精霊王ノ瞳~Ⅶ (2/26更新)

文字数 6,822文字

 
 
 
(あつい)(くも)(つらぬ)いたのは、月灯(つきあかり)(みちび)秋風(しゅうふう)

竜巻(たつまき)対現象(ついげんしょう)たる下降気流(かこうきりゅう)は、晴夜(せいや)を切り(ひら)き。
移動中(いどうちゅう)だった人々の多くが、強風(きょうふう)()屋内(おくない)へと()()んだ。

山岳(さんがく)(みね)()(あつ)まる(くも)はやがて、国境(こっきょう)に雪を()らせるだろう。

(かた)(みやこ)(いしずえ)となる岩盤層(がんばんそう)直下(ちょっか)にて。
戦線(せんせん)()るアイゼリアの兵士達(へいしたち)捕捉(ほそく)したのは、どす黒く肉々しい何か。

全貌(ぜんぼう)(とら)えきれず、実態(じったい)こそ不明確(ふめいかく)だが。
石塔(せきとう)に根を()る巨大樹の(こずえ)に見え(かく)れするそれは、
ズルズル と部分的(ぶぶんてき)()(しず)みを()(かえ)す。

触手(しょくしゅ)のよう。

何処(どこ)からともなく聞こえてくる息吹(いぶき)(うな)り声にも()て。
とある兵士は大気質(たいきしつ)検知(けんち)(こころ)みた。

そして挙手(きょしゅ)
彼は一言で結果を周知(しゅうち)する。

沼気(メタン)です」

発生源は言うまでもない。
対象(たいしょう)見張(みは)る兵士の一人が言った。

「となると ... 迂闊(うかつ)火器(かき)は使えんな」

可燃性瓦斯(ガス)単体に爆発性は無い。
注意すべきは燃焼範囲(ねんしょうはんい)火源(かげん)のほう。

(よう)するに、酸素を(はら)んだ当周辺(とうしゅうへん)こそ危機的(ききてき)という事だが。
(みやこ)に吹く風は、彼等(かれら)味方(みかた)している。

先頃(さきごろ)損害(そんがい)()し引いても。
人命被害に(いた)ってはいないだけ、()い風に(すく)われている気分だ。

そんな彼等(かれら)のもとへと。

()き下ろす気流をまとめあげ、送り込んでいたのは()ノ魔導師である。
(たずさ)えた(つえ)()り下ろし、
(うで)(かた)(じく)(また)した等身(とうしん)(から)め取るように、左から右へ。

また、同時に(えが)かれる大小様々な魔法陣は、(あお)き光を宿(やど)(いん)により(つむ)がれた。

()いで前方を()(しめ)すと。
波打つ大気が暴風(ぼうふう)となって、城下街を、人々の背後を押し通る。

大人の体が浮きかける風圧(ふうあつ)
中には前のめりに吹き飛ばされ、人々の足元を転がる子供もいた。
しかし誰かしらが受け止め、(とも)避難(ひなん)している様子。

そんな状況(じょうきょう)にあっても。
期待の(かんなぎ)を見上げる若者の(ひとみ)(あこが)れに()ちて、キラキラ と(かがや)いているのだから。

見届(みとど)(やく)としては複雑(ふくざつ)心境(しんきょう)である。
若者から視線を()らすヴォルトの表情は(くら)い。


何故(なぜ)だろう ... ...


その時、何処(どこ)かで、誰かが思った。
このところの日常(にちじょう)()り返りながら。

魔法って何?
錬金術って何?

合間(あいま)を見て子供達の質問に答えてやっている若手の(かんなぎ)は、
あえて小難(こむずか)しい話を聞かせているようだった。

光子(こうし)多元量子(たげんりょうし)を各次元へ透写(とうしゃ)し、(むす)び付け。
 また、それら無数の情報は第六次元へ帰属(きぞく)する記憶に()らぎを(しょう)じ、この世の物理に反映(はんえい)する』

『 キャハハ! 』
『 フフフ! 』

『わかんない!』

まあ、当然。
すると彼は応接室(おうせつしつ)窓掛け(カーテン)を閉め、小椅子(スツール)に本を数冊ほど()んで電灯で()らし。
周辺(しゅうへん)を歩きながら、こう話す。

