血ノ奴隷~Ⅵ
文字数 8,062文字
想い出の中に
士官学校、在学中。
学部の冬季休業時には毎年、
「今年もいらしたのですね。お父上様には、何とご説明を?」
「いつもと変わんねーよ。軍事研究の手伝いって事にしてきた」
「公爵家ご子息で
「あの一族にとって俺や親父なんかは、なるべく内輪事に関わって欲しくねー人間だからな。
親父も分かってて、止めやしねーのさ ... 」
「年末年始くらいは、お顔見せなさるのでしょうね?」
「さぁて。どうすっかな」
「さすがに叩き出しますよ? 私達も、忙しくなりますので ... 」
「あっそ、じゃあ適当に飲み明かしてくるわ」
「 ... 帰れよ 」
「 あ?」
「いえ、その。
「聞こえてんだよ。
大きなボストンバッグに必要そうな物、一式を詰め込んで押し掛けて来るのが
無視すると、公爵邸使用人達が彼の世話を焼きに
例年通りの対応で済ませたい。
院内の薄闇に映える、
先を行く
「現在、収容所は無人です。が、散らかしたりしたら、お解りですね?」
「そこの庭池で
「それと、あの方は ... まだ
暖炉の火入れや炊事等、ご自分で ... 」
「あぁ ―― 分かってる。置いてもらってる間は朝夕の礼拝にも行くし。他に何かあったか?」
「 ... ... いいえ 」
話を聞く
特殊加工により、
溶けた雪は玉の
他に話す事は無い。
軽く礼をして引き返して行く修道士を見送った
カーツェルは一人、雪景色の回廊を歩く。
フェレンスのため、いつも仕入れの肩代わりをしていたのは、あの男だったか。
地方へ派遣されることの多かった異端ノ魔導師の、世話係を言い付かった人物と聞いているが。
もしや男色の
しかし、そういう素振りは一切、見たことがないので。
フェレンスへ向けた
実のところ分かりかねる。
誰に対しても冷たい態度をとる男であるが
住まわされている
大抵の事には無関心なのだから、考えたことも無さそう。
両開きの扉から入り、正面の
例の部屋は五階の右、二部屋目。
「相変わらず、殺風景な部屋だな」
ドアを開くと、いつも思う。
広いテーブルと
真向かいには一つきりの
おもむろにバッグを置いて箱の中を見れば、
薬品らしき液体の入った小瓶、古びた本、器具、紙、インク、鉱石標本 ... ...
何もかもがゴチャゴチャと詰め込まれているのだから、
意を決したカーツェルは立ち上がり、コートを脱ぎはじめた。
やはり今年もかと。
それから数日後。任を終えて戻ったフェレンスは思うのだった。
自室のドア
夕暮れ時、
だが、
「な、なな、何だよ、びっくりするだろうが! 居るなら居るって言えよな!?」
勝手に泊まり込んでおきながら、何を言う。
フェレンスの無表情から、言いたい事の察しはついたらしい人影。
彼は弁明するでもなく横を通って、部屋の外に干し掛けていたシーツを取り込み戻った。
次いでは、立ちっぱなしだったフェレンスの肩を引き込み、背を突っぱねて部屋に押し込む。
「自宅に帰りたがらないお前の事だと、予想はしていた。
しかしカーツェル ...
目も合わせぬまま、無言で叩き出されていた頃に比べたら。
言葉が返ってくるだけで ... ... 嬉しい。
再び走り出した車中、カーツェルは
ほんの数年前の記憶だが。
「お前こそ、どうしてそんな、どうでもいい理由なんか毎年聞くんだよ?」
まともに答えてやるつもりは無かった。
シーツを椅子に掛け、
教えてやったところで、関わり合う機会を増やすまいとする相手の事。
接触を
「先に
返されても知らぬ素振りで。
暖炉上のポットを取り、テーブルに置きながらカーツェルは思う。
共に居る事の心地良さを、少しずつでいい ... 覚え込ませて。
いずれは、何があっても手放したくない存在であると認識させてみせる。
俺の言うことを少しでも聞けるようになれば上出来だ。
とでも言えばいいのか?
正直に話したところで通用しないだろう。
ならば適当に受け流すのが得策。
「まぁ、あれじゃねーの。お前が俺の部下になるつもりは無いって言うから?
つまり、えーと ...
