔導師様にも約束したからね。
 君のことは僕たち二人で必ず守るよ ... 」

マットレスが敷かれただけのベッド、ただ一つ。
見た目には寒々しい部屋だったが、(ささや)きかける兵士の言葉は少女の心を温める。

「お兄ちゃん ... ... 」

無意識だろう。しかし、瞳いっぱいに涙を()めて呟く少女は見るからに痛々しく。
兵士は毛布越しに彼女の肩を抱きつつも、切なさに言葉を失った。

〈 コンコン ... 〉

そんな ある時。ノック音がして部屋のドアが開く。

「おい。隊長がお呼びだぞ。お前ら、どっちか残して全員集まれってさ」
「え ... うん。どうしようか」

少女の隣にいた兵は、少々戸惑っている。
窓際にいたもう一人が、即座に答えた。

「お前、行ってくれないか。この部屋いつか、雨漏りしてたんだよ。
 オレ、ちょっと登って処置してみっからさ」
「 ... そうか。分かった。それじゃあ、ルーリィからは極力
 目を離さないように頼む。魔導師様に言われたんだ」
「ああ。任せとけ」
「うん。よろしくな ... 」

ベッドの(わき)に掛けていたジャケットを着込みながら部屋を出る。
残った兵は、そこで何故(なぜ)か ... (ふく)み笑いをして少女の(そば)まで歩み寄った。
「ルーリィって言ったっけ ?
 申し訳ないが、雨が降りだしたら.. ちょっとオレと一緒にお出掛けだ」
ニヤニヤとして、(いや)らしく少女の(ほほ)()でる手。

「君のことをさ、高く買ってくれるって人がいるんだよ ... ... 」

その声は、少女の耳元で不気味に際立(きわだ)つ。


暗雲が立ち込めた。


そうして、雨が降りだした頃。
屋根を叩く雨音に紛れる足音。

寒さを(しの)ぐための印符を持ち、
暖炉に火を入れてやるべく部屋を(おとず)れた兵士が扉を開いた時には、もう ... ...

そこに居たはずの二人の姿は、何処(いずこ)かへと消え去っていたという。
 
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み