『では、ある物体を光で照らす。
 私と君達とでは、目に見える(かげ)の形も、位置も面積も(こと)なり、様々。
 そこで私は呪文をとなえる。君がいる角度から見た影にまつわる情報が()しいと』

『イヤだ!』
『イイよ!』

フェレンスは(ほが)らかに笑った。

『そう、自身とは(こと)なる見え方、意見をあらわす他者の影響(えいきょう)もあって、君達の心は()らぐ。
 第六次元の揺らぎも、それに近い』

『やっぱり、わかんないって!』

神秘学上の第六次元とは神々ノ意識(スフィラ)(しめ)す言葉。
魔法や錬金術というのは、人の心を動かす力と()ている。

『て言うか、(かんなぎ)様って何でも自分で出来るんじゃないの?」

フェレンスは(だま)って首を横に()った。
そして続ける。

『けれど、君達が私の言葉に(おう)じてくれたなら、
 私は自分では見ることのできなかった角度の情報を()ることが出来る」

『それなら俺にも出来るでしょ!』
『誰が、お前の言うコトなんか聞くんだよ』
『そこは魔法の言葉を考えてだな』
『うわ、何か鳥肌たった。キモっ!』

子供達のやり取りを聞きながら微笑(ほほえ)む彼は、
同じ目の高さで()()姿勢(しせい)を見せた。

『私も、君達が考え(みちび)き出した答えに興味(きょうみ)がある。知りたい。だから ... 教えて欲しい』

『えー』
『そんなの、俺、まだ ... よく分かんないし』
『 ハハハ! でも考えとく!』

すると子供達は(みな)()れくさそうに走り()る。
やっと他の事をして遊ぶ気になったようだ。
けれども、それだけが理由(りゆう)ではない。

興味(きょうみ)対象(たいしょう)が自分達と同様(どうよう)、興味を(しめ)してくれた事に満足したのだ。

(かんなぎ)(よそお)うフェレンスは、以前と打って変わり。
人々に慈愛(じあい)(しめ)すように(せっ)している。

愛情に(かん)する解釈(かいしゃく)の仕方、理解するに(いた)らぬ者の演技(えんぎ)とは思えないほど。
温かく、優しく、(つつ)み込むように。

そして、あの若者もまた、そんな彼に()かれた者の一人なのだ。

朦朧(もうろう)としながらも、散乱(さんらん)した記憶の整理(せいり)をしていく。
これまでの出来事を()り返っていたのは、カーツェルだった。

若者は、誰かに相談(しうだん)したかったのだそう。
(じつ)の父親が、息子である自分と他者を比較評価(ひかくひょうか)(あざけ)る事について。

(まわ)りの人間に話しても、返ってくる(こた)えはだいたい想像がつく。
傷つきたくない。嫌な思いをしたくない。逃避(とうひ)ばかり。
何のためそうしているのか、意味すら分からなくなってきたと言う。

『こんなちっぽけなコト ...
 あなたのほうが、きっと、ずっと大変ですよね。ごめんなさい』

前屈(まえかが)みに(うつむ)く彼は、
(ひざ)に乗せた両手(りょうて)を強く(にぎ)()め。
ついには(だま)ってしまった。

父親の言う最低限の範疇(はんちゅう)(おさ)まったところで、反応は変わらない。
どこまで行っても出来て当然(とうぜん)
初めから出来ない時点で底辺(ていへん)見做(みなさ)されてしまう。

環境(かんきょう)状況(じょうきょう)(つら)いと感じる度合(どあ)い、何もかもが人それぞれなはずなのに。
自分自身でさえ、(なさ)けないと感じてしまうのだ。

聞いていると、そうやって見下してきた相手の(うった)えに耳を()すような父親ではなさそう。
上手くやっていくため努力しても否定(ひてい)されるなら、彼の成長を(のぞ)んでいるのではなく、
自身の不幸を彼のせいにしたいだけではないだろうか。

