精霊王ノ瞳～Ⅷ
文字数 7,330文字
己の立ち位置、視点の置き方に悩む。
木を見て森を見ざるは、彷徨い消耗するのみ。
多くの人々がそうであるように。
一つの物事に囚われるほど全体像の把握は難しい。
惑わされるな ... ...
「見失なうな」
クロイツは呟く。
自身に言い聞かせているようでもあった。
「あらゆる災禍の根源が、あの男であることを忘れてはならぬ」
繰り返しになるが。
物事、一つ々の答えを。
杜ノ民の正体を。
異国ノ刺客を生かし利用す何者かの狙いを。
杜を始末しようとしている連中の不都合を。
魔導兵を裏で操る奴等が、それを手助けしている理由を。
今、知る必要はない。
真に留意すべきは、
これまで関わってきた者と、これから関わっていく者達が異端ノ魔導師に及ぼす影響。
苦慮するクロイツを横に見て、
ノシュウェルは事の成り行きを振り返る。
「我々は生きて帰る! この魔導兵が我々の盾だ!」
その言葉は、王党派の筆頭格であろう紳士の口から放たれた。
杜ノ呪縛から逃れるため。
帝国の奴等と手を結んだ気になって調子付いているかと思えば、そうでもないよう。
「略々気を失っている木偶の坊が、役に立つと思うのか？」
煽るクロイツに対し、少しばかり黙る。
紳士の息が荒い。
「立ってもらうさ ... この薬でな！」
去勢を張っているだけ。
焦りを隠そうともしないのは、崖っ淵を自覚しているせいだろう。
追い詰めたのは、帝国の勢。
とは言え刺客を務めた人物が、そう簡単に唆されるはずはないが。
紳士の取り出した自動注射器内で揺らぐ充填薬は、鮮血を思わす。
察し前に出たヴォルトは、紳士の連れた異形を相手に
両腕の仕込み武器で応戦した。
片やノシュウェルはクロイツの保護に徹するのみ。
多勢に無勢である。
やがて加勢した紳士の狙いは言うまでもなく。
打ち合うヴォルトは常にカーツェルを気にかけた。
そうして紳士に詰め寄る。
「帝国の高位貴族、及び上院議員から受け取った魔薬の効果を確かめるためか？
そのためだけに同志を犠牲にしたと言うのか ... ！？」
中毒症状が酷く無差別的な怪異が自滅していく中。
紳士は答えた。
「そう ... その通りだ ... 」
帝国の奴等は、魔導兵の暴走を機に進軍を開始すると言っていたが。
「馬鹿げた話と思うだろう？ 私達の祖国が見過ごすはずがないのだからな」
だとすると、双方に見限られるのが関の山。
「ならば、あの魔導兵を盾にして！ あの異端ノ魔導師を手土産にして！
帰ろう！ 共に！ 私達だけでも！！ ... ... なぁ、ヴォルト ... ... 」
天下統一など、夢のまた夢なのだ。
「この国、アイゼリアの有様を見てきただろう？
擬人化され杜に隷属する民は気付いてもいないんだ！
本当の意味で逃れようのない《世界》に囚われてしまったことに！
私達だけなら、まだ ... 生きられる！！」
するとノシュウェルの胸に積まれていく、新たな謎。
またまた、何の話をしているやら ... ...
そう考えると、溜息が出てしまう。
しかし、気を取り直すのは簡単。
クロイツの言葉を思い出せば良い。
『まずは深く考えぬことだな。
憶測ありきで行動すると、思い込みによって情報が捻じ曲がる。
事実を事実として捉えられぬ者が、相手を出し抜けるわけがないのだ』
複雑なようで至って単純と言うことで。
考える事は皆、同じってコトにしとこ ... ...
