魔ノ香~Ⅶ

文字数 8,628文字

 
 
 
異端ノ魔導師と、その下僕(しもべ)

彼等(かれら)がどのような人物であるかについて。
一般の民には周知されることのない世情。

いつの間にやら(もぐ)り込んできた身元不明の幼子(おさなご)に対し、
手を(こまね)く様子を見て クスクス と笑う看護師()
皆が ... もし、二人の素性を知ったなら、何を思うことだろう。

「お願いですから。 ね? もう、そろそろ出てきてはくれませんか?」
「 ヤ ... !」
「そう言わずに、どうか聞いて下さい。
 あなたがそこに居たのでは、旦那様にゆっくりと、お休み頂くことが出来ません」
「 ... ... シャマ 、 ... ネ 、ル ?」

ローブを羽織るフェレンスの小脇(こわき)から、顔を出したり引っ込めたり。
無邪気(むじゃき)な少年の言動に戸惑(とまど)いながらも。

「ああ、そうだな。そろそろ横になりたいとは思っている」
「ほら、聞いたでしょう ? ですから。 ね?」
「 ン ! ワカッタ。 ジャ ... シャマ、 ト、 イッショ ... ネル !! 」 (`・ω・´)キリリ!

〈 ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ ... !? どうして、そうなんの!?〉

ベッドに両(こぶし)を叩き付け(もだ)えるカーツェルと、それを見て苦笑するフェレンス。

話が通じないのだ。
気持ちは分かるが。

突っ伏した執事の口元から若干の(うな)り声が()れているので。
もう少しだけ(こら)えて欲しいところではある。

何せ相手は幼子(おさなご)
大声で怒鳴るわけにもいかなかろうて。

なおも(うかが)っていると、カーツェルの心の声が聞こえてくるよう。

〈本人の意識の無いうちベッドに(もぐ)り込んで、たかだか一晩かそこら
 ヌクヌクしたくらいで、どうしてそこまで(なつ)けんだよ!! 
 駄目(ダメ)だっつってんのに(ぜん)(ぜん)っ通じねーし! 何度 言やいいわけ!?
 つーか、さ、 (`・ω・´)キリリ としながら、すっとぼけてんじゃねーよ!!〉

彼の台詞を書き込んだ吹き出し(わく)が、実際に見て取れる気分。
項垂(うなだ)れるカーツェルを窓越(まどご)しに見て、ノシュウェルは言った。

「まさか、あの二人 ... あれがずっと、この調子だったんですか ... 」

横に立つクロイツは無言。
室内では、引き続き少年を(さと)しつつ(なか)ば投げやりに羽織りの(はし)から手を突っ込む
なんちゃって執事が、例によってキレかけ。

「いいでしょう ... これだけ説明しても御理解(おわか)り頂けないのなら力尽(ちからず)く ... ... オラ! 来い!!」
「 ヤ ァ ァァァ ――――― ... !!」

少年の(こし)(うで)を回して引きずり出すも、シャツから手を放そうとしないので。
フェレンスは、全開になった幼子(おさなご)(わき)を見つめ、五本の指先を モッソリ ... ()わせてみた。

「 キ ャ ァ ッ !!」

ところが、少年。
(くすぐ)ったさに()えきれず手を(すべ)らせたものの、しぶとく(すが)る。
(とど)めの一撃が(あだ)になった途端(とたん)、フェレンスもまた、(たま)らず声を上げた。

「痛!... イ タタ ... ぃ 、痛、痛い ... 待てカーツェル、引くな。 ... あ、ちょっ... ! ... 」
「え? どうしたよ。 て ...  うわっ!?」

少年が咄嗟(とっさ)(にぎ)り込んだのはフェレンスの耳元で サラサラ と揺れていた銀髪。

「こらっ ! 放しなさい。
  そんなに強く引っ張ったりしたら、旦那様が禿()げてしまうでしょう!!」

ハゲ ... !?

