血ノ奴隷~Ⅴ

文字数 8,169文字

 
 
 
彼ノ戦において(くだ)かれた遺物の一片(いっぺん)

〈禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)〉 ... ...

複合錬金をはじめとし、同碑(どうひ)の制約に反す技の秘められたるそれは。
かつて、賢者(ヘルメス)の知識を(つかさど)るシャンテの中枢(ちゅうすう)(おさ)められていた。

崩壊後のシャンテは文字通りに没落。
天空を浮遊した土地の一部は海原に沈み、また一部は高山の(みね)座礁(ざしょう)
世界各地に遺跡を残し、複数は(いま)だ、この空の何処(どこ)かを彷徨(さまよ)っているのだそう。

異端ノ魔導師と呼ばれる亡国の末裔(まつえい)が生かされた理由は(ただ)一つ。

地上の多くを統括する帝国の民の面前。
当時、まだ少年の姿だった彼は、こう願い出たと言う。

――― 人として生き、そして、死んでいくことを許して欲しい ... ...

と、そう一言。

砕け散った十二()のうち、行方の知れぬ ... 禁断のソレを探し出すことが条件だった。


多国間戦争を経て併合(へいごう)された。
ここ〈アルシオン帝国〉は、幾州(いくしゅう)にも(へだ)たる大陸国である。

国内各地を(めぐ)り、調査するだけでも数年を(つい)やす。

報奨(ほうしょう)として(あた)えられた住まいに戻ることすら(まれ)
そんな邸宅(ていたく)(あるじ)を待ちわびること ... もう、どれくらいになるだろうか。

帝都の幽霊屋敷と言えば有名な話。

市街地から(ほど)遠く。
冠格子(かんむりごうし)(ほどこ)された高い(へい)と針葉樹林に(かこ)われた敷地に、(するど)く天を指す黒い(かわら)屋根。
表、中、裏 ... 庭のそれぞれに面してH字を(かたど)る建て構えに加え、
角々(かどかど)(もう)けられた見晴らしからは帝都の中心部を一望することも出来る。

塔に支えられる区画が、遠く、近く、積み木のように折り重なる中。
横合いから差す陽と影を、交互に(まと)う。
その広大な景色は不規則なようでいて整然(せいぜん)とし。

しめやか。

夏も近いというのに、薄着では肌寒い。
そもそも ... この屋敷は、第三層天蓋区(てんがいく)の真下。
高台の立地(りっち)にあるため。

陽も真昼にしか差し込まず。
風は常に吹いている。

遠目に見る者が不気味に思うのも当然。
しかし、陰りの色濃さ(ゆえ)、映える美しさもあるのだ。

庭の花々は、蛍火(ほたるび)のように(あわ)(とも)る発光植物が(おも)
まるで聖夜を(いろど)る光の装飾。
限りなくそれに近い神秘的な光景を年中、楽しめるとあって。
屋敷の(あるじ)(した)しむ者は皆々(みなみな)秘密にしておきたがる。

幽霊屋敷と(うわさ)されるも、そんな彼らにとっては都合が良い。
(まこと)の美しさを知る者だけの、とっておき。
ここは、そういった場所なのだ。

ところで ... ...

その、とっておきの場所を先から嬉しそうに駆け回る少年がいる。
息を切らす合間に キャッ キャ と(はしゃ)ぎ声を上げ、見所(みどころ)(めぐ)り巡ること、何周目になるやら。

「見ていて()きない?」

見張り役に声を掛けたのはマリィ。
住み込みの女性料理長(シェフ)だ。

対し、少年を見守っていた中年男の名はローナー。
同じく住み込みの守衛(しゅえい)である。

彼は答えた。

「どっこいそうでもねぇ。可愛いもんだぜ。嬉しくてじっとしてらんねぇんだな、ありゃ」

しかし、その土地の所有者以外は人の姿を()しているだけ。
現在、被告人としての出廷(しゅってい)()まえ拘束中の〈異端ノ魔導師〉が名義人として知られる。
そう。そこは本来、無人の(やかた)であるはずなのだ。

