石ノ杜~Ⅹ

文字数 9,834文字

 
 
 
黒の表地に、赤く(つや)のある裏地。
それぞれを()い合わせた日除(ひよ)けの落とす影の(もと)

指先で耳珠(じじゅ)を押して(ふさ)ぎ、音を(さえぎ)る。
紳士は(ふたた)び口を開いた。

(あらた)め、報告します。

 ()ノ魔導師より、接触(せっしょく)あり。
 魔石の欠片(かけら)(たく)されました。

 ... いえ。計画の見直し(リプランニング)(はか)る前に。
 今一(いまひと)つ、検証の許可を下さい。

 〈魔導兵〉の日常的応対能力を知る必要があります」

やがて走り出した辻馬車(つじばしゃ)を横目に。
チェシャと並ぶフェレンスは、大荷物の降ろし作業を手伝わされている執事を待つ。

真上に差し掛かった太陽を背に汗するカーツェルは、
馬車後方の下側三名に対し、客車上の荷台側一人で対応していた。

「せぇーの ... !! よいしょー!!」

男三人が声を(そろ)えて(うで)()()ると、上からカーツェルが押す。
流石(さすが)怪力(かいりき)は、歯を食いしばるだけで持ち上げた。

「うぉおぉおぉぉぉぉぉ重ぉぉぉぉい ... !!」

下側なんか(せき)き込むくらい叫んでないと、やってられない様子なのに。

見上げるチェシャの口は、ぽかーんと開かれたまま。
虫が飛んできたら、(のど)の奥まで一直線に突っ込んで行きそう。

チラリ ... 一目(ひとめ)見て、やれやれと一呼吸置くフェレンスが、幼子(おさなご)の思うところを(さっ)したかたち。

「感心するだろう? しかもあれは、彼、生まれ持っての馬鹿力。
 今のお前より、もう少し背は大きかったが ... 昔も今と変わらず。力だけは、同年代の三人分あった」

マジで ... ... ?

銀色の瞳を()(まる)にして、フェレンスを見るチェシャの口が、シュッ! と(すぼ)む。

それはもう、きっと、(にぎ)(つぶ)しリンゴジュース作れちゃうやつ!

()り下ろし○○みたいな。

何を想像して胸を(ふく)らませているのだろう。
フェレンスには分からない。けれども。
気後(きおく)れするでも無し、素直で前向きなチェシャの反応を見て安心した。

その()きを()くべく緊張を高めたのは、停留(ていりゅう)所を行き()う人々に(まぎ)れた五人の男。
彼等(かれら)は、辻馬車(つじばしゃ)の紳士と()り取りする誰かしらの答えを待っていた。

すると、一言で下される検証の可否(かひ)
紳士を(ふく)め、それぞれには、こう聴こえていた。

〈 ... ... 許可する〉

野太い、男の声である。


赤毛の幼子(おさなご)を映す(あお)い瞳が上を向くと。
いつにも増して高く、遠い空を(ただよ)白雲(はくうん)

()き出しになった岩盤(がんばん)の上に()えられた城下街は蒼天(そうてん)(もと)(さら)され。
一見し、深い森を()辿(たど)り着いた場所とは思えぬ。

思い立って取り出したペンダントトップ型小端末(ウェアラブルデバイス)側輪(ホイール)を回してみれば、簡易的測量が可能。
結果、計器盤の指針は水準点より低い位置を(しめ)した。

海抜 ... おそよ1640ft(フィート) ... ...    ※1640ft=500m

その場を離れたフェレンスが、ベルトの留め金(ホック)に端末を戻すと。
岩壁の(あいだ)を下る階段が目に()まる。

葡萄(えび)色を基調とした建物の向こう側へ続くそれは、
階下に(もう)けられた見晴らしに通じている模様(もよう)

広場の外縁(そとぶち)(めぐ)鉄柵(てっさく)は、鳥籠(とりかご)のように()(えが)き。
所により()(しげ)(ツル)植物の中には、秋咲きのクレマチスが色取り()り見られた。


