第4話 伊賀者をこのまま放ってはおけん

文字数 869文字

 衣茅が小太郎の待つ小舟に乗ったその頃、城では信長の骸を前に怪しい影が二人・・・。
「お主の言ったとおりであったな」
 織田信長の次男、織田信雄(おだのぶかつ)である。いまは北畠具房の養子となり北畠信雄と名乗っている。
「伊賀者の考えそうなことです」
 信雄のかたわらにいるのは岩根三郎。甲賀五十三家のひとり。甲賀忍者である。
「このこと、お父上には内緒だぞ」
 信長はいま京の妙覚寺にいる。そこで茶会を開いていた。これに先んじて信雄と三郎は近江での偽の信長主催の宴が近く近親者だけで開かれることを伊賀者に知れるよう内々に触れ込んだ。本拠地安土城内での宴となれば信憑性を疑う者はいない。忍びの特性を逆に利用した。これに新堂小太郎と衣茅は嵌った。
 三郎は言った。
「承知仕りました。申し上げませぬ」
 畏って言うが、信長に自分が会うことなどまずない。実は三郎の父は杉谷善住坊(すぎたにぜんじゅうぼう)、信長暗殺を企てた甲賀忍者である。火縄の名手であった善住坊は信長を近江国の千種街道で狙撃した。かすり傷こそ負わせたが、暗殺は失敗に終わり、善住坊は土中に首から下を埋められ竹ノコギリで生首を切断されるといった酷(むご)い刑に処されている。よって三郎は杉谷の姓を名乗れない。
 信雄が呟く。
「しかし、父上を狙う伊賀者をこのまま放ってはおけん」
「御意」
 三郎は信長の身代わりとなった甲賀の罪人の骸を見下ろし言った。
 この宴を画策した北畠信雄と岩根三郎の二人はゆくゆくは伊賀国を攻めることで通じていた。
 信長の次男信雄は、永禄10年(1567年)、信長が伊賀の隣国伊勢を攻めた際、領主であった北畠具房と和睦するため次男である信雄を養子に差し出した。が、実はこれは信長の北畠家殲滅の企てであった。次男を北畠家に送り込むことに成功した信長は、信雄に北畠一族の暗殺とその領地、伊勢の強奪を命じていた。
 次に信長が狙うのは伊賀の国。そこを自分が先んじて落とし、父に献上したい、そう信雄は考えていた。故に彼は伊賀忍者に対抗できる甲賀忍者を召し抱えてその時を待っていたのである。

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