血ノ奴隷~Ⅱ
文字数 9,339文字
それについて知ろうものなら、そう、誰もが例外なく思う事だろう。
――― この 〈 血 〉 があれば ... ...
フェレンスの口から告げられるまでもなく。
そこに居合わせた三人の脳裏を同時に
背筋が凍るようだった。
ノシュウェルは反射的に言い放つ。
「と言うか ! すみません、ちょっと ! ... ちょっと待って下さい!」
「無駄だ! ノシュウェル!」
しかしクロイツが黙らせた。
「中途半端に知恵をつけた者が、事の重大さを把握せぬまま
いずれは消されのが落ちだが。もしそうなれば、とんだ不利益だと ...
この男は我々に、そう言いたいのだ ... 」
クロイツの支援を言い付かった以上、巻き込まれるのは確実。
分かってはいたが。よもや、こうもあっさり内部事情らしきを明かされるとは思わなんだ。
何と言っても不意打ち過ぎる ... ... !!
現実逃避しはじめる直属の部下は、あえなく沈黙。
今のクロイツには、
フェレンスの声が
「
その者にとって、より身近な存在である可能性が高い。
私はただ、味方と思っていた者が敵になる ... そういったリスクを踏まえたうえ。
今後の身の振り方や、少年の扱いを決めてもらいたいと、そう考えただけ ... ... 」
だがクロイツは納得しない。
「 ククク ...
都合の良い
「私が、この少年を
「当然だ。私だけではないぞ。見てみろ ... ...
フェレンスの目線を
クロイツは、
聞けば、ポツリ ... ポツリ ...
「 ... ... 旦那様 ... ...
その少年を、お
高地の岩清水が
その下を
フェレンスは静かに、こう答えた。
「カーツェル ... お前がいつまでも私の
対し抱く自身の想いが影響し、歯止めが
だが、もう少しだけ落ち着いて考えてみないか。
私に対するものとは言え、そういった陰口を、この子が聴いたら ... どう思う。
戸惑い、怒り、
魔性の血を持って生まれ、その上まだ幼い。
そんな彼に、お前は ... 自身が抱いているような苦悩まで負わせようと言うのか?」
カーツェルは返すことが出来ない。
彼は、
少年の持つ
クルクル 回るトップを
「力に迷うな。 カーツェル ... そんなお前の姿は、見るに
会話を締め
塗りたくるかのように
そう、
それなのに、
「俺だって見たくねーよ ... ... 」
静かに
「
カーツェルの声は、震えていた。
クロイツはカーツェルの去った後に目先を変えて吐き捨てる。
「
すると、首に掛けられた
切な気に微笑み、視線を持ち上げ、こう返したのだ。
「 ... 私も、そう思う ... 」
あえて言われると
肩を落としたクロイツは、まるで
「まったく。あの男を泣かせるなぞ、大した芸当だ。が、しかし。
奴の
無論、そうと分かっていて離さず
フェレンスは、それきり口を閉ざし
飛空艇を降りるまで、誰とも語らうことはなかったと言う。
思い詰めても決して
視線が合う度、キラリ、キラリ 、
発せられる言葉や声、
普通とは違うだけの事を、どうしてそんなにも恐れるのだろう。
一度クロイツに
けれども言葉にならないため、ただ ジッ ... と
そんな少年の視線から思いを
即座に目を
やがて、船が
高い塔が立ち並び、
青い空と雲を
そして、飛空艇の到着に興奮し次々と前に押し出る報道陣の手合。
目に見える熱気に圧倒される ... そんな
釣り上げ式の
人々の注目を集めたところで立ち止まり、羽織りにしたローブの
それを見て察するも、ノシュウェルが手を差し伸べることはない。
連行役の後ろに立つ彼は、降り口に
火薬の匂いが染み付いた木箱の隙間に顔を寄せ。
様子を
すると、
「ノシュウェルの奴が〈羽織りを預かるのは
見もせず。ただ言い渡した。
とんだ茶番を思いついたらしい背を見張っていると。
むしろ、積荷に
ところが、そんなクロイツを
カーツェルは黙り込んだきり返事もしない。
「 ... ツェル ... 」
少年は
雲を分けるように空を指し連なる塔と、
連行役の足が、一歩二歩と持って行かれるのを見ながら。
クロイツを
「被害者ぶって、
クロイツは
「愚か者め。あの男が民衆の憐れみ程度で救われる玉と思うか?
奴は、むしろ ... 人々の
兵士は更に質問を投げ掛けた。
「そんな事をして、一体、何の
それを聞いていたカーツェルは、
「あるさ ... 少なくとも、そんなアイツに
目的を疑われた
人からどう思われようと構わない。興味すら無いのだと。
かつてのフェレンスに聞かされた言葉に、未だ
カーツェルの様子を
「 ククク ...
声に出して言う気になどならない。
しかしカーツェルは
物珍しい反応に驚いたのはクロイツばかりではなかった。
何人かは顔を見合わせ肩口を広げる。
やがて人々は、
一歩、また一歩と、主人のもとへ歩み出ていく足取りから。
吹き抜ける風に
端正な身振りと。順に見て。
カーツェルは思う。
『 お前に、今の俺の気持ちが分かるか? ... なぁ、フェレンス ... 』
伸ばした手の指先がフェレンスの肩に触れた節目。
お前にとっては目的が全て。
必要と思われる行いを淡々と積み上げていかなきゃならない。
分かってる。
けどな ... ... 俺は ... ...
