精霊王ノ瞳~Ⅸ 

文字数 6,737文字

 
 
 
(はしら)には(ほう)()められているよう。
その(おもて)には(いん)(つづ)(あお)(ひかり)が、(あらわ)れては()え。
そこそこ体格(たいかく)()大人(おとな)男一人(おとこひとり)を、易々(やすやす)(しば)()けていたのだ。

やや見上(みあ)げるかたちで(つめ)たい視線(しせん)(おく)る少年が、
彼に(あざむ)かれたと知ったのは、つい先頃(さきごろ)のこと。

王党派(おうとうは)地下施設(ちかしせつ)(かこ)()んでいた魔薬(まやく)(はこ)()は、現在(げんざい)行方不明(ゆくえふめい)
少年は、ウルクアが()れ出し()がしたと思っている。

それが事実(じじつ)なら、詐欺(さぎ)同然(どうぜん)
ウルクアは遠退(とおの)意識(いしき)(つな)()め、こう釈明(しゃくめい)した。

騒動(そうどう)最中(さなか) ... 私が到着(とうちゃく)した時 ... ... (すで)に ... 〈彼女(かのじょ)〉の姿(すがた)は、なかった ... 」

ところが少年は拒絶(きょぜつ)する。

「聞きたくありませんね。見え()いた(うそ)には、もう飽き 々 (あきあき)しました。
 そもそも、フェレンスを(あざむ)必要(ひつよう)はないと言ったはずです。
 あえて不合理(ふごうり)(おか)したのには何か理由(りゆう)があるのでしょう?
 お(おたが)信用(しんよう)する気が無いのに、初めから無理(むり)がありましたね」

交渉(こうしょう)決裂(けつれつ)だ。

「それでも ... 貴方(あなた)は、私を ... ... 始末(しまつ)するわけにはいかない ... ... 」

「ええ。否定(ひてい)しません」

分かり切っていた。

「魔力を宿(やど)す血には瘴気(しょうき)(ともな)い、あらゆる態系(たいけい)(どく)しますから。
 この(もり)例外(れいがい)ではなく、事が起きては、制御(せいぎょ)()(さわ)りが(しょう)じてしまう。
 何もかも、お(さっ)しの(とお)りです」

だからこそ、一度は譲歩(じょうほ)したという理由(わけ)だ。

「しかし貴方(あなた)(のぞ)んだ交渉(こうしょう)が、目的(もくてき)ではなく手段(しゅだん)である以上(いじょう)
 貴方の生体(せいたい)(たましい)記憶(きおく)(いた)るまで警戒(けいかい)せざるを()ない」

王党派(おうとうは)魔導兵(まどうへい)(ねら)機会(きかい)と、
施設(しせつ)(はこ)び手の排除(はいじょ)をより確実(かくじつ)(おこな)(さく)は、
やはり(おとり)手引(てび)きだったよう。

「フェレンスも気付(きづ)いていたはずです。
 この状況下(じょうきょうか)重要(じゅうよう)場面(ばめん)居合(いあ)わせた者の中には(かなら)ず、
 精霊王(せいれいおう)から(ひとみ)(うば)った魔女ノ末裔(まじょのまつえい)()ましたから。
 
 魔導兵(まどうへい)()(かま)えての捕縛作戦(ほばくさくせん)ばかりか。
 魔薬(まやく)(はこ)()追跡(ついせき)するに(いた)るまで。
 見切(みきり)応対(おうたい)()ぎる気はしますが、何か事情(じじょう)があるのでしょうね。

 ... (さいわ)い、魔薬(まやく)(ほう)は魔導兵に投与(とうよ)されたようなので、問題ありませんが。

 やれやれ。変わってしまった彼の機嫌(きげん)(そこ)ねないよう(ひか)えめにするのにも、(ほね)()れます。
 誘導(ゆうどう)のため操作(そうさ)した擬態(ぎたい)に、招待状(しょうたいじょう)仕込(しこ)んでおいて()かった」
 
