第48話 奇想天外なる奇襲
文字数 932文字
その後も伊賀衆の奇想天外なる奇襲は続いた。
崩落した道を補修し、なおも進軍を諦めぬ信雄本軍に対し、小太郎と衣茅たちは山中で夜襲を仕掛けた。
信雄軍が陣を構えた野営地を森陰から眺め、小太郎は頭上木の上にいる衣茅に蟋蟀(こおろぎ)の声音でこう伝える。
「よいか衣茅、兵に構わず、まずはあれが狙いじゃぞ」
小太郎が送った視線の先にめらめらと燃えている篝火があった。
太い枝に身を乗せ、六尺ほど長い棒のような物を携えている衣茅が鈴虫の声で返してくる。
「承知」
小太郎があることを確認する。
「詰めてきておるな」
「これに」
衣茅が木の上から翳して見せたのは動物の皮のようなものだった。それは牛の胃袋だった。
なおも小太郎が蟋蟀の声音で念を押す。
「咥えてみせよ」
「このとおり」
衣茅は牛の胃袋を歯で咥えてみせた。存外軽いものらしい。
「それでよい」
中にはフッ素、塩素、ヨウ素などを混ぜて作った泡の粒子が詰まっていた。伊賀流の消火剤である。伊賀の里で代々伝えられてきた防火調剤だった。
「燃えている薪の上に落とすのじゃぞ。くれぐれも外さぬようにな」
「何度も稽古しました。外しませぬ」
篝火の上にこれを放り込めば牛の胃袋が破けて中の消火剤が漏れ出て火が消える仕組みであった。
小太郎が森の中を見渡すと、木の上には衣茅と同じく長い棒を抱えて牛の胃袋を咥えている伊賀忍者があちらにもこちらにも。小太郎の合図を待っていた。その数二十四。篝火の数と同じ数の忍者が木の上で構えていた。
整ったと小太郎は判断した。蟋蟀の声が一際大きく鳴いた。
「飛べ!」
合図の後、衣茅をはじめ木の上に屈んでいた伊賀忍者が、その六尺ほどの長い棒を両手広げてぶら下がるように一斉に木から飛び降りた。
伸び上がって飛んだ直後その棒から大きな皮膜が伸びて、それが広げた両足先まで繋がっており忍者たちの体を宙に浮かせた。さしづめ巨大なムササビだった。
そのムササビたちが森の中から滑空して篝火の上を通過する。
「それ、そこじゃ」
小太郎が呟く。咥えていた牛の胃袋が篝火の上に落とされる。
「つぎ、撒菱(まきびし)!」
続いて小太郎が教えたとおり衣茅たちはすかさず腰袋に入れてあった撒菱(まきびし)をあたりの地面に降り落とした。