第37話 道具になるくらいなら死を選ぶ

文字数 587文字


 久左衛門は尼崎城を後にした。向かった先は北の有岡城ではなく、西南の島、淡路の岩屋であった。そこで逐電した。名を残すが残すまいが勝てぬ戦。窮した久左衛門の心に自ずと命欲しさの迷いがあったのであろう。
 久左衛門を帰した後、やりとりを一部始終、武者隠しで聞いていた衣茅と小太郎が虫の音で語り合っている。
 鈴虫が言う。
「これでよろしかったのでしょうか?」
 衣茅の心に人質をただ見捨てた村重への幾ばくかの疑念が残っていた。それは小猿の入れ知恵と知りながらも。
 蟋蟀(こおろぎ)が言う。
「笑止。何を迷っておる」
 衣茅の無用な心の迷いを小太郎は断罪する。
「無益ではないかと・・・」
「無益?」
「もっと使い方があったはず」
 小太郎は衣茅の人質への憐憫を疑ったが、そうではなかった。
「あれでは見せしめに引き回された後、六条河原で首を落とされ終わりです。信長への恐怖と権勢を高めるだけ。我が方に何の利もございませぬ」
 久左衛門が言っていた酷(むご)い扱いとはそのような処刑のことである。
 衣茅の意図を謀りかねたので、蟋蟀が問う。
「では、お主ならどうする?」
 鈴虫は言った。
「城に火を放ち自害させます」
「自害? ほう、何故(なにゆえ)?」
「道具になるくらいなら死を選ぶ。信長へのせめてもの抗いでありましょう、それが」
 小太郎は思った。衣茅の方が村重や久左衛門より武士(もののふ)の城代足り得ると。
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