少年が()()け、その()(あと)にしたのは、ウルクアの(いき)(あさ)くなりはじめた(ころ)

()られ下を向く彼の上半身(上半身)は、鬱血(うっけつ)()まり切っている。
浮腫(むく)みも(ひど)い。

血が(かたよ)り、このまま()(うしな)ってしまったなら、二度と目覚(めざ)めることは無い。
それが普通(ふつう)だ。
しかし彼は、()かさず(ころ)さず、(なぶ)られるだろう。

本人(ほんにん)も、分かっている。
だが、彼は笑った。

祭壇(さいだん)()こうへと消え入る少年の姿(すがた)を、(かろう)うじて見送(みおく)りながら。
意識(いしき)途絶(とだ)える間際(まぎわ)に。

「異端ノ ... 魔導師 ... 。(うわさ)(たが)わぬ ... 賢才(けんさい) ... ...
 (じつ)に ... 協力的(きょうりょくてき)で、(たす)かる ... ... 」

そう、(ささや)いて。


彼が最後に思い(かえ)したのは、少年が(つら)ねた話脈(わみゃく)一部(いちぶ)


(さいわ)い、魔薬(まやく)(ほう)は魔導兵に投与(とうよ)されたようなので、問題ありませんし ... ... 〉


やがて()(うしな)った彼の身体(からだ)(しず)かに(よこ)たえるは、水か光か。
(あお)清流(せいりゅう)(ごと)飛来(ひらい)する心魂(しんこん)

少年は気付(きづ)かなかった。

この策謀(さくぼう)(じょう)じて、人知(ひとし)れずウルクアを手助(てだす)けした者がいることに。
興味(きょうみ)衰退(すいたい)原因(げんいん)だろう。

何せ、どうでもいい。
そんな気がしていた。

()るを(さしわ)いとし、(めぐ)(もたら)しめよ ... 〉

(だれ)かが、そんなことを言っていたような気もするが。

()れにおける格言(かくげん)覚真(かくしん)智慧(ちえ)と言わしめ (さと)し、(みちび)け ... 〉

(みちび)くべき(たみ)など、もう ... ... この〈世界〉には存在(そんざい)しない。

(うば)われたのだ。

かつて豪族(ごうぞく)(ひき)いた ... 地上ノ王(ちじょうのおう)に。


今は()祖国(そこく)(おも)えば、
(まつ)わる郷愁(きょうしゅう)心性(しんせい)(にご)す。


少年について。


告知(こくち)()けたのは、作戦決行(さくせんけっこう)数日前(すうじつまえ)だった。

静かに(かた)るフェレンスの表情(ひょうじょう)は、いつにも()して(かた)いように思う。
一方(いっぽう)のクロイツは顔の前で手指(しゅし)()み、清聴(せいちょう)した。

『私が(はじ)めて(もり)息吹(いぶき)を感じ取ったのは、三世紀(さんせいき)ほど前。

 帝国の専門機関(せんもんきかん)配属(はいぞく)された当初(とうしょ)は、残存(ざんぞん)する叡智(えいち)開示(かいじ)するため、
 祖粒子(そりゅうし)(まつ)わる魔導理化学(まどうりかがく)境界幾何学(きょうかいきかがく)をはじめとする、
 高次元学問(こうじげんがくもん)信託(しんたく)運用(うんよう)監修(かんしゅう)する立場(たちば)()かれた。

 そのために。

 遺物(いぶつ)探査(たんさ)参加(さんか)協力(きょうりょく)することもあって。
 帝国が(おも)に、硝子ノ宮(がらすのみや)残滓(ざんし)対象(たいしょう)とし、
 採掘(さいくつ)調査(ちょうさ)(すす)めてきたことを知っている。

