血ノ奴隷~Ⅴ
文字数 8,169文字
彼ノ戦において
〈禁断ノ
複合錬金をはじめとし、
かつて、
崩壊後のシャンテは文字通りに没落。
天空を浮遊した土地の一部は海原に沈み、また一部は高山の
世界各地に遺跡を残し、複数は
異端ノ魔導師と呼ばれる亡国の
地上の多くを統括する帝国の民の面前。
当時、まだ少年の姿だった彼は、こう願い出たと言う。
――― 人として生き、そして、死んでいくことを許して欲しい ... ...
と、そう一言。
砕け散った十二
多国間戦争を経て
ここ〈アルシオン帝国〉は、
国内各地を
そんな
帝都の幽霊屋敷と言えば有名な話。
市街地から
表、中、裏 ... 庭のそれぞれに面してH字を
塔に支えられる区画が、遠く、近く、積み木のように折り重なる中。
横合いから差す陽と影を、交互に
その広大な景色は不規則なようでいて
しめやか。
夏も近いというのに、薄着では肌寒い。
そもそも ... この屋敷は、第三層
高台の
陽も真昼にしか差し込まず。
風は常に吹いている。
遠目に見る者が不気味に思うのも当然。
しかし、陰りの色濃さ
庭の花々は、
まるで聖夜を
限りなくそれに近い神秘的な光景を年中、楽しめるとあって。
屋敷の
幽霊屋敷と
ここは、そういった場所なのだ。
ところで ... ...
その、とっておきの場所を先から嬉しそうに駆け回る少年がいる。
息を切らす合間に キャッ キャ と
「見ていて
見張り役に声を掛けたのはマリィ。
住み込みの女性
対し、少年を見守っていた中年男の名はローナー。
同じく住み込みの
彼は答えた。
「どっこいそうでもねぇ。可愛いもんだぜ。嬉しくてじっとしてらんねぇんだな、ありゃ」
しかし、その土地の所有者以外は人の姿を
現在、被告人としての
そう。そこは本来、無人の
なのに
「おい ... ...
点いたり消えたりするって ... やっぱ、あの屋敷、誰かいるのか?」
「ああ、動く家具や
「ええぇぇ ... 居るって ... おま... だって、化けて出るとか
「幽霊だろうと、精霊だろうと、
と言うか、お前 ... それでも軍人か? ビクビクしすぎだ。気を引き締めろ」
「う ... うん。でも異端ノ魔導師の〈使い魔〉って、やっぱ、めっちゃ強いんだろ?」
「 ... ...
誰もが恐れ、近寄らない。
被告人の
不審者の出入り無きよう
「ところで、あの
どうやら、こちら側よりも過激派を警戒してるみたいね」
「だろうなぁ。あの、ちっこいのが監視官の側に渡っちまった時から
「静かすぎて気味が悪いわ。
「ははは。言うじゃねーか。まぁ、同感だけどよ」
筋肉質の
マリィは、あ ... と一声あげて
「それと、ロージーはどこ? 探してるんだけど」
「ああ。あいつなら少し前まで、ちっこいのの相手をしてやってたんだがな。
「やっぱり。お
「いやいや。
「だからって、あのオカマである必要はないのよ!」
「ああ。まぁ ... そうだけどな。 うん ... 」
無難に受け答えるローナーの
「リリィったら浮かれちゃってお
私だってずっと見てはいられない。
執事役をやれるような気の
メイド役に
聞いていると目が泳ぐ。
それを
なんて思ったところで、まさか口に出しては言えないし。
「分かる分かる! そりゃあ、そうだよな! ... ... 」
とりあえずは適当に返したが
その時、少年は顔を上げて塔の上を見た。
屋敷に
気に掛け立ち止まっていたところ。
聴こえる呼び声。
「おチ ~ ビちゃ ぁ ~~~ ん ♪ お着物が仕上がったわよ ~ 。
お
聴くなり、マリィの目が ギンッ と釣り上がる。
見ていたローナーの肩が ビクリ と
中庭の少年は、ぴょんぴょん飛びながら
「 シャ、マ ! ドコ ――― ?」
「あら、来たばかりなのに、おチビちゃんたら気が早いのねっ ...
残念だけど、旦那様のお帰りはまだ先よ ~ ?