下り口で立ち止まったフェレンスの横を行き過ぎ。
広場へと下りていく人々が、球状のテラリウムに吸い込まれていくかのような光景。

石ノ(もり)侵蝕(しんしょく)された土地特有と言える。

岩盤を残し(ぼっ)していく地に根ざした樹々(きぎ)は、
この街よりも、また(はる)か下で枝葉を広げているのだ。


それはまるで ... 森ノ海。


帝国側、北東の国境に面す石ノ(もり)最北端を南下。
ここ、王都・イシュタットが位置するのは、杜ノ根(もりのね)と呼ばれる最深毀壊(きかい)部に程近い。

「まるで、巨大な岩棚(いわだな)の上に建つ(みやこ)御座(ござ)いますね」

フェレンスの背に声を掛けたのは、客車上の荷台から一歩、
踏み出るようにして降り立った()下僕(しもべ)

彼は、一階建て納屋(なや)の屋根と並ぶ荷台から、梯子(はしご)も使わず降りて来た。
しかしチェシャは(おどろ)かない。ここ数日間の移動において、すっかり見慣れてしまったので。

一方。岩畳(いわだたみ)に手も付かず、(ひざ)弾機(バネ)だけで着地した彼の所作(しょさ)に、
人知れず目を見張ったのは、一行を監視する五人。

なるほど、確かに。

人の姿をした魔物(キメラ)とは、見て納得。
あの(あし)なら、建物の四、五階は優に飛び()えるのだろう。

振り向く異端ノ魔導師は、安穏(あんのん)として答えた。

「ああ。そうだな」

平穏無事に、ここまで辿(たど)り着いたのだから。
気が(ゆる)んでもおかしくはないのだ。

むしろ、この時のため野放しにしておいてやったようなもの。
広場を後にした(つじ)馬車の中で、あの紳士は言う。

「さて、ご挨拶と行こうか」

箱型鞄(トランクケース)の上に座る幼子(おさなご)と、その横に立つ執事のともへ戻る手前。
二人の背景にある馬車を中心とし、行き交う人々の様子を例えるなら。
風に散り、日陰を揺蕩(たゆと)う木の葉。

(うち)、一人がフェレンスの真向かいを横切った時だった。

()かり無く ... (さら)え〉

紳士の指示が下り。それと(ほぼ)同時。
カーツェルの背後に立った一人の男が、彼の肩を叩く。

「あの、道をお聞きしたいのですが」

また一人は急に向きを変え。
フェレンスの前を行き過ぎようとした若者と肩がぶつかるなり、言い掛かりを付け始めた。
その(かん)、チェシャの姿は視界から外れ、死角に入る。

主従(しゅじゅう)共に。ほんの一瞬、気を取られたにすぎないが。
見知らぬ作業者の腕に抱え上げられたチェシャは、あっという間に真っ暗闇の中へ。

幼子(おさなご)がぶち込まれたのは、駅馬車(ロードコーチ)から郵便馬車(メールコーチ)へ積み替えられたばかりの(かよ)い箱。
ガサガサ と手紙に()もれ、戸惑(とまど)幼子(おさなご)の声は、フェレンスの前で言い争う二人の怒声にかき消された。

(かた)や、急に(たず)ねられても愛想(あいそう)良く(ことわ)る執事は物静か。

「申し訳ありませんが、(わたくし)他所(よそ)の土地から着いたばかりなので ... 」

道案内できる(ほど)の土地勘が無い。
カーツェルは、そう言いかける。

けれども、彼に限って即座に気付かないなんて事は()()なかった。

チェシャの(みゃく)から()ぎ取れる魔ノ香(まのか)が薄れた瞬間、振り向けば。
そこにあるのは立て置かれた箱型鞄(トランクケース)のみ。

息を()んで視線を上げたところ、目が合う ... フェレンスと。


アイゼリアの諜報員(ちょうほういん)ごとき。
(たば)になって掛かったところで相手になるはずもないが。

警告はしたのだ。

しかし検証を許可した男は、クロイツの話を ... ただ、聞くだけ。


「魔導兵は覚醒(かくせい)状態から魔人化する。が ...
 半覚醒までは人の姿を維持するそうだ。それに加え、例え目を離していたとしても、
 (みゃく)から(ただよ)う血の香りで、人の判別、居場所の特定が可能」

