血ノ奴隷~Ⅷ
文字数 7,164文字
特異血種である者同士、あるいは魔物にしか
中でも、フェレンスの血は格別に
深く息を吸い、カーツェルは思い
主人の私室を前に
気を静め入室をと、手を
気配を感じ廊下の
「あ、カーツェル様 ... 」
リリィだ。
姉と同様に赤味の強いブロンズのストレーヘアを三つ編みし、
肩口から手前に
彼女は言う。
「あの ... わたくし、旦那様の寝室を
「どうぞ、先に済ませて下さい。気遣いは無用です」
「あの ... でも、わたくし ... 」
そのように見えたのは、お互い様かもしれない。
「あちらこちらと、まだまだ手の行き届いていないお部屋があって!
ですから、あの ... カーツェル様! お手数ですが、お願い致しますわ!」
長年のメイド役が、新参の執事役に仕事を押し付ける図。
この屋敷では割とよくある事だった。とは言え ...
常日頃、手入れを
シーツを差し出してきた手元を見て、カーツェルは思う。
無用だと言っているのに ... ...
「仕方ありませんね ... であれば、ここは引き受けました。
旦那様のお気が休まるよう、他も
多少、引け目を感じたが、リリィの微笑みに救われた。
「お掃除は済ませてありますわ。
行き届いていない箇所がありましたら、お申し付け下さいませ」
「分かりました」
両腕を真っ直ぐ前に降ろし手を平たく合わせると、一つ礼をし歩いて戻る。
彼女を見送る間に受け取ったシーツを腕に掛け、カーツェルは向き直った。
メイド役のあいだでは、もっぱらの
「カーツェル様ったら、旦那様がよくお見えになるお部屋ばかり見
それは分かるけど、時々 ぼーっとしてるのよ?」
「仕方ないわよ。旦那様がお帰りになったら、何と
少年相手に洋服選びの押し問答をしたリリィとマリィは抜きにして。
散らかしっぱなしだった部屋の片付けに
会話を聴いていたロージーが加わり、妙な想像が
「あたし達でさえ気になるものねぇ~~ ♪
ぁぁ ~ ♪ どうしましょ ! お帰りになって早々、お二人が喧嘩でもしはじめたら ♪」
建て付けのクローゼットを整理しながら、一々、胸元に手を引っ込めては、
「「「 キャ ―――― !!」」」
まぁ、あり
「あのメイドどもは ... いったい何を期待してんだか ... 」
悲鳴なのか歓声なのか分からない声を聴いて、思わずツッコミを入れたくなるローナー。
「ちょっとした夫婦喧嘩が見られるかもなぁ」
「え、でも、ちょっとで済むのかな ... あと、夫婦って言うけど、どっちがどっちですか !? 」
比較的、大人しい性格をしているソードが
隣り合わせのアックスと様子見に
え ... つか、何、お前。〈そっち系〉の 話、好きなの ... ?
更には、連中を
「ヤメテ ... ヤメテ。ホント ... みんな、お願いだから ... もう少し真面目に仕事しなさいよ ... 」
そんな一同を
後ろで
庭と、その向こうの街並みとを交互に見下ろしては、窓の
何かを
本来ならば国の管理下に置かれるべき、特異血種の持ち主。
彼らの血は時に... 〈魔薬〉と呼ばれる危険薬物の原料として、高値で裏取引される。
厳重な取り締まり体制にも関わらず、被害者が後を絶たないのだ。
心身に快楽を
その効力に影響を与えるのは、より強い魔力に、より多く
ところが、先の件あって気付いたことがある。
フェレンスの血にはそれが無い ... ...
だから、そのものを口にした時でさえ、
意識が飛ぶことはあっても、正気を失わずに済んでいたのだ。
純正の魔力を生み成す彼に甘んじ。
いざ未精製の血に晒された
主人の私室に立って
リビングと書斎の
やがて両開きの扉を押し開いた。すると、そこは寝室。
手前の二間を合わせたくらいの広々とした空間は、
アンティークブルーの中でも特に濃い色調で統一されていた。
厚めのドレープカーテンで仕切られたキングサイズのベッドの手前。
寝室の一部として上部に組まれた
深い、深い ... 海の底から見上げているような気分になる。
主人の留守の
スプリングの高さはカーツェルの
真新しいシーツの
一旦、手袋を脱いでマットレスの合間に丁寧に入れてやり整える。
そうして、枕元へと手を伸ばした時だ。
気付いたカーツェルは身動きせず。深呼吸を繰り返した。
たかが数日、会っていないだけなのに。
胸の奥底から静やかに、それでいて
一年ほど寝起きを共にしてきたかと思う。
魔物を相手に戦うことも日常化。そんな日々が当たり前になっていたので。
いつの日かこの世を去るその時まで ... それが続くものだと。
覚悟なんかとっくの昔から出来ていたし。後悔した事も無かったのに。
今のこの状況が、
――― 必要としているのは、俺だけなのか ... ...
