第53話 軍を動かすには娘っ子が一番
文字数 886文字
昨夜。
「いま何と申した? 娘を集めよ、そう申したのか?」
光次は小猿に聞き直した。
「左様、できるだけ若い娘がよろしかろうな、そうじゃな衣茅?」
小猿に信雄軍への追撃を相談していた時だった。明日の評定を控え、植田光次は参謀役の小猿、小太郎、衣茅に何かよい策はないか尋ねたのだった。
忍び装束に身を固め、衣茅が答える。
「若いくノ一衆で二十ほど用意できまする。そこに初潮終えたばかりの若い娘っ子三十ほど周辺の村々から集めていただければ、山を崩せまする」
唖然として光次は言葉吐き捨てた。
「戯言を! 儂が相談しておるのは、柘植保重への追撃であるぞ!」
衣茅は言った。
「承知。されば、あの動かぬ軍を動かすには娘っ子が一番でござります」
「ふざけておらぬだろうな?」
「至って真剣」
光次は衣茅の固く閉じられた唇に決意のほどを見た。
「話してみよ、その奇策」
身を心持ち沈めて衣茅は語り出した。
「あのそばに川がござります。中出川でござります」
「存じておる。それが?」
「柘植軍が滞在しておるのはその先、三船の滝あたり」
「話では宴など催しておるそうじゃな、滝の周辺で。優雅なもんじゃ」
「宴には華が要りましょう」
「華?」
衣茅が頷く。
「中出川で娘たちおよそ五十人、一列に並ばせ全裸で行水させましょう」
「な、なんじゃと」
「戦疲れした兵がその光景を見ればいかがなさりましょうや」
光次は絶句した。あまりに戦離れした光景だったからだ。
「宴そっちのけで追いませぬか?」
追うだろう。光次でも追うだろう。そこに男の本能が僅かでも残っておれば。
「追われれば娘は逃げまする。裸で川に逃げまする」
光次は呟く。
「川に導くのか、兵を?」
「忍者の娘は修行を積んでおりまする。水練も水遁の術も。されど甲冑纏った織田兵は泳げましょうや。否、川底に沈むでしょう」
「なんと・・・」
「宴の席に残っておるのは軍規に悖らぬ将くらいかと。されば、戦果を挙げるにこれほどの好機はござりませぬ」
光次は衣茅の奇策にぞっとした。古今、女人を餌にした戦などあったろうか。その奇抜すぎる戦術に、光次は衣茅が味方であってくれたことに安堵した。