「 ... 無駄と言いたいのか?」

言葉を返すのは、側近と思わしき(ひげ)の男。

「命を懸けてする事ではなかろう?
 そもそも日常的応対能力など知って、どうしようと言うのだ」
「それについて、あなたが知る必要は無い」

ノシュウェルは戦々恐々(せんせんきょうきょう)としてクロイツの(なな)め後ろに立つ。

「まあ良い。無駄骨を折るだけで済むかどうか ...
 貴様等(きさまら)が差し向けた精鋭(せいえい)の健闘を祈ろうではないか」

幽々(ゆうゆう)たる深緑ノ()にて。
幾重(いくえ)にも引かれた襞折引幕(ドレープカーテン)が両者を(へだ)て。
片一方、手前側のみ薄明かりが(とも)される中。

低卓(ローテーブル)を囲う長椅子(ソファー)の肩に腕を投げ掛け、足を組む。
クロイツの(するど)い視線は、対面、幕下(ばくか)の人影に向けられていた。


四頭立て郵便馬車(メールコーチ)を操る馭者(ぎょしゃ)をはじめ、郵送局員は全くの無関係である。
とりわけ急ぐ様子も無し。時間通り、日常業務をこなしているだけだ。

ゆるりと方向を変え、走り出した馬車と共に薄れ()く。
魔ノ香(まのか)を察知した()下僕(しもべ)は、素早く背後を振り向き、深く踏み込んだ。

(さら)われた幼子(おさなご)何処(いずこ)へ ... ...

目星は付いているらしい。

初め道を(たず)ねた男が、執事の目向きを見張る()に。
狙いを定める(けもの)()

琥珀色の瞳から、スッ ... と、消えゆく色原体。

()けた虹彩(こうさい)の奥を通う血が、黄金の輝きを放った時。
発せられた覇気は、手出しを躊躇(ためら)うほど猛烈。

咄嗟(とっさ)(いだ)く印象と言えば、やはり ... ...