 補足(ほそく)すると。

 崩壊(ほうかい)したシャンテの都市(とし)(ちゅう)散乱(さんらん)し、
 そのほとんどが大陸(たいりく)()ちるか、海洋(かいよう)(しず)んだはずなので。

 浮遊島(ふゆうじま)となり、この世界の(そら)彷徨(さまよ)(つづ)けているのは、ほんの一部(いちぶ)()ぎず。
 崩落(ほうらく)した(のち)()もれてしまった遺跡(いせき)の方が、圧倒的(あっとうてき)に多いのが実情(しつじょう)

  ... にも(かか)わらず、何故(なぜ)か。

 悪条件(あくじょうけん)と言える海洋(かいよう)での()()げに立ち()うことも、少なくなかった』

(もと)状態(じょうたい)を知るが(ゆえ)()かされたのだから、当然(とうぜん) ... 気付(きづ)きはするのだ。
いくら長い年月を()ているとは言え、見込(みこ)みに(たい)して()られる物量(ぶつりょう)(すく)なすぎると。

先取(さきど)りされていたと言うことか』

するとクロイツが(かさ)ねて()う。

貴様(きさま)という(やつ)は ... この()()んで、
 (なお)も知らぬ素振(そぶり)りを続けてきたと言うわけだな。 ... 何故(なぜ)だ?』

フェレンスに(かぎ)って、調(しら)べる手段(しゅだん)が無かったはずは無し。
確信(かくしん)()てないなんて、生温(なまぬる)い考えに(とど)まるような(たま)でもないのだから。
(あき)らかに〈()れることを()けてきた〉 ... そう断言(だんげん)せざるを()ないのだ。

ところがクロイツは()ぐに、(たず)ねた事を後悔(こうかい)する。

両者(りょうしゃ)(ひざ)の上に(ひら)いて()いた古書(こしょ)()かい、対話(たいわ)していた。

右の(ページ)には、相手(あいて)言葉(ことば)が。
左の(ページ)には、相手(あいて)動作(どうさ)が。

それぞれ()文章(ぶんしょう)(あらわ)れる。
フェレンスの魔法(まほう)()められた古書(こしょ)だ。

()っている(あいだ)に、(いや)予感(よかん)はしたけれど。
クロイツにしては(めずら)しく、顔に出さぬよう(つと)めていたらしい。

それなのに。

左側(ひだりがわ)墨汁(インク)(にじ)んで靄々(モヤモヤ)(ただよ)ったかと思えば。
(ページ)一面(いちめん)(てのひら)(ふさ)いだ絵図(えずら)()かぶ。

手相(てそう)でも()()しいのか ... ... ?

そんなわけあるか ... ... ?

真顔(まがお)古書(こしょ)見詰(みつ)めるクロイツの様子(ようす)(うかが)っていたのは、ノシュウェル一人だけだが。
真顔なのに、そう言いたそうに見えたのだとか。

フェレンスは、どんな顔をして(こた)えたのだろう。

想像(そうぞう)()かないけれど。
クロイツが見る古書(こしょ)右側(みぎがわ)には、小さく、小さく ... こう(つづ)られた。


『 カーツェルの(そば)に ... ... ()たかった 』


見てはいけないものを見てしまった気がして。
クロイツの(うし)ろで背伸(せの)びをしていた|覗き見男((ノシュウェル))早々( ス ス ス ... )()る。

終始(しゅうし)真顔(まがお)(くず)さなかったクロイツも、流石(さすが)(だま)ってしまった。
指先(ゆびさき)眉間(みけん)(つま)み、絶句(ぜっく)していると言った方が良い。

(かた)やフェレンスの見る古書(こしょ)には、文字化(もじか)した大きな、大きな ... 溜息(ためいき)が。

クロイツの立場(たちば)からすると。

存外(ぞんがい)素直(すなお)に答えられたものだから、むしろ(こま)るのだ。
これ以上(いじょう)馬鹿(ばか)らしいと思うことがあろうかと。

(あき)(かえ)ってものも言えない。
唖然(あぜん)とするを(とお)()し、幻滅(げんめつ)した。

シャンテの中枢(ちゅうすう)(つかさど)った番人(ばんにん)か何か知らないが。
これまで散々(さんざん)無感情(むかんじょう)利己主義的(りこしゅぎてき)冷血漢(れいけつかん)(よそお)ってきた男がだ。