そ・れ・に、お会いするならおめかししなきゃ♪」
「 オ メ 、カ ... シ ?」
小首を
「そうよー。きっと気に入ってもらえると思うわ♪ 可愛いんだからぁ ~~ 」
「ちょっと!! ロージー!! 着替えなんて他のメイドに
「何か聴こえるけど、気にしないでねぇ? 旦那様に可愛いって
この私がしっかり見立ててあげるんだから♪」
「ちょ! ... 無視するんじゃないわよ!!」
「ふわふわ ぁ ~ とか、ヒラヒラ ァ ~ なのは好き かしら?」
「 聞 け !! そ こ の 、 お ん ぼ ろ タ ン ス !!!!」
あわあわとして、ローナーは一歩、二歩と
「 ... ... う る さ い わ ね ... ... 」
すると、ようやく立ち止まって塔の上に目を向け、声を張る。
「聴いてないと思って、人のこと オカマ オカマ ってね!!
陰口 言うような女のためにしてやる仕事なんてないわよ!!
そ れ に ! あたしは旦那様ご愛用の
ア ン テ ィ ー ク ・ チ ェ ス ト よ!! お
たまにしか使ってもらえないような〈
いつだって旦那様のご様子に配慮してなきゃいけないの!!」
鼓膜がブルブル震えるほどの怒声に、少年は
「 ... な ... 失礼ね!! 〈
ツッコミ入れたくて ウズウズ するが。
決して声には出さない ... おっさん。もとい、守衛。
「それから!!」
「 ... !?」
半ギレ・チェストは反論を
一転して真剣な
「状況が状況なんだから、お
浮かれてばかりいないで、ニュースくらい見なさいよね ... 」
聞いた
塔の上の二人は共に口を
大広間では、お
とある報道を見聞きし静まり返っている。
あるメイドは居ても立ってもいられなくなったよう。
広間から駆け出た彼女は、勝手口から中庭へ。
そして、塔の上のマリィを見つけると、か細い声を精一杯に振り
「姉さん! 大変!! カーツェル様が ... !!」
名を聞いて振り向く少年もまた、やや不安そうな顔色。
吹く風の冷たさが、
やがて降り出した雨は、
雨天による帝都の
そんな通りを
すれ違いざまに目が合えば、あえて足元から頭の先まで見張りながら行くのだ。
湿気対策されたフード付きマント
堂々としてさえいれば、一点集中する余裕のない兵の方から視線を
たまたま兵の背後から駆け出た一般民が、呼び止められるような
路面電車の出発時刻のために急いでいたと説明しても、
強引にフードを
カーツェルは何食わぬ素振りで先を急いだ。
更に行くと、階段
中等未満の民間資格を持つ彼らは
小遣い稼ぎに曇りガラスを拭いて歩く子らは時に、ガラス
通りがけに チラリ と
タンブルにルース、加工済みの魔石。そして魔道具。
乾燥
また一人、路地を行き来する兵をやり過ごしたカーツェルは、
香りを
他の店とは
木造である上、古めかしい。
踏み込めば床板が
その都度、息を吐く隙間から
湿気を吸っても
奥まった一室を前に一度 立ち止まった彼は、
隙間に差す影と、物音、人の気配を
〈 ガチャリ ... ギィィィ ... ザザザ ... 〉
だが、その途中。カーツェルは眉を
建て付けでも悪いのか、半分も開けていないのに床に
すると、笑いが込み上げ、口元から
「 ... ... んだよ、
そこは彼にとって、古き良き
合間に
見上げれば、
最後に
手前に視線を戻せば、少年時代の想い出が目に浮かぶ。
外を自由に歩けなかった当時のフェレンスは、
教会を通して物を買い付け、他人宛に配達させていた。
彼の協力者は、その何割かを
あの頃は、まだ
行き着いたのが
異端ノ魔導師の個人的な繋がりを探り、協力者に付け入るつもりだったのだ。
しかし、店主らしき
老人の身長と並ぶ長銃を鼻先に突きつけられ、逆に
なんて、今だから笑える話だが。
見かけによらぬチビ
無人のカウンターを見て思う。
彼に絶対服従の使い魔が、
「 ... 待ってたわよ ... まったく、
声を聞いて横を振り向くと、いつぞやぶりの〈ドコ○゙モ・チェスト〉ならぬ ... 大男。
ピンクのフリル・ブラウスが、はち切れそうだ。