耳を疑うような言葉も、ちょっと聞こえた。
しかも少年は(にぎ)っているだけ。
引っ張っているのは、お前だろうと言いたい。

だが、その時。どうしてか周囲が静まりかえったので。
はたと顔を上げ、カーツェルを見てみるフェレンス。

すると、自分の発した言葉を思い返し、フフ ッ ... とか何とか、吹き出しかける不埒者(ふらちもの)めが。
主人の頭から目が放せずにいるのだから、命知らずって馬鹿なんだなと思う。

「 え。 今、 何を想像しのた ? 」
「 ええと ... ぃぇ 、 その ... ... (( プ クク ... )) 」

その上、笑い声まで()れてるぞと。
フェレンスを(あわ)れに思うあまり。
内心、つっこまずにはいられないのだ。

何を考えているのか、実に分かりやすい男だと知る。
とは言え、そんな場面に同調して笑ってもいられない。

(となり)の上司が何か言いたげだ。

チラッ チラ ... と横目に様子を(うかが)うも、クロイツは黙ったまま。
こちらには目もくれず。ノシュウェルは ソワソワ とした気分。

上が直々(じきじき)に令を下した追跡者を取っ捕まえるなどして
しゃしゃり出ておきながら、役に立てていないのは不味(まず)いなと。

(かた)や、(あき)れ顔でカーツェルを見るフェレンス。
そんな彼をまた、ジッ と(なが)めていた少年が、さわり心地の良い髪から
そっと手を放して、寝間着(ねまき)(えり)に持ち()えたところ。
見ていたカーツェルが、(しめ)し合わせたかのように少年の身体(からだ)を ススス ... と引いた。

すると今度は、ゆるり 々 ... 首が()まっていく。

「 ぅ ... ... く ... ... 」

フェレンスの(うめ)きなんて、なかなか聞かないので。
ちょいちょい繰り返している模様(もよう)

「お前達は、仕置されたいのか?」

(まぶた)()え、フェレンスが(たず)ねると。

「「 ヤ ! 」」

二人は口を(そろ)えた。
小さい方も大きい方も ニコニコ と、満面の笑顔である。

(ズル)い ... 本当に ... (ズル)い ... ...

(ひたい)に指をついて支えるフェレンスは(だんま)り。
ノシュウェルは思った。

あの異端ノ魔導師が()すがままだと ... !?

()くして主従の二人は、何やら相談しはじめる。
監視官の目も意識しながら。

明日(あす)にはここを発ちたいようですから。
 その(おり)、自治体を(たず)ね少年を引き渡しては如何(いかが)でしょう」

カーツェルの提案だった。

二の舞にならぬようベッドに少年を座らせ、(まくら)で頭を挟み込み モッフラ モッフラ。()み 々 。
遊んでやってると見せかけ、耳を(ふさ)ぎながら。
彼は続けて、こう()べる。

「早朝であれば ... 車中、旦那様のお膝元(ひざもと)で再び寝かしつけることも可能でしょうから」

フェレンスの耳に息がかかる距離。
見取り窓の向こうに立つ二人にも見えるように、カーツェルは(ささや)く。

〈 この子が夢を見ているうち ... 静かに、その場を去れば(よろ)しいかと 〉

なるほど。それが一番、手っ取り早そうだ。
(くちびる)を読んで、ノシュウェルも理解を(しめ)す。
目を細めるカーツェルに(こた)えて、彼は(うなず)いた。

ところが。久方ぶりにクロイツが口を開く。

「ノシュウェル。あの少年を連れて来い」
「は! ... ... って ... ... はぁ!?」

反射的に返事をしたが。
意表(いひょう)()く言葉に、不本意ながら()の状態を(さら)唖然(あぜん)としてしまった。
そんな彼に対し、クロイツは強く言い放つ。

身元(みもと)を洗い出せ。本日中にだ!」

そうしてノシュウェルは、今更ながらに納得したのだった。

ああ、そうか。先程の胸騒ぎは ... ... 

