第55話 道を開けよ!

文字数 1,020文字


 伊賀十二人衆下阿波荘領主、植田光次である。
「やあやあ、お久しゅうござる。裏切り者よ」
 植田光次が伊賀を去った柘植保重と相見えるのは、信長が伊勢北畠家を侵攻した永禄12年(1569年)以来、実に10年ぶりであった。
「息災でござったか?」
 伊賀衆から散々に奇襲を受け、殿を務め、いままた女人を使った奇策で丸裸にされた保重を光次は皮肉った。
「光次、そちこそ息災であったか?」
 保重も皮肉で返す。植田光次が居を構える下阿波荘は山ひとつ越えた離れ里であったが、光次が伊賀十二人衆による評定に向かう途上、父福地宗隆の居城に立ち寄り、保重も何度か会ったことがある。
「ほれ、このとおり」
 光次は胸を張り頑健な体軀(たいく)を誇示した。
「そちは昔から図体(ずうたい)だけは立派な武者ぶりでござったな」
 これも皮肉のつもりであったが、保重は光次の大きな体の後で隠れるように身を屈めている忍びの方に気を取られた。新堂小太郎であった。
「さて、光次よ、我らはこれより伊勢に引き返さねばならぬ。すまぬが道を開けてくれぬか」
 光次は哄笑した。
「笑止。我らの里に許しもなく押し入ったのはそなたらの方ぞ」
「されば、用は済んだ。無用な矛は収められよ」
「無用とはこれまた可笑(おか)しな。そもそも我らは端(はな)っから矛など用いておらぬ」
 伊賀衆の対抗策は地形を利用した専ら自衛のための奇襲だ。
「信雄様は国にお帰りだ。我らもこれ以上ここにおる道理がなくなった。道を開けろ」
 劣勢にもかかわらず尊大な態度の保重に追従するかのように側で構えていた日置大膳が大喝した。
「聞いたか! 殿の仰せじゃ! いますぐ道を開けよ!」
 光次は涼しい顔で言った。
「開けて欲しくば、お二方ここで腹を召されよ。さすれば女子(おなご)の尻を追う雑兵どもはこのまま放念して進ぜる」
 これを聞いて大膳の顔が紅潮する。さらに大声で怒鳴りあげる。
「戯言を! ならば儂が貴様の首を切り落としてくれるわ!」
 そう叫ぶと大膳は光次に斬りかかった。
 すかさず背後から小太郎が躍り出て、大膳の刃を忍刀で受け止める。これを見ていた男色の兵が刀を抜き、大膳に助太刀する。小太郎目掛けて斬りかかってきた。
 咄嗟に小太郎は男色兵に向け、口から何かを弾き飛ばした。
“うっ”
 男色兵の眼球に吹矢が刺さる。
 小太郎が大膳の刀を払うと同時に、宙返りしながら後ろへ飛び下がり手裏剣を両手で投じる。ひとつは大膳に、もうひとつは男色兵に向けて。
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