気持ちを切り替えたついでと言っては何だが。
ﾌﾗﾌﾗ と近寄って来た異形に一発お見舞いすると、申し訳ないながらも ｽｶｯ とした気分だ。
一方のヴォルトもまた同様。
静かに侘びながら紳士の手を振り解く。
「すまないな、アンドレイ。俺達は、ウルクアは ... 初めから夢なんか見ちゃいない」
加え、何か言いかけたような。
ノシュウェルには、こう聞こえていた。
むしろ ... ...
むしろ、何だ。
気になる ... が、次の瞬間。
クロイツの舌打ちを耳にし、背筋が凍る。
極力その場を動かぬよう、恐る々見たところ。
「黙って引くのだ！ ヴォルト！」
意味不明な指示が飛び、ヴォルトばかりかノシュウェルすら耳を疑った。
これには紳士も硬直する。
違和感しかない。
当のクロイツは腕を組み、何を思ったか。
身を横たえ薄目を開けたままのカーツェルを残し、後退していく始末。
対して紳士は即、行動した。
唖然とするヴォルトの目を盗み、ノシュウェルを蹴り飛ばして。
まんまと間に入り込むまで、全く警戒しなかったわけではないが。
意に介している場合でもなかった。
躊躇ったところで仕方がないのだ。
計画優先であるからして。
カーツェルの髪を掴んで持ち上げ、首筋に注射器の先を押し付けると。
暫し息を整えたのち、紳士は言う。
「さあ ... 魔導兵を暴走させたくなければ、あの魔導師に協力させろ！」
だがしかし。
「断る」
... ... ... ...
クロイツが、 ｻﾗﾘ 、と、言って退けたので。
... ... ... ...
「はい ??? 」
終ー了ー。
拍子抜けし、思わず適当に聞き返すヴォルトは完全に立ち尽くしていた。
肩を震わせ、俯いたのはノシュウェルの方。
もしかして、会話する気が無いのかな。
いや、まさかね。
でもきっと、頭おかしいと思われてるし。
やだ、もう、笑っちゃいそうなんだけど ... ...
少しでも笑い声が漏れたら、ぶっ飛ばされそうなので。
どうにか堪え、深呼吸。
あらため顔を上げてみたところ。
ふざけているのか ... ... ?
とでも言いたそうなヴォルトと目が合ったので、頷いてみる。
すると彼の顔から血の気が引いた。
ある意味、腹を据え覚悟を決めたからこその余裕とも言える。
しかしヴォルトには理解できない。
紳士だって同じ心境と思う。
何せ再び硬直したきり動きを見せない。
待ちくたびれてしまう前に、クロイツは渋々言い加えた。
「何を呆けている。さっさと試してみるがいい」
するとだ。やっと声に出た。
「馬鹿な！ 正気か！？」
ヴォルトが捲し立てる。
「魔導兵だぞ!? 帝国ノ策士どもがどう利用するつもりか分かって言ってるのか！？」
分かっているのだろう。
けれども納得できるよう、せめて説明して欲しい。
ところが相手に、その気は無さそう。
「何、結果は変わらん。どのみち貴様等はここで死ぬのだ」
本当に理由が分からない。
混乱する。
落ち着け。
落ち着け。
目を見開き己を諭す紳士は、ある時。
「 ﾊ ｯ... ... 」
短く息を気って、咄嗟に振り向いた。
すると、音も無く迫る影 ... いや、壁 ... だろうか。
逆光の中、素早く立ち塞がったのは、覡、演じる彼ノ魔導師。
双方を隔てるは、彼によって紡がれし零ノ境界。
法の盾を収縮し砲弾として撃ち出す
衝撃も、轟音も、こちら側には届かない。
壁のように見えたのは、巨大な魔物の掌だった。
それらの光景を目前にしながら、クロイツは更に指摘する。
「魔物の攻撃対象は、この中にいる《人間》だ」
カーツェルのことに違いない。
誰もが一度は、そう思った。
しかし ... 日頃から化物と揶揄していた相手を今更、人扱いするだろうか。
鋭く紳士を睨むクロイツは、立て続けに意表を突く。
「分かるか？ 本来、杜に招かれているのは、あの男 ... 異端ノ魔導師のみ。