昔から何も変わってはいない。
「 ... ... フェレンス ... ... 」
フェレンス ... フェレンス ...
呼吸に、彼の名が
ベッドに染み付いた
そう思うと居た堪れず。
胸の奥の得体の知れない欲求を
彼を手に入れようとする者は多い。
精製も無しに純正の魔力を生みだす
まず初めに彼の持つ特性に気付いたのは皮肉にも、
血で血を洗う戦を引き起こした
彼と血で結ばれていた竜騎士にも見通せなかった可能性が、彼の内には秘められているのだ。
「そう ... 彼が
彼の存在そのものが特殊なのだ。我々は彼を取り戻さなければならない。
君が天命を
各区を支え
他所へと渡る
男が乗る車両は向きを返し、塔内部の闇へと消えていった。
一方で、塔の壁面を蹴って身を
男の
そしてまた、ある時。少年は言う。
「 ... ァ ... シャマ ! キ、タ !! ソコ ! シャマ ー ! 」
屋敷内に緊迫した空気が流れた。
聞いていたロージーとメイド役をはじめとし。
精霊同士は疎通して、それぞれ衣服に乱れがないか見て正す。
カーツェルは脱ぎ置いた手袋を手に、その場を後にした。
その頃にはすっかりと整った様子のベッド。
部屋を出て、一度だけ深呼吸をすると。
意気を胸に
夕映えを ギラリ と弾く瞳からは、強い覚悟が伺えるよう。
時を同じくして。屋敷の周辺に設置された検問の内一箇所におき、
黒塗りの公用車と護送車の二台が、一時停止後、通過する。
警備のため
遠巻きながら撮影を
正門を前に、公用車への乗り継ぎが行われる中。
数名の要員は特殊車両を預かり、その場で待機。
実のところは、無言で乗り口を塞いだ手に、乗車を
刑務官の二人は
「職務に反するが、問題にはならないか?」
一人が問えば、また一人が言い
「なるかもな。逆らえばの話だ」
なるべくは関わらない方が身のためと。
一言で誰もが納得した。
それが、異端ノ魔導師に
迷い込み、足を取られた末に沈んでいった者の
その中に、軍警副総監たる公爵家当主 ...
〈フォルカーツェ・L・ディート・ランゼルク〉の
「多少、秘密が漏れたところで、困る関係者はいません。
人々が知ることになるのは双方により操作された情報だけですから。
けれど、彼等のように何も知らない者の命が危ないのです ... 」
「その点、君だけは何をしても免れると?」
「ええ、そう。貴方様に捧げた〈これ〉により、鼓動で結ばれる僕は ...
異端ノ魔導師の命を盾に、当事者である
自らの胸に手を当て、アレセルは言う。
「いっそ ... 卑怯者と
「いいや。アレセル ... 君を生かしたのは私。
生かさねばならぬと、中枢の〈記憶〉がそう告げていたからだ。
そんな君が判断した事なら、私の理解を超えていようと問題にはならないはず」
「 ... 僕は、貴方様のお気持ちを聴きたいのです ... 」
フェレンスは瞳を閉じ、こう答えた。
「 ... 君の、思うままに生きて欲しい。
〈記憶〉に
私に与えられたのは
導き手には成りえないのだから ... ...
胸を突く言葉だった。
フェレンスの事だけを想い、そうしているとは言え。
それは単に、思うままの形にしたいだけという
それなのに ...