なのに(とも)る窓明かり。

「おい ... ... ()きっぱなしならまだしも、
 点いたり消えたりするって ... やっぱ、あの屋敷、誰かいるのか?」
「ああ、動く家具や(しゃべ)(よろい)は居るらしい。 異端ノ魔導師の屋敷だ、そう驚く事でもないだろう?」

「ええぇぇ ... 居るって ... おま... だって、化けて出るとか魔物(キメラ)と変わんねーんじゃねーの?」
「幽霊だろうと、精霊だろうと、魔物(キメラ)だろうと、害悪と見做(みな)されるなら退治するだけ。
 と言うか、お前 ... それでも軍人か? ビクビクしすぎだ。気を引き締めろ」

「う ... うん。でも異端ノ魔導師の〈使い魔〉って、やっぱ、めっちゃ強いんだろ?」
「 ... ... (あき)れた奴だな ... ... 」

誰もが恐れ、近寄らない。
被告人の身辺(しんぺん)を見張る軍警所属の男達もまた、屋敷からは距離を置いていた。

不審者の出入り無きよう(つと)める彼らの様子を遠目に見ながら、二人は会話を続ける。

「ところで、あの目障(めざわ)りな奴等(やつら)だけど ...
 どうやら、こちら側よりも過激派を警戒してるみたいね」
「だろうなぁ。あの、ちっこいのが監視官の側に渡っちまった時から
 格上(かくうえ)介入(かいにゅう)に気付いちゃいたわけだ」

「静かすぎて気味が悪いわ。
 一旦(いったん)はフェレンス様に(あず)けようって事なんでしょうけど。 胸糞(むなくそ)悪い ... 」
「ははは。言うじゃねーか。まぁ、同感だけどよ」

筋肉質の身体(からだ)を揺らして笑うローナーに視線を戻し、思い出す。
マリィは、あ ... と一声あげて(さら)(たず)ねた。

「それと、ロージーはどこ? 探してるんだけど」
「ああ。あいつなら少し前まで、ちっこいのの相手をしてやってたんだがな。
 針子(はりこ)が一仕事終えたってんで、すっ飛んで屋敷に引っ込んでったぜ」

「やっぱり。お(むか)えの支度をリリィに押し付けて ... 役立たず ... 」
「いやいや。(そば)で見ていてやる奴ぁ必要だろ」
「だからって、あのオカマである必要はないのよ!」

貴方(あなた)が見張ってるんだし! と、言って早口になるマリィにタジタジ。
「ああ。まぁ ... そうだけどな。 うん ... 」
無難に受け答えるローナーの(ひたい)がどっと汗ばんだ。

「リリィったら浮かれちゃってお(しゃべ)りばかり。
 私だってずっと見てはいられない。
 執事役をやれるような気の()いた精霊はいないし。
 メイド役に目配(めくば)りするくらいしてもらわなきゃ困るの!」

聞いていると目が泳ぐ。
それを一介(いっかい)の守衛役に言われても、こっちだって困るんだがな。
なんて思ったところで、まさか口に出しては言えないし。

「分かる分かる! そりゃあ、そうだよな! ... ... 」

とりあえずは適当に返したが()が持たない。

その時、少年は顔を上げて塔の上を見た。
屋敷に(まね)き入れられた(さい)、少しだけ顔を合わせただけの二人が喧嘩でもしているのだろうかと。
気に掛け立ち止まっていたところ。

聴こえる呼び声。

「おチ ~ ビちゃ ぁ ~~~ ん ♪ お着物が仕上がったわよ ~ 。
 お()()えしますからねぇ ~ こっちいらっしゃ ~ い ♪ 」

聴くなり、マリィの目が ギンッ と釣り上がる。
見ていたローナーの肩が ビクリ と()ねた。

中庭の少年は、ぴょんぴょん飛びながら()けて行く。

「 シャ、マ ! ドコ ――― ?」
「あら、来たばかりなのに、おチビちゃんたら気が早いのねっ ...
 残念だけど、旦那様のお帰りはまだ先よ ~ ? 
 そ・れ・に、お会いするならおめかししなきゃ♪」
「 オ メ 、カ ... シ ?」