化物(バ ケ モ ノ) か !? 〉

忌々(ゆゆ)し。
()れど言い知れぬ。

それは(まさ)に、聖火の(ごと)く。
無垢(むく)なる狂気〉を秘めたる眼光に等しい。

()ノ魔導師は、その背に声を掛けるでも無く。
ただ、(たたず)んでいる。

どこか切迫(せっぱく)した表情だった。
悲しげと言うには、少し違う気がする。

彼の目には、一体 ... 何が見えているのだろう。


振り(かざ)されし黒き(やり)
(そら)をも(あか)く染める戦火を()き。
突き進むは、金剛鉄(アダマンチウム)黒鎧(こっかい)で身を固めた英雄。

また一歩 ... 踏み次ぐカーツェルの背に。
かつて目に焼き付けた竜騎士の、特攻姿勢が重なって映る。

フェレンスは、無言だった。


――― (ひそ)やかに、(しず)やかに。
    人の欲を喰らう恩情ノ(ほむら)が、無垢(むく)なる狂気を発症させる皮肉よ。


(われ)を取り()辿異(てんい)を阻止しているのは、(ヤツ) ... ...
〈異端ノ魔導師〉との契約により刻まれた鈐印(けんいん)に他ならない。

クロイツは続け(たず)ねた。

「高々。暗部、傘下(さんか)(ぜい)が。
 半覚醒の活動限界でも()し量るつもりだったのか?」

「ん? ... ... やぁ、さ。 ... なぁ。 ... ガハハハハ!
 まぁまぁ。この(ざま)を良く見てから言ってくれ」

と言うか。急遽、作戦参加を願い出ただけあって。
やる事なす事、見え透いているのだが。

笑い飛ばす目上の横で項垂(うなだ)れる部下の肩にポンと、手を置いたのはノシュウェル。

郵便馬車(メールコーチ)の玉突き大事故に巻き込まれた一般民を(よそお)って。
町医者のもとへ担ぎ込まれたらしい男は、左腕の保護帯(ギプス)を軽く上げて言った。

「帝国の都に甚大(じんだい)爪痕(つめあと)を残した魔物牴牾(キメラもどき)
 何時(いつ)また(たが)(はず)すとも分からん男をガチギレさせるなんざ、到底、無理だ」

対し、口を(はさ)んだのは彼の部下。

「ヴォルト ... 貴方(あなた)。もう、やめませんか。らしくありませんよ」

国家諜報(ちょうほう)員の一人。()つ、指揮を預かる者と知れているのに。
(わざ)とらしいったらない。聞いていて恥ずかしいのだ。

「興味があるのは分かります。でも、あの方が追って貴方(あなた)に命じたのは、
 ここに居る二人の監視と護衛だったはずでしょう ... ... 」

しかし更に割って入る。
クロイツは、口の(はし)を釣り上げ笑いつつ指摘した。

「百も承知で(たばか)ったな?」

「え? ... て、まさか!!」

真っ先に声を上げたのは話を(さえぎ)られた当人。
彼の上役(うわやく)は、一呼吸置いて答える。

「 ... ... 御名答(ごめいとう)様」

どういう事だろう。

「ヴォルト! 貴方(あなた)!!」

とは言え、もう少し静かに話したいところ。

指先で耳を(ふさ)ぐ目上の様子を見て、今更のように黙る。
男の部下は、()も決まりが悪そうに下を向いた。

(かた)や、(おも)んみる。

「何のための検証か ... ... 目的を(うたが)う者が貴様等(キサマら)の側にも居るわけか」

自身の(あご)に指の背を当て、独り言のように(ささ)いたのはクロイツ。
男は直様(すぐさま)、言い(とど)めた。

「おっと、あまり(かん)ぐってもらいたくないな。これは()(まで)も俺の一存だ」

「ほぅ ... 」

それにしても、あえての命令無視とは。
名だたる諜報機関にも、厄介(やっかい)派閥(はばつ)が存在すると?

クロイツの顔色を見ながら、思いを察したのはノシュウェル。
分かったような口を()くと()られるので、声に出しては言えないが。
黙って男の話に耳を(かたむ)けていると。

彼は言う。

「それから、エルジオ。済まんがな ...
 今のお前では、まだ役不足と判断した。
 もう少し俺の下で働いてもらうぞ。いいな?」

上役と同じようには思い至らない。
恥ずべきは自身と考えを(あらた)めたか。
彼の部下は、静々(しずしず)(うなづ)いて(こた)えた。


あの男は(あさ)はかだが。
(たみ)に顔を覚えられるような真似(マネ)をするほど、致命的馬鹿ではない。


クロイツは思う。

何をきっかけにした事故なのかは調査中との事だが。
目撃者の多くは、こう証言していると言う。

停留所(ターミナル)にて一息ついていた馬が、ほぼ一斉(いっせい)(あば)れだしたのだと。

その内の一台。
個人所有の二頭立て馬車(キャリッジ)は小道に乱入。

路肩の(いち)(ことごと)く引き倒し。
抜けた先で郵便馬車(メールコーチ)を猛追した()()
荷降ろし作業中の貨物馬車に追突後、ようやく事態は収束(しゅうそく)したのだそう。