自分が変われば、改善(かいぜん)するのではないかというような視点(してん)の置き()え、
可能性を考慮(こうりょ)しようとしないばかりか。
そうせざるを()ないのは他者が(おと)るせいと考え、不満を(いだ)いてしまうような。
固執(こしつ)した価値観、他責思考(たせきしこう)の持ち主と思われるので。

転嫁行動(てんかこうどう)(いた)要因(よういん)(さぐ)り。
別途(べっと)解決(かいけつ)する必要がある。

一通(ひととお)考察(こうさつ)()()えたところ。
フェレンスは次に、若者を気に()けた。

彼の前には、手付かずのお茶。
主人の目配(めくば)せを(さっ)したカーツェルは、すぐに引き取って()れなおす。
(しばら)くして()し出されたのは、ふわりと湯気(ゆげ)の立った紅茶。

『良ければ ... 一度、(のど)(うるお)して、深呼吸(しんこきゅう)を』

言う通りにすれば、(すく)われる ... ... ?

若者は少しだけ(ふる)えながら、ゆっくりとした動作で(したが)った。
(わず)かな期待を見受(みう)け、フェレンスは提案(ていあん)していく。

『あなたはまず、比較(ひかく)されている対象を自分と置き()えてみてはどうだろう。
 あなたが先に見る誰かの背中、それは未来にいるあなた自身の姿かもしれないと』

『未来の俺、ですか』

『そう。いずれあなたは辿(たど)()くのだから。
 そこにある()()びしろでしかない。
 何でも好きなものを取り入れていける』

『でも、何をしたらいいのか』

無理(むり)に、考えなくても良いのでは?』

『え?』

『何か理由があるのかも。
 しかし、それらは気付きにくい。
 
 新たな知識を()たりなど。
 (そなえ)えが必要な事もある。

 きっと(あせ)るだろう。
 (つら)くないわけはない。
 悲しい思いもするはず。

 だから(うつむ)いてもいい。
 立ち止まってもいい。

 けれど ... どうせ目指すなら、出来るだけ早く立ち上がった方が有利(ゆうり)だ。
 前を向いて、歩きなさい。
 あなたはこれから先、ずっと成長し続けていくのだから。

 どうしても進めない時は、その場で出来る事で良い、方法を探して。
 考えて。分からなければ、少し休憩(きゅうけい)するといい。

 そうして時間を()(あま)すようなら ... また、私と話をしよう』

フェレンスに憂鬱(ゆううつ)を打ち()けた者は(みな)
彼の言葉を忘れぬよう、無くさぬよう、閉じこめる。
胸の中。心の奥底(おくそこ)に。

自分もそうしてきた。
だからこそ、分かってしまうのだ。

カーツェルは思う。

この感情は ... フェレンスに(おも)いを()せる者への ... 共感(きょうかん)、だろうか。

いや、違う ... ...

答えを(みちび)き出すための(かぎ)は、
若者が(おとず)れた日の深夜(しんや)にフェレンスと()わした会話の中。

(なやま)まし()な彼を待ち(かま)えていたのは(とう)主人(しゅじん)
戸締(とじま)りを()ませた(あと)の事だった。

『今日、仕事の最中(さいちゅう)。何か納得(なっとく)のいかない事でもあったか?』

カーツェルは顔を(そむ)けて弱々しく答える。

(わたくし)(おさな)かった(ころ)も、彼等(かれら)と同じように ...
 気兼(きがね)ねなく旦那(だんな)様と話せたなら、どんなに良かったかと』

『そうか。それは奇遇(きぐう)だな』
『奇遇?』

(たい)して清々(すがすが)しいほど、意外(いがい)な反応を見せる。
フェレンスは、とても(うれ)しそうな表情。

何故(なぜ)だろう ... ...

皮肉(ひにく)を込めて言ったつもりなのに。
カーツェルは(どろ)きを(かく)せず、目を見張(みは)った。
するとフェレンスが言い(くわ)える。

『私も。当時のお前と、そのような話をすることがあったなら何と言って答えようかと。
 いつもお前の面影(おもかげ)(かさ)ねて会話していた』

愛敬(あいきょう)(しめ)そうにも、なかなか(むずか)しい。
見抜(みぬ)かれても(こま)るので、より親身(しんみ)になって考えられるよう意識したとの事。

ああ ... なんて残酷(ざんこく)な ... ...