小首を(かし)げる少年を抱き上げたのは(うわさ)のオカマ。

「そうよー。きっと気に入ってもらえると思うわ♪ 可愛いんだからぁ ~~ 」
「ちょっと!! ロージー!! 着替えなんて他のメイドに(まか)せて! こっち来て!!」

「何か聴こえるけど、気にしないでねぇ? 旦那様に可愛いって(おっしゃ)って頂けるように、
 この私がしっかり見立ててあげるんだから♪」
「ちょ! ... 無視するんじゃないわよ!!」
「ふわふわ ぁ ~ とか、ヒラヒラ ァ ~ なのは好き かしら?」

「 聞 け !! そ こ の 、 お ん ぼ ろ タ ン ス !!!!」

箪笥(タンス) ... ... ...

あわあわとして、ローナーは一歩、二歩と後退(あとずさ)る。

「 ... ... う る さ い わ ね ... ... 」

すると、ようやく立ち止まって塔の上に目を向け、声を張る。

「聴いてないと思って、人のこと オカマ オカマ ってね!!
 陰口 言うような女のためにしてやる仕事なんてないわよ!!
 そ れ に ! あたしは旦那様ご愛用の
 ア ン テ ィ ー ク ・ チ ェ ス ト よ!! お(わか)り!?
 たまにしか使ってもらえないような〈()〉っ()け包丁とは違って、
 いつだって旦那様のご様子に配慮してなきゃいけないの!!」

鼓膜がブルブル震えるほどの怒声に、少年は(たま)らず耳を(ふさ)いだ。

「 ... な ... 失礼ね!! 〈()〉なんて()けてないわよ!!」

若干(じゃっかん)()み合ってねぇな ... ... ...

ツッコミ入れたくて ウズウズ するが。
決して声には出さない ... おっさん。もとい、守衛。

「それから!!」

「 ... !?」

半ギレ・チェストは反論を(さえぎ)る。
一転して真剣な眼差(まなざ)しを送るロージーの横顔を見て、少年はまた首を(かし)げた。

「状況が状況なんだから、お(むか)えの準備だとか
 浮かれてばかりいないで、ニュースくらい見なさいよね ... 」

聞いた途端(とたん)に ハッ とした様子を見せる。
塔の上の二人は共に口を(つぐ)んだ。

大広間では、お(しゃべ)りに()れていたらしいメイド達が、
とある報道を見聞きし静まり返っている。

石英硝子(シリカグラス)の工芸柱が投映する内容に、
あるメイドは居ても立ってもいられなくなったよう。

広間から駆け出た彼女は、勝手口から中庭へ。

そして、塔の上のマリィを見つけると、か細い声を精一杯に振り(しぼ)って叫んだ。

「姉さん! 大変!! カーツェル様が ... !!」

()()める空気。

名を聞いて振り向く少年もまた、やや不安そうな顔色。
吹く風の冷たさが、(きわ)立つように感じた。


やがて降り出した雨は、天蓋(てんがい)のもと(いく)つかの(たき)()し水路を()たす。
水辺(みずべ)に生じた濃霧(のうむ)を防いで店先を閉ざした町筋(まちすじ)では、白く曇った飾り窓が店内の(あか)りを受け。
(きり)の向こうに浮かび上がるかのよう。

雨天による帝都の閉鎖(へいさ)感は独特だ。

灰白(かいはく)上塗(うわぬ)りした景色が延々(えんえん)と続き、土地(かん)がなければ迷いもする。
そんな通りを黙々(もくもく)と行き()う人々に(まぎ)れ、(あせ)る気持ちを(おさ)えながら、カーツェルは歩いた。

()く先々で治安維持に(つと)める兵を見かけるも、彼は()けようとすらせず。
すれ違いざまに目が合えば、あえて足元から頭の先まで見張りながら行くのだ。

湿気対策されたフード付きマント(など)(めずら)しくなく。
(えり)を立てれば、口元まで隠せるため。
堂々としてさえいれば、一点集中する余裕のない兵の方から視線を(そら)してくれる。