そう。珍しく黙り込んでいたクロイツの、良心の呵責(かしゃく)薄々(うすうす)、感じていたからに違いないと。

フェレンスも、そんな彼等(かれら)を見ていて察した。

団欒(だんらん)する少年と執事を直視出来ずに瞳を()せていたクロイツは、
指示だけして静かに、その場を去る。

見取り窓の手前に一人残されたノシュウェルは二の足を踏んでいるよう。
少年の身元がはっきりしないのであれば、利用するつもりと見受けた。
事に(から)むのが幼い子供である時点で、自責の念に(さいな)まれるはず。
人らしく考えれば有り()ない対応ではないかと。

けれどもノシュウェルは、思い返すのだ。
いつか聞いた ... 兵士の言葉を。

『 クロイツ監視官、あの方にも年の離れた妹君(いもうとぎみ)がおられたそうです 』

あの人の過去に何があったかは知らないが。
想像を(めぐ)らせるほどに(せつ)なさが増す。

兵士の口振(くちぶ)りからすると、クロイツは少女を保護した当初から苦渋の選択をしてきたことに。

悲しげな面持ちを()せたまま立ち去ったクロイツの心情を察して、意を決す。
ノシュウェルは、部屋の扉をノックし(こた)えを待たず入室した。

場の雰囲気を()み、双方共(そうほうとも)に無言。
説明の必要はなさそうだと感じた。

ところが。

暗黙の了解と受け止め、一歩、少年の方へと踏み出した時。
正面に立ち入り、行く手を(はば)むカーツェル。
沈黙を破ったのは彼。

「いったい何事で御座(ござ)いましょう。先程とは様子を一変して御出(おい)でのようですが。
 監視官殿は如何(いかが)なさいました? 何か、問題でも?」

一通り説明してから通れよ ... ...

彼の鋭い視線が、そう言っていた。
答え(づら)い。ノシュウェルの歯切れが(にぶ)る。

「申し訳ないが。それについては追々(おいおい) ... 」
「そうは(まい)りません。少年を自治体に引き渡すだけなら、先程お伝えした方法で支障(ししょう)無いはず。
 監視官殿のお考えは? 少年を如何(いかが)なさるおつもりで?」
「それが、今はまだ何とも ... ... 」
貴方々(あなたがた)はいつもそう(おっしゃ)いますが、あまりにも勝手な御言い分」

いい加減に ... と、カーツェルは言いかけた。
しかし、そこに割って入るフェレンスの声。

「カーツェル ... 」
「はい、旦那様。(しば)し、お待ちを」
「いいや。今すぐに、ここへ」

聞くと苛立(いら)ち、溜息(ためいき)()れる。

「 ハァ ... 御用(ごよう)ですか?」

振り返り、あらため(たず)ねると。フェレンスが今一度ノシュウェルを見て言う。

「彼は監視官の代弁を務めることに引け目を感じているようだ。お前には分からないか?」

フェレンスの声は(おだ)やかさを保ち、()んでいた。
けれども思わぬ(しか)り文句に、戸惑(とまど)う。
カーツェルは不意に肩を(すく)ませた。

彼の主人は続ける。

「お前だって、上のやり方に疑問を抱くことはあるだろう。
 私情を(はさ)まず正確に、それらの内容を伝えるのは難しい。
 〈上はこう言っている〉〈自分はこう思う〉(など)、話したところで他者の口出しが通るでも無し。
 (おの)が主観を(まじ)え誤解を(まね)く事にでもなれば、それこそ指揮を預かる者として不適切。

 幼い子の事と思えば心苦しくもある。
 それについては、彼も同じとは思わないか?

 今のお前の立場で言うなら。
 (まさ)に、この状況で躊躇(ちゅうちょ)せず私の言葉に(したが)えるかどうかだが。
 例え、お前に出来ても、それを相手に強要するなんて(こく)真似(まね)は、この私が許さない」

... ... そんな ... ...

