第57話 首はどうした?
文字数 923文字
北畠信雄は松坂を越えほうほうの体で伊勢田丸城に帰還した。そこに届いた報せは信雄をさらに落胆させるものだった。
「柘植軍、ほぼ壊滅」
信雄の眉間に皺が寄る。恐る恐る頼りにしていた重臣の身命について触れた。
「保重は?」
斥候は伏せたまま残念そうに言った。
「討死(うちじに)でござります」
殿(しんがり)を任せた時点で、ある程度覚悟していたこととはいえ、信雄はどうしてもこのことだけが気になっていた。
「保重の最期は如何に?」
どのような死に方だったか知りたい。そこに家臣への感謝や憐憫があってのことかというとそういうわけではない。
「敵方、植田光次との一騎打ちにて敗れ・・・」
「聞いておるのは、く、首じゃ、首はどうした?」
信雄は保重の首がどうなったかだけが知りたい。
「はっ。植田光次に奪われましてござりまする」
「くっ、なんと・・・」
信雄の心はこうであった。
(何故(なにゆえ)、腹を切らなんだ。名を残さんがため腹を切って首を隠し向こうに渡さなんで欲しかったよのう、保重)
将の首を持ち帰られれば、敵の士気を高め、織田軍の敗北を決定づけ、しかも喧伝される。信雄の心は、いま父信長へ如何にして申し開くべきかであった。
(父上が知れば、どれほどお怒りになるだろうか・・・)
もとより父に内緒で起こした行軍。戦勝以外頭になかった。まさかこのような惨敗となってしまうとは夢にも思わなかった。相手はたかが2000の土豪の寄せ集め。自軍は10800の正規兵。しかし、結果は一方的な敗北。
信雄は父の逆鱗に触れることを恐れていた。
「して大膳は? 大膳は如何した?」
保重に付けていた歴戦の武将、日置大膳はどうしたのだ。大膳が居ながらみすみす首を取られたというのか。
斥候が申し訳なさそうに告げる。
「畏れながら、日置大膳殿も忍びとの対決で深傷を負い、その後、行方知れずでござりまする」
「では、生きておるのか?」
「わりりませぬ。ただ、骸はござりませんでした」
大膳は小太郎の放った吹矢を眉根に受け、太刀を鎖鎌で巻かれ封じられ、手裏剣を続けざま身体中に浴び、飛び道具に翻弄された。結局、一太刀も小太郎に返せず倒された。忍びには負けぬと豪語したが、勝ったのは新堂小太郎であった。