第16話 日の本は元来が天子様の国でござります

文字数 723文字

 有岡城に到着した小猿は村重に謁見している。光秀の計らいである。
「そちが明智殿の」
 村重は光秀から下柘植小猿という使える忍びがいるのでそちらに寄越す旨聞いている。娘の護衛とは言わずに。
「なんなりとお申し付けくだされませ」
 小猿は奥の間に接する裏庭の太い松の木の影で地面に膝をついて村重を見上げた。
「そちが日の本一の忍びであると申しておった」
 使者として説得にあたった光秀だが、村重を翻意させられなかったため、代わりに有能な忍びをつけることを村重と約束していた。
「畏れおおきお言葉」
「伊賀者は甲賀者と違い信ずるに足るとも」
「それはまことでござります」
「心の内は明かさぬが本望は変えぬと」
「おっしゃる通り」
「ならば聞くが、伊賀の本望とは何か?」
 小猿は僅かに顔を上げ村重を見た。忠義足り得るの程を確かめるため。
「信長の首でござりまする」
「何故(なにゆえ)?」
「神仏怖れず、天下の秩序、安寧を乱し、蹂躙しておるからでござりまする」
 村重は小猿がさきの比叡山の焼き討ち、石山本願寺との抗争など信長の神仏への武力弾圧のことを言っているのだと思った。
「そちは一向宗か?」
 熱心な門徒であるならば結構。村重は一向宗との対信長共闘を望んでいる。一向宗には理解がある。足利義昭や石山本願寺とも親しかった。しかし、返ってきたのは期待したものではなかった。
「日の本は元来が天子様の国でござります。一向宗のものでも源平、足利、織田のものでもござらん」
 眉を潜める村重。
「そちは尊王か」
 小猿は小さく首を振る。
「ただの忍びでござります」
 村重は笑って言った。
「よいよい。目的は同じじゃ。信長の首を取ることには変わらん。共に天下安寧のため闘おうぞ」
 畏って小猿は頭を垂れた。
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