(かた)や、似たような背格好をした者のうち、
たまたま兵の背後から駆け出た一般民が、呼び止められるような厳戒(げんかい)態勢。
路面電車の出発時刻のために急いでいたと説明しても、
強引にフードを()がされ顔や身体(からだ)を確認されている模様(もよう)

カーツェルは何食わぬ素振りで先を急いだ。

(かど)()がれば、細い横町。
更に行くと、階段沿()いに錬金術師の(いとな)む店が連なる裏町。

中等未満の民間資格を持つ彼らは(おも)に、一般客向けの雑貨や咒符(まじないふ)を製作、販売している。
小遣い稼ぎに曇りガラスを拭いて歩く子らは時に、ガラス()しの展示品に見入った。

通りがけに チラリ と(のぞ)けば、キラキラ と輝く原石や、
タンブルにルース、加工済みの魔石。そして魔道具。
陳列(ちんれつ)されたそれらを()らし出すランプの暖かな(あか)りが、美しさを引き立てているようだった。

(ほの)かに香り付く(きり)を吸っては吐いて、(なつ)かしむ。

乾燥霊草(ハーブ)と精油の(かぐわ)しさ。

また一人、路地を行き来する兵をやり過ごしたカーツェルは、
香りを辿(たど)るように(かど)の鉄階段を登っていった。

他の店とは(こと)なるそこは、一見してただの借家(しゃくや)
木造である上、古めかしい。

踏み込めば床板が(きし)んで()り。
その都度、息を吐く隙間から砂埃(すなぼこり)が舞い上がる。

湿気を吸っても(カビ)ずにいることが不思議だった。

奥まった一室を前に一度 立ち止まった彼は、
隙間に差す影と、物音、人の気配を(さぐ)り、やがて扉を開く。

〈 ガチャリ ... ギィィィ ... ザザザ ... 〉

だが、その途中。カーツェルは眉を(ひそ)めた。
建て付けでも悪いのか、半分も開けていないのに床に()れ、引っ掛かったのだ。

すると、笑いが込み上げ、口元から(こぼ)れる。

「 ... ... んだよ、(なお)す気ねぇのか ... ... 」

そこは彼にとって、古き良き馴染(なじ)みの店。

合間に身体(からだ)(すべ)り込ませ中に入ると、カウンターの手前にまで(あふ)れる霊草(ハーブ)(くく)り。
見上げれば、()き出しになった天井柱にまで、ぎっしりと()り降ろされていて。
(ふだ)には値段も書かれていないのだから、店主の不精(ぶしょう)っぷりも変わりないように感じた。

最後に(おとず)れたのは、いつ頃だったろう。

手前に視線を戻せば、少年時代の想い出が目に浮かぶ。

外を自由に歩けなかった当時のフェレンスは、
教会を通して物を買い付け、他人宛に配達させていた。

彼の協力者は、その何割かを(もら)い受け慈善に役立てたと聞く。

あの頃は、まだ(ひど)く避けられていたので、会いに行っても門前払い。
(ごう)を煮やした(すえ)、無理やりにでも入り込んでやろうと思い立ち。
行き着いたのが此処(ここ)

異端ノ魔導師の個人的な繋がりを探り、協力者に付け入るつもりだったのだ。
しかし、店主らしき白髭(しろひげ)老人の(あと)をつけ歩いたところ。
老人の身長と並ぶ長銃を鼻先に突きつけられ、逆に(おど)されてみたり。
なんて、今だから笑える話だが。