こんな、どうしようもなく単純(たんじゅん)()質素(しっそ)(ねが)いのために。

陰謀渦巻(いんぼううずま)階級(かいきゅう)ならぬ血統社会(けっとうしゃかい)という泥沼(どろぬま)で、
必要(ひつよう)とされるままに()()め、()(なが)らえてきたと言う。

()すべきを成す(ため)とは、あの化物(ばけもの)槍玉(やりだま)になるのを(ふせ)ぐためか。

なるほど。なるほど。

クロイツは至極(しごく)納得(なっとく)した。

やはり亡国(ぼうこく)は、(ほろ)ぶべくして(ほろ)んだのだと。

どんなに優秀(ゆうしゅう)管理者(アドミニストレーター)であろうとも。
我欲(がよく)芽生(めば)えてしまっては()わり。

何もかも、操作(そうさ)できてしまうからだ。

だがそれでは、この世界を(うら)牛耳(ぎゅうじ)奴等(やつら)と変わらないのに。
どのように見方(みかた)()え、解釈(かいしゃく)したら()いのやら。

ただでさえイカレタ野郎共(やろうども)が ... ()れた()れたなどと、
手段(しゅだん)()わずに天命(てんめい)()けるのか。

落胆(らくたん)せずにはいられない。

「 ククク ... ... ククク ク ... ... 」

(しま)いには(わら)いと(いか)りが()()げた。
なのに()()()いていく。

その時。

クロイツの()()(がお)青褪(あおざ)めて見えたので。
ノシュウェルは(おのの)き、(さら)()()がった。

罵詈雑言(ばりぞうごん)()びせるつもりと思ったのだ。

ところが。

何やら(かた)(ちから)()けていく。
古書(こしょ)を見る目が()めていく。

クロイツは思った。

女々(めめ)しく(した)()いている場合(ばあい)呆け那須(ボケナス)め ... ... 。

不意(ふい)絵柄(えがら)を変えた(ページ)の左側に見る男が。
(ひざ)の上の古書(こしょ)()()う異端ノ魔導師が。
余分(よぶん)(あご)()いているように見えたのだ。

(わず)かに視線(しせん)(そら)して。
()ずかしがる子供(こども)のように。
(すこ)しだけ気不味(きまず)そうに。

よもや ... 元:帝国魔導師(もと:ていこくまどうし)上級者(シニアクラス)比較(ひかく)し、
那須(ナス)失礼(しつれい)だったなどと思い(かえ)す日が来るとは思わなんだが。

気を取り(なお)すより他無(ほかな)くて。
(なさ)()くて。

言葉にならなかった。

抑々(そもそも)数世紀(すうせいき)もの(あいだ)
一貫(いっかん)黙秘(もくひ)するには、時間(じかん)理由(りゆう)()()わない。

未来(みらい)予知(よち)する能力(のうりょく)でもあるのだろうか。
いや、それは流石(さすが)()い気がする。

行くべき道、()けるべき災難(さいなん)を知る者が、
そこまで徹底(てってい)周囲(しゅうい)情報(じょうほう)()らさぬよう()()必要(ひつよう)があるのかという話だ。

(ぎゃく)都合(つごう)()いよう発信(はっしん)し、誘導(ゆうどう)するに傾倒(けいとう)する
帝国(ていこく)奴等(やつら)(ちが)って()(づら)い。

けれども。

予測(よそく)するうち、留意(りゅうい)すべき可能性(かのうせい)としては(ふた)つまで(しぼ)れた。

(いち)、そういった能力者(のうりょくしゃ)(ほか)存在(そんざい)し ... 啓示(けいじ)()けたか。
()断定的(だんていてき)に、そうなると予測(よそく)される何らかの出来事(できごと)が ... 過去(かこ)にあったか。