貴様等だけではなく我々すら、とっくに屠られていたやもしれぬのだ。
そうさせなかったのは、偽ノ王太子だろうな。
あの男の僕である魔導兵を、杜ノ毒に晒し、
少しでも弱体させるため利用するという策のもと。
今頃は体よく交渉のテーブルに着いたに違いない。
帝国の奴等は知っていたのだ。
杜ノ毒は、その化物をも麻痺させる。
まるで ... 冥府ノ病 ... そのもの。
この男が正気を装っいられたのは、
欲を喰らい無我ノ境地へ誘う霧と、
霧を凍てつかせ砕く冥府ノ炎の拮抗が要因。
これまでは良かった。
そう、これまでは ... 問題なく隠せていたのだからな」
依然として腑に落ちないばかりか、逆に聞きたかった。
異端ノ魔導師の僕が、誰に、何を隠していると言うのだろう。
ところが誰一人として口を開こうとしない。
まともに息をしているのは、クロイツだけではなかろうか。
そう思ったノシュウェル自身も、呼吸がままならなず気が遠のく。
頭上を見やれば、腐肉の塊に埋め込まれたかのような、特大の目。
数えきれないそれらから、滴る液体が毒の煙を上げているのだ。
どこを向いても魔物と目が合う状態で平常心を保つなど、まあ無理と言うか。
紳士の手が震え始めた拍子。
《 ﾌﾟｼｭ ｯ ... ... 》
意図せず作動した自動注射器の射音を耳にしても。
あ ... ...
と、思うだけだった。
なお、クロイツは淡々として述べる。
「安心しろ ... 魔薬など与えたところで効かぬのだ」
ああ良かった ... ...
じゃなくて。
どうして言い切れるのか知りたい。
それぞれがクロイツを見やり、答えを待つしかないところ。
どういった心境からだろう。
一度、ゆっくりと舌に触れ、濡れた唇が意外な言葉を発した。
「何故なら、その化物は堕落している」
そう、知っていたのだ。
「 ... ... 初めからな」
異端ノ魔導師は、境界の向こう。
三次元映写幕があらわす造影のように、あちらこちらと現れては消え。
法を撃ち込み、やがて魔物を拘束し還元していく。
幾つもの法陣を紡ぎ綾した義球、内部にて。
印を組み引く指先、一連の所作は、舞い踊るかのようだった。
クロイツに帝都へ連れ戻された、主従の契約解除を謀ったのは、
信教徒の過激派を率いるバノマン枢機卿と、彼の尊。
片や前者を退け、
アレセルにクロイツ一行の国外逃亡を教唆するよう手引きしたのは帝国ノ結社、No.Ⅳ。
カーツェルの実兄。
それぞれの動向を思い返せば、
なるほど ... クロイツのような策士が単独、野放しにされてきたのも頷ける。
精霊王ノ瞳がある限り。
例えフェレンスとカーツェルの主従関係に亀裂が生じようと、
魔導兵の制限は可能なのだから。
「ところが当の本人は何も知らぬ。
いや ... 単に覚えていないのだ」
クロイツは言った。
「要するに、そいつは ...
主人であるフェレンスにすら知られたくない何らかの事実を、
自身の記憶ごと覆い隠していると言えるわけだが」
一先ずは、話を切り上げなければならない。
今、こうしている間にも、連中は機を伺っているに違いないのだと。
「あの魔物が今更のように貴様等を狙うのにも事情ある」
クロイツが紳士から目を離さない理由も然り。
「アンドレイと言ったか。貴様こそ心当たりがあるはずだな？」
名を呼ばれ脱力する紳士の手から落ちた注射器が、音を立て転がった。
《 ｶﾗｶﾗ ... ｺﾛｺﾛｺﾛ ... 》
その中で滴るは、魔力を宿した人の血より精製されし魔ノ薬。
入手経路も明らかだ。
紳士をはじめとする王党派の人々は皆。
とある人物から注意を逸らすための目眩ましとして利用されたにすぎない。
「さあ、立て！ 生きたくば速やかに我々を案内するのだ！
魔薬を運んだ者のもとへ！」
生きたくば ... ...