そういった
期待しないどころか、初めから何もかも
そんな、お前を見るのが
俺は、俺だけは、他の奴とは違うんだって ... 分かってるくせに。
突き放すのではなく ... いい加減、受け止めて欲しい。
そう願ってるだけなのに。
異常なほど理性的な反面、馬鹿正直な ... お前は、
やたら素直だったり、そうじゃなかったりする
けど、そんなお前だから ...
今はもう、それだけなのに。
お前ときたら相も変わらず、俺を試すことを
お前がいなきゃ、俺の
それなのに ... ...
「 旦那様 ... ... 私の、心からお
いつになったら分かってくれる?
想い連ねるごとに胸が締め付けられるよう。
預かり受けたローブを左腕に掛け、カーツェルは切な気に目を細めた。
とは言え、そんなことは
それでも自らフェレンスの
今や変わりつつあると気付いて欲しいかった。
『お前の羽織るローブを、その肩から取り払えば ... お前の両手首の拘束具が人目に
それでも、お前は涼しい顔をして、凍てついた心の持ち主を演じて見せるんだろう?』
矢の
立っているだけで身震いするほど。
『お前を
この腕に宿る蒼き炎は ... 反面、お前の血の魔力さえ奪い尽くしかねないと。
お前は、知っていたんじゃないのか?』
親愛なる友を想うが
『 ... ... なのに ... .... 』
血が上り、耳の奥が圧迫される。
強張った首筋を通じる心拍が後頭部にまで響いた。
「
カーツェルは繰り返す。
騒然とする大衆の目に冷酷な視線を突き返しながら。
「 ... こうして
この〈殺意〉 を
ご自身の血でのみ
すると、そこに差し伸べられる手のひら。
「奴め、
降り口の手前で身を乗り出したクロイツは、
拘束具を断ち切り振り向いたフェレンスの手が、カーツェルの
動きを封じるつもりだった。
人々の瞳に映る異端ノ魔導師は ...
塔の合間から差し込む陽の光の中心に居て、自身の影に
落胆した
凍るような蒼色の炎が脚元から立ち上るに対し。
空間を断絶した彼は、寒冷が外部に
「案ずるな。お前は良く
問題なのは、今のお前が不安定な状況にあると知られてしまった事。
ここ最近というわけではないらしいが ... ...
ノシュウェル隊長の忍ばせた追っ手は、どうやら ... 役目を果たすこと無く、さぞ無念な思いを ... 」
連行役と共に部隊長を
だが
密命を下した隊員の
とっくに
ともすれば、クロイツ ... 監視官がどう出るか、常に見張られていたはずだ。
例の少年が、こちらの手の内にあることも
それでも
これは
異端ノ魔導師という存在を、利用するため程良い居場所を与えていた何者かの
「手をだすなクロイツ!!」
狙いは〈あんた〉だ!!
なりふり構わず振り向き呼び捨てるノシュウェルの声。
クロイツは硬直し瞳を見開いた。
すると、フェレンスの結界に
合間 々 に立つ数名の退魔師。
一斉に放たれた呪縛によって捕らえる千ノ影。
目に映る光景の、更に奥から見つめてくる視線に気付いき。
ニヤリ と
「アレセル ...
クロイツの声は、弱々しい。
背中と
だが、同行したそれら、異端審問官の様相とは
前線に立つ彼は、漆黒の軍服に身を包み ... こちらを見
異端審問官とは、神理に
言わば、司法捜査員だが。
問題とされる発言や案件は審問に掛けたうえ、閉会中審査の議長席に座し決議を取り仕切る。
中でも、その男の存在は
ある者は言う。
「大司教の祝福を受け聖騎士となり。
しかし、その直後には議席と審問官の資格を同時に
噂には聴いていたが、親族を売ってまで目的を果たさんとするその志といい。
まったく ... 末恐ろしい男だ」
「 ホホ ... おやおや。何ごとで
「買い
「 ホー ... それはそれは。まこと、痛み入りますぞ」
飛空艇の発着場に程近い塔の一角より。
一人は左胸に幾つもの
がっちりとした肩を一直線にし、胸を張った姿勢で後ろ手を組む。
また一人は
七分分けした
「そう仰るなら、叔父上が爵位を継いで下されば ... 」
「ホホ ... 夢にも思わぬことを
それを
明らかに年配と思われる側が、より
「一族を
「言葉が過ぎましたかな? ホホホ ... ここは反省をかね、出直して
ですが、その前に一つだけ。と、申しますのも ... 例の医師の消息を掴みまして。
シャンテノンまで口封じに向かわせた配下より報告が
〈奴は
広い部屋の奥へと引き返し、日差しと影の
すると、一つ
「やはりか。こちらでも〈帝ノ
[御影ノ騎士]ともなれば、神域に達した帝の[気配]を感じ取ることも可能だろうからな。
血の魔力だけで変じるとは考えにくいと思い詰まっていたところだ」
「ともあれ、
何やら神教徒と通じはじめたようですので。
くれぐれも抜かり無きよう。
特に、
審問会の要請により監視官として派遣されたという ... 」
「クロイツのことか?」
「そう、あの者に至っては油断なりませぬぞ ... ...
娘の生まれる確率が極めて低い種族である女の、一粒種で
母の
「分かっている。そのために審問官であり、
副議長を務めていると言う
「油断
「とんだ化け方をするやもしれぬ、か ... ... 」
軍服の男が見
「クロイツ ... 軍部の犬であるお前が、実のところ
教徒側の指示を受けて動いていたことくらいは
だが、お前の弟は私達にこう言ったぞ?
お前は連中に操られている振りをしているだけだとな。
審問官として教会と議会、双方のあり方を問う立場でいて、
あの魔導師に都合の良いよう裏で軍部と掛け合っていた弟とは真逆という
フェレンスを取り囲んだ退魔師の
その様子を
「