ところがだ。言い終わる手前。
「だから、もっと親しみ合いたいなーとかさ」
「私は思わない」
シレッ として口を
「お前が俺に聞いたんだろうーが。ソコ、俺が言わなきゃないトコな。最後大事。分かる?」
言われるような気が、しないでもなかった。
カーツェルは割りと冷静に、淡々と言い聞かせながら
「 ハァ ... ... まぁ、いいけどさ。俺だってたまには息抜きしてーんだよ」
「息抜き? こんなところで?」
「出来てるよ? 息抜き。お前と話すの面白れーもん」
「よく言う。気に食わなければゴネるじゃないか」
「それはそれだもーん」
そうして、カップを取りに行く片手間に台拭きを畳み直しつつ、彼は思った。
だって、こうでもしないと ... ...
「よし。じゃあ次は俺の番だよな」
けれども気を取り直して洗い場から戻ってみると。
気の
しまっておいたものを、どうして、わざわざ出して並べるんだ。
なんて話には、今更ならない。
フェレンスからすると、呼べば出てくるように仕掛けておいた箱に放り込んでおくだけ。
何の不便も無いのだろう。 ... けれども。
それでは一緒に暮らしているこっちが困ると説明済み。
しかし、この話だけは別なのだ。
「さっきも言ったけど。どうして毎年、同じことを聞く?」
瓶を見つけて手に取ったフェレンスは、
何、その顔 ... ...
少しだけ恥ずかしそうに、二度、三度、手元とカーツェルの
珍しく
あ、でも、ちょっと待て、俺もか ... ...
人のことを言えない自分に気付かされる。
「俺の顔を見るのが、そんなに嫌か?」
「 ... ... いいや」
「 フ ー ン 。 なら、どうして?」
「 ... ... お前が、毎年、
聞いた瞬間、腹の底が ゾクリ と震える。
それって、つまり ... ...
「気になってた?」
確かめると、黙って一つ
例え辛いことがあったって、どうでも良くなる瞬間。
これだからやめられない。
意外な一面を目にする
どんなに
どれだけ
何度でも言おう。
あの日、一目見て思ったのだ。
こいつならと。
だが一方的にしてやったところで、受け止めてもわない事には意味が無い。
親愛なる友、フェレンス。
異端ノ魔導師と
もし、お前が善悪の
望んでもない、死に方だけはするな。
まるで空でも
それが己の意志ではないということに、気付いているはずだろう。
なのに ...
そんなお前を止められる者など、この世には存在しない。
ならば自分が
カーツェルは、そう考えたのだ。
無理矢理にでも押しかけて、茶を飲み、ゆったりとした時間を共に過ごしながら。
「さて、相変わらず
お
目を離せば、自分もやってみようかとナイフを握るフェレンス。
そんな彼の様子を物影から
〈 プルプルプル ... ... ... スコォ ―― ン !! 〉
手元から危うい音がした瞬間。
「やめろ。やめだ。止めてくれ。やめよう ... ... な?」
せっかく上手く切れたのに ... とでも言いたげな顔を見るなり。
また何とも言えない気分になりながら。
偉大なる帝国魔導師が、人参を切らせてもらえないくらいで
カーツェルは笑った。
あの時のように、簡単にはいかないだろうが。
やるしかない ... ...
決意を新たに
と、そこは車中にあらず。
見覚えのある黒大理石の天井を、ぼんやり
この場に
何度目だろう。
車中で寝てしまったのか。
意識が
チャプン ... と
「
揺すっても起きないもんだから、勝手に脱がしちゃったわ~。
前にも増して、イイカラダになったじゃない ... ? 旦那様とは、その後どうなの~?」
背後から声がして、ぐったりと重い
仕切りの隙間から、こちらを
「気持ち悪ぃ言い方すんじゃねーよ ... つか、検問は大丈夫だったのか?」
「何事も無かったワケじゃないわね~。
買い取った
旦那様が作り置きしてくれた
役人の、あの様子... 間違いなくあんたに気付いてたわ~。
どうして通してくれたのかしらね~。あんた、心当たりあるんじゃないの~?」
「 ... 兄貴の差し金だな。こういう時だけ面倒見の良い野郎だ ...