紳士は拳を握、歯を食いしばる。
ただし、クロイツは付け加えた。
「この私の気が、変わらぬうちにな」
怖ぁぁぁぁぁぁ ... ...
一同が察するに。
フェレンスが魔物を始末するまでにという意味だろうと思う。
異端ノ魔導師の手が空けば用済みという事。
ただの脅し文句にしては上等すぎて。
いやはや。
紳士としても、クロイツの手引きに従うしかないのであった。
相互的に因縁深い帝国ノ二派を出し抜くため、一行は急ぐ。
しかし、紳士が案内した地下施設は蛻の殻となっており ... 誰もいない。
やがてノシュウェルが放った二発目の曳光弾は、呼び寄せの合図となり。
後に合流したエルジオと幼子にも、事の詳細が知らされた。
フェレンスが戻るまでカーツェルを介抱したのは、勿論、チェシャだが。
色んな意味で複雑な気分だったろう。
そう思い巡らせたのは、ノシュウェルやクロイツだけではないはず。
己が下僕とは対事的に
仮初ノ主を演じ続けてきたらしいフェレンスには、
一体どれだけの顔が存在するのか。
想像もつかないのに。
対しカーツェルが記憶を封じるに至った経緯については、憶測ばかり。
カーツェルの傍を離れようとしないチェシャは、うんざりしていたのかもしれない。
周りの大人達が、どのように声をかけたとしても、決して ... 返事をしようとはしなかった。
人で溢れていたはずの王都には粉塵が漂い。
開いたままの窓から見る屋内でさえ、
つい先程まで誰かしらが生活していたであろう気配だけを残し、不気味に静まり返っている。
ある者は、こう証言した。
『鉱床に配備された爆撃隊を率いていたはずが、気付けば一人。取り残されていました』
詳しく聞けば、クロイツ一行の援護に参加した諜報員の中にも、
行方不明者が複数いるとのこと。
また、政治に携わった者の多くが、城に立て籠もっているらしく。
個々の所在は不明。
集合の合図に応じたのは、ほんの数名だった。
なお、例の紳士ことアンドレイ・ホプキンスは ... まだ、生きている。
たぶん ... ... たぶんね ... ...
ある時、ノシュウェルは思った。
当の本人はと言うと、部屋の隅に置かれた椅子の座面を跨いで座り、
壁に額を付け項垂れたまま。
目を見開いて、浅い呼吸を繰り返すだけ。
王党派の筆頭格ともあろう者が、
戦時中に恐怖心を引き摺るなど、笑い話にもならないのだが。
もしかしたら ... ...
百目ノ掌を持つ魔物に旋律した先頃。
何らかのかたちで恐懼を植え付けられてしまったのかもしれない。
けれども、今は触れないでおく。
ヴォルト、そしてエルジオの両名に聴取を任せたクロイツが、
その後の王都を視察しに行くと言うので、付き添わねばならなかった。
地下施設から鐘楼の見晴らしへ向かう間も。
多くを語ろうとはしないクロイツの都合に配慮する彼は、
黙って周囲の警戒に徹する。
歩くだけで息切れしてしまう相手に対し、こちらから声を掛ける気にはならなかった。
そうでなくとも、迂闊に尋ねるわけにはいかない。
事情があるのだ。
精霊王ノ瞳を使い、アンドレイの容体を診ることは可能だったろう。
しかし、その力を発揮するには頭脳と体力の消耗が伴う。
その際に足枷となる制限。
使用頻度と負担率。
回復の割合や所要日数等は特にも、知られぬ方が良い。
相手によっては付け入られるからだ。
クロイツは言う。
「そこにある罠に対し、回避するのが一番などと
答えを一つに絞ろうとする者ほど、無様を晒すのだ。
正攻法で生きていけるほど世の中は甘くない。
あえて踏み入り、仕掛けを暴いてこその攻略。
しかし、それらを経て征圧を成し遂げるのは、大抵 ... 捨て駒だ」
独り言のように聞こえる。
唐突で、脈絡もない話だが。
何か意味がありそう。
「捨てられるものなど何一つ無い。
今の我々に必要なのは、罠をものともせず突き進むための精神力と体力。
そして、捨て駒を置いた《 奴等 》と、その背後で悠長にしている《 連中 》を、
逆に引き摺り込むための奇策」
頭の中を整理している最中なのだろうから、そっとしておく事にする。
クロイツの背後に控え後を追うノシュウェルは、
その間に黙々と遊機動型装甲の召喚と組み着けを熟していった。
次いで決意を改める。
俺に、あの化物みたいな素質は無いが ... ...