するとクロイツは、ある(こと)()()いて(いき)()む。

そうか ... アレセルが奴等(やつら)(がわ)についたのは、(いち)ノ可能性に(ちか)実情(じつじょう)()ぎつけたから ... ...
(かか)わる者がフェレンスに(がい)()さぬか(いな)か、場合(ばあい)によっては廃除(はいじょ)するつもりなのだ ... ...

もし、そうなら。

我々(われわれ)がすべきは ... 二ノ可能性に()れ、実態(じったい)を知ること ... ...

(よう)するに今、本人(ほんにん)から聞き出せば良い。
簡単(かんたん)簡単(かんたん)
いや、(うそ)だ。

本当は ... ... (ちゅーぱー)激烈(げきれつ)面倒(めんど)くちゃい ... ...

何が(かな)しくて、
訳有な番(ワケアリ カップル)関係(かんけい)(こじ)れた経緯(けいい)を聞き出す 〉
みたいな(こと)をせねばならぬのかと。

クロイツが脱力(だつりょく)項垂(うなだ)れた時。
瀬戸際(せとぎわ)(さっ)し、ノシュウェルは覚悟(かくご)する。

何しろ、あの策士(さくし)が。
あのクロイツが、眉間(みけん)(おさ)えながら白目(しろめ)()いていたのだ。

(よう)するに(こわ)れかけている。
こればっかりは見過(みす)ごすわけにはいかない。

こうなりゃ俺が一発(いっぱつ)蹴飛(けと)ばされて(まる)(おさ)めるしか ... ...

しかし、どうしよう。
いざ考えると気が()いた。

異端ノ魔導師と決別(けつべつ)してしまっては、()われる立場(たちば)脱却(だっきゃく)するための(みち)()ざされてしまう。
どうにかしてクロイツを正気(しょうき)(もど)さねばならない。

すると思い立つ。

彼の手元(てもと)には、()し入れ(そこ)なった葉ノ湯(はのゆ)
それも、すっかり()めてしまっている ... が、(かま)ってなどいられない。

意気込(いきご)むノシュウェルは颯爽(さっそう)()み出した。
けれども、いざとなると手が(ふる)える。

〈 カタカタカタカタ ... ... 〉

差し出した茶陶(ティーカップ)受皿(ソーサー)小刻(こきざ)みに()る。

ですよね。

だって怖いもん ... ...

()れど(あと)には引けぬ。
やるしかない。

クロイツがフェレンスに(たい)しブチキレてしまわないよう。
(いか)りの矛先(ほこさき)()えるために。

そう思った。

名付(なづ)けて ... ... いつか行った女中喫茶(メイドきっさ)の女の子を、全力(ぜんりょく)真似(まね)してみる作戦(さくせん)

何のこっちゃ ... ...

ノシュウェルが、自問自答(じもんじとう)しはじめたのは、
きっと、恐怖(きょうふ)(われ)(わす)れているせい。

すっかりと(やく)に入った彼は言う。

「ご注文(ちゅうもん)のお(ちゃ)を、お()ちしましたぁ!
 そしてそしてぇ! 何だか元気(げんき)のな~い、ご主人様(しゅじんさま)のために~!
 わたし、ノシュウェルが! 萌々(もえもえ)魔法(まほう)をかけちゃいまぁ~す!」

いや、これ、大丈夫(だいじょうぶ)か ... ...

ノシュウェルの(よこ)で、フラリ ... 立ち上がるクロイツは無言(むごん)だ。

「いっくよぉ~!」

やめとけ ... ...

(われ)ながら()度胸(どきょう)をしていると思うが。
中途半端(ちゅうとはんぱ)()めたところで、どうせ()められるので。

「せぇのぉ!」

やりきろう ... そう思った ... が。

(あま)かった ... ...