事故で重症を負った者の中には、二頭立て馬車(キャリッジ)に同乗していたらしい執事と馭者(ぎょしゃ)(ふく)まれる。
ところが、彼らに当時の記憶は無い。

車内に居た(やと)(ぬし)の話によれば。
馬車の暴走時、手綱(たずな)(にぎ)っていたのは、彼らとは別の男だったとか。

しかし、暴走馬車を止めるべくして飛び乗って来た猛者(もさ)は少なくなく。
それらは(すべ)て、咄嗟(とっさ)の救済行動と(とら)えられた模様(もよう)

つまり、あの男にしては(めずら)しく。
郵便物の()まった大型木箱の錠前(じょうまえ)打鉄(うちがね)ごと抜き外す(など)
(おの)が怪力のみ披露するに(とど)まったと言うのだから、(おどろ)きだ。


一般民に(ふん)し、急遽(きゅうきょ)、検証に(たずさ)わった男。
ヴォルトの(こぶし)も、()ノ執事が少年を奪還(だっかん)する直前に、阻止(そし)しようとして握り(つぶ)されている。


〈 バキッ! ... ボキボキ ボキャ ... !〉


その時、(そば)で聴いた音が耳に付いて(はな)れず。
困っているのは ... ... まさかの幼子(おさなご)

やがて夜を(むか)えた宿場町では、その日、起きた事故の話題で持ち切りだった。

「しっかり掴まれ! って、言ってたわ。何かに当てるしか止める方法が無いと思ったのね」

停留所(ターミナル)じゃ、加速する前に車輪の首に(なわ)を投げるなりすりゃ簡単に止められるけどよ」
「あの大通りに入った時は、(くだ)り向きだったらしいしなぁ」

「死人が出なかっただけマシっちゃ、マシなわけだ」
「その時おいら、丁度、近くに居たからさ。あそこで止まってなかったらと思うと、ぞっとするねぇ」

食事時だと言うのに。憂鬱(ゆううつ)

ぷっくりを(ほほ)(ふく)らませる彼の右手にはスプーン。左手にはフォーク。
(にぎ)られたそれらの先は、いずれも上を向いたまま。
テーブルに立て置かれ、微動(びどう)だにしないのだ。

チラリ ... と見やれば、いかにも不服(ふふく)そう。

まあ。思うところ、(さっ)してやらんでもないが。
フェレンスは言う。

「チェシャ ... ... そろそろ機嫌(きげん)(なお)さないか。料理が冷めてしまう」

世話になっておきながら、何だ。
分かっている。分かってはいるのだ。

... ... が、どうにも食が進まない。

注文を(まか)せた自分も悪いが。
(たの)んで出されたお勧め(オススメ)は、()りにも寄って、骨付きバラ肉(スペアリブ)の甘辛煮。

その他にも数品、(そろ)えられてはいるものの。
視界に入っちゃう時点で、どうもねぇ。

()てども、赤毛おチビの心持ちは変わらない。
食する手を止め視線を上げると、目の前には、何とも(しぶ)い表情のチェシャ。

フェレンスの吐息(といき)を聞いて、次に口を開いたのはカーツェルだった。

「先の件での(わたくし)の対応に、何か、ご不満でも?」

ギクリ ... ...

ああ。うん。まぁ。
図星(すぼし)ってやつ。

元々、怪力なのは(ぞん)じ上げております(ゆえ)
骨など折ってやらずとも、突き倒す程度で勘弁(かんべん)してやる事だって出来たのではないでしょうか。

なんて。上手く言えないけど。

グニュン と眉間(みけん)(しわ)()る顔を、そのまま真上に向けてみたところ。
視界のやや左寄りで水差し(ピッチャー)を手にした彼と目が合う。

事故の衝撃で積荷(つみに)が吹き飛ぼうが。
瞬時、対面に降り立ち受け止める素早さを()(そな)えた魔導兵は、()つ、()の状態を(たも)っていた。

余裕なのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)なのに。

何故(なぜ)、あそこまでする必要があったのかと。
チェシの(ひとみ)は、そう(うった)えるかのよう。

皿の上でフォークの(はら)を下にし、ナイフと(とも)にハの字に置く。
主人が(しめ)した食事休みのサインを見て(そば)()るカーツェルは、
グラスを手にする彼の(のど)(うるお)された(のち)(そそ)()した。