見かけによらぬチビ耄碌爺(もうろくジジイ)め。この肝心な時に何処(どこ)へ行った。

無人のカウンターを見て思う。

(もっと)も、フェレンスが例の屋敷に移り住んでからというもの。
彼に絶対服従の使い魔が、折々(おりおり)買い付けに(おとず)れているようなので問題は無いよう。

「 ... 待ってたわよ ... まったく、(あき)れた御坊(おぼっ)ちゃんね ... 」

声を聞いて横を振り向くと、いつぞやぶりの〈ドコ○゙モ・チェスト〉ならぬ ... 大男。
ピンクのフリル・ブラウスが、はち切れそうだ。

「やれやれ、助かったぜ。さすがフェレンスの息が掛かった精霊は(さっ)しがいいな」

カーツェルの場合、(すで)に見慣れているので、そこはスルー。

「聞くだけ馬鹿らしいけど、あんた... 何しに来たの?」

(にら)みを()かせ、大男は続けた。

(ほお)っておいたら旦那様のご心情に(さわ)ると思って来てはみたけど。
 事と次第によっては、張っ倒して軍警に投げ返すわよ ... 覚悟してちょうだい」

「 ... ... ... 」

その時、店主は留守だった。

街のどこかで鳴る巡視船の警鐘(けいしょう)に、カーツェルの言葉はかき消されてしまったが。
彼と向き合い(しか)と聞く。
ロージーは吸った息を吐き出すのも忘れ、硬直した。

「なんてこと ... ... あんた、まさか、それ、本気で言ってるの ... ... ?」

白髭(しろひげ)の店主が戻ったのは、彼らがその場を去って(しばら)くしてから。

(けむ)たいのぅ ... 劫火(ごうか)(くすぶ)らせた若造めが、まだまだ修練が足りんようじゃ」

残り()のように(ただよ)う気配から、察しはついたよう。
配達帰り。空になった背負い籠(しょいご)を壁際に降ろし、
カウンターの向こうに姿を消した老人は、足場を椅子に掛けて登る。
すると、残された貨幣(かへい)と書き置きが目に()まった。

数種の霊草(ハーブ)を買い受けるとの内容。

「ふむ。まぁ ... 〈(うつわ)〉のくすみを落としてやるには丁度良かろうな」

部屋を見渡し、在庫を指差して数えながら店主は言った。

「 ... 代金がちと足りんがのぅ ... 」

しょぼーん。

目元まで隠れるふさふさの(まゆ)()で肩が、増々()れ下がる。
そんな店主の顔色を(うかが)うように窓辺の(つる)植物の花が店内を向くと、疎通(そつう)した店主から(こぼ)れる笑み。

「 ホッ ホッ 、お前たちはコソ泥を締め上げてくれさえすれば良いのじゃよ。
 接客までは(たの)んどらんでな。安心せぇ ... ... 」

帝都の(きり)は深まるばかりだった。
窓の外を見れば、雲の中にでも居るかのような気分になる。

こんな日に生じる憂鬱(ゆううつ)もまた同様。
人を(まど)わせ、腐食部に浸透し状態を悪化させやすい。
霧ノ病(きりのやまい)(おか)されているとも気付かずに、急性発作を起こす者が(あらわ)れるのだ。

例えば、恋い()がれる女性に届かぬ想いを(つの)らせ、嫉妬に狂った(すえ)
芽生える絶望の種子が、独占欲を食い(つく)くす。
力無き者は心に空いた穴から雪崩れ込む負ノ思念に(とら)われ、(われ)を見失い暴走する。

「今度は何処(どこ)かしら ... 」

大きな身体(からだ)(ちじ)ませクラシックカーを運転するロージーが言った。
その後部座席横には、ドアに(もた)()すカーツェルの姿。

平たく広いボンネット()しに、交差路の先を(のぞ)き見るも(きり)(さえぎ)られる。
(たず)ね者を連れているとあって、治安維持部隊の動きを気にかけているようだった。
次に、カーツェルが問う。

「頻発してんのか ... 」
「そうね、今日みたいに(きり)の濃い日には。(さいわ)い、旦那様とあんたが
 相手にしなきゃないようなヘビー級は、あの日以来、(あらわ)れてないわ」

あの日 ... ...

彼は(うつむ)いたまま笑った。
超級に格付けされる魔物(キメラ)が現れた〈あの日〉と言えば、
カーツェルが初めて異端ノ魔導師の姿を目にした ...