そうは思っても、悪い気がしない。

(わたくし)との()り取りを念頭(ねんとう)に置き、()かりなく(えん)じてらっしゃると?』

フェレンスは素直(すなお)に答えた。

『そう。何せ ... 私が愛しているのは、お前しかいないので』

その時、彼を()り立てたのは、
言葉であらわせるような心情(しんじょう)ではない。

主人を(さげす)む者も、恋慕(れんぼ)する者も、(ゆる)せない ... 認知的不協和(にんちてきふきょうわ)を。
欲情(よくじょう)(まみ)れた執念(しゅうねん)上書(うわが)きし、自我(じが)(たも)っている状態(じょうたい)だ。

フェレンスが(まな)び、(しめ)そうとしている愛情を
(ひと)()めするためには、どうしたら良いだろう。
気付けば、そんなことを考えている。


カーツェルは知っているはずだった。


某英雄(ぼうえいゆう)()せた特別(とくべつ)愛情(あいじょう)について。
当時は疑問(ぎもん)(いだ)くにも(いた)らず、(たず)ねることすら出来なかったと言う相手が。
あらため人の(じょう)()れ、自己拡張に(つと)めるようになった経緯(けいい)を。


ただ、忘れていただけ。


何故(なぜ)だろう ... ...

朦朧(もうろう)としながら、カーツェルは()り返す。

何故(なぜ)なんだ ... ... !

お前は、何度も俺に言ってた。
お前は、何度も俺に(うそ)をついた。

アイシテル?

初めて使う言葉なんかじゃないだろう?
それなのに俺は ... 忘れてた。
どうして。どうして忘れなきゃならない!

「フェレンス ... どうして、お前は ... 」


何のための演技(えんぎ)か、(うそ)か。


混乱(こんらん)していると、意図(いと)せず向き合う事になる。

ああ、でも、()てよ ... ...

(はら)()えかねる(いきどお)り。

これは、お前のものでもあるのか ... グウィン ... ...

目の前に(あらわ)れた幻影(げんえい)は、目を見開(みひら)いてカーツェルの胸の中央(ちゅうおう)に手を()ばした。
ところがだ。またしても意識を(うしな)いかけていたはずのカーツェルが、その手を()(かえ)す。

フェレンスに()()っていいのは俺だけ。
(した)っていいのは俺だけ。
愛していいのは俺だけ。

負ノ共感(ふのきょうかん)は、決して相容(あいい)れぬもの。
散り々(ちりぢり)になった某英雄(ぼうえいゆう)の記憶を再生(さいせい)したところで、反発(はんぱつ)()うだけなのだ。

それは最早(もはや)敵対意識(てきたいいしき)


寒気(さむけ)がする。


その時ヴォルトは()だならぬ気配(けはい)を感じ、身震(みぶる)いした。
(さら)に向き(なお)ると。
路地裏(ろじうら)から姿(すがた)をあらわした男が、フラリ ... フラリ ... 足を引きずるようにして歩く。

カーツェルだった。

どうして(やつ)が!? 今、ここに ... ... !?

クロイツの(ひとみ)()らわれ、機能不全(きのうふぜん)による墜落後(ついらくご)
気絶(きぜつ)したはずの侍従(じじゅう)が、まさか二人いるわけはないし。

()が目を(うたが)ったのも(つか)()

頭を(かか)(うめ)(さま)は、
正気(しょうき)(うしな)彷徨(さまよ)薬物中毒者(やくぶつちゅうどくしゃ)のよう。
(おく)れて避難(ひなん)する人々の誰もが危険人物と思い、()けて(とお)った。

彼の(こころ)は、ここに無い。

ただ本能的(ほんのうてき)に。
危険因子(きけんいんし)排除(はいじょ)すべく、辿(たど)()いたのだ。

そして、(おに)形相(ぎょうそう)(せま)る。

カーツェルに気が付いた若者(わかもの)は、(あや)うく(こし)()かけた。
けれども()(とど)まって逃げ出す。

そこへ、すかさず()って入ったのは、ヴォルト。

(うで)(かた)(じゅん)(ひね)(かえ)し、乗り上がると。
呆気(あっけ)なく(たお)()んだので拍子抜(ひょうしぬ)けしたが。
相手には抵抗(ていこう)するどころか、頭の向きを変え(あた)りを見る余力(よりょく)も無いよう。