宿屋の地下にて(いとな)まれる食事(どころ)は、ほぼ満席。

だが、酒場(ビアバー)(にぎ)わいとは(こと)なり。
声を張って会話する必要は無い。

フェレンスは口を開いた。

「軍学を(おさ)めた者でもなければ理解し(がた)いだろう ... が、
 チェシャ。お前も知ってのとおり、彼は軍役(ぐんえき)を経験している」

事情は聞いているので。
無理に食事を済ませるよう(うなが)すでもなく語らうとする。

また何か、(むずか)しい話になりそうだ。
聞くなり両手のカトラリーをテーブルに置いて身構(みがま)えたのはチェシャ。

見ていたカーツェルは思わず、その場で溜息(ためいき)し、肩を落とした。
しかし、話の(こし)は折りたくないので。
無言で行って、それぞれ片側ずつ、ハの字に置き変え皿に乗せる。

後でみっちりと教え込まねばならない。
まずは食事の作法(マナー)から。
(ひそ)かに意気込む執事をよそに、フェレンスは続けた。

連携(れんけい)任務(にんむ)に当たる(やから)を、相手する(さい)
 例えば、そう。今回の彼のように。自身の優位を確信できたと仮定するが。
 そんな場面であればこそ、警戒すべきは〈何か〉... さぁ、チェシャ。考えてみなさい」

覚悟はしていたけれど。

急に()われて(おどろ)いた。
じわじわと首を(かし)げていく幼子(おさなご)は、ムー ... と小声で(うな)る。

まずね。ヤベー奴を相手に自分が優位に立つ場面が想像できないっていうね ... ...

(しま)いには涙目。

すると二人は若干、顔を()らした。
どうやら、笑いを(こら)えているらしい。

これ以上、チェシャの機嫌(きげん)(そこ)ねるわけにはいかないので。
二人共、(わり)と真剣である。

(いた)し方ない。

フェレンスは、少しばかり困った顔をして向き直った。
そして、()いを繰り返し答えを()べる。

「自身の優位を確信した時にこそ警戒すべきは ... ... 追撃(ついげき)だ」

聞いて、はっとする。

確かに ... ...

もし自分が逆の立場で、相手の優位を知っていたなら。
出来る(かぎ)り体力を消耗させた(のち)、追撃者に狙わせた方が成功率も上がるというもの。

「よって、筆頭(ひっとう)を見極め真っ先に打ち()せるは、単独戦における常套(じょうとう)手段。
 追撃者の孤立の他、隊列の後退、分散も見込める。
 だが、そのためには徹底(てってい)し相手を(ひる)ませなければならない」

目から(うろこ)

大きく息を吸い上げ、ゆっくりと吐き出す幼子(おさなご)は、すっかりと(した)を巻く。
ところが、話は終わっていなかった。
 
「それから ... 」

少しだけ()を置いて、フェレンスは言う。

「彼が相手に(えら)ぶのは、(あや)めずに済みそうな者だけ。
 全員を相手にしたのでは、手加減しようとも死人が出る ... ... 」

(ひか)えめにしているつもりだろう。
けれどもそれは、フェレンスが本当に伝えたかった事に違いない。

「どうか、分かってやって欲しい」
 
理解を求めるその声は、(ささや)きに近い。
チェシャの胸が、キュン ... とする。

先頃(さきごろ)まで()ねていた幼子(おさなご)でさえ、息()まる(ほど)なのに。
さて 々 、話題に()げられた当人は今、どんな顔をしているのだろう。

興味津々(きょうみしんしん)

見てみたいよね。そりゃあ。
しかし、振り向きかけて思い(とど)まる。
チェシャは思った。

いやいや。そこは グッ ... と、(こら)えてだな。

野暮(やぼ)な事はすまいぞ ... ...

