第45話 儂が総大将で出る
文字数 1,008文字
信雄は信雄でまた父信長からの叱責を怖れていたのだ。父には伊賀への侵攻を相談していない。独断で行った。もしこの失策が父の耳に入ったら、自分が腹を切らねばならぬ立場となる。故に信雄は雄利に腹を切らせてはならなかった。
「命で償うならば、次にせい。次の戦で必ず武勲を挙げよ」
信雄の焦りが雄利にもわかった。
「次でござりますか?」
雄利が信雄を仰ぎ見る。
「そうじゃ、次じゃ。儂が総大将で出る」
信雄はこの敗北を自ら晴らそうとしていた。謂わば負を清算する挽回だけに信雄の心は傾いていた。
「よいか、相手は忍びじゃ。武者の戦を知らん。されば奇襲を仕掛けてくるのじゃ。武芸を積んだ織田軍が堂々と正面から攻め込めば伊賀如き容易く落とせるわい」
(そうであろうか・・・)
雄利は不安だった。相手の忍術と戦術は我が軍の武芸より秀でているのではないか。敗北した自分には伊賀衆の巧妙な戦術が、戦を知らぬ者共とは思えなかった。
しかし、信雄は己を鼓舞するかのように言った。
「数で負けることはない。伊賀の忍びなど捻り潰してくれる」
雄利は心で呟いた。
(戦が数ではないこと、桶狭間で父君が示されておるではないか。4000の兵で25000の今川義元軍を打ち破ったあの見事な奇襲、継嗣はよもや忘れたか?)
初めて雄利の信雄への侮蔑が生まれた。この将では戦は勝てぬと。
しかしこの後、信雄は10000余の兵を率いて、自らが総大将として出陣する。西方の毛利との戦いに神経を割いていた父には無論知らせずに。
(伊賀を我が手で倒さねばならぬ。さすればきっと父上の誉れを頂戴できようぞ)
この焦りが伊賀衆の奇襲を許すことになる。
そこに至って信勝はようやく気付いた。
「三郎がおらぬな。三郎はどうした?」
重臣として頼りにしていた岩根三郎の姿が見えない。
「殿(しんがり)か?」
「いえ、殿(しんがり)は此度、柘植保重(つげ やすしげ)でござります」
「ではどこへ三郎は布陣しておる」
側近は誰も知らない。
「三郎はどこにおるのじゃ!」
皆首を振るばかりだった。
三郎は滝川雄利の敗走後、いつの間にやら煙のように姿を消していた。
不安をもみ消すように信雄はこう強弁した。
「もうよい、この戦には三郎の助けを借りずとも勝てる」
しかし、不安は家臣に伝わっていた。
戦況を見るに聡い岩根三郎ら甲賀忍者は、いち早く信雄への参戦を見送っていた。三郎らは甲賀の里に帰還していたのであった。