朦朧(うろう)としているくせに。
()()らしながら、ここまで来たらしい。

彼の何が、そうさせているのだろう。

思い()まったヴォルトが、(いき)()()てたところ。
逆光(ぎゃっこう)の中、目の前に(うつ)り込む。

見覚(みおぼ)えのある人影(ひとかげ)

「やるではないか。ウルクア ... 思いの(ほか)見識高(けんしきたか)い男だな」

クロイツの声だ。

思いがけぬ展開(てんかい)相俟(あいま)って。
(いささ)気不味(きまず)い。

ヴォルトは(たず)ねた。 

「おいおい。とんだ臆病者(おくびょうもの)と言ってなかったか?
 さっきまでのあんたに、こんな猿芝居(さるしばい)を見に来る余裕(よゆう)なんて見えなかったが ... 何しに来た?」

()し、答えたのはノシュウェル。

「それが、(わり)と今でもギリギリなのに。
 この人ときたら ... 一度、言い出すと聞かなくてねぇ」

勿論(もちろん)、止めはした。
こちらにとって(かなめ)ノ人であるからして。
無理だけはして()しくない。

()れて行けと(おど)されたところで()らうのは、へなちょこパンチだし。
(さか)らいようはあったのだ。

しかし(さえぎ)られる。
クロイツは言った。

「王党派の諜報員共(ちょうほういんども)貴様(きさま)達を野放しにしておく理由(りゆう)について、少し話したい」

逆光(ぎゃっこう)の中。

気怠(けだる)そうな足取(あしど)で、一歩、二歩、()()るうち。
クロイツは、挑発的(ちょうはつてき)語気(ごき)を強める。

「まあ、安心(あんしん)しろ。共有された情報の齟齬(そご)など気にしてもないぞ。
 我々級(われわれ クラス)になれば、むしろ有益(ゆうえき)

 国境問題に(かこつ)会談(かいだん)を繰り返す帝国の官僚(かんりょう)とアイゼリア王党派(おうとうは)蜜月(みつげつ)
 双方(そうほう)営利(えいり)など知ったところで 今更(いまさら)

 興味(きょうみ)は無いのだ。

 例え貴様等(きさまら)共々(ともども) ... 同じ弱みを(ゆう)する立場であり、
 我々(われわれ)独断的介入(どくだんてきかいにゅう)牽制(けんせい)するための当て馬だったとしてもな」

耳を(かたむ)けるヴォルトは何を(さっ)したか。
少しばかり(うつむ)いて溜息(ためいき)する。

「だが、しかしだ」

耳が(いた)い。

配下(はいか)動員(どういん)にあたるウルクアの独断専行(どくだんせんこう)が目に(あま)る。
 これ以上は看過(かんか)できぬのだ。分かるか?」

見ると、不意(ふい)(すべ)り落ちていく視線。
クロイツの(ひとみ)は、ヴォルトが(おさ)え込む男を見詰(みつ)めた。

内通(ないつう)(うたが)われているだけと思ったが、そうではなさそう。

という事は ... ...

ヴォルトの(ひたい)に、(あせ)(にじ)みはじめる。
取り(つくろ)うしかなかった。

「待て。今ここで話せることじゃない。あともう少し、いや、せめて場所を変えよう」

(たい)し相手は(だん)じて拒否(きょひ)する。

「いいや ... 今でなければならぬ!」

事情(じじょう)加味(かみ)している場合ではない。

立ち上がりかけたヴォルトの声を(さえぎ)るように(かた)()退()けるクロイツの手が。
正面(しょうめん)射程(しゃてい)(ひら)いた時。
その後方(こうほう)()(かま)えていたのは、ノシュウェルだった。