せめて、切り札となる人の盾として、剣として身を削る覚悟を示そうと。
対し、クロイツは振り向くことなく進む。
背を預けるに足る人物の後押しを、無駄にしないために。
二人が登り詰めた鐘楼には魔物の肉片が散乱し、蠢いていた。
素早く外套を脱ぎ捨て前に出るノシュウェルは、
一風変わった灰白の鋼豪甲を露わにし。
自身の肩腕部から胸背部にかけ追従させた狙撃連対を、
一挙に稼働。
後始末に取り掛かる。
引き続く不穏な状況とは対照的に。
アイゼリア首都が存在する洞空は、明けの金陽で満ちていた。
爆風により退く煙の向こうに見る景色は、雲中の城を思わす。
照射を受け焼滅していく残骸を余所に、
辺りを見渡すクロイツは、何かを探しているよう。
正直、不安でしかないが。
「幾つもの戦略を応変に用いて斬り込む ... 剛毅ノ士であれ」
自身を諭し鼓舞するしかない。
やがて姿を現すであろう男と向き合い、今後の立ち回りを模索しなければならないのだ。
折々、変化する環境に身を置く限り、
一辺倒な舵取りでは船が沈んでしまいかねない。
物の見方すら、変える必要があるのかも。
ところが、思いも寄らず息を呑む。
クロイツの鋭い視線が、雲の切れ間に佇む気配を捉えた時だった。
蒼い星の実を結ぶ、光ノ樹を見たような。
その規模には、目を疑う。
巨大にも程があるだろうと思った。
仰ぎ見るは、法基盤たる円陣の高次元展開を成す、法義球連環。
その中心にて。
白き羽衣を纏い、虹色の雨粒で天ノ橋を描く彼ノ魔導師を ... どう呼ぶべきか。
戸惑わずにはいられないのだ。
魔物の奇襲に対し反撃、制圧後。
変異前の状態へと還元。
実体を失った妖態への転化を終えた後。
心と呼ばれる精神核の幻素廻帰を可能にする。
某、天族を ... 地上ノ民は異端ノ魔導師と称し、蔑んだ。
ある者は言う。
「下賤ノ民が ... 故国シャンテの中枢を司り、
叡智を治めた御使いの一人に対して、よくも ... ... 」
祭儀場と思わしき円筒状の空間にて、
金属的変調を加えたかのように反響する声と。
辛辣だが、情緒に欠ける冷めた口調。
その人物は、少年の姿をしていた。
白い肌。
白い一枚布を肩から下ろし、巻いた僧衣。
口元まで引かれた面布。
だいぶ痩せて見えるが 華奢ではない。
額冠に複数あしらわれた長菱型の素材は ... 魔石だろうか。
足元を見ても影は無く。
水面のように精鍛な建材そのものが青白く灯り、一帯を照らす中。
少年の額を飾る血の色だけが、鮮やかに際立っているのだ。
しかし、それら全ての光景が逆さに見える。
そして、霞む。
表情を垣間見ることすら叶わない相手を前に、息も絶え々。
意識を失いかけているのは、何者だろう。
対し向き合う少年の目には、
逆さ吊り状態で磔にされた男の姿が映っていた。
ウルクアである。
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