(おに)形相(ぎょうそう)()()いたクロイツと目が合ったのは、
魔法(まほう)呪文(じゅもん)(とな)える二秒前(にびょうまえ)

「ノシュノシュ♥ ウェルウェル♥
 ミラクル ラブラ~ブ パワ~! ちゅ~~~にゅ゛う゛ふぉ゛!!」

そうして(はじ)まったのが、左鉤打(ひだりフック)と、()りの応酬(おうしゅう)だ。

〈ドスッ〉

「 ウ ザ イ !!」

〈ガシッ〉

「 長 い !!」

〈ドシッ〉

「 気  色  悪(き し ょ く わ る) い !!」

〈バキッ〉

(つづ)く。

軽快(リズミカル)(ののし)られながら何度(なんど)()(つぶ)されたことか。
気を(うしな)寸前(すんぜん)のところで(ゆか)()びているノシュウェルには、知る(よし)も無い。

ただ、どうせなら最後(さいご)まで言わせて()しかったなぁ ... ...

なんて、()っすらと考えていたような。
クロイツも、そこそこ気遣(きづか)手加減(てかげん)してやったらしい。
それはそれで、とんでも作戦(さくせん)(こう)(そう)したか。

まったく ... どいつもこいつも ... ...

発散(はっさん)調子(ちょうし)()(もど)したクロイツは、
先程(さきほど)(ちゃ)一飲(ひとの)みにして、(せき)(もど)った。

すると、()げ出していた古書(こしょ)の右(ぺーじ)
ペラペラと音を()振動(しんどう)しているように見える。

まさかと思い手に取ると。

(あん)(じょう)、フェレンスが(いき)(ころ)(わら)っていた。
(ひく)く、(うな)るような声でクロイツは言う。

貴様( き ー さ ー ま ー )

その一方(いっぽう)困惑(こんわく)したのは、それまでのやり取りを聞かされている(がわ)だ。
(もう)しわけ程度(ていど)()びるフェレンスは、それでもまだ笑い声を()らしている。

『 フ ... ああ、すまない ... ... フフ ... 』

(たい)して。

フフ じゃねーよ ... ...

と、思ったのは、さて誰だろう。

「て言うか、あの人 ... 今ので笑えるってどうなの」
「うん。まぁ。良く言えば、(うつわ)が大きいってこと ... なのかな」

このところで言えば、わりと馴染(なじ)みの二人。
ノシュウェルの元部下(もとぶか)、ルースとアルウィ、両名(りょうめい)である。

彼等(かれら)のもとに(とど)くのは、解析(かいせき)必要(ひつよう)信号(しんごう)のみ。
だが、フェレンスから事前(じぜん)()()っていた魔導具(マギアムパーツ)()められた法則(コード)により、
音声(おんせい)へと変換(へんかん)し聞くことが出来た。

とは言え、本来(ほんらい)目的(もくてき)盗聴(とうちょう)などではない。
密偵(みってい)(あぶ)り出しだ。

どこに仕掛(しか)けられているかも分からない盗撮機(とうさつき)発信(はっしん)傍受(ぼうじゅ)し、分析中(ぶんせきちゅう)
確認(かくにん)された特有(とくゆう)波導(はどう)は、
高度(こうど)錬金術(れんきんじゅつ)(もち)生産(せいさん)される、魔導素子(まどうそし)のそれと一致(いっち)している。

そう。

アイゼリア王党派(おうとうは)帝国(ていこく)(つな)がり、そして、
フェレンスに付きまとっていた ... あの老人(ろうじん)が、
対立派閥(たいりつはばつ)諜報員(ちょうほういん)であることを明確(めいかく)にしたのは彼等(かれら)だった。