「やれやれ、助かったぜ。さすがフェレンスの息が掛かった精霊は
カーツェルの場合、
「聞くだけ馬鹿らしいけど、あんた... 何しに来たの?」
「
事と次第によっては、張っ倒して軍警に投げ返すわよ ... 覚悟してちょうだい」
「 ... ... ... 」
その時、店主は留守だった。
街のどこかで鳴る巡視船の
彼と向き合い
ロージーは吸った息を吐き出すのも忘れ、硬直した。
「なんてこと ... ... あんた、まさか、それ、本気で言ってるの ... ... ?」
「
残り
配達帰り。空になった
カウンターの向こうに姿を消した老人は、足場を椅子に掛けて登る。
すると、残された
数種の
「ふむ。まぁ ... 〈
部屋を見渡し、在庫を指差して数えながら店主は言った。
「 ... 代金がちと足りんがのぅ ... 」
しょぼーん。
目元まで隠れるふさふさの
そんな店主の顔色を
「 ホッ ホッ 、お前たちはコソ泥を締め上げてくれさえすれば良いのじゃよ。
接客までは
帝都の
窓の外を見れば、雲の中にでも居るかのような気分になる。
こんな日に生じる
人を
例えば、恋い
芽生える絶望の種子が、独占欲を食い
力無き者は心に空いた穴から雪崩れ込む負ノ思念に
「今度は
大きな
その後部座席横には、ドアに
平たく広いボンネット
お
次に、カーツェルが問う。
「頻発してんのか ... 」
「そうね、今日みたいに
相手にしなきゃないようなヘビー級は、あの日以来、
あの日 ... ...
彼は
超級に格付けされる
カーツェルが初めて異端ノ魔導師の姿を目にした ...
そう、出会いの日でもあるのだ。
ロージーは続ける。
「そう言えば旦那様が言ってた。お屋敷に移り住む前で ... あたしもまだ、
洋服や品物をお預かりするだけのチェストだったから、お聴きしてただけなんだけど。
あんた、似てるんですって ... あの竜騎士に ... 」
グウィン ... 彼こそは、異端ノ魔導師が
「 ... ... ... 」
聞いた途端。カーツェルは
「相変わらずなのね ... その様子じゃ、ろくに寝てもないんでしょ。
旦那様の気も知らないで、何よ。大事にされてるって分かってるくせに。
自己犠牲なんか見せつけて、平気なふりしてれば
とんだお笑い草よ。本当に ... 」
「好きなだけで一緒にいられるわけないじゃない ...
あんたに何かあれば、どの道、旦那様は
そうなるくらいなら。例え
立場が逆なら、あんただって同じこと思うはずでしょう?
旦那様はもう ... 大事な人を失いたくないのよ ... 」
カーツェルは
しかし、不意を突くように呼びかける。
「ロージー ... ... 」
少しは
「何よ」
バックミラーを
お決まりの反論を聞かされるものと腹を
だが、ミラー
逆に ギクリ として
どうしたことだろうと考える。
すると、カーツェルは言った。
「もしお前が、本気でそう思ってるなら。お前は俺よりもあいつのことを分かっちゃいない。
フェレンスはな ... まだ、そんな人間らしい
成すべきを成す。生きる目的がそれしかないあいつにとって、人への興味は、
自分の弱みに
事ある
正直、車から引きずり降ろして、
だが、そこを グッ と
「ちょっと待ちなさいよ、あんた」
しかしカーツェルは聞かなかった。
「フェレンスがそう言ったんだ。 なのにさ ... ... あいつときたら
共に生きて、共に死ぬ。一度はそうと決めて
たぶんな ... 奥の手を考えてるんだろうと思う」
「奥の手 ? 」
「亡国を滅ぼした男が、あいつに言ってた」
『 君の
「だから ... ... 」
「待って待って、その男ってまさか ... ! 何それマズいわよ、どういうこと!?」
途端に冷や汗が吹き出る。
停止信号の前で ギュッ とブレーキを
「弱みも何もなければ手段を選ばない、そんなあいつを、俺が ... 何としても止めるんだ」
深く
ロージーはゆっくりと態勢を戻し、前方を見つめた。
静まり返った車内から外へ、目を向けると。
カーツェルは口を閉ざしたきり。
物思いに