彼の手には曳光弾(トレーサー)装填(そうてん)した信号拳銃(フレアガン)
夕闇(ゆうやみ)()旋光(せんこう)は、誰に、何を(つた)えたのだろう。

(ただよ)硝煙(しょうえん)の向こうから(あらわ)れた何時(いつ)ぞやの紳士(しんし)は、不気味(ぶきみ)に笑う。
血に()えた亡者(もうじゃ)を引き()れて。

ヴォルトは状況(じょうきょう)把握(はあく)し、やがて()(なお)った。
(せま)り来る徒党(ととう)を。かつての同志達(どうしたち)を。


時を同じくして。


臨戦間近(りんせんまじか)にして、フェレンスは悲しげに(ひとみ)を閉じる。

その時、彼の背後から()ち上げられた曳光弾(えいこうだん)残照(ざんしょう)は、
自身(じしん)鼓動(こどう)(かさ)ねる男の裏切(うらぎ)りを示唆(しさ)していた。


(のち)にヴォルトは、こう釈明(しゃくめい)する。


俺達は元々(もともと)異国ノ刺客(いこくのスパイ)
他国へ潜入(せんにゅう)し権力者を暗殺後、顔を変え、声を変え、なりすます。
背乗(せの)りを()り返してきた。

王党派はローランドの同業者が取り仕切(しき)っている。
対し俺達はハイランドの出身(しゅっしん)

アイゼリアを(ふく)む、それら三カ国は元々(もともと)同民族(どうみんぞく)であり。
(たが)いの治世(ちせい)(くわ)しく。
資源目当(しげんめあ)ての領土(りょうど)問題は()きなかった。

しかし、現在の帝国がそうであるように。
資源国との敵対(てきたい)()けるべきであるとして。
石ノ(もり)()らった土地と、残される鉱物資源(ミネラルしげん)独占(どくせん)する
アイゼリアとは冷戦状態(れいせんじょうたい)

近隣(きんりん)各国(かっこく)牽制(けんせい)しあう中。
内部侵略(ないぶしんりゃく)が進んでいったわけだが。

『 何もかも、(わな)だったんだ 』

今も昔も、 アイゼリアの王族をはじめとする政界、そして一般に(いた)るまで。
当該国(とうがいこく)(たみ)など存在しない。

何世代にも渡る収賄(しゅうわい)暗殺(あんさつ)によって権力者を排除(はいじょ)し、入れ()わってきた刺客達(しかくたち)は、
(ぎゃく)(とら)われてしまったのだと。


馬鹿々(ばかばか)しい。

誰がそんな話を信じるだろう。

しかし(うたが)否定(ひてい)する者すら、ここには()ない。


石ノ杜(いしのもり)芽吹(めぶ)いた時。
アイゼリアの民は(かて)となり ... 姿(すがた)を消した。


『俺達が生かされている理由は、そう、あんたの言うとおり。
 近隣国(きんりんこく)治政干渉(ちせいかんしょう)対処(たいしょ)する当て馬として利用するため』

ウルクアは(もり)(とら)われた同志(どうし)筆頭(ひっとう)として、
杜ノ主(もりのあるじ)交渉(こうしょう)してきたという。

ところが、彼の動向(どうこう)には不審(ふしん)な点があった。
例の紳士をはじめとする王党派の同志等(どうしら)はウルクアを信用(しんよう)していない。

『 俺達は ... ウルクアの潔白(けっぱく)証明(しょうめい)したかった』

(かた)やクロイツは、こう指摘(してき)する。

時期尚早(じきしょうそう) ... ... 。

不本意(ふほんい)ながら。
フェレンスの私見(しけん)代弁(だいべん)したに()ぎないが。


祖国(そこく)(はな)れ、長らく別人(べつじん)として生きてきたばかりか。
囚人(しゅうじん)として労役(ろうえき)する彼等(かれら)憂国ノ士(ゆうこくのし)を。
(かこ)()んだ者。まとめ上げた者。
それぞれの()け引きと、疑惑(ぎわく)すら目眩(めくら)ましである可能性について。

協議(きょうぎ)したのは、ほんの数日前だ。


アイゼリア王都(おうと)真下(ました)支柱(しちゅう)から。
巨大な魔物(キメラ)が姿を(あらわ)た時。

()(まと)った白い羽衣(はごろも)(ひるがえ)し、
(ほう)(やいば)()るう(かんなぎ)は ...

予期(よき)していたらしい。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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