第34話 使者など追い返せ
文字数 876文字
「無理でござるな」
庭先の飛石の上で胡座をかき、小猿は首を振った。
「信長は飲みませぬ」
「されば、孝高はどうじゃ? あの者を解き放つのでだしの命を保証せよと」
土牢に閉じ込めてきた小寺孝高を交換条件にと村重は考えたが、陪臣の命など信長にとって交渉に値しない。小猿は首を振る。
村重は小猿を交渉相手だと勘違いしたかのように、
「ならば、信長の言うとおり・・・」
そう言いかけたところ、
「殿!」
小猿に一喝された。
「誰と戦されておるのですか?」
村重は暫し口を閉ざした。夜間、城壁の外では織田軍との小競り合いが続いていた。
「この日の本を欲しいままにしようと神仏恐れず愚かな行為を続ける徳なき覇者でこざりましょう」
それが小猿たちの織田信長像である。
「そのような者に、我が妻子と引き換えに正義の矛を収めるのでござりますか? 言っておきますが信長は城を奪った後、間違いなく殿の御命は勿論、助命約束交わした奥方様の御命も躊躇いもなく奪いまする。信長という男はそういう男です。義に反する悪徳を繰り返し権勢増やしてきました」
村重は黙って小猿を睨む。
「誰かが天誅を下さねばなりませぬ。それは殿をおいて他おりませぬ」
「よう申した」
そこでようやく村重は言った。月光が彼の瞳を鋭く照らしていた。
「我が使命、義の戦を忘れるところであったわ。礼を言うぞ小猿」
「ご無礼仕りました」
「明日か来るのは?」
「左様で」
「よいか、使者など追い返せ」
「は、承知」
翌日、信長の使者は尼崎城でなく有岡城に向かった。村重の動向をやはり探っていた甲賀忍者によって行先を変えられたのである。
村重の変節難しと悟った織田方は使者を村重に代わり有岡城を守っていた荒木久左衛門(村重の元主君池田知正)の元へ送った。腹心の家臣をして説得させる方が功を奏するだろうと思ったのだ。
使者と面会した久左衛門は信長の交渉条件、即ち荒木家と家臣の妻子の命と引き換えに尼崎城、花隈城の明け渡しに応じたいと告げ、村重を説得すると約束した。
そして、真意を示すため自らの妻子をも織田方の人質として預け、単身尼崎城へ向かった。