第31話 そんな話は存じませぬ

文字数 509文字


 村重は尼崎城に入った。二の丸で陣を構える毛利の重臣、桂元綱と面会する。
「おお、荒木殿、よくぞ参られた。ご無事でなにより」
 迎えた桂元綱は村重の肩を抱き寄せ言った。
 村重は立ち尽くし、怪訝な表情でこう返した。
「ここは我が城でありまする」
 元綱は村重を離し、対照的に相好を崩して言った。
「存じておりますとも」
 村重は憮然としたままである。
「故に、お衛(まも)りいたしておりました」
「嘘を申されるな」
 村重の思わぬ言葉に、元綱まで表情を曇らせる。
「これはこれは。嘘とは、如何なことかな」
「はじめから我らを助けるつもりなどなかったのでござろう?」
「これはまた存外なお言葉。ここでそなたの軍と命懸けで織田軍を撃退しておったこと、まさかご存知あらぬわけではなかろう?」
 確かに元綱が詰めていてくれたおかげでこの尼崎城は信長の手に落ちることなく生き延びた。
「それは忝(かたじけな)く思っておりまする。されど、何故(なにゆえ)毛利は有岡には援軍を寄越してくださらなかった?」
 元綱が意外な顔をする。
「石山から来ませなんだか?」
「来てはおりませぬ」
「それは初耳じゃ。有岡は本願寺が加勢する話ではなかったかな?」
「そんな話は存じませぬ」
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