フェレンスとクロイツの動向(どうこう)(つね)監視(かんし)されているうえ。
目を光らせているのは、ウルクアの(いき)()かった男、二人であるからして。

それらの情報(じょうほう)極内密(ごくないみつ)精査(せいさ)するためには、
目引(めひ)(やく)の他、裏方(うらかた)()てなければならず。
適任(てきにん)見做(みな)されたらしい。

ただし、フェレンスやクロイツから直接(ちょくせつ)指示(しじ)があったわけではない。

行動(こうどう)すべきと自身(じしん)判断(はんだん)し、傍受(ぼうじゅ)(こころ)みていたところ。
思いも()らぬ後押し(サポート)があったので。

まぁ、そう言うことだろうなと。

魔法の()められた古書(こしょ)(はさ)まれていた(しおり)を見たクロイツは当初(とうしょ)
何も言わず彼等(かれら)手渡(てわた)した。

まず初めに受け取ったのはアルウィ。
彼は(あや)うく、それを()てかけたが。
咄嗟(とっさ)(ひろ)い上げたルースに、(ため)されているのだと(さと)される。

()り取りを目で()っていたクロイツは満足気(まんぞくげ)

意図(いと)(さっ)して、調(しら)べてみると。
箔押(はくお)しされた蒼金(そうごん)(かざ)模様(もよう)電磁(でんじ)()びており。
機器(きき)導通(どうつう)させるなり解析(かいせき)コードとして展開(てんかい)されたのだ。

(ねん)のため確認(かくにん)した事と言えば、ウルクア直属(ちょくぞく)部下(ぶか)であるエルジオとヴォルトについてのみ。

ところが、両者(りょうしゃ)疑惑(ぎわく)など無い。
クロイツは断言(だんげん)する。

あの二人は、何かしらと()()かせ奔放(ほんぽう)(はたら)いているだけなのだと。

(うら)(かえ)せば、体裁(ていさい)(よそおう)うのに丁度良(ちょうどよ)く。
暗幕(あんまく)のような役割(やくわり)をしているようにも()れるので。
いっそのこと併用(へいよう)するつもりなのだろうと解釈(かいしゃく)した。

つまりは、あの二人がウルクアを(しん)じて行動(こうどう)することに意味(いみ)がある ... ...

フェレンスが(しず)かに、そう()げたのに(たい)し、クロイツはどう()()ったか。
適格(てきかく)指揮(しき)をとり、王党派の密偵(みってい)()らえ。
(くすり)(はこ)()存在(そんざい)を知るに(いた)る。

ウルクアの独断専行(どくだんせんこう)牽制(けんせい)するため、
紳士(アンドレイ)尋問(じんもん)するまでの流れを確定(かくてい)したのも、この時だ。

異端ノ魔導師と元帝国軍人(もとていこくぐんじん)など、
信用(しんよう)しきれるはずも無いのだから、(いた)方無(かたな)いとは思うが。

アイゼリアの二大勢力(にだいせいりょく)が、(そろ)いも揃って、
対立派閥(たいりつはばつ)よりも支援者(しえんしゃ)への警戒(けいかい)(ほう)が強いなどとは、理解(りかい)(がた)く。
(なが)らく拮抗(きっこう)してきたらしい党争(とうそう)にも違和感(いわかん)しかないため。
王党派とウルクアは、あえて(たが)いを野放(のばな)しにしていると(にら)んだよう。


そうして(むか)えた ... この日。
素知(そし)らぬ様子(ようす)(えん)じてきた(かんなぎ)装衣(そうい)()()て、()(きた)る。
彼ノ魔導師(かのまどうし)が、動き出した。
 
 
 