少しの(あいだ)身体(からだ)が呼吸を拒絶(きょぜつ)した。
何が(くや)しいかと言い出したら、きりがないわけだが。

そんなこと、てめーにとやかく言われる筋合いは ... ... あるし。
つか、てめーに許されるか許されないとかどうでも ... ... よくねーし。

何せ相手は主人であり、第一の友人だ。

喧嘩(けんか)もして当然。
だが、結局はお互いに、こうしよう、ああしよう、(ゆず)り合ってこれまでやってきたのではないか。

フェレンスが強く言うことに反論する気など、初めからないのだ。
ただ、(こく)真似(まね)とは心外。
それに対してだけは一言、言いたかった。

「 ... (こく)と言えば、旦那様こそ。一言お命じ下されば(よろ)しゅう御座(ござ)いますのに。
 仮に(わたくし)めが務めを放棄したら如何(いかが)なさいますか?
 その()悠久(ゆうきゅう)の時を孤独に彷徨(さまよ)われるおつもりで ... ?」

対し彼の主人が姿勢を崩す事は決して無いので。

「恐らくは、そうなるだろうが」
「断じて許せません」

地を()うような声で即答する。
カーツェルは不貞腐(ふてくさ)れ顔で口を閉ざし、背を向けた。

それにしても、どうしてこう一々(いちいち)、人を試すような口振りなのかと。
言い分は理解出来るのに、腹が立つ。

思った通りの反応に対し、フェレンスは微笑む。

「お前が時折、配慮を()くのはいつものことだが。
 一度、頭に上った血は、なかなか引かないだろう?
 だが、お前の怒りは彼に向けられるべきではないと考えた。
 いっそ私を(うら)むといい。許してくれなくとも構わない。
 だから ... 今はまず、少年の(となり)にでも座って、少し落ち着いてくれないか?」

黙って聞いていれば、また一つ(しゃく)(さわ)ることを。
(くちびる)()みしめるカーツェルは グッ と(こら)えて返した。

「承知(いた)しました。ですが旦那様、(わたくし)の方こそ、
 お許し下さらなくて結構ですので。せめて、簡潔にお命じ下さい」

フェレンスは一呼吸置いて応じる。

「座りなさい。カーツェル」
「 ... ... ... 」
 
ああ ... 実に分かりやすい。
カーツェルの背を見てノシュウェルは思った。

言えば何だかんだ言うことを聞くのに。
この御方(おかた)はもしや、友人が()ねる様子を見て楽しんでいるのでは。

黙った執事が少年の(となり)(こし)を下ろすと。
下を向く彼の(あご)先を指で上げ、フェレンスは言う。

「 ... 良い子だ」

ああ、なるほど、やはり ... ...

一方の少年はと言うと。カーツェルを真似(まね)て座り、顔を(のぞ)き込む。
急に大人しくなった彼を心配しているよう。
目が合うと苦笑いするカーツェル。

ノシュウェルは、フェレンスの気遣いに目礼(もくれい)で感謝を伝えた。

少年は執事の美しい姿勢をよく 々 見て。
執事は少年の背筋を押し込み、指南(しなん)する。

(くすぐ)ったそうに声を上げるも(ひか)えめ。
シ ――― ... と人差し指を(くちびる)()えてきた執事と見合い、少年は クスクス と笑った。

その(かたわ)らに歩み出ると、申し出るより先にフェレンスの了解が(しめ)される。

「これらは貴方々(あなたがた)()すべきこと。
 補佐官、貴方(あなた)の責は問わない。
 どうか真摯(しんし)()()ってやって欲しい」


   物事の根底にあるのは常に、苦渋苦難を(まね)災禍(さいか)
   努力があるからこそ生きていられる。

   自身の(やく)は他者にも(およ)びかねない。
   逆も(しか)り。

   本来であれば。

   責任など問えようか。
   誰に対してもそう。


どうやら少女の件も(ふく)め、話しているよう。
お互い様ということだろう。

ノシュウェルは息を吸い込むと同時、自らの胸に(こぶし)を叩き込み、更に広げて礼に繋げる。
心に刻み、約束するとの軍士作法だ。

雰囲気に()れはじめていた少年は、案外と大人しくノシュウェルに抱え上げられる。
警戒心は(すで)()かれていた。
明るい声で、息が(のど)に引っかかるほど楽しそうに笑う。