なんてね。

こんな時は、気を取り(なお)して食事だ。
気になる骨付き肉はテーブルの(はし)()せておけば良いわけだし。

すると、気を()かせたカーツェルが食後のデザートを中央に置き()える。

山盛りカットフルーツ来た(キタ――――)(*゚∀゚*)!

食前ではあるが、特別。
食べて良し ... ... と、そういう事だろう。

それでいて何故(なぜ)
執事の白手袋は、目を輝かせ手を()ばしたチェシャの視界を(さえぎ)るのか。
(いささ)か疑問に思っていると、彼は言う。

只今(ただいま)、取り分けますので」

あ、はい。

聞くなり手を引っ込めた幼子(おさなご)は、ソワソワ ... と身体(からだ)()すりながら待つ。
トングで皿に盛られていくカットフルーツは、記憶に新しい芳醇(ほうじゅん)な香り。
先日まで非常食にしていたカーツェルお手製のジャムと同じだ。

それは、チェシャの好物になりつつある。
けれども唐突(とうとつ)に、盛り皿から飛び出たウニョウニョは ... ... 逆にトラウマ。
卓上で、のた打つ白虫(しらむし)を見るや(いな)や、肩が(すく)み上がった。

「 ヒッ ... ... !!」

それはもう。引き()り声が裏返ってしまうほど。
ところが、次の瞬間には目の前から消えて無くなるウニョウニョ。

手元の手巾(ナプキン)ごと、素早く。
のた打つそれを()(さら)ったのは、流石(さすが) ... ...見上げた執事役。
ホッ ... と、胸を()で下ろしたところで、一言、礼をと思う。が、つい々、黙った。

チェシャは思う。

つーか滅茶苦茶(メチャクチャ)、汗かいてるけど、この人!!

目のやり場に困って、ぎこちなく真正面に視線を戻せば。
フェレンスと見つめ合わざるを()ない。

本気(ガチ)痩我慢(やせがまん)を見ちまった感じ。
お互い、ちょっと気不味(きまず)いやつ。
あまり見ては冷やかしになってしまうので。

野暮(やぼ)な事はすまいぞ ... ...

(あらた)め、自身に言い聞かせる。
けれどもフェレンスときたら、それほど気に()めていない様子なのだ。

ああ、そうか ... ...

取り(つくろ)い食事を始めた幼子(おさなご)が思い立ったのは、少し()を置いてからの事である。
二人共、長い付き合いなのだから、見慣れてしまっていても可怪(おか)しくない理由(わけ)で。

(かた)や、思いがけず声を掛けられたのは主人の後方に(ひか)える世話役の方。

「あのさぁ、お客さん。ごめんね、ちょっといいかい?」

(たず)ねてきたのは、ウェイトレスをしている女性だった。
カーツェルが振り向いて見たところ。
こちらへ歩み寄る彼女は、トレイの(ふち)(こし)に当てて話す。

「その果物は、ここら辺の特産品でね。味が良いだけに虫も沢山ついちまうのさ。
 けど、この国だと。食物が毒を吸っていないかどうかを、付いた虫の生き死にで判断したりもするんでね。
 虫取りの処理をするのも後々だし、ある程度なら喰われちまっても良品として(あつか)うのが一般的なんだよ」

「ええ、存じ上げています」

相槌(あいづち)がてら強めに主張する執事の顔色は、普段と変わりない。
チェシャは、特に気にせず食事を続けていた。

皮を()いた面が薄っすらと緑()かった(だいだい)色の果実をモグモグ。
目一杯(めいっぱい)、頬張っては、カツン、カツン ... 刺す(たび)皿に当たるフォークの先が音を立てる。
その横で、彼女は続けた。

「そうかい。そりゃあ良かった。けど、さっきのアレ ... 見てたけどさ。
 うちの下っ端(したっぱ)が虫を取り(そこ)ねちまってたんだろ?
 そこの子も(おどろ)いてたし、あんたも苦手が顔に出てたからね。悪いなと思ったんだ」

けど ... そう言えば ... ...