そう、出会いの日でもあるのだ。

ロージーは続ける。

「そう言えば旦那様が言ってた。お屋敷に移り住む前で ... あたしもまだ、
 洋服や品物をお預かりするだけのチェストだったから、お聴きしてただけなんだけど。
 あんた、似てるんですって ... あの竜騎士に ... 」

グウィン ... 彼こそは、異端ノ魔導師が()べる亡霊衆、〈千ノ影(ファンタズマ・ミルソムブラス)〉の主力。

「 ... ... ... 」

聞いた途端。カーツェルは(くちびる)()むようにして閉ざした。

(あるじ)の心情を(いたわ)りたい者としては、あえて言わねばならなぬと心()る。
(なさ)けなど掛けてやる気は無い。ロージーは思った。

「相変わらずなのね ... その様子じゃ、ろくに寝てもないんでしょ。
 (うで)()れと鬱血(うっけつ)なんか、どうする気だったの? 執事気取りが聞いて(あき)れるじゃない。
 旦那様の気も知らないで、何よ。大事にされてるって分かってるくせに。
 自己犠牲なんか見せつけて、平気なふりしてれば()くしてる事になるとでも思ってるの?
 とんだお笑い草よ。本当に ... 」

叱責(しっせき)に加え、(いまし)める。

「好きなだけで一緒にいられるわけないじゃない ...
 あんたに何かあれば、どの道、旦那様は(ひと)りなのよ。
 そうなるくらいなら。例え(そば)に居られなくたって何処(どこ)かで生きてくれさえすれば。
 立場が逆なら、あんただって同じこと思うはずでしょう?
 旦那様はもう ... 大事な人を失いたくないのよ ... 」

カーツェルは(しばら)くの間、口を開こうとはしなかった。
しかし、不意を突くように呼びかける。

「ロージー ... ... 」

少しは(かえり)みる気になったか。それとも ... ...

「何よ」

バックミラーを(にら)んで答えるロージーは、大方、
お決まりの反論を聞かされるものと腹を(くく)っていた。

だが、ミラー()しに見るカーツェルの表情は意外にも(ほが)らか。

逆に ギクリ として気不味(きまず)い。
どうしたことだろうと考える。
すると、カーツェルは言った。

「もしお前が、本気でそう思ってるなら。お前は俺よりもあいつのことを分かっちゃいない。
 フェレンスはな ... まだ、そんな人間らしい葛藤(かっとう)を抱くような男じゃないんだ。
 成すべきを成す。生きる目的がそれしかないあいつにとって、人への興味は、
 自分の弱みに()()るモノの本質を ... 知ろうとしているだけにすぎないからな。
 事ある(ごと)に俺を突き放そうとするにしたって、弱みを握られる訳にはいかない時に限るし」

正直、車から引きずり降ろして、胸倉(むなぐら)(つか)み上げてやりたい気分。
だが、そこを グッ と(こら)え、口を(はさ)む。

「ちょっと待ちなさいよ、あんた」

しかしカーツェルは聞かなかった。

「フェレンスがそう言ったんだ。 なのにさ ... ... あいつときたら上辺(うわべ)だけだろう?
 共に生きて、共に死ぬ。一度はそうと決めて()わした契約も、
 ()()げるために必要な力には到底(とうてい)(およ)ばなかったと知って。
 たぶんな ... 奥の手を考えてるんだろうと思う」

「奥の手 ? 」

「亡国を滅ぼした男が、あいつに言ってた」


『 君の(そば)に居て付き(したが)うだけの〈(うつわ)〉 ... そう ... 彼では所詮(しょせん)、僕の()わりになどならない ... 』


「だから ... ... 」
「待って待って、その男ってまさか ... ! 何それマズいわよ、どういうこと!?」

途端に冷や汗が吹き出る。
停止信号の前で ギュッ とブレーキを()みしめたロージーは、居たたまれず後部座席を振り向いた。

「弱みも何もなければ手段を選ばない、そんなあいつを、俺が ... 何としても止めるんだ」

深く()したまま、奥歯を()()めるカーツェルを見て思わず息を()む。
ロージーはゆっくりと態勢を戻し、前方を見つめた。

静まり返った車内から外へ、目を向けると。
(きり)の晴れ()に、帝都の各層を(また)いで入り組む迂回路(うかいろ)

カーツェルは口を閉ざしたきり。

物思いに(ふけ)りはじめた彼に対し、ロージーが過分(かぶん)(たず)ねることは無かった。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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