ふわりふわりと揺れる赤い髪が(ひたい)()で、無垢(むく)な瞳の輝きを引き立てているよう。
健気な少年のこと。名残惜(なごりお)しい気持ちもあったが、フェレンスは心のどこかで ホッ としていた。

か弱い存在を身近に感じることに不慣(ふな)れなせい。
幼い頃のカーツェルであれば、剣術や体術、銃の(あつか)(とう)、ある程度は身につけていたし。
何より、やんちゃだったので。

幼子(おさなご)()()られるなんてことは、これまで経験したことが無かったのだ。
対応をカーツェルに任せっきりだったのも、そのせい。
触れて良いものか、躊躇(ためら)った。

だが、再び会うことは無い。
そう思えば、最後の気掛かりくらい自らの手で解消してもいいかと考える。

少年を抱え退室しかけていたノシュウェルを呼び止め、フェレンスはベッドから降り立った。
病み上がりの身体(からだ)を気遣い、こちらから足早に歩み寄ると、
少年の手を取り、巻きつけてあった布を(ほど)きはじめる彼。

いつからの傷か ... 程度も知れないが。

治癒(ちゆ)のローブの下で少なくとも一晩は一緒に眠っていたらしいのだ。
切り傷くらいなら、とっくに跡形も無いはず。
ともすれば、もう巻いておく必要はない。

取ってやったうえ、別れを告げるつもりだったのだ。

()れど、彼らを取り巻く状況は思いがけない場面で反転を繰り返す。
少年は、フェレンスが布に触れるのを(こば)んだ。

「 ヤ! ... メ! ソレ、トル、ノ、 ... メ!」

けれどもフェレンスの声を聞くことに意識が行って、動作は(にぶ)い。

「怖がらなくていい。痛くはないだろう ? お前の傷は(すで)(なお)っているのだから」

フェレンスが布を手に取ったあと、手のひらを顔に向けてやると。
少年の目は キラキラ と、より一層の輝きを見せた。

「 ... ... フ ァ !?  ナ、イ !  ... イタイ、ナイ !!」

傷が無い。痛くもない。そう言いたいのだろうか。
フェレンスは微笑み、(うなず)いた。

異変に気付いたのは、その時。

周辺に拡散しはじめた妖艶(ようえん)な香りに息を飲む。
フェレンスは危機感を(おぼ)えカーツェルとノシュウェル、二人の様子を交互(こうご)に見た。

すると、それぞれが同じように鼻先に感じた〈何か〉を深く吸い込む素振(そぶ)りをしたので。
素早く手に持った布を確認する。

その内側には、とある印紙が折り込まれていた。

まずい ... ... !!

記された封印を見て()ぐ様に、退室を呼びかけるフェレンス。

「彼から離れるんだ!!」

彼は少年を抱く部隊長を背で()()り、カーツェルを見張る。


〈ソレ〉は、布に()み付いた血の(あと)から(ただよ)っていた。


実のところ、〈香り〉と呼ばれるものとは程遠い。
多少強力であっても、(なみ)の人間に感知できるはずはないのだ。

性の本能に(うった)えかける活性物質(フェロモン)()て、
人の欲を(あお)る 〈魔ノ香(まのか)〉と呼ぶに相応(ふさわ)しいソレの正体は ... ...

魔力の()い血が発する、強烈な瘴気(しょうき) ... ...

全ての人間が当てられるわけではない。
危険なのは、心に強い負の思念を隠し持つ者である。
しかし、この時フェレンスがカーツェルを警戒した理由は、それに該当(がいとう)しなかった。

ならば何故(なぜ) ... ...

魔ノ香(まのか)を深く吸って(しばら)くすると。
カーツェルの呼吸が荒らぎはじめる。

答えは、彼の指先で チラチラ と(とも)り揺らぐ蒼火に秘められていた。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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