第47話 混乱

文字数 1,070文字

 北畠信雄軍8000の場合、先兵の一群が窪んだ穴に落ちそのまま崖へと転落した。
「何事ぞ!」
 行軍の足が止まり、先頭の方からの騒がしい声に信雄が馬上から尋ねる。そこへ伝令が慌てて駆けつける。
「申し上げます。長野口、道崩落。十余名崖から転落。なお、この先進軍できません」
「なんだと!」
 直後、前の方から別の声が上がる。
「敵襲!」
 足止めを食っていた先頭集団に木の上から手裏剣や弓矢が飛んできた。先頭隊の将が叫ぶ。
「敵は木の上ぞ! 射て! 撃て!」
 信雄軍が矢を射る。火縄を放つ。しかし、応戦するも縦横無尽に木から木へと飛び移る伊賀忍者を信雄軍は仕留められない。
 その頃、鬼瘤峠を進軍していた柘植保重軍も奇襲を受けていた。道が崩れ立ち往生しているところへ、手裏剣とクナイが雨の如く降ってきた。
「敵襲! 敵襲!」
 こちらも弓と火縄で応戦するも空を切り分が悪い。そこへ後続兵が次々と押し寄せてくるため密集した状態で引くに引けず、軍は一時混乱を極めた。
 劣勢の中、柘植保重が全軍に下知した。
「山中にて陣形を整えよ!」
 山道を離れ一時山中へ逃れた。しかし、そこにも伊賀衆の奇襲が。山頂から大きな岩石が降ってきたのである。
「危ない!」
 巨石が保重の背後に目掛け迫ってくる。何者かが保重を突き飛ばし巨石を躱してくれた。
 日置大膳(へきだいぜん)である。柘植保重と共に信雄の伊勢北畠家乗っ取りに尽力した武者である。
「柘植殿、危のうござる! 相手はここの地形を知り尽くしておるうえ、刀剣で勝負してこぬ。山中では我らに勝ち目はござらん」
 そう告げた直後、日置大膳の腕に手裏剣が刺さる。腕を抑えて大膳が叫ぶ。
「見なされ。この通りじゃ。柘植殿、ここは一旦退却を!」
 日置大膳の進言に保重は狼狽(うろたえ)た。総大将信雄からは天下の織田軍団に恥じぬよう不退転の覚悟で攻めるよう言われていたからである。
「退却を!」
 もう一度言われて保重は意を決めた。
「わかった」
 保重が叫ぶ。
「退け! 皆退け、退くのじゃ!」
 柘植保重軍は全軍退却を余儀なくされた。
 一方、信雄に次戦で償えと恫喝されていた滝川雄利はこの戦で手柄を立てねば、次はない。謂わば背水の陣である。
 青山峠を登っていた滝川雄利軍もやはり道の崩落で立ち往生を食らっていた。しかし、雄利はすぐさまこれが伊賀衆の奇襲であることを見抜き、速やかに進軍を止め撤退を指示した。信雄に見切りをつけていたからである。
(あの将のために落とす命などあらぬ)
 そのまま進んでいれば北畠信雄軍や柘植保重軍と同じく手裏剣の雨を浴びたであろう。
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