その後も会話を引き伸ばす女性の方こそ、どこか冷やかな雰囲気。
西側の言葉(なまり)りも無いので、話してみたかったと彼女は言うが。

「あんた達 ... ... どちらからお見えだい?」

核心(かくしん)と思わしき問い。
カーツェルを見る疑惑の目。

思うところとは裏腹だ。
チェシャもまた、薄々(うすうす)と感付く。

もしかしたら、フェレンスやカーツェルの気配りを勘違(かんちが)いしていたのかもしれないと。


地下資源国 ... ... アイゼリアと国境を(へだ)てるは。
石ノ(もり)の進行により国交険悪な北ノ帝国と、経済同盟国である西ノ二カ国。

いずれより渡ってきた旅人かによるのだろう。

北に面す国境では現在、国家間における出入国が制限されているため。
場合によっては、密告されかねない。


カトラリーを皿の中央手前に(そろ)え、(せき)を立ったフェレンスは、
一歩、後ろへ下がって視線を伏せるカーツェルに対し、こう言い残した。

「先に戻る。お前も一緒に済ませてから来なさい」

振り向く女性に対し、会釈(えしゃく)し行き違う。
一行の主人らしき男の声は、彼女にも聴こえていたはず。

「それから ... ... 今の質問に答える必要は無い」

沈黙を守れとの言いつけだ。

適当な(うそ)を並べ立てるどころか。
逃げ(おお)せようなんて、素振りも見せぬとは。

随分(ずいぶん)(きも)()わった連中だな ... ...

店の片隅(かたすみ)で、何者かが(ささや)く。

「むしろ、我々(われわれ)の警戒が()けるのを待っているようにも(うかが)えますね」

第一等に(かく)される帝国ノ魔導師とは、如何(いか)なる人物か。
(さぐ)(ほど)に、謎めいた性分(しょうぶん)と認識される。

(うわさ)(たが)わぬ強者(つわもの)とは聞いていたが。

事前に()た情報との相違(そうい)について。
調査したうえ、照合する必要があるのは当然の事。

とは言え常識的に考えて、そういった介入(かいにゅう)(こころよ)く思う者はいないだろう。
反撃を受ける場合を想定し、慎重(しんちょう)()しているのが現状だ。

「帝国の束縛(そくばく)から逃れた異端ノ魔導師か ... ... 」

亡国ノ叡智(えいち)
失われし〈禁断ノ翠玉碑(きんだんのエメラルド・タブレット)〉の手掛かりを(にぎ)る者なれば。

何としても、引き込みたいところ。


古来より、資源の採掘と再錬成に(ともな)危難(リスク)として、
放射性物質による健康被害に()わざるを()なかった ... 地下資源国、アイゼリアでは。
それら大地ノ毒を吸う〈石ノ(もり)〉との共存が不可欠であり。
毒の昇華(しょうか)。有効活用が国是(こくぜ)

であるにも関わらず。

当国には、それらに(かん)する研究開発に(たずさ)われるだけの知識を持った錬金術師や魔導師が存在しないのだ。

国防と発展のためである。

しかし、そういった理由、目的などは、政治家の口から(こぼ)れる ... お決まりの綺麗事と言って良い。


帝国に(とら)われた悪名、名高き亡国ノ末裔(まつえい)何故(なぜ)
〈石ノ(もり)〉と言う生態的、謎を(かか)える隣国、アイゼリアを逃亡先として選んだのか。


異端ノ魔導師を追う隠密(おんみつ)(あいだ)では ... ... (もっぱ)ら、恐れられていた。

彼と関わったが最後。

当国の民にすら明かされていないような、禁忌的〈闇〉に ... 取り込まれてしまうのではなかろうかと。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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