「きっと、悪いようにはならない。
昔から誰かのためになるよう、突き詰め考え生きてきた ... 君の望むことなら」
その言葉を聞いて、胸の中、一杯になる想いを、その時の彼は口にすることが出来なかった。
間もなくして、
無人であるはずの屋敷だが、黒眼鏡の運転手は何らかの気配を感じて車窓の外を見やった。
しかし、出迎えもないフェレンスに付き
軽く
一旦役目を終えた公用車は、やがて敷地を後にした。
その様子を背景に、扉の前で立ち止まるフェレンス。
先に出たアレセルが、ゆっくりと開き入ってみると。
程良く暖められた戸内の空気が外に流れるのを肌に感じて
扉を内側へ引き
すると、視界の端から次々に灯されていくランプの明かり。
ホール中央のシャンデリアは控えめな
アレセルが見上げている間に、一同は姿を
フェレンスの影に眠る
春野を思わせる暖かな色合いが
ふわり、ふわり。
踊るエプロンや衣服の裾を払い、落ち着かせるや否や。
「「「お帰りなさいませ、旦那様 ... 」」」
時が
ところが、視線を下ろすうち。
奥間の方から
その様が遠目に映り込むのだ。
と、ローナーは思った。
横から差すドス黒い気配を辿って見たメイドの数名が 「ヒッ ... 」 と声を上げる程なのだ。
主人の手前、奴の言いたい事も分かる。だが、しかし。
格付け一位に対して、二位が思うところは、こう。
「 お前ぇも人の事ぁ言えねーんだから、
旦那様の手前、その
目の前で立ち止まったフェレンスを察し、ローナーが小声で
人間の若造と比べたら遥かに年配な分、執事役とも対等な口が
ローナーは
向かいに立つロージーが、彼を ジッ ... と見つめる様子も、いつもと違うような。
その時だ。他の誰よりも驚いたのは、彼。
一歩、二歩と歩み寄り、そっと
「顔色は悪くないな。その後、別条は無いか?」
同時に何が起きたか。
居合わせた者の多くは、場の空気に亀裂が走り
真っ二つに割れたかのような
整列した者、皆が皆、アレセルの動きに注意を払う中。
その気配は左列後方を行く。
相変わらずよね ... ...
右列に居たロージーは思った。
矢の
声を掛けたところでアレセルが、その一点から目を
対して気配を背にするローナーの胸の内に何かが引っ掛かった。
違和感 ... ... 凄ぇな ... ...
重苦しい雰囲気に息が詰まるよう。
はてさて、突き放される事に慣れた男は、いつもと異なるこの状況をどう思うだろうか。
何を言われようとも、聴き流すつもりでいたが ... ...
言葉無く立ち
行き過ぎようとするフェレンスの肩口を目で追うと、かち合う視線。
アレセルが不気味に笑う。
お解りですか ? 貴方が
目は口ほどに物を言うとはこの事。
両者の間に立つかたちとなったローナーの
ところが、カーツェルはと言うと。
意外にも落ち着き払った様子で振り返る。
彼は私室へ向かう主の背に向かい、こう言った。
「旦那様 ... ... よくぞご無事で ... ... 」
そして更に、深々と礼をしたうえ姿勢を
すると、どうだろう。
主人に同行する管理官を
〈 どうういう意味 ... !?〉
言わずもがな。
そんな彼らの主人はと言うと、気にすらしていないようで。
無反応なアレセルを傍らに足を止めたフェレンスは、
「先に
「
言い付かって
湯の加減を見ておくようメイド役に指示するカーツェル。
彼が何気無しにアレセルの横を素通りするのを見送った後だった。
その頃になってようやく
「やれやれ」
「どうしちまったんだ、旦那様は」
守衛の二人が寄り合い小声で話す様子を背にしながら、追って
「おい。お前ぇ... 少しゃ説明しろよ」
「そうね、二人共ヤキモチ焼いてるのよ。仕方のないコ達よねー♪」
ああ。 それくらいはな、見りゃ分かるんだわ ... ...
しかし、そんな受け流しでローナーが納得する訳もなく。
「あいつら、何を
そう言って詰め寄るとだ。
やがてロージーは溜め息を短く切って、
「さぁ。あたしが知ってるのは、カーツェル様が
闇堕ちする覚悟でお戻りになれたって事だけよ ...?」
「 ... ... 何?」
「あんたも精霊なら、〈闇堕ち〉って言葉が意味することくらい分かるでしょ?
管理官まで
それに、あんな素直な旦那様を見せつけられたら、ずっとお
皮肉の一つや二つ、言いたくもなるんじゃなぁーい?」
あ、そういう事。
ふむふむ、納得した。
ローナーは思う。
... ... なんてな ... ...
「ハハ ... て!! 何っだそりゃ!? 笑ってる場合じゃねーだろうが!!」
「それはあんたでしょ!? て言うか、
無駄に年食ってるジジイのくせに
今後の予測がついているらしい使い魔が、この流れをどう
追って
遅れを
ロビーに程近い
応じ、後に続く
外の
意識し気にせぬよう
立ち止まり見ていても、フェレンスに付き