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登場人物紹介

◆フェレンス・クラウゼヴィッツ・ウェルトリッヒ


故国・シャンテの生き残り。

《千ノ影》を宿す男。


錬金術、魔術、魂魄召喚、禁呪とされる魔導兵召喚術を扱う。


戦犯として裁かれるも、失われし禁断ノ翠玉碑(エメラルド・タブレット)のありかを突き止める事を条件に恩赦を受けた帝国魔導師。

アルシオン帝国軍管轄下、高等錬金術師団所属。特務士官。


訳あって薄情者と言われがち。感情に乏しい。自覚はしている。

交友関係にある者への誹謗中傷だけは論外。そうと知れば制裁を躊躇わない。


◆カーツェル・D・アード・ランゼルク


アルシオン帝国、公爵家子息(次男)。


幼きに母失踪。父、ハインリッツェ・A・ヴァート・ランゼルクは帝国軍大佐で婿養子。宗家、家長は存命していた祖父。そのために身内の権力闘争を見聞きし育ち、一族を嫌悪するようになった。


父を尊敬し、文武とも好成績。だが言行は粗暴で捻くれ者。しばしば父と作戦を共にしていた異端ノ魔導師に漢惚れし、『いつかは部下にしてやる』などと言って付きまとう。散々無視されるも諦めなかった。フェレンスの悪口等耳にすると黙ってはいられない。喧嘩の売り買い過剰で問題児リスト入り。


士官学校卒。


彼には救いたい人がいる。フェレンスが蔑まされながら孤独に生きる姿を見るのも嫌。しかし傍にいれば陰謀に巻き込まれ命が危うい。フェレンスに避けられ続けた彼が思い至った解決法は... 彼と禁断ノ契約を交わし、絶対服従の《魔導兵》となる事。


◆チェシャ


フェレンスとカーツェルの前に突如として現れた謎の少年。


訳あって上手く会話する事が出来ない。舌っ足らずの片言。


血に驚異的魔力を宿す。その等級は二等:紅玉(ルベウス)、もしくはそれ以上。

フェレンスの魔ノ香(マノカ)に惹かれ懐いた。


魔ノ香とは。特異血種とみなされた者の血に宿る魔力と、それに伴う瘴気の醸す香り。

魔物(キメラ)や、等しい存在にしか認識できないはずのもの。


◆クロイツ


軍警を主体とする治安維持機構所属の監視官。


要監視対象として挙がる人物を見張る。

担当は異端ノ魔導師、フェレンス 。


高圧的で気難しい性格をしているが、子供好き。策略家。


◆アレセル


クロイツの実弟。だが腹違い。

実母は娼婦で霧ノ病を発症し討伐された。

義母を尊敬し、子として愛し愛されたが、またしても霧ノ病で失う。


人の心を失いかけた当時、闇魔術に手を染めるもフェレンスと出会い更生。

以来、彼の愛はフェレンスに向く。人脈の形成、諜報力に秀でる。

◆翠玉碑 (エメラルド・タブレット)

故国・シャンテの中枢に収められていた叡智ノ結晶。

彼ノ戦により砕かれ、その多くが行方不明。

◆千ノ影

彼ノ戦の犠牲者。シャンテの民の霊。

一部はフェレンスの扱う魂魄召喚にて戦闘可能。

筆頭は亡国ノ英雄。黒ノ竜騎士・グウィン。

◆霧ノ病

心身が麻痺していく病。
発症し悪化すると身動きもせず、飲食すらしなくなり衰弱。


あらゆる想いの境地に至る人の心に穴を開け、冥府ノ霧を呼び込む。

冥府ノ霧とは、悲しみ、怒り、妬み等、人を惑わす負ノ思念。


霧は欲を喰らい、無我ノ境地へ誘われた者は無垢なる狂気を発症。

やがて魔物(キメラ)化する。

◆複合錬金

特殊錬金、キメラ錬金とも呼ばれる。

由来が異なる複数のエリクシールを掛け合わせる法。
それによって生じた存在は安定化させる事が難しく、禁じられている。

◆魔導兵

神々ノ器とも呼ばれる。

亡国ノ魔導師と禁断ノ契約を結んだ下僕。


複合錬金により身体を強化。

覚醒→魔人化→神化。

三段階の変身が可能。

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