「あら、あたし達なんかをあてにするような
まぁ、今にはじまったコトじゃないって分かってはいるんだけどね」
立ちあらため、アラベスク模様の金淵が
ロージーの手には何かが握られていた。
「しかし、この草だらけの湯船は何なんだ ... 」
ついでに
「旦那様のヒーリングレシピ通りに取り分けた
冥府ノ
覚醒からの神化を重ねるごとに魂を
調整もせずに過ごせば不具合が生じるのは当然。
時々他人の夢を見たり、記憶や言葉が頭に浮かんで混乱したりね。
精神回路の異常なんですって」
「 ... ... どうして、お前が知ってる?」
「あんたなんかが、どんなに頑張って隠したところで ... 旦那様はお見通しなのよ」
あいつ、いつの間に ... ...
大きく息を吐き出しながら横髪を
バスタブの
「あーあー。 笑えよ ... ったく ... 」
開き直りも
カーツェルの
天井を
まるでお子ちゃまよねーとでも言いたげなのだ。
お陰様で。
カーツェルは手に
「でも、あんた ... 少しは強くなったんじゃない?」
だが
「上辺だけなんて、腹の立つ言い方だったけど。
旦那様の本当の気持ちを感じ取れる人間なんて、そうはいないもの」
胸の真ん中を指で突いて話すロージーの瞳は、穏やかさを
思わぬ激励に言葉を失ったカーツェルは次に、胸を差す手が
広げ取り出されたのは、
「旦那様の〈血〉よ ... 今からあんたの
組み積まれた壁石の一部が薄っすらと発光し、手前に浮き上がったところ。
細かに刻まれた複合陣の中心に
継ぎ目を
誘導放出により生じ、直線を描く光子。
宙に浮くそれらを見て、フェレンスの
そうして静かに瞳を閉じる。
フェレンス
カーツェルは動かず、身を
正常化に
バスルームの
ユラリ ... ユラリ ... 揺れる
報道によれば、公会議に召喚され審問を受けている頃。
リリィの用意した衣服を受け取ったロージーが、あらためて近況を伝えた。
カーツェルには、もう疲れの色など無い。
その後姿を見ていたところ。
「う~ん♪ やっぱり、あ・た・し ...
どっかのヤサグレ
そんな〈心だけ乙女〉を鏡
置かれた衣服を着用するまで、カーツェルは無言だった。
シャツの
クロスタイを
両
一見、ただ急いでいるだけのように思えるが。
動作による乱れに配慮した、順当な着込みと見受ける。
以降は手袋を
偉大なる帝国魔導師の
演じるにあたり、身につけたと思われる
別人の
普通であれば考えられないような身の振り方。
時により、
「さあ。支度を急がなくては。あなたの言うヤサグレ
その側に寝返った不届き者の思惑通りに事が運ぶなら、議論が長引くことはありません。
本公判まで、旦那様は自宅
処罰されるか、
帝都の幽霊屋敷と言えば有名な話。
使用人を演じるは、屋敷の
そして、
自由に変じ行動することを許される精霊は、魔導師との契約を
――― よって ... 我々精霊が契約を交わした
たかが人間、増してや
見晴らしに立ち、
見計らってホールに
塔から素早く移動して踊り場に対し向き合ったローナーは、やがて迎えた。
重厚なドレープカーテンの分け合いから
――― それも ... 神々の
各役に
〈お帰りなさいませ、カーツェル様 ... 〉
ローナーは重ね、
「お役に立ちますよう。何なりとお申し付け下さいませ」
実は、この男。使用人の格付け上はカーツェルに次ぐ第二位。
第三位は自らをメイド頭と
目付役の
「
言われてみれば姉妹共に姿が見えない。
するとだ。
「 あっ ! ... そう!
カーツェル様のお迎えに上がる前、おチビちゃんの着付けを頼んだっきりだわ !
でも、何時間も
フロアのメイドに答えを求めるも、皆々、左右に首を振るだけ。
見ていると、カーツェルの目元が
鼻先に漂う何かに感づいた様子だ。
「 ... 旦那様の
「さっすがぁ ~ ご名答よ♪」
その時だ。大広間に隣接する控え室からバタバタと物音が
何やら事情を知ってるらしいローナーがあえて顔を
〈 ガチャガチャ !〉
片開きの持ち手が激しく上下。
〈ダメー!〉
〈 ダメよ!!〉
〈ダメってば!〉
〈待ちなさい!!〉
マリィとリリィの声を
〈 ガチャ バ ――― ン !!〉
勢い良く開け
ふわり ふわり。
飛び出してきた
フロアランプの光
ロージーは
「シャマ! ニオイ! スル!」
カーツェルは思った。
やはり ...